私の幼馴染みたちが、色々こじらせてる件について
私には二人の幼馴染みがいる。
「ケーキ焼いてきたの。よかったら食べて~」
「やった。かおりの手料理美味いから、すごい嬉しい」
「ありがとう。がんばって作ったかいがあるよ~。はい、あ~ん」
ふわふわ甘い笑顔を振りまきながら、スプーンを運ぶ美少女。それを自然な態度で受け入れるイケメン。
今日のケーキはガトーアナナスという彼女お得意のケーキ。
それをよく味わってから飲み込んだ彼は、爽やかな笑みでゆるふわ美少女と会話を再開する。
「やっぱ、かおりのケーキは世界一だな。いくらでも食べられるよ」
「えぇ? 照れるなぁ~」
少女は雪のように白い肌を桃色に染める。柔和な印象を与える垂れ目が、更に垂れてとろけそうな照れ顔だ。
そんな表情を見て、イケメンがクスリと笑う。切れ長の涼やかな目元には、彼女への愛しさが宿っている。
見つめ合い、二人だけの世界に没入する二人を見て、
「学校でイチャコラすんなテメェら」
と、私はジト目になりつつ言った。
口が悪くなるのも仕方がない。おかげで弁当もラブラブムードに当てられて甘くなりそうなのだ。
周囲の人間にだって敬遠される程なのだ。やめて欲しい。
このままでは二人のせいで私までクラスで孤立してしまう。
「なっちゃんもほら、あ~ん」
そう言われて反射的に口を開けてしまうのは悲しい性だ。
長年の付き合いで身に着いてしまった悪癖。
でも最近、これやると隣のイケメン……颯介の視線が冷たくなるんだよな。
しかし、今回もかおりのケーキはうまい。パイナップルの酸味と甘い生地が良い塩梅だ。
「俺にももう一口ちょうだい?」
案の定、颯介がやきもちを焼いてかおりに甘えた声を出す。
「はいは~い」
のんびりと応えるかおり。さりげなくスプーンを持ち変えていた。
なるほど、颯介との間接キスは許さんとな。
「お前ら、いい加減付き合えよ」
私がため息まじりに呟くと、二人は石化したように固まり、次の瞬間、耳まで真っ赤に染まった。
「ななななに言ってんだよ!? お、俺たち家族みたいなもんだし!? 付き合うとかっ」
「そ、そぉだよぉ~? からかうのは止めてよ、なっちゃん! そーすけ君にも迷惑だしさぁ~」
全力で否定する二人。
だが私は知っている。
後で自分が言ったことや相手に言われたことを思い出して落ち込むのだ。
そして私に愚痴なり相談なりしてくる。
面倒を増やしてしまったな。失敗。
そう、このラブラブバカップル二人は、何故か付き合ってないのだ。
私たちの関係は、お向かいさんで仲の良かった私とかおりに、かおりの隣に引っ越してきた颯介を加えて始まった。
文武両道で明るい人柄の颯介に、かおりは初対面の時からぞっこんで、いつもはにかみながら私の影に隠れていた。
一方の颯介も、大人しいけど気が利き、愛らしいかおりに惹かれていった。
しかし、長年こじらせた二人の恋は、おかしな方向へ進展してしまった。
年がら年中ラブラブなくせに、私がいないとお互い照れまくって目も合わせられない。会話も成り立たない。おまけに相手は自分のことをただの幼馴染みとしか思ってないと二人とも思い込んでる。
どうしてこうなった。
まあ、二人が本当に付き合っちゃうと、他に友達がいない私はぼっちになっちゃうんだけど。
その日の夜。自分の部屋でスマホのゲームをしていたら、インターホンが鳴った。
しばらく母が対応する物音がして、それから私の部屋がノックされた。
「颯介君よ。お話があるんだって」
母の後ろには、少し申し訳なさそうな表情の颯介が立っていた。
颯介が私の家に来るなんて珍しい。しかもこんな時間に。
「とりあえず、中に入りなよ」
幸い、かおりを時折招くので部屋はそれなりに片付いている。
「悪いな、急に」
「いや……いつもの相談?」
ローテーブルを挟んで座る。颯介はちょっと深刻そうだ。
「最近、俺、ちょっとおかしいんだ……」
母がお茶を出してった後、颯介はそう切り出した。
「俺はかおりのことが好きなんだけど」
「うん。知ってる」
「かおりが他の奴と喋ってたりすると、イライラするっていうか、胸のあたりに黒いもやが溜まるような感じがして……」
颯介が長いまつげを伏せて胸に手を当てた。流石イケメン。絵になる。
「かおりに、俺以外見て欲しくない。閉じ込めて、縛り付けて、俺だけのものにしてしまいたい。かおりが俺以外と付き合ったらと思うと気が狂いそうで……いっそかおりを殺してしまいたくなる」
何言ってんだこのイケメンは。
「このままじゃ俺、かおりや、周りの人に、ひどいことを……取り返しの付かないことをしてしまうかもしれない……」
颯介は沈痛な面持ちでそう言うと、俯いてしまった。
どうやら、長年の恋をヤバい方向にこじらせてしまったみたいだ。
私は溜め息を吐いた。
「事件起こす前に相談してくれて良かったよ」
颯介は小さく頷いた。
「確かにかおりは可愛いから、不安になったり、嫉妬しちゃうのはしょうがないと思うよ。でもかおりは颯介のことちゃんと好きだから、安心しなよ」
颯介は上目遣いで私を見た。
「夏樹はいつもそう言うけど、本当にかおりは俺のことが好きなのか?」
「いつも言ってるけど、本当にかおりは颯介のことが好きだよ」
「でも最初の頃なんて全然話してくれなかったし、今でも二人きりの時は居心地悪そうだし、会話続かないし……」
「颯介が好きだから緊張してんのよ。あんたも同じでしょ?」
「いや、そもそも、あんな天使のように美しく、聖女のように寛大な心を持った女神が俺なんかを……」
「かおりは天使でも聖女でも女神でもないから。普通の可愛くて優しい女の子だから。神格化するのを止めなさい」
颯介はその後も「でも……」とか「だって……」とかごねている。
あーもう、めんどくせぇな、コイツ!
私は立ち上がって、ビシリと人差し指を突き付けた。
「いい加減にしろ! このチキン野郎!」
颯介が怯んだすきに立て続ける。
「いいか、お前らは疑うまでもなく相思相愛なんだよ。さっさと告白して付き合って危ない思想はポイッしなさい、ポイッ! そんで幸せに暮らせ、オーケー?」
「えぇ……」
ちょっと引いてる颯介に、顔を近付けて脅す。
「明日だ。明日、必ず、絶対に! かおりに告白しろ」
「はあ!? いや、突然言われても無理だって!」
「いいの? これ以上ちんたらしてたら、マジで他の男に取られるかもよ?」
「うぐっ」
「こういうのは入念な準備より、瞬間的な情熱が大事なのよ。とにかく明日告白しちゃいなさい」
私の勢いに、到頭颯介が根負けした。
「……はぁ、分かったよ。フラれたら恨むからな」
「大丈夫だって、余程のことがない限り、成功するから」
颯介はぶつくさ言いながら帰っていった。
私は一度決めたらそう簡単には曲げない。明日は何があっても颯介に告白させてやる。
しかし、放っておいてもくっつくだろうと思ってたけど、放っておきすぎたかな。あんなに思い詰めるとは。
玄関先で颯介を見送って、家に入ろうとした時、ポケットのスマホが震えた。かおりからのメッセージだった。
『聞きたいことがあるから、そこで待ってて』
「ん?」
向かいの家を確認すると、二階の窓からかおりがこちらを見ていた。
逆光で表情はよく見えないけど、何だか冷たい目をしているような、気がする。
かおりに向かって頷くと、彼女はすぐに出てきた。
そして開口一番。
「そーすけ君と何をお話ししてたの?」
「ちょ、ちょっと相談を受けてただけだよ」
かおりの様子が何か変だ。笑顔なのに目が笑ってない。
小首を傾げているのが、まるで人形みたいだった。
「ふーん……」
かおりは私の言葉を吟味するように目を細めて、数秒間、私の表情をじっくり観察した。
それから突然、私の後ろのドアに手を着いて、ぐっと顔を近付けた。
ひぃ、壁ドンされてる。違う意味でドキドキするわ。
かおりはそんな私にはお構いなしだった。
「最近、そーすけ君に近付く害虫が多くて本当に本っ当に辟易してたんだけどぉ……まさかなっちゃんはそーすけ君を誘惑しようとか考えないよねぇ~? 別に好きじゃないって前言ってたもんねぇ……それとも、そーすけ君があまりにもカッコいいからやっぱり惚れちゃった? なっちゃんが相手でも、わたし、容赦しないよぉ~?」
かおりは、にっこりと笑って続けた。
「そーすけ君を一番愛してるのは、わたしだもん」
ああ……どうやらこっちも、かなりこじらせちゃったようだ。
不覚にも、私は少し笑ってしまった。
「お前ら、本当にお似合いだよ」