Episode25 Cave -洞窟-
「ちょっと、手助けして欲しいことがあるんだな~」…そう切り出した六堂 那津奈(錬金術師)に引き連れられ、フランチェスカ(雷電可動式人造人間)とアルカーナ(吸血鬼)は「黒い森」の一角にある別の古城へとやって来ていた。
時刻は既に夜半。
天に輝く真円の月が、三人を明るく照らし出している。
「那津奈、ここが目的地なのかい?」
そう尋ねるアルカーナに、那津奈は頷いた。
「そう~。ここは失踪した師匠の研究施設なの~」
「ここが『狂乱のアメルハウザー』の…」
アルカーナは改めて古城を見やった。
敷地は那津奈の研究施設がある古城より狭いようだが、城としての体裁はこちらの方が維持されているように見える。
高くそびえる城壁はひび割れながらも往年の威容を残しているし、天に伸びる塔も健在だ。
アルカーナは視線を那津奈に戻した。
「で、僕達はここで何をすればいいのかな?」
「うん~。二人には、私と一緒にこの研究施設に入って欲しいんだ~」
アルカーナは目を瞬かせた。
例え師弟関係にあっても、通常、魔術師達は自らの拠点に他人を立ち入らせる事はほとんど無い。
それは自らが研鑽する魔術の成果を守秘する意味もあったが、もう一つ理由がある。
「…確認させてくれ、レディ」
「何かな~?」
いつもの調子で朗らかに答える那津奈に、アルカーナは表情を引き締めつつ、尋ねた。
「ここの地脈は、もう君が掌握しているのか?」
「地脈」…それは、分かりやすく言えば、この星「地球」が有する「力」の流れる道である。
地表に血管の如く張り巡らされたそれは、星すべてをくまなく覆い、様々な力の流れを形作っている。
西洋魔術でいう「オドの力」や風水の「龍脈」、原始宗教に見られる「聖なる力」などがそれだ。
故に、魔術師達は自らの魔術を効果的に行使する手段として、それぞれに適した「地脈」を抑え、その管理権限を掌握する。
それは全ての魔術師達に等しく許された権利であり、自らが行う魔術の研鑽には欠かせないものだ。
その一方で、魔術師同士での「地脈」獲得の争いは絶えない。
全ての魔術師達を統括する魔術結社「王の紋章」は、そうした争いの仲裁に動く事もある。
が、それでも秘密裏に奪い合い、殺し合いに発展するケースは後を絶たず、やむなく「王の紋章」では一定の掟を設け、その抑止に努めている。
「地脈」争いにより、優秀で前途ある魔術師達が失われる事を避けるためである。
アルカーナの言葉に、那津奈は首を横に振った。
「ううん~。ここの『地脈』の管理者は、まだ師匠のままだよ~」
それに目を見張るアルカーナ。
「じゃあ、ここにはまだアメルハウザーの遺した守護者や罠があるんじゃないのか?」
「そうだよ~。だから、二人にはそれを排除するのを手伝って欲しいんだ~」
のほほんと笑う那津奈に、アルカーナは溜息を吐いた。
「『稀代の錬金術師』と称えられたアメルハウザーの居城か…やれやれ、これは骨が折れそうだ」
「ごめんね~。でも、フランちゃんの総身点検を盤石の状態に行うには、ここの施設を使うのが一番確実なんだよ~」
「それはいいんだが…今までは、どうしていたんだい?」
「はい。ミス六堂の研究施設で点検を行っていました」
いつもの無表情で答えるフランチェスカに、那津奈が舌をペロリ出す。
「えへへへ~、ごめんね~。今月は施設の電気料金、マジで厳しくてさ~。ちょうど施設のメンテも被っちゃったし、今回はここでやるのが一番かな~、って~」
施設の維持管理費や実験の素材の代価による圧迫で、金策に追われる錬金術師は数多い。
いかに高名とはいえ、那津奈もその分には漏れないようだ。
ましてや、今回は大量の電気を動力源とするフランチェスカの総身点検である。
点検中に電力会社に供給電力を止められでもしたら、目も当てられない。
「先に分かっていたら、もう少し手持ちの資金を持って来たんだが…」
無念そうにそう言うアルカーナ
世界有数の富裕層でもある彼女にしてみれば、いささか理解に苦しむ状況だった。
「代わりと言っては何だけど~、ここの施設で点検できれば、かなりの保証期間を約束できるよ~」
そう言って笑う那津奈に、アルカーナは腰の細身剣の柄を握りしめた。
「いいだろう。ここまで来ておきながら、いまさら後に引くのも我が家の名折れだ。最善を尽くそう」
「よろしいのですか、アルカーナ?これは私自身の用向きです。貴女が同行する義務はありませんが」
無表情でそう尋ねるフランチェスカに、アルカーナは苦笑した。
「…それは悲しい問いだね、フラン」
「悲しい…?」
「いや、何でもないよ。まあ、構わないさ。僕も『古城探検家』の真似事は初めてだが、不謹慎ながら少し心躍るものがある」
「そうなのですか…」
不思議そうに首を傾げるフランチェスカに、アルカーナは微笑した。
「さて、じゃあ話もまとまったようだし、早速中にレッツゴ~♪」
「ああ、行こう!」
「了解です」
那津奈の声に応えつつ、二人は古城へと足を踏み入れた。
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当然と言えば当然だが、古城の中には人気は皆無だった。
荒れ果てた回廊や砕けた石畳が、三人を出迎える。
「師匠の研究施設も、地下にあるんだよ~」
修業時代、ここで住み込みの弟子として働いていたという那津奈の案内で、二人は地下へと続く階段を抜け、暗黒の世界に足を踏み入れた。
そこは、古城の地下に伸びた自然の洞窟を利用した施設だった。
鼻をつままれても分からない程の暗闇だが、暗視能力を有するフランチェスカとアルカーナには、光の下と同じように周囲の様子が見て取れる。
「思ったより広いんだな」
「まあね~。昔ここは研究用の素材を積んだ大型車両が通っていたから~」
そう答える那津奈の声は方々に反響した。
普通の人間である彼女にとっては、鼻をつままれても分からないくらいの暗闇だが、自前の眼鏡に搭載された暗視機能によって、周囲の様子を把握することが出来るという。
洞窟は天井までは5メートル以上、通路の幅も10メートルはある。
成程、彼女の言葉通り、大型車両でも余裕で行き来できそうだ。
「施設の入り口はこの奥だよ~」
そう言いながら、那津奈が歩き出そうとした時だった。
グルルルルル…
そんな低い獣声が、洞窟内に反響する。
同時に、三人の前に何体もの人型の影が姿を見せた。
「狗鬼…!?」
闇を見渡すアルカーナの目には、狗頭の亜人の姿が見て取れた。
“狗鬼”は、ドイツの民間伝承に由来する醜い妖精、精霊である。
“小鬼”と同種に見られることも多いが、実際は別の種族だ。
伝承によって、その姿は様々に描かれているが、狗の頭と体毛を持った邪悪な亜人の姿で現れる。
「あらら~。しばらく来ないうちに、この子達の住処にされちゃったみたいだね~」
頭を掻く那津奈に、アルカーナは細身剣を抜き放ちつつ言った。
「いや、現世で彼らの目撃例はここ百年以上無い筈だ」
「へ~、そうなんだ~」
緊張感の欠片もない声で那津奈が続ける。
「確かに私も剥製以外に実物は初めてみたけど~、何でここに居るのかな~?」
それにアルカーナが真剣な表情で言った。
「可能性は二つ。ここの主…つまり、アメルハウザーが『罠』の一つとして召喚した可能性」
「成程~。確かに師匠なら、それくらいはやるかもね~」
うんうんと頷く那津奈に、アルカーナは続けた。
「もう一つは…この施設の何処かに『幽世』の門が開かれている可能性」
それに那津奈が目を見開く。
「それって…かなりヤバいよね~?」
「そうだね。狗鬼とは比べ物にならないような怪物が潜んでいるかも知れないな」
そうこうしているうちに、狗鬼達は、手にした小剣や棍棒を手に、唸り声を上げながら、闖入者である三人を取り囲んだ。
それを見回していたフランチェスカが言った。
「索敵終了。合計で24体です」
「一人頭8体の計算か」
「え~!私も頭数に入るの~?」
驚いたような那津奈の声に、アルカーナは薄く笑った。
「勿論だとも。ちょうどいい機会だ。噂に聞く天才の腕前に期待させてもらおう」
それに、那津奈は舌を出した。
「あははは~。楽しようと思ったけど、そう言われたら仕方ないね~」
そう言いながら、懐から三枚の古びた青銅貨と液体の入った試験管を取り出す。
それを目にしたアルカーナが不安そうに言った。
「待ちたまえ。確認したいんだが、その手の物は、まさか爆発物ではないだろうね…?」
「んっふふ~、それよりもっとデンジャーだよ~?」
そう言うと、那津奈は手にした銅貨を地面へ放り投げる。
そして、試験管の中身…黄色い薬液を振り撒きつつ、短く詠唱した。
「yarad keter…!」(※ヘブライ語で「天下る王権よ」の意)
薬液が、銅貨に降り注ぐと、すぐに異変が起きた。
彼女が放った銅貨は、古代ギリシャの遺跡から発掘されたものである。
そして、古代には魔術に使用された触媒だ。
それに那津奈が特殊な方法で精製した薬液、そして起動の呪文を加えることで、術式が完成する。
カキ…カキ…カキ…
紫煙が立ち上る中、銅貨が僅かに震え出す。
そして、次の瞬間、
ギィイイイイイイイガァァァァ…!!
金切り声と共に、銅貨の表面が沸騰したように波打ち、一瞬で膨張した。
そして、爆発したような体積の増加と共に、四本の腕が伸びる。
液体金属のような羊膜を破って顕現した胎児は、身震いし、金属の飛沫を飛び散らせつつ、誕生の産声を上げた。
ギィイイイイイ…!
そこには。
青銅の光沢に包まれた、三体の四腕の鎧戦士が立っていた。
「これは…“魔動人形”か!?」
驚くアルカーナに、那津奈が眼鏡のブリッジを押し上げながら説明する。
「ギリシャ神話の鍛冶の神が鋳造した“青銅巨人”って知ってるでしょ~?コレはそこから着想を得て、あたしが発明した『四腕戦士』ちゃん達でーす」(※ギリシャ語で「四」と「戦士」を足した造語)
ギィイイイイイ…!
那津奈の紹介に合わせるように、動き始める四腕戦士達。
その四本の手が打ち振るわれると、鈍く光る金属製の棍棒が出現する。
アルカーナは内心、瞠目した。
(差し詰め、あの薬液で複雑な“魔動人形”の製造工程を簡略化したんだろうけど…何て滅茶苦茶な)
“人工生命体”程ではないにせよ“魔動人形”の製造には、儀式や素材選定などでそれなりの手間と時間が掛かる。
それを、那津奈は一小節にも満たない呪文詠唱と薬液のみで補ったのだ。
通常では考えられない製造方法である。
「さ~、四腕戦士ちゃん達~、や~っておしまい~!」
甚だ緊張感に欠けた号令だったが、狗鬼達を指差す那津奈の指示に従い、動き出す四腕戦士達。
近付いてくる彼らに、威嚇するように唸り声を上げていた狗鬼達も臨戦態勢をとった。
「ガオッ!」
素早く展開し、四腕戦士を取り囲む狗鬼達。
小剣や短槍で武装した彼らは、一気に飛び掛かかった。
「ギィィィィッ!」
すると、四腕戦士達はその外見に似合わぬ速度で反応し、四腕を個別に振り回して、群がる狗鬼達を蹴散らし始めた。
流石に数で負けているため、時折、攻撃を受けてはいるが、存外に頑丈だ。
アルカーナの目には、狗鬼程度なら十二分に対応できそうだった。
「凄いな。並みの“魔動人形”以上に動いている」
「感心している暇は無さそうです、アルカーナ」
火花を散らしながら両手を合わせるフランチェスカの視線を追うと、四腕戦士をよそにアルカーナ達へと向かってくる狗鬼達の姿が目に入った。
「そのようだ。では、行こうかフラン」
「了解です」
そう言うと、フランチェスカは右へ、アルカーナは左へと展開する。
「ガアアアッ!」
「…」
襲い掛かってくる狗鬼の攻撃を、片腕で受け止めるフランチェスカ。
腕に食い込んだ小剣の感触に、違和感を覚えたのか、狗鬼の目に戸惑いが浮かぶ。
「損傷0。率直に言って、筋力不足です」
そう言うと、フランチェスカは当惑していた狗鬼を軽々と持ち上げた。
「失礼します」
そのまま、数体の狗鬼目掛けて、持ち上げた狗鬼を投げ飛ばすフランチェスカ。
何匹も巻き込みつつ、狗鬼は洞窟の壁に激突し、動かなくなる。
その光景に、小柄な少女故に「組みやすし」と考えていた狗鬼達は明らかに動揺しだした。
「言い忘れていたが…」
そんな声に、狗鬼達が振り向く。
その視線の先では、血に染まった細身剣を手にしたアルカーナが妖しく笑っていた。
足元には、数体の狗鬼の死体が転がっている。
いずれもアルカーナに倒された連中だ。
「その娘を見た目で判断しない方がいい。君達の手足など簡単にもぎ取るくらいはできるからね」
そう言いながら、アルカーナは細身剣を一閃し、刀身の血を払った。
その様に、狗鬼達は背中合わせに身を寄せ合う。
「ガルルル…」
「グゥゥゥゥ…」
「ギャオッ!」
相手が自分達以上の強者であると悟ったのだろう。
威嚇していた狗鬼達は、一頭の号令のもと、一斉に尻尾を巻いて逃走し始めた。
その時には、四腕戦士達も多数の狗鬼を仕留めていた。
「お疲れ~。もういいよ~」
そう言いながら、那津奈が短く詠唱すると、三体の四腕戦士達は溶けるように縮み始め、一瞬後には元の銅貨に戻った。
「二人も、お疲れさま~」
那津奈がそう労うと、アルカーナは細身剣を鞘に戻しつつ言った。
「なに、この程度なら肩慣らしにもならないさ。それより…」
アルカーナは自分が倒した狗鬼の死体を見やった。
「この狗鬼達は、やはり、元々現世側に居ついた連中ではなさそうだ」
「同感です」
フランチェスカがそれに首肯する。
「彼らの装備は、現世では入手が困難なものと判断します」
「何か気付いたの~?」
那津奈の問いに、フランチェスカは落ちていた狗鬼の小剣を拾い上げ、那津奈に見せる。
「ふーん?ほうほう、成程ね~」
眼鏡を閃かせつつ、小剣の刀身を分析する那津奈。
「確かにこれは、現世で鋳造されたものではないね~。僅かだけど、成分に現世には無い異質なものが混ざってるよ~。順当に考えれば『幽世』で鋳造されたものなろうね~」
「すると…やはり」
アルカーナは、漆黒に包まれた洞窟の行く手を見やった。
「この施設の何処かで、幽世の門が開いているのか…」




