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Halloween Corps! -ハロウィンコープス-  作者: 詩月 七夜
第二夜 The Midnight Requiem
10/45

Episode9 Requiem -鎮魂歌-

「もう一度言うぞ」


 右手に燃え盛る紅蓮の炎を点しながら、頼都(らいと)鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン)は続けた。


「そこを退け、坊主。知っての通り“海女怪そいつ”は人を食う怪物だ。“掟”に則って、始末するのが俺達の役目だ」


「退くもんか…!」


 大きく両手を広げ、白髪紅眼の若者…神前かんざき 季里弥きりやは決意に満ちた表情で言った。


「彼女をむざむざ殺させはしない!」


「What!?正気ですカー!?」


 リュカ(人狼ウェアウルフ)が驚いたように声を上げる。


 それにフランチェスカ(雷電可動式人造人間フランケンシュタインズ・モンスター)が追従した。


「理解できません。彼女は貴方がた人間にとって天敵ともいえる存在。見たところ、洗脳を施されてもいない貴方が彼女を庇う理由は何なのですか…?」


 フランチェスカの疑問に、神前は少し俯いた。


「彼女は僕の恋人だ…ずっと待っていた…やっと会えたんだ…」


「恋人だって…?」


 アルカーナ(吸血鬼ヴァンパイア)が信じられないといった風に目を見開く。


「馬鹿な。彼女は人間の姿の部分はあっても、人間ではない。君とは絶対に相容れない存在なんだぞ?」


「見た目なんてどうだっていい…!姿かたちが人間からかけ離れているからって、どうだっていうんだ!?僕達は純粋に愛し合っているんだ…!」


 神前の訴え掛けに、ミュカレ(魔女ウィッチ)が、首を横に振った。


「見た目の話だけではないわ。そもそも、彼ら『怪物』の精神性は、人間のそれとはかけ離れているのよ。だから、決して人間と分かり合えることはない…無論、私達もね」


 珍しく神妙な表情でミュカレがそう告げる。

 だが…


「黙れ!」


 神前は絶叫した。


「彼女は…美汐みしおは、海神の娘だった!遠い昔に、海神の怒りに触れて、海に帰ってしまった!だけど、今こうして彼女は帰って来てくれた!僕の元に…!」


 神前の独白に、頼都達は沈黙した。


「…お前…」


 頼都の顔に何かに気付いたような表情が浮かぶ。

 その後、頼都は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。


「そうか…お前は…」


“ええ…そうよ”


 それまで沈黙していた“海女怪スキュラ”が告げた。


“彼は()()()()()()()。私は『海神の娘』…そして、自分を『その恋人である若者』と思い込んでいるのよ”


 深い海の色をした“海女怪スキュラ”の瞳が、僅かに歪んだ。


“この『離岬はなれみさき』に残された、悲しい恋人達の伝説を、彼は自分に重ねてしまっているのよ”


「…それを知ってて、こいつに人間えものを貢がせたのか?」


 頼都の目が鋭く“海女怪スキュラ”を射た。

 それに“海女怪スキュラ”は頷いた。


“弁明はしないわ…私、とても飢えていたの。とても『解禁日ハロウィン』まで待てなかった”


 静かにそう告げる“海女怪スキュラ”に、頼都は無情に告げる。


「悪いが『Halloweenハロウィン Corpesコープス』に『情状酌量』って選択肢はない」


 その言葉と共に頼都の右手の炎が、ひときわ大きく燃え盛った。


「あるのは『掟』を守って『幽世ここ』で生きるか、背いて俺達に殺されるかだけだ。そして、言うまでもなくお前は『掟』に背いた」


“そうね”


 “海女怪”は、静かに頷いた。


“だから、私は貴方達が来るのを待っていた”


「まさか…僕達に殺されるためにかい?」


 アルカーナの問いに、疲れたように頷く“海女怪スキュラ


“私がここで飢えを満たすようになった時…本当なら最初に出会ったこの人を、一番初めのえさにする予定だったわ”


 そう言うと“海女怪スキュラ”は、自らの前に立ちはだかったままの神前に視線を向けた。


“でも、この人は私を見ても恐れなかった。それどころか、私の事を居もしない『恋人』と勘違いして、私の飢えを満たす協力を申し出てくれた。だけど…”


 そして“海女怪スキュラ”は耐え切れなくなったように両手で顔を覆った。


“私は…私は『人間』が恐ろしい”


「『人間』が…恐ろしい…?」


 全員が顔を見合わせる。

 “海女怪スキュラ”は再び神前の背中を見詰めた。


“この人は私のために、何人もの同族を犠牲にしたわ。何度も何度も罪悪感に苛まれ、慟哭しながらも…だから、私はこの人に尋ねた…『何故、そうまでして私のために尽くしてくれるの?』と”


「無論、愛しているからだ…!」


 神前はそう言いながら振り向き“海女怪スキュラ”を見上げた。


「ずっと待っていた僕の元に、君は帰って来てくれた…その君のためなら、僕はどんな事だってしよう…!例え神や悪魔に呪われても…!」


 せつなげに、愛する者を見詰める神前。

 その視線を受け“海女怪スキュラ”が苦悶の表情を浮かべる。


“愛…愛、愛、愛、愛、愛…!それは何なの!?ここまで狂っているのに、この人はそのためだけに自分の同族すら売り渡すというの!?分からない!私には『愛』というものが!だから、()()()()()()()


 “海女怪スキュラ”は、救いを求めるように頼都を見た。


“私は長い時を生きてきた。人間の事も多少は知っているわ。だから、この人の言う『愛』を理解するために人間のふりや恋人のふりもしてみた…だけど、私には分からなかった。それどころか、逆に恐ろしくなったわ。人間達かれらの持つ心の闇が…その底知れぬ深淵が…!”


「…」


鬼火南瓜ジャック・オー・ランタン、早く私を開放ころして!このままでは、私はおかしくなってしまう…!”


 その訴えに、頼都は瞑目していた目を開いた。


「一つ、聞かせろ」


“…何かしら”


「あの『歌』は何だ?」


 それに“海女怪(スキュラ」)”は、一瞬意外そうな表情になった後、


“あれは…海へと帰った海神の娘が残したという『歌』を勝手に模したのよ。『歌』なんて歌った事も無かったけれど…”


「…つまり、この坊主に合わせて、お前自身もその『離岬の恋人達』を演じていたっていうのか?」


“そうね…理由は分からないけれど”


 ふと、神前を見詰め“海女怪スキュラ”は苦笑した。


“…ただ、私が戯れに歌ったあの『歌』を聞かせたら、この人がとても喜んだから…”


「美汐…そうだよ。君の歌う歌は、とてもきれいで…大好きだ」


“ありがとう、季里弥…”


 今度は微笑みを浮かべる“海女怪スキュラ

 狂人の想いからようやく解放されるためか。

 それとも…

 いずれにしろ、その表情はとても晴れやかだった。


“そして、さようなら…()()()()()


 その言葉が終わると同時に、


炎獄ノ業火メギド・フレイム


 頼都の炎の右手が、空中に炎の逆十字アンチクロスを描く。

 それは烙印の様に“海女怪スキュラ”の胸元に刻まれると、その身体を一瞬で紅蓮の炎で包み込んだ。


「美汐ぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ…!」


 絶叫する神前。

 炎の中、徐々に形を失う“海女怪”の影から、何かが静かに響き渡った。


「歌…」


 フランチェスカが、ぽつりと呟く。


「歌っているのか、彼女が…」


 アルカーナがそっと目を伏せた。


「悲しい歌声ネ…」


 刀を鞘に収めながら、リュカは炎に揺れる影を見詰める。


「ええ。まるで、鎮魂歌レクイエムのよう…」


 ミュカレが頭のとんがり帽子のつばをそっと押さえた。


「美汐…美汐…何で…」


 舳先に立ち尽くす神前が、魂の抜けた表情で呟く。

 それに背を向け、頼都が言った。


「これが聞き納めだ…よく聞いておけ」


 そして、目を閉じ、


「…そして、祈ってやれ」


ドボン…!


 背後で聞こえた水音に、思わず頼都は振り返った。

 神前の姿が消えている。

 舳先に戻った頼都の目に、燃え盛る“海女怪スキュラ”の元へ泳ぐ神前の姿が映った。


「あの馬鹿、何を…!」


「美汐…今行くよ…!」


 波をかき分け、炎の柱と化した恋人へ辿り着く神前。

 それに炎の中の影が、激しく揺れる。


 なおも追いすがる神前の妄執を恐れたのか。

 それとも…その身を案じたのか。


「美汐…もう、離れないよ。僕達は、ずっと一緒だ…」


 炎の中に神前の姿が消える。

 二つの影が、やがて重なり合うように一つになった。

 

「どいつもこいつも…馬鹿ヤロウ共が…」


 激しく燃える炎を見詰め、頼都は吐き捨てるようにそう言った。




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