謎の金髪少女
レイランシティ第一高等学校。昼休みのチャイムが鳴る。
登校途中のコンビニで買っておいたパンを持って中庭のベンチに向かう。
わざわざ登校途中に買わずとも購買もあるのだが、いかんせん昼休みになると人が集まり混雑する。昼休みの間にしか開いておらず予め購入しておくこくこともできない。食堂もあるのだがそっちの方も人が多くなるからな。
人の多い場所は苦手だ。どちらもこの時間はできるだけ避けたかった。
これから向かう中庭のベンチは人通りが少なく静かな場所だ。邪魔の入らない静かなランチタイムこそ、繰り返される退屈な学生生活の唯一の楽しみだ。
「マナトぉぉぉ!!」
遠くから僕を呼ぶ声が近づいてくる。いつもの騒がしいその声とともに、楽しい時間が崩れ去る音が聞こえた気がした。
「なにか用?」
「なにか用……じゃねぇよ! 昨日俺がAOにリンクしてる隙にしれっと帰りやがってよ!」
「新しい端末を見るっていう目的は果たしたし、コウタもVR空間にアクセスして暇だったから別に僕は帰っても問題ないでしょ」
「いやまあそうだけど! せめて帰るなら先にでも一言言ってくれねえと寂しいだろうが!」
「…………なんで寂しがってんの、気持ち悪いよ?」
「うれせぇな! それでも友達か!」
友達になった覚えはないんだけど、まあコウタからすれば僕は友達なんだろう。でなければこんなにくっついて回るわけがないか。やっぱり気持ち悪い。
「それで、新しいVRはどうだったの?」
「お、何だ興味あんのか? へへっじゃあ教えてやるよ、つってもまあ最初はアカウント設定とアバター作成からだし、発売日ってのもあってほとんどがボットだったけどな」
確か0Terminalの最大の特徴は最先端技術を駆使したハイエンドスペック端末であり、それによってさらに最先端VR技術による新たなVR空間、AnotherOracleへのリンクを可能にしたこと、だっただろうか。さぞかし素晴らしい世界が広がっていたことだろう。
これまでの端末ではリンクができないほどのスペックを要求するVR空間。それがAnotherOracle、通称AO。今のところAOにリンクするには0Terminalが必ず必要となる。それゆえに0Terminalは世界中で品薄となっているらしい。
「そもそもそんな珍しい物どうやって手に入れたの」
「たまたまネットで抽選やってるの見つけてよ。それに運良く当たっちまったんだなこれが」
コウタからいろいろ聞いている限りでは、VRガチ勢でもなければ発売日に0Terminalを手に入れるのは難しいらしい。僕からすればコウタも十分ガチ勢なのだが上には上がいる。まだ学生でもあるし。僕らのような人間が手に入れるには運に頼る方法しかないみたいだ。
「お前も興味があるんなら教えてやったのにな」
「僕はいいって言ってるだろ。それより、あんまりそれに夢中になってまた宿題忘れたなんてことは勘弁してよ」
「大丈夫だって。そんときはお前が見せて――」
「僕はもう見せないよ」
そう言って立ち上がり、近くのゴミ箱にゴミを捨てて教室に戻った。
「あ、おい待てって! 置いてくな! てか食うの早!」
後ろで急いで弁当の中身を口の中にかき込む姿が目に浮かぶ。はやく一人になれる新しい場所を探さないと。
「ちょっとそこの君」
突然、前方から歩いてきた金髪の女性が声をかけてきた。金髪のおかっぱ頭だ。制服を着ているから生徒だろう。顔は比較的整っていて上目遣いで笑みをたたえているのだが、目つきが鋭いせいかトキメキはしない。むしろ餌を見つけた獣のようで、今にも食いかかってきそうな危うさを感じる。
「あの、なにか?」
「ふふふっ。あなた、おもしろいわね」
なにがおもしろいんだ。なにか笑われるようなことでもしただろうか。ひょっとして馬鹿にされてる?
「えっと、なんのことですか?」
「まだ先の話よ」
まったく話が見えない。会話が噛み合ってない気がするのは僕だけだろうか。それともおかしいのは僕の方なのか? いやそんなはずはない。でなきゃやっぱり馬鹿にされているのか。
と考えているとおもむろにその女生徒が接近してくる。そして僕の手をぎゅっと握りしめた。
「あなたに興味が湧いたわ。ぜひお近づきになりたい。もっとあなたのことが知りたいわ。なにかあったらここに来て」
そう言って彼女は歩き去ってしまった。危ない。もう少しで勘違いするところだった。一体なんだったのだろうか。あれ? でもあなたのことが好き的なことを言われたような気がする。勘違いではないのではないか?
さっきまで握られていた手の中に紙切れがあった。
『L-03-E20』
「全然わからん」
これは伝える気がないやつだ。暗号なのか? 渡すだけ渡しといて読めないとか意味がわからない。これを渡してきた金髪の娘もよくわからなかったからな。わかろうとすることが間違いなのかもしれない。
「お、おいマナト!」
昼飯を胃の中に収めたコウタが慌てて走ってきた。一体どうしたんだ、ってだいたいコウタはこの調子だった。
「お前、さっきかいらくと話してたか!?」
「快楽?」
快楽と話すとはどういう意味だ? とうとうコウタの言っていることまで理解できなくなってしまったのだろうか。ひょっとしたらあと少しで僕はもう……。
「海楽だよ! 海楽光月! さっきの金髪の女だ!」
ああなんださっきの娘か。よかった、僕はまだ大丈夫らしい。
それであの娘が海楽光月という名前ってことはわかった。
「話したけど」
けど話にはならなかった。
「…………なに言われた?」
なにを言ってたっけ? 会話が成立しなさすぎていまいち覚えてないのだが。
「あなたのことが好きですって」
これだけは覚えている。まあ要約すればだいたいこんな感じだっただろう。間違ってはいないはずだ。
コウタの顔がみるみる青ざめていく。だからなんなんだ。僕が女子に告白されたのがそんなに羨ましいのか。でもあいにく僕は彼女と付き合うつもりはないんだ。だからそう落ち込むことはないよ。
するとコウタは僕の肩を力いっぱい掴んで青ざめた顔を近づけてきた。
「マナト、あいつだけはやめとけ。いいかあいつはな、何人もの男子を誘惑して、金を巻き上げ、奴隷のようにこき使う悪魔のような女だ。あの綺麗な顔と誘惑的な言葉に惑わされるな!」
まったく惑わされてないんだが。でも確かに怪しい雰囲気は感じた。あれが魅力的に見えるのはわからなくもない。もっとも僕の場合はそれ以上に彼女の言葉の意味と紙切れに書かれた文字の意味が気になって仕方がないのだが。
「まあどっちにしろコウタが心配することじゃないよね」
「んな! お前、俺がどんだけお前の事心配してやってるか……ぐすっ」
それはわかってるよ。口にすると調子に乗るから言わないけどね。でもさすがに泣きそうになっててちょっとかわいそうというかみっともないというか僕がドン引きそうなので、これから昼食くらいは一緒に食べてやるからと慰めてあげた。
するとコウタはとても嬉しそうにしていた。