Episode20 Summoner -召喚士-
「その拘束術式は」
幽世。
邪神アペプを退けた頼都(鬼火南瓜)、リュカ(人狼)、ミュカレ(魔女)達の前で、黒い長衣を羽織った狭間那は、ゆっくりと続けた。
「私の召喚術をアンクで増幅し、霊子領域まで干渉する捕縛効果を付与させているわ」
そして、狭間那は、手にしたもの…黄金のアンクを示しながら、笑った。
それは20センチほどの大きさをしたアンクだった。
ほのかに光を放ち、小さいながらも膨大な魔力の脈動を発している。
明らかに、普通の副葬品ではない。
それもそのはず、先程のネフェルティティ(幽霊)が語るところが真実ならば、それは神代に生まれた、正真正銘の聖遺物である。
決して、人の手によって生み出されたものではない。
「例え、導師級の魔術師でも、解呪は不可能。おまけに逆召喚で、捕縛した者を強制的に異次元へ放逐することも可能。先程のアペプのようにね」
「狭間那ちゃん…貴女、魔術師だったのねん」
鋭い視線を向けてくるミュカレに、狭間那は微笑む。
「そういうこと。お目にかかれて光栄だわ『生ける伝説』さん。同じ魔術を修める者として、貴女は究極の目標だもの」
その笑みが、深く歪む。
「そんな貴女をまんまと出し抜けたのだから、本当に最高の気分よ」
「What!?最初から、私達を騙していたんですネー!」
刀を構えるリュカに、狭間那は低く呪文を詠唱する。
すると、ネフェルティティを捕らえた光の柱が、輝きを増した。
『ぬぅ?…ち、力が…』
「下手に動かないことね、獣人」
苦悶するネフェルティティを満足気に見上げつつ、狭間那はリュカに言った。
「妙な真似をしたら、女王様は一瞬で跡形もなく消し飛ぶわよ?取りあえず、その刀は捨ててもらいましょうか」
「…Shit!」
牙を剥きながら、やむなく手にした「狼一文字」を手放すリュカ。
それを確認してから、狭間那は頼都を見た。
「…悪く思わないでね、鬼火南瓜さん。でも、こうするしかなかったのよ。まさか、アペプを退けられるなんて思わなかったから」
「謝られてもな」
頼都は、詰まらなそうに鼻を鳴らした。
「ふん、成程。テーベで発掘団を皆殺しにした犯人はお前か」
「少しは驚いていただけたかしら?」
「まあな…で、俺達を呼んだ正規の依頼人は、どこでどうしている?」
尋ねる頼都に、狭間那は薄く笑った。
「消えてもらったわ。大変だったのよ?古代遺跡の発掘団員や国立博物館の学芸員なんて身分を偽装するのは。正直、貴方達にいつバレるか、本当にドキドキしたわ」
「俺達を幽世に転移させた理由は…?」
狭間那は手にしたアンクを見やった。
「さっき、そこの大魔女さんが言ってたでしょ?現世では、アペプ程の存在を召喚するのは心許なかったの。だから、このアンクの特性…即ち、現世と彼岸の境界を超える能力と、これ自体が宿す膨大な魔力を利用させてもらったのよ」
そこで、狭間那は頼都を見詰めた。
「首を突っ込んできた、お邪魔虫の貴方達を始末するために、ね」
「それと『アンクの持ち主』を…か」
囚われたままのネフェルティティを見やる頼都。
狭間那は、うっとりとアンクを見やった。
「ずっと探していたのよ…この不老不死の宝をね」
「…」
「神の手で創造された、正真正銘の聖遺物。神代に満ちていた純度の高い第五元素を宿し、無尽蔵に近い魔力を発露する…そして、神にすら不可能とされた『生命の再生』すら顕現させる力を秘める」
「お笑いだな」
頼都は薄く笑った。
「確かに、そいつは希少なレアアイテムだ。だが、そいつ単体では『生命の再生』はできないぜ?それは『自動蘇生』なんて、ゲームのアイテムチックな力は持っていない。仮に今ここで、お前が死んでも、そいつが無為に転がるだけだ。さて、そこで質問だが…」
目を細める頼都。
「その時、誰がそいつを使ってお前を蘇生させるんだ?」
「それは…これから考えていくわ」
その答えに、頼都は肩を竦めた。
「おいおい。ここまでやっといて無策かよ?」
「黙りなさい、永遠の罪人」
狭間那は、冷たい口調でそう言った。
「貴方は、悪魔との取引でしくじって、偶然、出来損ないの不老不死を手に入れただけでしょう?イカサマ師風情が、舐めた口を利かないで」
頼都は溜息を吐いた。
「否定はしねぇよ。確かに俺はしくじった。お陰で長生きした挙句、今はこんな詰まらない茶番にも引っ張り込まれてる。本当に悲劇だぜ」
頼都は続けた。
「じゃあ、別の質問だ。そいつのその力を使って、お前は何をするつもりだ?」
「決まっているわ」
狭間那は勝ち誇ったように続けた。
「私は、この聖遺物の力によって、時の呪縛から解放された高次の存在となる。無限の生命と時間を得て、永遠を生きるのよ」
「永遠…か。俺の言った言葉を忘れたか?」
正面から狭間那を見詰めつつ、頼都が言う。
「『うっかりでも、死ねねぇ身体になると…つまんねぇぞ』だったかしら?」
そう返してから、狭間那は頼都を睨んだ。
「なら、私も言わせてもらうわ…貴方のような不老不死の存在に、有限の生命しかない私の苦悩が理解できて…?」
「…」
「貴方も元は人間だったようだけど、長生きし過ぎて忘れてしまったのかしら?『老い』がもたらす無情と逃れ得ぬ『死』の恐怖を」
唇を噛む狭間那。
「私は生まれてから天涯孤独だった。だから、生きるために何でもした。そして、この世界の裏側に広がるものを、魔術を通して見てきたわ。そこで知ったのよ。あり得ない程の真実を…!」
「真実だと?」
「そうよ。私が…いえ、人が生きる世界は、本当に狭かった。まるでパンに湧いた、一塊のカビみたいにね。でも、世界の裏側には、私が一生を捧げても汲み取りきれないほどの知識や技術がゴロゴロしている。それに気付いた時に、私はこう絶望したわ」
狭間那は尋常ではないくらいに、目をぎらつかせた。
「人間である私がこの真理全て手にするには、砂時計を刻むための生命が絶対的に足りない」
玄室に落ちる静寂。
その中で、狭間那の独白は続く。
「不老不死である貴方に、その時の私の気持ちが分かる?死に物狂いで生きてきた私には、至福といえば『手に入れるものはすべて手にする』ことだけだった。それは、魔術の薫陶を受けた今でも変わることはないわ。そんな私が見つけたのは、手を伸せば届く距離にあるいくつもの宝!でも、そこに歩み寄る前に、私は朽ちてしまう…」
そして、狭間那は手の中のアンクを、うっとりと見詰めた。
「でも、それを打破するための妙手を、私は見出した。それが、この『神代のアンク』よ」
その目に揺れるのは、我欲の火か。
黄金の光を灯しながら、狭間那は勝ち誇ったように言う。
「確かに、私自身、今はその全能の力を使いこなせる位階にはいない。けれども、まだ時間はある。この命が尽きるまでに、私は必ずこの聖遺物の力を使いこなして見せる!そして、悠久の時の中で、全ての真理を!知識を!力を!この手に収めて見せる…!」
尋常ならざる執着の咆哮。
が、おもむろにミュカレが口を開いた。
「残念だけど…それは叶わないわ、狭間那ちゃん」
「…何ですって?」
優越の表情から一転、狭間那は目を剥いた。
ミュカレが静かに告げる。
「そのアンクは、貴女には使いこなせない。その秘められた全能の力もね」
「負け惜しみかしら?大魔女さん」
「違うわ。よく聞きなさい。そのアンクはね、この世に存在する限り、誰にも使いこなせる代物ではないの」
普段とは違う、諭すようなミュカレの口調に、狭間那は目を細めた。
「…どういうこと?」
「そのアンクに込められた『死者を蘇生させる力』は、確かに存在する。けれども、それを使うことは、貴女や私、そして、そのアンクを創造した神々でも、恐らく使いこなすことはできない」
ミュカレは、捕らわれたままのネフェルティティを見やった。
「何故なら…そのアンクの力を開放できるのは、死者だけなのよ」
再び、沈黙が玄室を支配する。
そんな中、狭間那は目を見開いたまま、ミュカレを凝視していた。
「気付かなかった?アンクという印章は、古くからエジプトに伝わるもの。そのエジプトでは、古代よりミイラ製造による死者の復活が信仰されていた。つまり、全てのアンクの原型になった唯一無二ともいえるその『神代のアンク』はね、死者復活の秘儀に使用されるために、生み出されたの。そして、その力を必要とする死者にしか使えない制約が施されているのよ」
視線を狭間那へ戻し、ミュカレは告げた。
「だから、そのアンクの力を開放できるのは、神の代行者である王家の血に連なり『生ける死者』として顕現している彼女、もしくは彼だけよ」
ミュカレの言葉に、狭間那は大きく目を見開いた。
「嘘よ」
『いや、その魔女の言うことは真実じゃ』
囚われたままのネフェルティティが、おもむろにそう告げる。
『そのアンクは、我が夫アクエンアテン王の力が必要とされる末世に、王を呼び戻すため、アテン神自らが創造し、下賜くださった宝物。その一度きりの奇跡を使用できるのは、妾とアクエンアテン王のみ』
「嘘よ…!」
狭間那は、絶叫した。
「そんな…そんなはずないわ!だって、こうして私はアンクの力を使っているじゃない!アンクを使えるのが貴女達だけなら、私が召喚したアペプは何だったのよ!?」
「それはね。そのアンクから漏れ出る魔力の一端…それが、アンクを手にした貴女へ断片的に力を与えたに過ぎないわ。でなければ、人が単身であの邪神を召喚することはそもそも不可能よ」
「つまり…狭間那さんは、アンクの本当の力を使っている訳じゃないノー?」
リュカの疑問に、ミュカレが頷いた。
「実は貴女も、それを薄々感じていたんじゃないの?だから、さっき貴女自身が言ったように、邪神召喚に万全を期すため、わざわざ私達を幽世へと転移させた…違うかしら?」
ミュカレの言葉に、狭間那はアンクを握りしめたまま俯いた。
「違う」
「聞きなさい、狭間那ちゃん」
ミュカレはなおも続けた。
「今でこそ、そのアンクは魔力増幅くらいの効果しか発揮していないけど、もし、その力を本格的に行使したら、貴女はおろか、私にすら制御できない代物になる。言ってみれば、それはこの上ない危険な爆弾みたいなものなの。一刻も早く、元の持ち主の手に返す必要があるわ」
「うるさい」
「これは嘘や脅しではないのよ?仮にそのアンクの力が暴走したらどうなると思う?いま、私達がいるこの幽世だけじゃない、現世や彼岸といった他の次元にだってどんな影響が出るか予測不能なの。勿論、私達が生き残れる保証もないわ」
「黙れ、売女…!」
突然、狭間那はそう怒鳴った。
「そんな詭弁に騙されるものか!これは私が手に入れた!私の物だ!誰にも渡さないッ…!!」
「狭間那ちゃん…」
歯噛みするミュカレ。
その肩に手を掛け、頼都が一歩前に出た。
「隊長!」
「耳障りな言い分は、それで全部か?」
相手を挑発するように、頼都は薄く笑った。
「さっきから聞いてりゃ『私、あれもこれも欲しい』だの『手に入れたら何でも自分の物』だの…駄々っ子だって、もう少しマシな台詞を吐くだろうに」
「何ですって…!」
殺気のこもった視線を向ける狭間那に、頼都は肩を竦めた。
「気に障ったか?それとも図星か?三流召喚士」
頼都は、小馬鹿にした口調のまま続けた。
「あ、そうそう、お前のその名前。どうせ偽名だろうが、まったくセンスがねぇな。よりによって『狭間那』…『召喚士』とはよ」
「うるさい!これでもひねって考えたのよ!そこはかとなく、正体を臭わせるように!」
余計無気になる狭間那。
ミュカレが、思わず頼都に囁く。
(ちょっと、隊長!今のあの娘をあんまり刺激したら…)
「ひねってそれか」
そんな囁きなど聞こえぬように、頼都は止めの一言を放った。
「やっぱり、お前は三流だな」
「ッ!!!!」
怒り心頭といった風に、狭間那のが歯を剥く。
同時に、手にしたアンクが徐々に輝きを増していった。
「ちょ、ちょっと!」
それを見たミュカレが、慌てふためく。
リュカも、呆然と光るアンクを見ていた。
そんな中。
頼都だけが、悠然と立っていた。
「三流かどうか…身をもって思い知らせてやるわ、鬼火南瓜!」
淀みない詠唱をを始める狭間那。
ミュカレの目には、アンクから漏れ出る極大の魔力がつぶさに見て取れた。
「や、やばい…!本気でアンクの力を開放する気よ、あの娘!」
「Oh!どーするですか、隊長!」
狼狽えるリュカに、頼都は落ち着いた表情で言った。
「放っておけ。どうせ、すぐに全部終わる」
「終わるのはいいけど、私達は隊長と違って、不死身じゃないわよん…!?」
「ちょうどいい」
頼都はニヤリと笑った。
「こいつも訓練になるな。よし、特命事項を追加だ。二人共、気合入れて生き残れ」
「嘘でしょー!?」
「Oh My God!」
光の奔流が荒れ狂う中、抱き合って悲鳴を上げるリュカとミュカレ。
「アハハハハハハハ!!皆、消し飛べ!その身体も魂魄も、見知らぬ次元へ…!」
狂った笑いを浮かべる狭間那。
が、その時。
『消し飛ぶのはそなたじゃ、下賤の娘』
「な…!?」
不意にアンクを握った左手を掴まれて、驚愕する狭間那。
その目に、自由になったネフェルティティの姿が映る。
「な、何で…!?」
『そなた、あ奴らを消し飛ばすために、妾の拘束術式を解いたじゃろう?』
狭間那の瞳が驚愕に見開かれる。
妖艶な笑みを浮かべるネフェルティティ。
『異なる術を行使するための『多重詠唱』…そなたには手の届かぬ領域だったようじゃな?』
「こ、この…」
慌ててアンクの力をネフェルティティに向けようとする狭間那。
それに、砂漠の女王は冷然と告げた。
『やはり、そなたは三流じゃ…疾く失せよ、我らが寝所を汚した賊め』
狭間那の顔に、恐怖と怒りが交差する。
「ま、待て…」
『捧げよ』
ネフェルティティが告げると同時に、狭間那の身体が電流に打たれたように硬直する。
そして、その身体が徐々にミイラのように干からびていった。
「きゃ…あああ…あああああああ…!?」
「吸精」…不死怪物が有する特殊能力である。
触れた者の生命力を奪い、己の力へと変えるこの能力は、強大な不死怪物であれば、並の人間を即座に死に至らしめる。
狭間那が受けたのは、まさにそれだった。
「…わ、わタし…は…すべ…テ…を…」
枯れ枝のようになった身体のまま、狭間那が最期の言葉を吐く。
その手から、輝きを失ったアンクがこぼれ、石畳に転がった。
それを拾ってから、ネフェルティティは頼都達を見やる。
彼女の視線に、頼都は薄く笑った。
その足元で、魂が抜け落ちたかのように抱き合って放心するリュカとミュカレがいる。
「ご苦労じゃった、焰魔よ」
「なぁに」
そう返してから、頼都は息絶えた狭間那の亡骸へ視線を落とす。
その場にいた者全員が、彼の目に浮かんだものに気付くことは遂になかった。。
頼都は、小さく呟いた。
「人は身の丈に合った人生を生きるのが一番だぜ」
そして、背を向ける。
「…かつて、俺も忘れていたけどな」




