Episode42 Platoon -小隊-
「凄むのは結構だけれど」
窓辺に立つもう一人のセリーナが薄く笑う。
「そんな炎を寄宿舎内で放ったら、生徒たちも黒焦げよ?」
「なら、場所を変えよう」
頼都(鬼火南瓜)がパチン、と指を鳴らす。
すると、怪訝そうな顔をしたもう一人のセリーナの身体が、突然フワリと宙に浮いた。
「!?」
思わず目を白黒させるもう一人のセリーナ。
跪いていたセリーナも呆気にとられた顔になる。
ふわふわと浮かぶもう一人のセリーナの眼前で、突然ひとりでに窓が開かれた。
涼やかな夜風が部屋を吹き抜ける。
「ちょっ…」
この先の展開を察したもう一人のセリーナが、思わず静止の声を上げかける。
だが、何かを言う間もない。
彼女は窓から軽々と放り出されてしまった。
ちなみにここは四階だ。
「ご苦労」
そう告げると、頼都は窓辺で何もない空間に振り向いた。
そして労うように続けた。
「お前はここに残ってセリーナを守れ。くれぐれも誰も近付けるなよ」
(了解よ。誰か来たら今みたいに室外投棄するわ)
「…言っておくが、普通の人間にはやるなよ?」
「はいはい。その辺の常識はあるわよ。フランチェスカ姉さんと一緒にしないで」
声と共に、空間からにじみ出るようにメアリー(透明人間)が姿を現す。
真紅のボディスーツに白衣を羽織った彼女を目にし、セリーナが驚いた顔になった。
「あ、あなた、マリアさん!?」
「こんばんわ、セリーナ。夜分に失礼するわ」
屈託なく笑う転校生に、セリーナは何かに気付いたように頼都に向き直った。
「一体どういうことです、これは!?」
それに頼都は肩を竦めた。
「お利口なアンタなら察しはつくだろ?彼女も俺側の存在ってことだよ」
大きく息を吸ってから、セリーナはキッと頼都を睨んだ。
「じゃあ、最初から二人はグルだったんですね!?」
「肯定だ。この学院では俺は何かと注目されるようなんでな。その点、女性で“透明人間”の彼女なら、怪しまれることもないし、監視にうってつけってわけだ」
昨日の廊下でのやり取りを思い出し、セリーナはマリア…いや、メアリーを見やった。
道理で妙な絡み方をしてきたわけである。
それに気付くと、メアリーは肩にかかった髪を掻き上げた。
「そんな目で見ないでよ。気を悪くしたなら、指示を出した隊長を恨んで…と言いたいところだけど、私も貴女が少し気になってね。科学的な見地から見ても、興味深いわ」
腕を組むと、メアリーは続けた。
「妖精の取り替え子というのはね」
その一言にハッとなるセリーナ。
「そう言えば、私の姿をしたアレは何なんですか!?」
セリーナの問い掛けに頼都は静かに答えた。
「妖精だ」
「あれが…妖精!?」
「そうだ」
肯定する頼都に、呆然となるセリーナ。
「でも、何で私の姿に!?もしかして、化けているんですか?」
「それは謎ね。はっきりしてるのは見てのとおり、貴女に瓜二つってこと」
メアリーがチラリとセリーナを見やる。
「これって偶然なのかしらね?」
意味深な言い回しをするメアリー。
「それは…私には…分かりません」
混乱したようにセリーナが俯く。
「でも…少し思い出しました。私は彼女を知っています。小さな頃、私は森の中で彼女と…」
「詳しい話は後だ」
そう言うと、頼都は窓を乗り越えた。
その口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「まずは、この夏至祭の夜を楽しんでくるとしよう」
「待って」
メアリーが頼都を静止しながら、懐から丸められた二つの巻物を取り出し、手渡した。
「ミュカレからよ。『隊長に頼まれていた件についてだと言えば分かる』って言っていたわ。あと、もう一つはお守りだって。」
受け取った巻物をまじまじと見てから、頼都は眉をしかめた
「おい…一つはいいとして、もう一つは転移の巻物じゃねぇか。あの痴女め、面倒なもん寄越しやがって」
「『使うかどうかは隊長に任せるわん♡』ですってよ」
メアリーの言葉に、頼都は頭をボリボリ掻いた。
「あいよ、任された…じゃあ、行ってくるぜ」
そう言うと、頼都は窓から身を躍らせた。
黒いジャケットに風をはらませて。
炎ば月光を焼き焦がし、夜闇の中へ消えていった。
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それは偶然だったのだろうか。
いつものように森で遊んでいた彼女は、道に迷い、帰り道を見失った。
だんだんと光が薄れていく夕暮れの森の中。彼女は焦りと恐怖で泣き出した。
もう家に帰れない。
このまま自分は死ぬのだ。
そんな絶望感でいっぱいになる。
家で心配しているであろう家族の顔が胸に浮かんだ。
「どうしたの?」
不意に。
誰かの声がした。
振り返ると、そこには一人の少女がいた。
蜂蜜色の金髪に澄みきった空のような碧眼。
少女は振り向いた彼女を見て、目を丸くしていた。
そして、泣きじゃくる彼女の話を聞き終えると優しく微笑んだ。
「そう。貴女も独りぼっちなんだ…」
少女は手を差し伸べた。
「なら、行きましょう。私と一緒に」
どこへ?と尋ねる彼女に少女は笑って言った。
「この森を抜けたところにある楽しい場所よ」
彼女を立ち上がらせると、少女はその手を引いた。
森が、夕日で黄金色に変わった。
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煌々と降り注ぐ白銀の月光の下、もう一人のセリーナは待ち構えていたように立っていた。
「まったく、女の子相手に随分と乱暴なことをするのね」
窓から放り投げられたもう一人のセリーナだったが、傷一つ追うことなく追ってきた頼都にそう文句を言った。
頼都が肩を竦める。
「あんたのアドバイスに従っただけなんだがな。神学校で放火犯にはなりたくねぇしよ」
「これはこれで下手をしたら殺人犯よ?」
「安心しな。俺たちはこういう無茶は人間相手にはやらねぇさ」
指先に炎を灯し、頼都は一歩踏み出した。
「…だが、人間以外なら話は別だ」
頼都の言葉に、無言だったもう一人のセリーナが目を細める。
頼都は続けた。
「うちの痴女がお前さん一族とエアハート家のことを調べ上げた。エアハート家は中世から代々、魔術師を輩出していた家系だったそうだな」
「…」
「で、お前さんの一族はエアハート家の娘と自分たちの娘を“取り換え子”した。その古い盟約がこいつなんだろ?」
頼都は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「盟約は成された…だがその結果、人の世に残された妖精の娘は死ぬことになる。死因は…『黒死病』だったそうだな」
頼都の言葉にもう一人のセリーナは無言だった。
「しかし…妖精すら蝕み、死に至らしめるってなぁ凄まじいもんだな『黒死病』ってのはよ」
頼都はもう一人のセリーナを見やった
「妖精の娘が黒死病に罹って死んだのは、エアハート家の連中の手落ちだったかどうかは知らん。だが、何故いまになって末裔のセリーナを狙う?復讐のためか?」
「それを聞いてどうするの?」
もう一人のセリーナがようやく口を開く。
その顔には、嘲笑が浮かんでいた。
「そもそも貴方には関係のないことでしょう、“鬼火南瓜”?」
「そうもいかんのさ。エアハート家とは昔、借りがあってな。そいつを返さなきゃならん」
「義理堅いのね。永遠の彷徨人」
言うなり、もう一人のセリーナは両手を広げた。
『夏は近いよ 夜の子たち 月に溶けて 星の雫 踊れよ輪になり 泡立つ夜明け 暁の帳を閉ざしてしまおう』
その詠唱とともに、周囲の夜の森が歪む。
大気に濃密な魔力が満ち、透明なはずの大気に黄金の色彩が広がった。
黄金の森は頼都たちを取り巻き、たゆたう幻想の森海が形成される。
頼都は周囲を見回し、感嘆したように呟いた。
「妖精に相性の良い夏至祭の夜を利用し、現実界を妖精郷で部分浸食しのたか。初めて見たぜ」
「まだまだお見せするものはあるわよ」
もうひとりのセリーナが挑発するように笑った。
「さあ、出番よ。貪りなさい、太陽の忌み子たち」
Grurrrrrr…
周囲に広がる漆黒の森の中から、低い唸り声と獣性に満ちた体臭が漂ってくる。
そして木々をなぎ倒し、ぼさぼさの髪をした土気色の肌の巨人が姿を現した。
自分を包囲する怪物を目にした頼都が目を細める。
「洞巨人か。しかも妖精郷純正の劣化なしときた。成程、これも初めて見たな」
“洞巨人”は北欧の伝承に伝わる妖精の一種である。
その形態や名称は多種に渡るが、基本的に醜悪で粗暴な性格をしており、中には身の丈も5~10mはある者もいる。
日光に弱く、日に当たると石になってしまうため、普段は洞窟などの地下に居ることが多い。
そして、巨体に見合って非常に力が強く、人間の体など簡単に捻じ切ってしまうという。
ましてや、目の前の洞巨人たちは、もう一人のセリーナが妖精郷から招いたものだ。
幻想が薄くなった現実界に棲み、劣化した洞巨人とは違う。
生命力も戦闘力も馬鹿にできない相手である。
合計五体もの洞巨人たちは、巨大な棍棒や丸太を手に、徐々に頼都に近付いて行った。
「チッ、臭ぇ図体を近付けんな」
ゴウッ!
頼都の右腕が振るわれると、炎の波が地を走り、一体の洞巨人を包み込む。
その洞巨人は驚き苦悶するも、身をはたいて後退し、あっという間に炎を打ち消した。
それだけではない。
火傷を負ったその肌が、徐々に再生し始めている。
洞巨人が持つもう力の一つがこれだ。
彼らは高い生命力を有し、自らが負った傷を再生させることができるのである。
「さあ、どう出る気かしら、鬼火南瓜」
もう一人のセリーナが薄く笑いながら腕を組む。
「洞巨人たちには生半可な温度の炎を効かないわ。かといって、お得意の業火を繰り出せば周囲に森がある以上、丸ごと大火事よ?」
勝ち誇ったようなその言葉に、しばし考えたのち、頼都は溜息を吐いた。
「…こいつはやられたな。見事な作戦だ」
ボリボリと頭を掻いてから、もう一つの巻物を取り出す頼都。
先程、メアリーから託されたものの一枚だ。
「統率が面倒なんで呼びたくはないんだが…この際、仕方ねぇか」
言いながら巻物を宙に広げ、その込められた魔力を開放するための呪言を唱える頼都。
『彼方より此方へ 此方より彼方へ 隔てし門は旅路に通じ 地平はその意味を能わず』
カッ
宙に広げられた巻物が、青白い魔力光を発する。
魔道具である“巻物”の効果は、特殊な紙に魔術を焼き付けることで形成され、例え魔術を使えないものでも呪言さえ唱えれば、巻物に焼き付けられた魔術を顕現させることが可能になる。
使いこなせれば便利な代物だが、魔術の奥義を尽くして作成される巻物の数々は、現存する数も希少だ。
そして、それを作成できる者はさらに数少ない。
「Halloween Corps」の隊員である魔女ミュカレは、その技術を習得している数少ない魔術師である。
そして、その効果は並みの魔術師が作成する巻物をはるかに凌駕する。
ザッザッザッ…
今回、頼都が使用したのは、自分の現在地と遠隔地とを繋げる「転移」の巻物である。
巻物から解放された高魔力が巨大な魔方陣を形成。
そして、それを門として、巨大な一団がいま姿を現した。
「うぇっぷ…マジ吐きそ~…ゾンビ汁出そ~…」
「ちょ、やめてよ。もらいゲロはマジ勘弁」
「やっぱさ、転移の魔法って代償ヤバくね?」
「だよねー。三半規管が腐り落ちそうになるわ」
「『ハイハイ、もう腐ってるっしょ』って死体ギャグ、今日のツッコミ担当、誰ー?」
「うーい、あたし。ってか、この担当要る?」
魔法陣から姿を現したのは、女性だけで編成された軍隊だった。
そろいの赤のベレー帽に輝くのは「墓石を割り砕く死者」のエンブレム。
ダークグリーンの野戦服に黒いタンクトップ。
突撃銃を担ぎ、腰にはアダマンタイト鋼のアーミーナイフを差し。
ぐだつきながら隊列を成して行進する。
特筆すべきは、生者とは思えないほど血色の悪い青白い肌と、血のような赤い瞳。
そして、信じられぬことに全員が寸分違わぬ同じ顔をしていた。
「ホラ、全員整列。隊長の前にな。隊長がいい尻してるからって、後ろに並ぶなよー」
まったく同じ顔の中、左頬に縫い傷のあるリーダー格と思しき女兵士が、他の兵士たちを整列させる。
女兵士たちは、それにぐだぐだと騒ぎながら、ようやく頼都に向き直ると敬礼した。
「ちはー『チームZ』でーす。お呼びにより参上しましたー」
まったく緊張感のない報告が終わると、隊員全員が各自バラバラに敬礼する。
それに疲れたように返礼し、頼都はボヤいた。
「…相変わらずだな、お前ら」
「よく分かりませんが、どんと来いです」
「よし。その根拠のない鉄砲玉的な自信は好きだぞ」
頼都は改めて全員を見回した。
彼女たちは「Halloween Corps」所属の特別遊撃部隊…通称「チームZ」。
本隊である頼都たちを補佐したり、時には独立部隊として任務に当たることもある。
隊員は全員が“動屍人”で構成されており、生者は一人もいない。
動屍人はもはや語るまでもないくらいに有名な怪物だろう。
文字通り「動き回る死体」であり、人を襲い、仲間を増やしていく怪物だ。
炎などに弱く、物理攻撃でも倒せるが、中には高位の悪霊によって強力な不死怪物になる個体もいる。
そして、彼女たちは全員ただの動屍人ではない。
「生ける伝説」とまで言われた大魔女ミュカレが選び抜いた遺体から特別に製造し、かつ複製された、いわば「スーパーゾンビ」である。
常人をはるかに凌ぐ怪力に基づいた肉弾戦。
痛覚が無いため傷を受けても動き回り、休息を必要としない耐久力。
程良い知能を有するため、銃火気も扱うことができ、文化的行動すら行ったりする。
そのため、個々の実力は頼都たちには及ばないものの、集団としての戦力は脅威そのものと言えた。
「…随分と奇天烈なものを呼び出したわね」
一連の様子を見ていたもう一人のセリーナが、やや呆れた風に言う。
「言うな。自覚はある」
そう答えてから、頼都はニヤリと笑った。
「だが、腕っぷしは保障しよう。そっちのでくの坊とも十分にやり合えると思うぜ?」
「なにあれ?」
「洞巨人だってさ」
「うぇ、何かキモイ」
「不細工だし」
「それに臭そう」
「IQも低そうじゃね?」
洞巨人と対峙したチームZの面々が好き勝手言い始める。
それを軽く無視し、頼都は号令した。
「命令だ!あのデカブツどもを殲滅しろ!遠慮はいらねぇ、骨も残すな!」
途端に、チームZの面々が突撃銃を片手に分散する。
その動きは訓練された軍隊そのものだ。
こうして月下の森で、異様な戦いが開始された。




