Episode34 The End of Loneliness -孤独の終焉-
Die Blumelein sie schlafen
schon langst im Mondenschein,
sie nicken mit den Kopfen
auf ihren Stengelein.
Es ruttelt sich der Blutenbaum,
es sauselt wie im Traum:
Schlafe, schlafe, schlaf du, mein Kindelein!
“月の明かりの下 花も眠る
花びらを垂らし
夢の中でざわめき揺れる
眠れ 眠れ 我が子”
歌が聞こえる。
美しく、物静かな歌声だ。
それは子守唄。
愛しき子を、安らかな眠りへと導く夢の誘い。
自らを包む心地よいまどろみの中、メアリー(人工生命体)はうっすらと目を開いた。
そこは見慣れた研究所だった。
そして、いつものように自分を包む円筒型のシリンダーと調整液。
それがわずかに視界を歪ませる。
目の前には一人の男がいた。
後ろに撫でつけた銀髪に鷲鼻。
ワインレッドの長衣を纏った長身の男だった。
男…「狂乱のアメルハウザー」こと、ディートハルト=アメルハウザーは、シリンダー越しにいつもより眉間に深い皺を刻みつけたまま、瞑目した。
「…我、及ばず…か」
苦悩に満ちたその独白に、何故だかメアリーの胸を閉めつけた。
「あの男に依頼を受け10年。オリジナルを元に製造したが…結局は『失敗作』だったわけか」
失敗作…?
その言葉がメアリーの胸を疼かせる。
同時に疑問が生まれた。
マスターは、何を言っている…?
何が失敗策なのだ?
自分ではないことは確かだ。
何せ、自分はマスターが持つその錬金術の真髄を集結させて製造した、世界で唯一の存在。
まず、この身にはあらゆる叡智が宿る。
他とは違う高位の“人工生命体”である自分は、このシリンダー越しに全てを学ぶごとができた。
それに「次元跳躍」
この世界に物理・霊的干渉を行うことが可能な状態で、自分の身を位相空間に転移させる。
この状態になれば、例え神や悪魔でも彼女を目視・察知できない。
平たく言えば“透明人間”だ。
だから、違う。
失敗作とは違うのだ。
違う…はずだ。
…お願いです、マスター。
「違う」と言ってください。
しかし、アメルハウザーはシリンダーに背を向けた。
その視線の先には、一人の少女がいた。
小柄で、前髪が長く目が隠れるほどだ。
紫がかった黒髪を編み上げ、古風なメイド服を着たその少女は、行儀よく両手を前で組み、静かにたたずんでいる。
アメルハウザーは少女に近付くと、その肩に手を置いた。
「…アレは寿命細胞に欠陥がある」
「…」
アメルハウザーの言葉に、メアリーの目が大きく見開かれる。
驚きと絶望に戦慄くメアリーの心境など気付かぬまま、アメルハウザーはわずかに俯いた。
少女は無言のままだった。
「『Ωの棺』とお前が手元にありながら…我が宿願にしてあの男からの依頼…“真人の想像”は叶わなかった」
痛ましげな視線を少女に向けるアメルハウザー。
それは、メアリーの記憶の中にあるものより、幾分老けこんだ横顔だった。
「許せ、フランチェスカ。お前が望んだ伴侶は…私には造れなかった」
いま、マスターは何と言った…?
「伴侶」?
自分が…?
自分はこの少女の…ただそれだけのために造られたというのか…?
視界が滲む。
メアリーは調整液の中で、声無き慟哭を漏らした。
だが、それはわずかな気泡となって消えていく。
同時に湧いた感情もあった。
それはメアリーにとっては初めて得た感情。
フランチェスカさえ望まなければ…いや、存在しなければ…!
憎しみだった。
「ご自身を責めないでください、マスター」
そこでフランチェスカが初めて声を発する。
ひどく無機質で、感情が欠落した声だった。
「今までもこれからも、ずっと孤独は慣れておりますから」
メアリーが再び目を見開く。
フランチェスカの目元は見えない。
が、そこにメアリーはわずかな悲しみの色を見た気がした。
「…間もなく、あの男から譲与された疑似主人の期限が尽きる。そうなれば、お前の記憶もリセットされるだろう」
アメルハウザーがフランチェスカの肩から手を離す。
「せめてもの詫びというわけではないが、アレには調整器の起動用素体としての能力も備えさせた。だから、いざという時はお前の総身点検の助力となるはずだ」
そう言うと、アメルハウザーは部屋を出て行こうとした。
「…私は“真人の創造”を諦めたわけではない」
去り際に、アメルハウザーが独り言のように呟く
「じきに、かの禁書を盗み取ったことは『王の紋章』の魔術師どもに知れ渡るだろう。故に私はここを去らねばならん」
フランチェスカはその背を目で追った。
「この研究所はどうなさるのですか…?」
「あの好奇心旺盛な弟子にでもくれてやるさ。ああ、すまんが、行き先は聞くな」
そこで、アメルハウザーはフランチェスカを見やった。
「あの男の元に戻り、魔物狩りを行うようになれば、もしかしたらお前とはいずれ敵対するようになるかも知れんからな」
「…」
「さらばだ、“真正の雷電可動式人造人間”よ。いつの日か、お前のささやかな望みが叶うことを祈っておこう」
Die Vogelein sie sangen
so sus im Sonnenschein,
sie sind zur Ruh gegangen
in ihre Nestchen klein.
Das Heimchen in dem Ahrengrund,
es tut allein sich kund:
Schlafe, schlafe, schlaf du, mein Kindelein!
“陽の光の中 囀る小鳥も
羽根を休める小さな巣の中
落ち穂の中で一人鳴くコオロギ
眠れ 眠れ 我が子”
そして。
メアリーは静かに目を閉じた。
歌声に誘われ、夢見る幼子のように。
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メアリーが目を開くと、そこには自分を覗き込むように目を閉じているフランチェスカの顔があった。
その口からは、先程聞いた子守唄の余韻が漏れている。
ドイツの音楽家ブラームス作曲の「眠りの精」だ。
そして、メアリーは自分がフランチェスカに膝枕されていることにようやく気付いた。
フランチェスカの目が開かれる。
紫と翠。
その長い前髪のせいで気付かなかったが、自分の蒼赤の異色瞳と同じく、フランチェスカの瞳もまた異なる色だったのだ。
「…今のこの状況を説明してもらえるかしら?」
努めて冷静を装い、メアリーが尋ねると、フランチェスカは静かに応えた。
「貴女が昏倒状態に陥ったので、健康点検を行いつつ、覚醒をお待ちしておりました」
「そう。ご説明ありがとう。で、これから私はどうなるのかしら…?」
「フランの総身点検を手伝って欲しいな」
声の方を見ると、アルカーナ(吸血鬼)が壁に背を預け、たたずんでいる。
「それくらいは、勝者の権利として求めても罰は当たらないと思うが、どうかな?」
「拒否権は…なさそうね。そんなことしたら、このまま首を引っこ抜かれそうだもの」
諦め顔のまま身を起こすメアリーに、アルカーナは微笑した。
「話が早くて助かるよ…だ、そうだ那津奈。喜びたまえ」
「ふわ~、助かるよ~」
そう言いながら、操作盤とにらめっこをしていた那津奈(錬金術師)が笑う。
「『産屋』の調整が結構難しくてね~。師匠なしだと手間がかかっちゃって~」
「仕方ないわね」
そう言いながら、メアリーは立ち上がった。
そして、チラリとフランチェスカを見やる。
「…何故、私を壊さなかったの?」
「…」
「悪いけど、私は本気で貴女を殺すつもりだったわよ?」
その言葉に、フランチェスカは小首を傾げた。
「分かりません」
「はあっ!?」
思わず声を上げるメアリー。
それにフランチェスカは続けた。
「ただ…貴女を孤独にしたくなかったのです」
その言葉に、メアリーは驚きの表情を浮かべた。
「貴女…まさか、記憶が…?」
「?」
しかし、フランチェスカは不思議そうにしている。
そんな様子に、メアリーはやや苦笑した。
(そんなわけないか…偶然ね、多分)
心の中でそう呟くと、メアリーはフランチェスカに手を差し出した。
「ほら、立ちなさいよ。じゃないと総身点検を始められないでしょ」
頷きつつ、メアリーの手におずおずと触れるフランチェスカ。
その様子を見ていたアルカーナは、あることに気付き、ふと微笑した。
(いい笑顔だよ、フラン)
手を握り合った二人の姉妹に、アルカーナは薔薇を手にしつつ、そっと祝福したのだった。
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その後。
「…で、これが土産ってわけか」
「永夜の城館」の自室で、頼都(鬼火南瓜)がこめかみを押さえつつぼやいた。
その眼の前には、アルカーナとフランチェスカ、そして膨れっ面のメアリーが並んでいる。
「アル、一体どういうことか説明しろ。お前にはフランの目付役は頼んだが、新隊員の勧誘までは頼んでねぇぞ」
ジト目になる頼都に、アルカーナは苦笑した。
「いやあ、それには長い話があってね…後で詳しく話すよ、頼都君。それにメアリーの隠密能力は天下一品だ。任務に当たって、心強い味方になってくれると思うよ」
「あのねぇ!私は別に入隊なんか希望した覚えはないんだけど!?」
フランチェスカに「連れて帰る」と強引に押し切られ、透明化しつつ逃げようとしたものの、再度感電させられ、拉致されてきたメアリーが抗議の声を上げる。
それに、フランチェスカが手に紫電を走らせつつ言った。
「姉の言うことは聞いてください」
「だーかーらー!それは比喩っていうか、言葉のアヤっていうかー!きゃー!そのビリビリ近付けんなー!」
フランチェスカに壁際にじりじりと追い詰められ、青ざめるメアリー。
そんな彼女に、頼都が言った。
「おい、新人。お前の生みの親はアメルハウザーって本当か?」
「ほ、本当よ!なに!?何か不満なの!?」
怯えつつそう答えるメアリーに、頼都は呟いた。
「あいつめ…こんな形で依頼を果たしやがって」
溜息と共に立ち上がると、頼都は言った。
「しゃあねぇ。一応入隊志願者にはしてやるよ。代わりに、お前の名前は今日からただのメアリーにしろ。フランケンシュタインは一人で十分だ」
やや投げ槍にそう言いながら、頼都は窓辺に立った。
今夜も月が静かに美しい光を放っている。
代わりに、城館はかなり騒がしくなりそうだった。
「あと、私のことは『お姉ちゃん』と呼んでください」
「うっさい!誰が呼ぶもんですか!ひっ!?いいからその手を引っ込めなさいよー!!」




