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Halloween Corps! -ハロウィンコープス-  作者: 詩月 七夜
第四夜 Frankenstein's Dream
29/46

Episode28 Vampire Load -鮮血の君主-

 コトリ、と目の前の白骨が微かに崩音を立てた。

 それをただ見詰めていた()()は、ふと我に返る。


 暗闇に包まれた室内。

 一人、玉座に座していた彼女は、ようやくかなり時間が経ったことを知覚した。


 記憶が確かなら、目の前の白骨は一人の聖職者()()()()()だ。

 彼女の目の前に現れた時は、それはまだ血肉を宿し、一つの生命体として在った。

 が、彼は彼女を「邪悪」と(そし)り、彼女の言葉に耳を貸すことも無く、彼女を滅しようとした。

 それが如何に無謀かつ愚かな所業だったのか。

 彼はいま、骨になってからそれを思い知っているだろう。


 (いわ)く「Dの血統」

 曰く「鮮血の君主(ヴァンパイアロード)

 曰く「魔薔薇(デモンローズ)


 彼女を表す呼び名は数多くある。

 深い闇の中で語り継がれてきた恐怖の伝説も、また。

 「不老不死(イモータル)」の代表たる怪物。

 夜を支配するその一族の中でも、特に旧く、恐れられた存在。

 そんな彼女に定命者(モータル)ごときが挑むこと自体、いかに無謀であるか。

 目の前の白骨が、その証明であると言えた。


(詰まらない…)


 朽ち始めつつある白骨を、一体どのくらい前から見詰めていたのだろう。

 彼女に生気を奪われ、骨と皮だけと化し、物言わぬ骸となった聖職者。

 立ち昇る腐臭と湧き始めた(うじ)共を、何をするでもなく見つめ続け、ただ過ぎ去る時間を忘れて、何十年。

 途方もない時間を用いたそれは、彼女にとっては他愛のない「暇潰し」だ。

 時たま彼女の居城を訪れる命知らずな獲物の相手をし、その骸が骨になるまでの間、ただ見詰めるだけの意味の無い行為。

 しかし、何の益体も無いそんな行為に費やす時間すら、彼女にとってはいくら汲んでも尽きない海水に等しい。

 

 「…む?」


 ふと。

 彼女は闇の奥を見やった。

 開け放たれた扉の先の暗闇の奥…そこから、何か得も知れぬ気配が感じ取れる。

 やがて、地獄の闇をも見通す彼女の目に、ひと際黒いライダースーツのような服を身に付けた一人の男が映った。

 年の頃は二十代半ば。

 端正な顔に漆黒の髪。

 赤銅色の瞳が、闇の中から彼女を射抜く。

 男は恐れる風も無く、一歩ずつ彼女に向かって歩いて来た。


「お前がアルカーナ=D(ドラクル)=ローゼス三世か…?」


 静かに燃える熾火(おきび)のような声で、男がそう尋ねてくる。

 彼女…アルカーナは目を細めた。


「…すまないが、無断で我が城を侵し、名乗りもしない不躾(ぶしつけ)な輩と交わす言葉は無い」


 そうして、深紅の瞳を光らせる。


()()ね、下郎。命が惜しくば…な」


「命か。ふん…欲しけりゃくれてやるさ」


 そう言うと、男は右の手の平をその眼前で開いた。


「ただし…お前みたいな小娘に()()()()()()()()()()()()、だがな」


 その手の平の中に(ごう)、と赫い炎が咲いた。

 暗かった室内が、あまねく照らし出される。

 アルカーナの人外の中性的な美貌と、漆黒の夜会服(インバネス)外套(マント)が炎に浮かび上がった。

 が、彼女は動じることなく、僅かに溜息を吐く。


「下らない」


「あん?」


「『下らない』と言ったのだ、下郎」


 不可思議な力を発現させる男を前に、アルカーナはその退廃的な表情を崩さなかった。


「そのような大道芸を『異能』と誇り、我が眼前を汚す輩は掃いて捨てる程見てきた。お前もその一塊に過ぎぬのだろう」


 白銀の髪を掻き上げ、アルカーナは続けた。


「私はいま疲れている。目こぼしをくれてやるから、さっさと()ね」


生憎(あいにく)とこちとら仕事でな」


 右拳に紅蓮の炎を(まと)わせつつ、男が薄く笑う。


「お上から言われているのさ…『時代遅れの藪蚊(むしけら)貴族を始末して来い』ってな」


「忠告はしたぞ」


 言うや否や、アルカーナは左手で眼前を払うように振った。

 それだけで五本の爪が光線(レーザー)の如く(はし)り、男の五体を貫通する。

 避けることも叶わず、串刺しになる男。

 その一本は、男の心臓を確実に貫いていた。

 ほぼ即死である。

 細かく痙攣しつつ崩れ落ちるその身体を見下ろしながら、アルカーナはふと目を伏せた。


「本来なら、お前のような下種(げす)の血など口にするのも値せぬが、薄汚い血で床を汚されると下女共が掃除に困るのでね…まあ、これは迷惑料だと思いたまえ」


 伸びた爪がその切っ先から深紅に染まる。

 その滴りが指先まで達すると、男の身体が少しずつ縮み始めた。

 命の源…血液が奪われているのだ。

 さもありなん。

 アルカーナは、夜に生きる闇の貴族…吸血鬼ヴァンパイアだった。


「ふん、予想通り不味い血だ………!?」


 そう呟いた瞬間、アルカーナは咄嗟に伸ばしていた爪を引き抜いた。

 元の長さに戻ったその爪は、いずれも焼け焦げていた。

 内心、瞠目するアルカーナの眼前で、死体だったはずの男が、ゆっくりと起き上がる。


「勘が鋭いな」


 男は傷が完全に塞がるのを確認してから、そう言って笑った。


「もう少しで、骨の髄まで消し炭にしてやったんだが」


「貴様…」


 反対になかなか癒えない爪先の火傷に、アルカーナが男を睨む。


「ただの人間ではないな…?」


「名乗りがまだだったな」


 アルカーナの問いを無視しつつ、男が再び右手に炎を宿す。


「俺は十逢(とあい) 頼都(らいと)


 その火影に揺れる(かお)に、炎の悪魔の如き凶相が浮かぶ。


「分かりやすく“鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン”って言った方がいいか?」


 男…頼都の目が炎に揺れる。

 アルカーナは初めて驚きの表情を浮かべた。


「…聞いたことがある」


 アルカーナはまるで頼都の炎に引き寄せられるように、一歩踏み出した。


「遙か昔、悪魔との取り引きで、とある魔石を奪い取ったため地獄にも行けず、その罪のために天国にも迎え入れられない魂を持った、永遠の彷徨い人(ドリフター)がいる…と」


「…へぇ。お前みたいな旧い怪物にも知れ渡るとはな」


 頼都は肩を(すく)めた。


「無駄に長生きしてみるもんだ」


「もう一つ、聞いた噂がある」


 アルカーナの声が低くなった。


「その彷徨い人は、今度は人間共とある盟約を交わし、人に仇成す怪物達を狩るようになった。いわば我々闇の世界に生きる者達にとっては()()()()だな」


 その目が僅かに細まる。


「そして、その裏切り者は『(ルール)』に乗っ取った狩りの対価に、()()()()を得ようとしているとか…」


 今度は無言になる頼都。

 アルカーナは侮蔑を込めて尋ねた。


()()()()()()()()()()()()()()()()


「へっ…」


 頼都の右手の炎が、激しく燃え上がる。

 赤銅色の瞳には、しかし何の感情の色も浮かんでいなかった。


「死ねないってのは想像以上に退屈なのさ」


 一転、からかうように笑みを浮かべる頼都。


「そう言うお前も、身に覚えがあるんじゃねぇのか?」


「無礼者め!」


 足元に転がる白骨を踏みつぶしながら、アルカーナは初めて怒りの表情を見せた。


「私が歩む無限の時間(とき)は、偉大なる神祖の血によるご加護だ!その偉大なる血筋を、貴様のような下種のそれを比べるな!」


「そう怒るなよ。まるで図星に聞こえるぜ?」


 アルカーナは怒りの表情のまま、腰の細身剣(レイピア)の柄に手を掛けた。


「ほざくな、不遜な永遠の罪人め!神にも悪魔にも見捨てられたその薄汚い命、我が剣にて億片まで切り刻み、無限獄の闇にでもうち捨ててくれよう…!」


「面白れぇ。やれるものなら…」


 頼都は不敵に笑いながら地を蹴った。

 対するアルカーナが一気に細身剣(レイピア)を引き抜く。


「やってみやがれ!」


 炎と。

 刃が交錯した。


-----------------------------------------------------


 Hihi-----n!!


 一角獣(ユニコーン)(いなな)きが洞窟に響き渡る。

 続けて額の一本角で狙いを定め、アルカーナ目掛けて一足飛びで突進。

 更にその都度加速していく一角獣(ユニコーン)

 その速度は、疾走というより、もはや空間跳躍(リープ)といった方が相応しい。


(速い…!)


 間一髪でその一撃を(かわ)すアルカーナ。

 吸血鬼の超人的な身体能力をもってしても、捉えるのがやっとだった。

 躱されたと知った一角獣(ユニコーン)は、その勢いを殺すことなく、慣性の法則を無視したV字ターンで再度突進してくる。

 それを目の当たりにしたアルカーナは目を剥いた。


(やはり!この獣は、僕達が認知する魔術体系以外の何かを身に付けている…!)


 一角獣(ユニコーン)の突進が更に速度を増す。

 眼前に迫る鋭い角の切っ先。

 そこから溢れる力の奔流に、アルカーナは僅かに顔を強張らせた。

 強い浄化と治癒の力を有し「生命」を体現化したような一角獣(ユニコーン)は、アルカーナのような不死怪物(アンデッド)にとっては猛毒ともいえる「聖属性」の力をその身に宿している。

 故に、その一撃を身に受ければ、アルカーナ自身も無事では済まない。

 それは、吸血鬼の王の血統に連なる「吸血鬼君主(ヴァンパイアロード)」であろうと変わらないだろう。


「ハァッ!」


 迫る角を、宙に舞うことで辛うじてやり過ごすアルカーナ。

 「飛行能力」はアルカーナに限らず、高位の吸血鬼ならば誰でも保有する超能力である。

 とりわけ、アルカーナはこの超能力に優れ、隊の中でも随一の空戦能力を持っていた。

 相手の頭上を取ったアルカーナは、次の瞬間、黒い疾風と化して一角獣(ユニコーン)に急降下する。

 同時に自らの黒い外套(マント)の端を手に取り、一角獣(ユニコーン)目掛けて突進した。


ザン…!


 すれ違いざまに一角獣(ユニコーン)の首へ外套を打ち振るうアルカーナ。

 すると、外套の端が鋭い大鎌のように変化し、一角獣(ユニコーン)の首を刈ろうと襲い掛かる。

 しかし、白い獣はそれを寸でのところで避けた。

 黄金の(たてがみ)が数条、宙に舞う。

 すれ違うように着地しつつ、アルカーナは油断なく一角獣(ユニコーン)を見据えた。

 対する一角獣(ユニコーン)も、鼻息を荒くしつつ、アルカーナを睨む。

 立ち位置を変えつつ、両者は再度相対した。


「今の一撃を避けるか…やるな、聖なる獣」


Burrrrrrrr…


 不敵に笑うアルカーナの言葉が分かるのか、或いはその立ち振る舞いからニュアンスを感じ取ったのか。

 自らの身体を傷つけた不浄なる存在に、怒りに燃えた視線を向ける一角獣(ユニコーン)

 純白のその身体を震わせ、前足で何度も地面を蹴り上げる。

 その様子に、アルカーナはうっすら笑みを浮かべた。


「フッ、そうしていると、まるで闘牛の牛のようだな」


 そして、自らの外套を広げ、細身剣(レイピア)を片手に深紅の裏地をひらひらと揺らす。


闘牛(それ)がご所望なら、闘牛士(マタドール)の真似事くらいはしてみせるが?」


 小馬鹿にしたその様子に、白い獣が怒りの色を目に浮かべる。

 興奮した馬のように後ろ足で立ち上がり、鋭く(いなな)く。

 そして、そのまま再度アルカーナへと突進し始めた。


(かかった!やはり、気性の荒さは伝承通りだったな)


 内心、薄く笑うアルカーナ。

 神秘を湛えたその純白の身体から、一角獣(ユニコーン)には大人しく、理知的なイメージが付きまといがちだ。

 しかし、実際は非常に気性が荒く、純潔な乙女以外には絶対に懐くことは無い獣である。

 そこを逆手に取り、アルカーナは相手をわざと挑発し、真正面からやって来るように差し向けたのだった。

 緒戦のように、空間跳躍の如き速さで突進してくる一角獣(ユニコーン)

 それに対し、アルカーナは少しづつ背後の岩壁へと後退る。

 彼女の狙いは一つ。

 一角獣(ユニコーン)の突進力を逆手に取った自爆だった。

 このまま、一角獣(ユニコーン)の突進を躱し、一角獣(ユニコーン)を背後の岩壁にぶつけ、自爆をさせる。

 あの巨体に、あの突進力である。

 急な制動などできるはずもない。

 更に言えば、岩壁までの距離を考えると、先程のような物理力学を無視したターンも不可能だろう。

 そして、強固な岩壁に激突すれば、さすがの一角獣(ユニコーン)も、ただでは済むまい。

 最悪、隙の一つくらいは出来るはずだ。

 そうなれば、勝機はその一瞬に生まれる。

 動きさえしなければ、アルカーナにはいかようにもこの幻獣を仕留められる自信があった。

 目の前に迫る一角獣(ユニコーン)

 その相対距離を見極め、アルカーナは先程同様に飛翔した。


(もらった…!)


 勝利を確信するアルカーナ。

 突進スピードを考えれば、最早いかに急制動をかけようとも激突は免れまい。

 そう思った時だった。


Hihiiiiiiin!!


 鋭い嘶きを上げる一角獣(ユニコーン)の巨体が、一瞬で停止した。

 目を見張るアルカーナ。

 そして、飛び上がりつつあったその右足を、一角獣(ユニコーン)の角が捉えた。


「ぐあっ!?」


 焼けるような痛みが、アルカーナの右腿を襲う。

 思わず苦痛の悲鳴を上げて、下を見下ろすと、彼女の右太腿を一角獣(ユニコーン)の角が貫通していた。 

 あり得ないことだった。

 あれだけ高速で突進してきた巨体が、踏ん張った痕跡すら地面に残さず、狙いすましたように急静止し、アルカーナに一撃を加えたのである。


(これも慣性制御か…!?)


 生まれて初めて味わう激痛に美貌を歪ませつつ、アルカーナは地面へと墜落した。


「アル~!」


「援護に向かいます…!」


 その様子を見ていた六堂(ろくどう) 那津奈(なづな)錬金術師(アルケミスト))が思わず叫ぶと、その傍らにいたフランチェスカ(雷電可動式人造人間フランケンシュタインズモンスター)がフォローに入るべく駆け始める。

 が、それをアルカーナが手で制止した。

 足を止めるフランチェスカ。


「『那津奈を守れ』と言ったはずだよ、フラン」


「…」


「安心したまえ。この程度で音を上げるようでは…騎士は務まらない!」


 言うや否や。

 アルカーナは一角獣(ユニコーン)の頭部を左足で蹴り、強引に角を引き抜こうとする。

 肉が避ける嫌な音が洞窟内に響き、那津奈は思わず顔を背けた。


「い、痛い~!それ痛いやつ~!」


「ぐっ…はあああああっ!!」


 渾身の力を込めて蹴った反動か、大きく後方に投げ出されるアルカーナ。

 大きく(えぐ)れた傷跡からは、鮮血と共に、肉が焼けるようなにおいや煙、白い灰がこぼれた。

 一角獣(ユニコーン)の角に秘められた聖なる力が、不浄なる不死怪物(アンデッド)の身体を浄化した結果である。

 ジュウジュウと白煙を上げる傷口を見やりながら、歯を食いしばり、苦痛に耐えるアルカーナ。

 一方の一角獣(ユニコーン)は額から首までを流血で深紅に染め、悠然と這いつくばるアルカーナを見下ろしている。

 それにアルカーナは鋭い犬歯を覗かせ、呟いた。


「挑発に煽られた演技までこなすとはね…まんまと騙されてしまったな」


 恐らく、この幻獣は最初からアルカーナの作戦に気付いていたのだろう。

 だから、わざわざ激昂したように見せかけ、後先考えぬ突進を「演技」した。

 そして、得意の慣性制御により急停止。

 宙へと逃れたアルカーナを狙い撃ちにしたのだ。


Burrrrrrrr…


 打って変わった理知的な瞳でアルカーナを見下ろす一角獣(ユニコーン)

 しかし、おもむろに角を水平に構える。

 その意図は明白だ。

 生命に由来する聖なる獣として、不浄なる存在を滅ぼす。

 アルカーナは目を細めた。


「介錯をしてくれるのか」


 その全身は(おこり)にかかったように細かく震え、傷口からはなおも白煙が上がり、その周囲が灰化している。

 たった一撃。

 それだけで、不老不死の肉体が崩壊へと向かっていた。


(死ねるのか…ようやく)


 アルカーナは胸中で静かに呟いた。

 生まれ出でてから三百年以上の時を生き、誇り高き神祖Dの血統を受け継いできたアルカーナ。

 永劫に続くその時間の中、いつしかアルカーナが抱いていたのは「虚無」だった。

 地位も名誉、不老不死にすら約束された未来無き未来。

 ただ「存在する」という、目的の無い日々に、彼女は全ての情熱を失っていた。


 故に。

 その胸の中に、滅びへの渇望がいつしか生まれた。


 本来ならば、それは吸血鬼としては許されないものだ。

 なにしろ、神祖の血筋はアルカーナ一人のものでは無い。

 父母をはじめ、数人の大貴族が厳格な(ルール)を敷き、その血統を守っている。

 死すら安易に自由には選べない。

 だから、アルカーナ自身が選べるものはとても少なかった。

 その拘束から解放されるためには「他者に敗北し、滅びる」しかない。

 いま、彼女の目の前にはそれがあった。


(これで楽になれる…)


 目を閉じるアルカーナ。

 その(まぶた)の裏に。

 かつて目にした、鮮やかな()()()が焼き付いていた。


 一角獣(ユニコーン)が突進する。

 水平に構えられた角が鈍く光り、汚れたアルカーナの血を一瞬で蒸発(浄化)した。


 遠く、那津奈の悲鳴が響く。

 慌てた風に駆け寄る足音は、たぶんフランチェスカのものだろう。


(あれほど、言ったのに。僕を助けるために…まったく、仕方がない()だ)


 僅かに苦笑するアルカーナ。

 脳裏に、旅立ちの際、彼女に伝えた言葉が浮かぶ。


『このアルカーナ、誠心誠意、君を守ろう』


(…嘘つきになってしまうな)


 アルカーナの目がそっと開かれる。

 直後、鈍い音と衝撃音が洞窟内に響いた。



 目を見開く那津奈の前で。


 アルカーナの心臓に一角獣(ユニコーン)の角が突き立てられていた。




「アルカーナ!」




 そう叫んだのは、果たして那津奈だったか。

 それとも、アルカーナを助けようと走り始めた、目の前の人造人間の少女だったか。


 そのまま、岩肌に突き刺さる一角獣(ユニコーン)の角。

 完全に串刺しになったアルカーナの身体から、凄まじい白煙が上がる。

 同時に、その身体が一瞬で溶けるように消失した。


「そ、そんな…」


 呆然となる那津奈。

 駆け出していたフランチェスカも、崩壊したアルカーナの姿に棒立ちになる。


Burrrrrrrr…


 一角獣(ユニコーン)が岩肌から角を引き抜く。

 そして、大きく首を振ると、今度はフランチェスカに向き直った。

 そのまま二度三度、前足を蹴る。

 フランチェスカは棒立ちのままだ。


「フランちゃん!」


 那津奈の呼び掛けにも、微動だにしないフランチェスカ。

 前髪に隠れたその視線は、アルカーナのいた場所に吸い寄せられている。

 一角獣(ユニコーン)が嘶く。

 先程角を掴まれ、放り投げられた相手を忘れたわけではなさそうだ。


「…大気成分、探査(サーチ)完了…」


 誰とはなしに呟くフランチェスカ。

 それを意に介した風も無く、一角獣(ユニコーン)が疾走を始める。

 那津奈が再度声を上げた。


「フランちゃん、逃げて!」


 一角獣(ユニコーン)の角の突進力は、岩肌に刻まれた痕跡が如実に語っている。

 先程、フランチェスカが角を掴めたのは、彼女の怪力もあるが、横合いから割り込んだせいもある。

 しかし、今度は真正面から相対する形だ。

 その衝撃や破壊力は、先程受け止めた時の比ではない。


「距離…30…20…10…」


 微動だにしないフランチェスカ。

 そして、不意に声を上げた。


()()()()()()()()()()()


 (心得た)


 そんな声が。

 大気中から響いた。

 それが消滅したはずのアルカーナの声であることに気付いた那津奈は、ハッとなって周囲を見回す。

 そこにはアルカーナが消滅した時に立ち昇った煙が漂っていた。

 いや。

 那津奈は目を見張った。


(これは…煙りじゃないよ~!?)


 瞬間。

 ()()一角獣(ユニコーン)の背中に現れた。

 いや、正しくは()()()()()()()

 背中の存在に気付いた一角獣(ユニコーン)が、急制動を行う。

 背中に向けたその目に映ったのは、漆黒の夜会服(インバネス)と外套。

 そして、凍るような人外の美貌に光る深紅の瞳だった。


()()()()()一角獣(ユニコーン)


 それが今しがた自分が消滅させた相手と知り、聖なる獣は激しく動揺した。

 そんな相手の反応を楽しむかのように、夜の貴族…アルカーナが微笑する。


「君の角がいかに鋭く、どれだけ清らかでも、()()()()()()()()()()()()()?」


 それに那津奈が声を上げる。


「吸血鬼の『霧化』能力!」


「そういう事だ。今度は僕が演技させてもらったよ」


 妖艶に微笑みながら、アルカーナは自らの外套を手にした。


「さようなら、聖なる獣。そこそこ楽しめたよ」


ザン…!


 外套を一閃すると共に、一角獣(ユニコーン)の太い首が鮮やかに切り裂かれた。

 切断された切り口から噴き上がる鮮血の雨を防ぐように、マントで身を庇いながらアルカーナは静かに告げた。


「悪いが嘘を吐くのは、()()()()()()()()()()

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