Episode28 Vampire Load -鮮血の君主-
コトリ、と目の前の白骨が微かに崩音を立てた。
それをただ見詰めていた彼女は、ふと我に返る。
暗闇に包まれた室内。
一人、玉座に座していた彼女は、ようやくかなり時間が経ったことを知覚した。
記憶が確かなら、目の前の白骨は一人の聖職者だったものだ。
彼女の目の前に現れた時は、それはまだ血肉を宿し、一つの生命体として在った。
が、彼は彼女を「邪悪」と誹り、彼女の言葉に耳を貸すことも無く、彼女を滅しようとした。
それが如何に無謀かつ愚かな所業だったのか。
彼はいま、骨になってからそれを思い知っているだろう。
曰く「Dの血統」
曰く「鮮血の君主」
曰く「魔薔薇」
彼女を表す呼び名は数多くある。
深い闇の中で語り継がれてきた恐怖の伝説も、また。
「不老不死」の代表たる怪物。
夜を支配するその一族の中でも、特に旧く、恐れられた存在。
そんな彼女に定命者ごときが挑むこと自体、いかに無謀であるか。
目の前の白骨が、その証明であると言えた。
(詰まらない…)
朽ち始めつつある白骨を、一体どのくらい前から見詰めていたのだろう。
彼女に生気を奪われ、骨と皮だけと化し、物言わぬ骸となった聖職者。
立ち昇る腐臭と湧き始めた蛆共を、何をするでもなく見つめ続け、ただ過ぎ去る時間を忘れて、何十年。
途方もない時間を用いたそれは、彼女にとっては他愛のない「暇潰し」だ。
時たま彼女の居城を訪れる命知らずな獲物の相手をし、その骸が骨になるまでの間、ただ見詰めるだけの意味の無い行為。
しかし、何の益体も無いそんな行為に費やす時間すら、彼女にとってはいくら汲んでも尽きない海水に等しい。
「…む?」
ふと。
彼女は闇の奥を見やった。
開け放たれた扉の先の暗闇の奥…そこから、何か得も知れぬ気配が感じ取れる。
やがて、地獄の闇をも見通す彼女の目に、ひと際黒いライダースーツのような服を身に付けた一人の男が映った。
年の頃は二十代半ば。
端正な顔に漆黒の髪。
赤銅色の瞳が、闇の中から彼女を射抜く。
男は恐れる風も無く、一歩ずつ彼女に向かって歩いて来た。
「お前がアルカーナ=D=ローゼス三世か…?」
静かに燃える熾火のような声で、男がそう尋ねてくる。
彼女…アルカーナは目を細めた。
「…すまないが、無断で我が城を侵し、名乗りもしない不躾な輩と交わす言葉は無い」
そうして、深紅の瞳を光らせる。
「疾く去ね、下郎。命が惜しくば…な」
「命か。ふん…欲しけりゃくれてやるさ」
そう言うと、男は右の手の平をその眼前で開いた。
「ただし…お前みたいな小娘に奪い尽すことができるなら、だがな」
その手の平の中に業、と赫い炎が咲いた。
暗かった室内が、あまねく照らし出される。
アルカーナの人外の中性的な美貌と、漆黒の夜会服と外套が炎に浮かび上がった。
が、彼女は動じることなく、僅かに溜息を吐く。
「下らない」
「あん?」
「『下らない』と言ったのだ、下郎」
不可思議な力を発現させる男を前に、アルカーナはその退廃的な表情を崩さなかった。
「そのような大道芸を『異能』と誇り、我が眼前を汚す輩は掃いて捨てる程見てきた。お前もその一塊に過ぎぬのだろう」
白銀の髪を掻き上げ、アルカーナは続けた。
「私はいま疲れている。目こぼしをくれてやるから、さっさと去ね」
「生憎とこちとら仕事でな」
右拳に紅蓮の炎を纏わせつつ、男が薄く笑う。
「お上から言われているのさ…『時代遅れの藪蚊貴族を始末して来い』ってな」
「忠告はしたぞ」
言うや否や、アルカーナは左手で眼前を払うように振った。
それだけで五本の爪が光線の如く奔り、男の五体を貫通する。
避けることも叶わず、串刺しになる男。
その一本は、男の心臓を確実に貫いていた。
ほぼ即死である。
細かく痙攣しつつ崩れ落ちるその身体を見下ろしながら、アルカーナはふと目を伏せた。
「本来なら、お前のような下種の血など口にするのも値せぬが、薄汚い血で床を汚されると下女共が掃除に困るのでね…まあ、これは迷惑料だと思いたまえ」
伸びた爪がその切っ先から深紅に染まる。
その滴りが指先まで達すると、男の身体が少しずつ縮み始めた。
命の源…血液が奪われているのだ。
さもありなん。
アルカーナは、夜に生きる闇の貴族…吸血鬼だった。
「ふん、予想通り不味い血だ………!?」
そう呟いた瞬間、アルカーナは咄嗟に伸ばしていた爪を引き抜いた。
元の長さに戻ったその爪は、いずれも焼け焦げていた。
内心、瞠目するアルカーナの眼前で、死体だったはずの男が、ゆっくりと起き上がる。
「勘が鋭いな」
男は傷が完全に塞がるのを確認してから、そう言って笑った。
「もう少しで、骨の髄まで消し炭にしてやったんだが」
「貴様…」
反対になかなか癒えない爪先の火傷に、アルカーナが男を睨む。
「ただの人間ではないな…?」
「名乗りがまだだったな」
アルカーナの問いを無視しつつ、男が再び右手に炎を宿す。
「俺は十逢 頼都」
その火影に揺れる貌に、炎の悪魔の如き凶相が浮かぶ。
「分かりやすく“鬼火南瓜”って言った方がいいか?」
男…頼都の目が炎に揺れる。
アルカーナは初めて驚きの表情を浮かべた。
「…聞いたことがある」
アルカーナはまるで頼都の炎に引き寄せられるように、一歩踏み出した。
「遙か昔、悪魔との取り引きで、とある魔石を奪い取ったため地獄にも行けず、その罪のために天国にも迎え入れられない魂を持った、永遠の彷徨い人がいる…と」
「…へぇ。お前みたいな旧い怪物にも知れ渡るとはな」
頼都は肩を竦めた。
「無駄に長生きしてみるもんだ」
「もう一つ、聞いた噂がある」
アルカーナの声が低くなった。
「その彷徨い人は、今度は人間共とある盟約を交わし、人に仇成す怪物達を狩るようになった。いわば我々闇の世界に生きる者達にとっては裏切り者だな」
その目が僅かに細まる。
「そして、その裏切り者は『掟』に乗っ取った狩りの対価に、あるものを得ようとしているとか…」
今度は無言になる頼都。
アルカーナは侮蔑を込めて尋ねた。
「そんなに人間に戻りたいのか、貴様」
「へっ…」
頼都の右手の炎が、激しく燃え上がる。
赤銅色の瞳には、しかし何の感情の色も浮かんでいなかった。
「死ねないってのは想像以上に退屈なのさ」
一転、からかうように笑みを浮かべる頼都。
「そう言うお前も、身に覚えがあるんじゃねぇのか?」
「無礼者め!」
足元に転がる白骨を踏みつぶしながら、アルカーナは初めて怒りの表情を見せた。
「私が歩む無限の時間は、偉大なる神祖の血によるご加護だ!その偉大なる血筋を、貴様のような下種のそれを比べるな!」
「そう怒るなよ。まるで図星に聞こえるぜ?」
アルカーナは怒りの表情のまま、腰の細身剣の柄に手を掛けた。
「ほざくな、不遜な永遠の罪人め!神にも悪魔にも見捨てられたその薄汚い命、我が剣にて億片まで切り刻み、無限獄の闇にでもうち捨ててくれよう…!」
「面白れぇ。やれるものなら…」
頼都は不敵に笑いながら地を蹴った。
対するアルカーナが一気に細身剣を引き抜く。
「やってみやがれ!」
炎と。
刃が交錯した。
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Hihi-----n!!
一角獣の嘶きが洞窟に響き渡る。
続けて額の一本角で狙いを定め、アルカーナ目掛けて一足飛びで突進。
更にその都度加速していく一角獣。
その速度は、疾走というより、もはや空間跳躍といった方が相応しい。
(速い…!)
間一髪でその一撃を躱すアルカーナ。
吸血鬼の超人的な身体能力をもってしても、捉えるのがやっとだった。
躱されたと知った一角獣は、その勢いを殺すことなく、慣性の法則を無視したV字ターンで再度突進してくる。
それを目の当たりにしたアルカーナは目を剥いた。
(やはり!この獣は、僕達が認知する魔術体系以外の何かを身に付けている…!)
一角獣の突進が更に速度を増す。
眼前に迫る鋭い角の切っ先。
そこから溢れる力の奔流に、アルカーナは僅かに顔を強張らせた。
強い浄化と治癒の力を有し「生命」を体現化したような一角獣は、アルカーナのような不死怪物にとっては猛毒ともいえる「聖属性」の力をその身に宿している。
故に、その一撃を身に受ければ、アルカーナ自身も無事では済まない。
それは、吸血鬼の王の血統に連なる「吸血鬼君主」であろうと変わらないだろう。
「ハァッ!」
迫る角を、宙に舞うことで辛うじてやり過ごすアルカーナ。
「飛行能力」はアルカーナに限らず、高位の吸血鬼ならば誰でも保有する超能力である。
とりわけ、アルカーナはこの超能力に優れ、隊の中でも随一の空戦能力を持っていた。
相手の頭上を取ったアルカーナは、次の瞬間、黒い疾風と化して一角獣に急降下する。
同時に自らの黒い外套の端を手に取り、一角獣目掛けて突進した。
ザン…!
すれ違いざまに一角獣の首へ外套を打ち振るうアルカーナ。
すると、外套の端が鋭い大鎌のように変化し、一角獣の首を刈ろうと襲い掛かる。
しかし、白い獣はそれを寸でのところで避けた。
黄金の鬣が数条、宙に舞う。
すれ違うように着地しつつ、アルカーナは油断なく一角獣を見据えた。
対する一角獣も、鼻息を荒くしつつ、アルカーナを睨む。
立ち位置を変えつつ、両者は再度相対した。
「今の一撃を避けるか…やるな、聖なる獣」
Burrrrrrrr…
不敵に笑うアルカーナの言葉が分かるのか、或いはその立ち振る舞いからニュアンスを感じ取ったのか。
自らの身体を傷つけた不浄なる存在に、怒りに燃えた視線を向ける一角獣。
純白のその身体を震わせ、前足で何度も地面を蹴り上げる。
その様子に、アルカーナはうっすら笑みを浮かべた。
「フッ、そうしていると、まるで闘牛の牛のようだな」
そして、自らの外套を広げ、細身剣を片手に深紅の裏地をひらひらと揺らす。
「闘牛がご所望なら、闘牛士の真似事くらいはしてみせるが?」
小馬鹿にしたその様子に、白い獣が怒りの色を目に浮かべる。
興奮した馬のように後ろ足で立ち上がり、鋭く嘶く。
そして、そのまま再度アルカーナへと突進し始めた。
(かかった!やはり、気性の荒さは伝承通りだったな)
内心、薄く笑うアルカーナ。
神秘を湛えたその純白の身体から、一角獣には大人しく、理知的なイメージが付きまといがちだ。
しかし、実際は非常に気性が荒く、純潔な乙女以外には絶対に懐くことは無い獣である。
そこを逆手に取り、アルカーナは相手をわざと挑発し、真正面からやって来るように差し向けたのだった。
緒戦のように、空間跳躍の如き速さで突進してくる一角獣。
それに対し、アルカーナは少しづつ背後の岩壁へと後退る。
彼女の狙いは一つ。
一角獣の突進力を逆手に取った自爆だった。
このまま、一角獣の突進を躱し、一角獣を背後の岩壁にぶつけ、自爆をさせる。
あの巨体に、あの突進力である。
急な制動などできるはずもない。
更に言えば、岩壁までの距離を考えると、先程のような物理力学を無視したターンも不可能だろう。
そして、強固な岩壁に激突すれば、さすがの一角獣も、ただでは済むまい。
最悪、隙の一つくらいは出来るはずだ。
そうなれば、勝機はその一瞬に生まれる。
動きさえしなければ、アルカーナにはいかようにもこの幻獣を仕留められる自信があった。
目の前に迫る一角獣。
その相対距離を見極め、アルカーナは先程同様に飛翔した。
(もらった…!)
勝利を確信するアルカーナ。
突進スピードを考えれば、最早いかに急制動をかけようとも激突は免れまい。
そう思った時だった。
Hihiiiiiiin!!
鋭い嘶きを上げる一角獣の巨体が、一瞬で停止した。
目を見張るアルカーナ。
そして、飛び上がりつつあったその右足を、一角獣の角が捉えた。
「ぐあっ!?」
焼けるような痛みが、アルカーナの右腿を襲う。
思わず苦痛の悲鳴を上げて、下を見下ろすと、彼女の右太腿を一角獣の角が貫通していた。
あり得ないことだった。
あれだけ高速で突進してきた巨体が、踏ん張った痕跡すら地面に残さず、狙いすましたように急静止し、アルカーナに一撃を加えたのである。
(これも慣性制御か…!?)
生まれて初めて味わう激痛に美貌を歪ませつつ、アルカーナは地面へと墜落した。
「アル~!」
「援護に向かいます…!」
その様子を見ていた六堂 那津奈(錬金術師)が思わず叫ぶと、その傍らにいたフランチェスカ(雷電可動式人造人間)がフォローに入るべく駆け始める。
が、それをアルカーナが手で制止した。
足を止めるフランチェスカ。
「『那津奈を守れ』と言ったはずだよ、フラン」
「…」
「安心したまえ。この程度で音を上げるようでは…騎士は務まらない!」
言うや否や。
アルカーナは一角獣の頭部を左足で蹴り、強引に角を引き抜こうとする。
肉が避ける嫌な音が洞窟内に響き、那津奈は思わず顔を背けた。
「い、痛い~!それ痛いやつ~!」
「ぐっ…はあああああっ!!」
渾身の力を込めて蹴った反動か、大きく後方に投げ出されるアルカーナ。
大きく抉れた傷跡からは、鮮血と共に、肉が焼けるようなにおいや煙、白い灰がこぼれた。
一角獣の角に秘められた聖なる力が、不浄なる不死怪物の身体を浄化した結果である。
ジュウジュウと白煙を上げる傷口を見やりながら、歯を食いしばり、苦痛に耐えるアルカーナ。
一方の一角獣は額から首までを流血で深紅に染め、悠然と這いつくばるアルカーナを見下ろしている。
それにアルカーナは鋭い犬歯を覗かせ、呟いた。
「挑発に煽られた演技までこなすとはね…まんまと騙されてしまったな」
恐らく、この幻獣は最初からアルカーナの作戦に気付いていたのだろう。
だから、わざわざ激昂したように見せかけ、後先考えぬ突進を「演技」した。
そして、得意の慣性制御により急停止。
宙へと逃れたアルカーナを狙い撃ちにしたのだ。
Burrrrrrrr…
打って変わった理知的な瞳でアルカーナを見下ろす一角獣。
しかし、おもむろに角を水平に構える。
その意図は明白だ。
生命に由来する聖なる獣として、不浄なる存在を滅ぼす。
アルカーナは目を細めた。
「介錯をしてくれるのか」
その全身は瘧にかかったように細かく震え、傷口からはなおも白煙が上がり、その周囲が灰化している。
たった一撃。
それだけで、不老不死の肉体が崩壊へと向かっていた。
(死ねるのか…ようやく)
アルカーナは胸中で静かに呟いた。
生まれ出でてから三百年以上の時を生き、誇り高き神祖Dの血統を受け継いできたアルカーナ。
永劫に続くその時間の中、いつしかアルカーナが抱いていたのは「虚無」だった。
地位も名誉、不老不死にすら約束された未来無き未来。
ただ「存在する」という、目的の無い日々に、彼女は全ての情熱を失っていた。
故に。
その胸の中に、滅びへの渇望がいつしか生まれた。
本来ならば、それは吸血鬼としては許されないものだ。
なにしろ、神祖の血筋はアルカーナ一人のものでは無い。
父母をはじめ、数人の大貴族が厳格な掟を敷き、その血統を守っている。
死すら安易に自由には選べない。
だから、アルカーナ自身が選べるものはとても少なかった。
その拘束から解放されるためには「他者に敗北し、滅びる」しかない。
いま、彼女の目の前にはそれがあった。
(これで楽になれる…)
目を閉じるアルカーナ。
その瞼の裏に。
かつて目にした、鮮やかな紅の炎が焼き付いていた。
一角獣が突進する。
水平に構えられた角が鈍く光り、汚れたアルカーナの血を一瞬で蒸発した。
遠く、那津奈の悲鳴が響く。
慌てた風に駆け寄る足音は、たぶんフランチェスカのものだろう。
(あれほど、言ったのに。僕を助けるために…まったく、仕方がない娘だ)
僅かに苦笑するアルカーナ。
脳裏に、旅立ちの際、彼女に伝えた言葉が浮かぶ。
『このアルカーナ、誠心誠意、君を守ろう』
(…嘘つきになってしまうな)
アルカーナの目がそっと開かれる。
直後、鈍い音と衝撃音が洞窟内に響いた。
目を見開く那津奈の前で。
アルカーナの心臓に一角獣の角が突き立てられていた。
「アルカーナ!」
そう叫んだのは、果たして那津奈だったか。
それとも、アルカーナを助けようと走り始めた、目の前の人造人間の少女だったか。
そのまま、岩肌に突き刺さる一角獣の角。
完全に串刺しになったアルカーナの身体から、凄まじい白煙が上がる。
同時に、その身体が一瞬で溶けるように消失した。
「そ、そんな…」
呆然となる那津奈。
駆け出していたフランチェスカも、崩壊したアルカーナの姿に棒立ちになる。
Burrrrrrrr…
一角獣が岩肌から角を引き抜く。
そして、大きく首を振ると、今度はフランチェスカに向き直った。
そのまま二度三度、前足を蹴る。
フランチェスカは棒立ちのままだ。
「フランちゃん!」
那津奈の呼び掛けにも、微動だにしないフランチェスカ。
前髪に隠れたその視線は、アルカーナのいた場所に吸い寄せられている。
一角獣が嘶く。
先程角を掴まれ、放り投げられた相手を忘れたわけではなさそうだ。
「…大気成分、探査完了…」
誰とはなしに呟くフランチェスカ。
それを意に介した風も無く、一角獣が疾走を始める。
那津奈が再度声を上げた。
「フランちゃん、逃げて!」
一角獣の角の突進力は、岩肌に刻まれた痕跡が如実に語っている。
先程、フランチェスカが角を掴めたのは、彼女の怪力もあるが、横合いから割り込んだせいもある。
しかし、今度は真正面から相対する形だ。
その衝撃や破壊力は、先程受け止めた時の比ではない。
「距離…30…20…10…」
微動だにしないフランチェスカ。
そして、不意に声を上げた。
「間合いです。アルカーナ」
(心得た)
そんな声が。
大気中から響いた。
それが消滅したはずのアルカーナの声であることに気付いた那津奈は、ハッとなって周囲を見回す。
そこにはアルカーナが消滅した時に立ち昇った煙が漂っていた。
いや。
那津奈は目を見張った。
(これは…煙りじゃないよ~!?)
瞬間。
それは一角獣の背中に現れた。
いや、正しくはそこに凝縮した。
背中の存在に気付いた一角獣が、急制動を行う。
背中に向けたその目に映ったのは、漆黒の夜会服と外套。
そして、凍るような人外の美貌に光る深紅の瞳だった。
「かかったね、一角獣」
それが今しがた自分が消滅させた相手と知り、聖なる獣は激しく動揺した。
そんな相手の反応を楽しむかのように、夜の貴族…アルカーナが微笑する。
「君の角がいかに鋭く、どれだけ清らかでも、夜に漂う霧は貫けないだろう?」
それに那津奈が声を上げる。
「吸血鬼の『霧化』能力!」
「そういう事だ。今度は僕が演技させてもらったよ」
妖艶に微笑みながら、アルカーナは自らの外套を手にした。
「さようなら、聖なる獣。そこそこ楽しめたよ」
ザン…!
外套を一閃すると共に、一角獣の太い首が鮮やかに切り裂かれた。
切断された切り口から噴き上がる鮮血の雨を防ぐように、マントで身を庇いながらアルカーナは静かに告げた。
「悪いが嘘を吐くのは、死んでもご免なのでね」




