Episode36 Memory -記憶-
Ring-a-Ring-o' Roses, “薔薇の花輪だ 手をつなごうよ”
A pocket full of posies, “ポケットに 花束さして”
Atishoo! Atishoo! “ハックション! ハックション!”
We all fall down. “みぃんな ころぼ”
深い夜の闇に、子ども達の声が響く。
それは幽かに木立の間を反響し、幻想曲となって流れていった。
幼いセリーナがその中を歩いて行く。
その手を引くのは■■■■だ。
ヒンヤリとしたその手に導かれ、セリーナは夢の中を彷徨うように足を進めた。
Ring-a-Ring-o' Roses, “薔薇の花輪だ 手をつなごうよ”
A pocket full of posies, “ポケットに 花束さして”
Atishoo! Atishoo! “ハックション! ハックション!”
We all fall down. “みぃんな ころぼ”
ふわふわと進む足。
ざわざわと騒ぐ木々。
星々は銀貨。
満月は黄金の瞳。
舞い飛ぶ虹色の蝶と、浮遊光。
その中を、セリーナは進む。
夢幻と現実の境界を辿るように、森の奥へ、その奥へ。
Ring-a-Ring-o' Roses, “薔薇の花輪だ 手をつなごうよ”
A pocket full of posies, “ポケットに 花束さして”
Atishoo! Atishoo! “ハックション! ハックション!”
We all fall down. “みぃんな ころぼ”
■■■■が振り向く。
その貌は靄がかかったように不鮮明だ。
彼女はニッコリと笑った。
『ようこそ、常若の国へ』
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「よく眠れたか?」
翌日。
朝の日曜礼拝を終え、神学校の中庭にあるベンチでくつろいでいたセリーナに、頼都(鬼火南瓜)が近付きそう声を掛ける。
それをどんよりとした表情で見上げるセリーナ。
「…ええ。おかげさまで」
「なら何よりだ」
そう言いつつ、セリーナとは背中合わせに座る頼都。
その涼し気な表情を睨みつつ、セリーナは胸の内で呪いの言葉を吐いた。
突然やって来たこの若者は、どこでどう書類を整えて来たのか「セリーナの未成年後見人」としての立場を提示し、この神学校に入り込んでいた。
そして「後見人として、学校におけるセリーナの素行をチェックする」という名目でまんまと居座り、こうして彼女の周辺をうろついているわけである。
頼都の正体や、その目的などを知っているセリーナにしてみれば噴飯ものの事態だが、整えられた書類は裁判所の証明まできちんと行われており、神学校の教師達も疑う素振りも見せなかった。
加えて…
「見て!あそこにいたわ」
「わw」
「噂通りのハンサム♡」
「セリーナの恋人かしら?」
「あんな風に背中合わせにすわっちゃって」
「妬ましい、羨ましい!」
ひそひそと囁き合い、物陰より二人を遠巻きに取り囲むのは、神学校の女生徒達だ。
彼女達の目的は、言わずと知れた頼都である。
人外とはいえ(黙っている分には)頼都は見栄えが良い。
加えて、ここは未来の修道女を目指す禁欲的な女性の園である。
そこに頼都のような若い男性がいれば、恋に恋する乙女達が放っておくはずがない。
結果、セリーナは頼都と共に好奇の視線に晒される羽目になり、随分と居心地の悪い思いをしていた。
「あの、ミスター十逢?」
「頼都でいい」
「…では、頼都さん」
言いなおしてから、なるべく周囲の視線を気にしないように努めつつ、セリーナは続けた。
「私が人間であることは確認できたんでしょう?なら、もう神学校に用は無いはずでは…?」
「まぁな」
生欠伸を噛み殺しながら、頼都がそう言うと、セリーナは声のトーンを一段階下げた。
「では、早急にお引き取りになりやがったらいかがですか…?」
「あいにくと、学校側から一週間の滞在許可を得たばかりでな。そうホイホイと帰ったら、逆に怪しまれる」
「そんなことは私の知ったことじゃないと思いますが」
「それなら俺のことは放っておけ。気にしなくていいから」
「でも、こんなにつきまとわれたら、すんごく気になるんですけど?」
「『お前さんの素行をチェックするために来た』と言った以上、そうするしかない。諦めろ」
ぶちっ
瞬間、セリーナの中で何かが切れた。
「いい加減にしてください!!」
ベンチから立ち上がると、頼都の背中に鋭い視線を向ける。
「『取り替え子』だか何だか知りませんが、私は普通の人間です!これ以上、貴方に監視される覚えはありません!」
「なら、森の中で出会った不思議な子どものことをもっと教えろ」
肩越しに向けられた頼都の視線に、セリーナは沈黙した。
「お前さんの記憶が断片的なのは知っている。だが、もっと情報が欲しい」
「…情報?」
「例えば…お前さんが森に誘われた経緯やその不思議な子どもの言動、そして…お前さんが最後に見た光景とかだ」
「ですから…それはよく分からないんです」
俯くセリーナに、頼都は懐から煙草を取り出した。
「校内は禁煙です」
すかさず飛んだセリーナの言葉に、頼都は珍しく苦々し気な表情になり、煙草を懐にしまう。
そして、おもむろに告げた。
「いいか、物事には必ず『起こり』と『結び』ってもんがある。お前さんが体験した『出来事』だって、それは変わらないし、それがはっきりしない以上、お前さんが『取り替えっ子』ではなく人間だっていう保証はない」
「人の裸を勝手に調べたくせに、まだ足りないんですかっ!?」
ざわっ
カッとなって思わず上げた大声に、セリーヌ達を取り巻く女生徒達が一斉に騒めく。
ハッとなってから、赤面しつつ、セリーナは再びベンチに腰を下ろした。
「と、とにかく!私はあの子との記憶は鮮明ではないんです。これ以上探られても、何も思い出せません!」
小声に戻ってそう告げると、頼都はジロリとセリーナを見やった。
「なら…『魔法』の話を聞かせろ。その子どもが使ったというやつだ。どんな『魔法』だった?」
しばしの無言の後、セリーナはおもむろに語り出した。
「…森の中でのことです」
遠い記憶の糸を手繰るように、セリーナはか細い声で続けた。
「あの子が私の手を引いて歩いて行った時、歌が聞こえました」
「歌?」
「ええ…」
「どんな歌だった?」
「確か…『Ring-a-Ring-o' Roses』という童歌でした」
無言のまま、頼都は先を促した。
「その後、私は森の奥へ奥へと連れていかれて、」
「それから?」
「それから…森の奥が…金色に輝いて…そこには…」
「セリーナ=エアハートさん」
不意に。
その場には居合わせなかった三人目の声が割り込んだ。
見れば、一人の修道女が二人を射抜くように目詰めている。
背が高く、眼鏡をかけたキツ目の女性だ。
「シスター・マチルダ…!」
弾かれたように立ち上がるセリーナ。
その前につかつかと歩み寄って来たシスター・マチルダは、強張った声で言った。
「先程から中庭が騒がしいと思ってやって来てみれば…一体何の騒ぎですか?」
「あ、あの…その…」
しどろもどろになるセリーナに、シスター・マチルダは声を低くした。
「それに、聞いていれば随分と破廉恥なことを大声で…貴女、ここがどういった場所か分かって?」
「はい…すみません…」
しょんぼりと頭を下げるセリーナから、頼都へと視線を移すシスター・マチルダ。
「ミスター・十逢。セリーナさんの後見人とお伺いしてはおりますが、よもや、貴方が騒ぎの元ということではないですよね?」
威圧的なその物言いに、頼都はにこやかに笑い返した。
「いいえ、まさか。ですが、彼女も今は多感な年頃です。このくらいの若者達は皆、ちょっとしたことでも、大きな刺激として受け止め、つい騒いでしまうものですよ。貴女にもそんな頃があったのではありませんか、シスター・マチルダ」
その柔らかな微笑みに、周囲に潜んでいた女生徒達から溜息の歓声が上がる。
しかし、シスター・マチルダは動じた様子も無く、
「成程。随分と若年層の心理にお詳しいようですね。そのさも見てきたかのようなお言葉に、個人的に大変興味があるのですが。宜しければ、詳しい『証拠』をお見せいただけますか?」
と、やんわり頼都をけん制する。
それに頼都は芝居がかった様子で両手を広げてみせた。
「ええ、いいですとも。『証拠』ならホラ、周りにこんなにたくさんおりますよ?」
その言葉に、シスター・マチルダが周囲を見回すと、ギャラリーの女生徒達が慌てて身を隠す。
頼都はさわやかに笑った。
「他者の会話を盗み見・盗み聴きは認められたものではありませんが、これも好奇心旺盛な若者特有の性というもの…例え貴校の教えをもってしても、押し止められるものではありますまい」
「貴女達!礼拝が済んだのなら、早く寄宿舎に戻りなさい!」
たちまちシスター・マチルダの叱咤が飛ぶ。
すると、隠れていた女生徒達が一斉に散り始めた。
それを見送ると、頼都はベンチから立ち上がった。
「それでは私もここで一度失礼しますよ。セリーナ、また後で会おう」
そう言うと、頼都は片手を挙げ、二人を残したまま歩み去っていった。




