誘拐
「…………」
私が、少しでも動けば………朝の時の繰り返しになる…。どうすれば……。
「―――」
ムカつく…‼ あの絶対に負けない、って言わんばかりの自身が表情に出ているのが…!
(怖え……出来れば、こんな事やりたくないんだけどなあ…。怪我するのは嫌だし、なによりも、セリアに怒られるのだけは絶対に嫌だ……! 適当にパパッと終わらせるか)
「……! せい―――ッ」
剣を綾神に斬り付ける。が、避けられ――
「―――しまっ」
綾神は、斬撃を避ける瞬間、足を崩し、倒れる。
「『掴め』」
ふん、流石に、一度受けた技を二度は受けない―――ッ! 右斜め前に移動し、綾神の背後に回り、
「これで、終わり―――」
「『守れ』」
え?
剣が綾神にぶつかる僅か二センチ程の所でガキンと硬い物とぶつかったような音と剣を握っていた手に痛い衝撃が走り、握っていた剣を床に落とす。ってか、なによ、これ‼ まるで、大きな黒曜石に剣を打ち付けているような感じ。
「……ふー」
額を布で拭く綾神。
「これでいいだろ? これ以上は頭が痛くなるからやりたくない」
「まだ…! 私が勝ってない…!」
「って言いながら、既に二十戦中の全敗だろ。いい加減に諦めろ。ただの『剣術』で、魔法使いを殺害し
ようとするなんて不可能――俺を殺せないならファムリスなんて尚更…」
ファムリス……二年前に聞いた事があった気がするけど…。
「ファムリスって確か、《災厄》を呼び出して世界を混沌に落とした史上最悪の魔法使い…だよね?」と彼――グラン。少し、血なまぐさい気がするけど…。
「ああ。アレは…この世界にはもう……存在しないけどな」
「…………」
思い出した…! なんで、世界を騒がせた最悪の人物の事を今まで忘れていたんだろう?
ファムリス=ハイズ―――二年前に世界を混沌に落とした魔法使いだ。アレが行った事は《人体錬成》や《死者蘇生》、おまけに《厄神降臨》とまで人類や神に対する冒涜的な事ばかりだ。
特に被害が出たのは、災厄を呼んで世界を《混沌》に落とした、って事だ。最終的に、自身が起こした被害でファムリス=ハイズ自身も死亡、最終的な死者数は軍が把握しているだけでも一億ほどだという。
ここまで大勢の人間が死んだのは、二百年前の神の裁き以来だろう。
「災厄を呼んで、それを子供に阻止された挙句、殺されたんじゃ魔法使いとは言えないよね、マキナ?」
「おい、それを言うのは――」
「ファムリス=ハイズは自身の起こした被害に巻き込まれて死んだんじゃない――マキナに殺されたんだ。あの惨状下じゃ、ただの自滅にしか思えないのは当然だね。でも、違う。あの日、彼女が《人体錬成》の素材として攫われたのをマキナは命懸けで救った。けど、それの対価は自身の存在だ。やがて、世界を滅ぼす災厄の神への昇華するための儀式。ファムリス=ハイズは、自身の大量の血液を媒介に最後の最後でその儀式という名の呪いを掛けた」
その言葉がグランの口から出るたびに、綾神の顔は青白く変化していく。
「……グラン、もう…その話はやめてくれ。ここには、軍上層部の人間もいる。あと、出来ればファムリスの名前も出来れば出さないで貰えるか? 確かに、言いだしは俺が言ったが、過去の話は掘り下げないでほしい、あの日にやったことは、全員が知らないんだから。知ったら、グランとセリアに危険が起きる」
「ごめん。つい熱くなって喋り過ぎたよ」
この二人は……一体…。
※ ※
廃墟だった。
二百年前ほど昔、ここは《東京》と呼ばれていた近代都市だと言われている。
全ての作業が人間ではなく機械が行い、人間は自堕落に過ごしていたと文献に書かれていた。それ故、偉大なる女神を怒らせ、全人類の半数以上と文明諸共滅した。
そのニンゲンの末路は大半が『砂になった』。
なら、もう半数は?
「………凄い数。ここを突っ切るのは難しいか」
近くにある瓦礫から少しだけ顔を出す。
「クォルルルル……」
倒壊したとされる建物の傍に蠢く幾つものソレ。
不思議な鳴き方をし、死都から出る事の出来ない囚われの怪物――死徒。
「……どうしようかな。あそこから離れないって事は何かがあるのかな」
死徒の特性上、近寄って来ないことに違和感を覚える。
人が何百メートル離れていてもその臭いを頼って襲ってくる。人の血を撒けば、それに釣られている間に死都から出れば追いかけてこない。ただ、大抵は連れても二匹までで、それ以上を釣るなら人間を六人
生贄にしないと無理。
「とりあえず、近寄ることにしよう」
死徒に歩み寄る。死徒はこちらを見る。
「クォルルル……ゲェゲェ!」
案の定、五メートルほど近付いたらこっちに気付いた。だけど、なぜ十メートル地点で気付かなかった?
死徒は、その鋭く尖ったクチバシをこっちに向ける。翅が動く。三本の足が動く。
「―――」
死徒は、気持ち悪い奇声を上げる。懐から一本のナイフを取り出す。
歪な形をした剣。剣とは形容しがたい物。一人の狂った魔法使いが想像し遺した遺品。
「『分子レベルまで崩壊』」
「ゲェゲ――」
今襲い掛からんとした怪物は喰らおうとする寸前に消えた。消えた、といえば語弊が生じる。生きてはいたが、寸前のところで『分子レベル』にまで『崩壊』した。だから、生物の目から見れば消えたようにしか見えない。
「っと」
瓦礫を避けながら先程まで死徒がいた場所に来る。ここに何かある筈。
「……『砂と化せ』」
持ち上げるのが困難そうな瓦礫は、砂に変換。他は全部手で退かす。
数えるのが飽きる位に退かし終えた後、ソレが目に入った。
「血か…」
ベッタリと瓦礫に付着した血。付着してから既に一日は過ぎているが、それ以上は経っていないと思う。指で付着した血をなぞる。
「…は……ハハハッ……クククッ…」
これは…笑うしかないな……‼ まさか、こんな存在がこの世に現在しているとは思わなかった!
「人じゃない人、人でありながら、神の地位に存在する人……。ついでに、魔法使い……それもかなり狂っていて、人では使えない狂気の魔法まで使えるとは…‼」
実に興味深い! ちゃんとした施設があれば、開頭して脳の構造、身体の仕組み、DNAもじっくりと見てみたい‼‼
初めてだ。この様な気持ちは…‼
死徒が食い散らかしたとされる人の残骸を踏みつける。
「このような品の無い《軍》の人間が、あの方を殺そうとは……食い殺されて当然…っ!」
何度も、何度も踏みつける。
「クゥルルル…ゲェゲェゲェ‼」
「メスの死徒ね…」
この気持ちを邪魔された気分は実に頂けない。
手を大仰に広げ、叫ぶ。
「この、信仰無き哀れな存在よ、終わり呼ぶ神の裁きを受けよ‼ 『切断』」
「―――」
ビシャと血飛沫が飛ぶ。顔や服が赤い血液で汚れる。
「……元人間である死徒には興味がありません。神からの産み出された存在ではない限り、我が子の様に愛でる事は未来永劫ありえないでしょう」
鋭いモノで切断されたような断面を持つ死徒の元に近寄り、
「ですが、一応の元は神から産み出された人間である為、敬意だけは払いましょう」
胸の前で十字を切る。それが終えた後瓦礫の残骸を歩き回る。
「《門の創造》………」
ふと呟きながら、上を見上げる。
美しいと言える晴天だ。
他の死都やその他の街だと、大抵が気味の悪い色をした雲で空が見えない。ここは珍しい。
が、そんな事はどうでもいい。この晴天は、神と出会う為のプロローグに過ぎないのだから!
「今、逢いに往きます……愛しき神よ―――」
※ ※
「………はあ」
深く溜息を吐く。流石に、ファムリスの件をグランに言われるとは思っていなかった。それにしても、なぜグランは暁の前でファムリスの事を話したんだ? 流石に、普段のグランなら言わないと思うんだが。
けど、グランは勘違いしている。俺のこれは………呪いじゃない。アレは、俺に呪いを掛ける前に失血死したんだ。そして、アレが俺に向って言い残した言葉が、
『貴様に……人は救えない。人殺しが、人を救うなんて………下手なシナリオライターが書いた…三文劇と同等だ…。そして、貴様は『あの二人』も含め世界を《絶望》に堕とすだろう…‼ 後悔しろ…自身が生きた事で…大切な家族が…永久的な苦しみを味わうのを…‼』
俺には、人は救えないか。確かに、その通りかもしれない。
今回やった事は、グランとセリアを苦しませるかもしれない。だけど、俺は正しい事をしたと思っている。だけど、その時が来たら……俺は酷く後悔をするかもしれない。それが、人間だ。二つの選択肢を両方取る事なんて出来ないんだ。だからこそ、人は後悔する。
「…考えても意味はないか………ん?」
俺は、少し先にいる人物に目が入った。
街にいえる人はほぼ全員顔見知りで、一度も見た事のない知らない人がいればすぐに分かる。
そこにいたのは、一人の若い青年だった。
「……ここ、どこだ?」
「大丈夫ですか」
俺は、青年に歩み寄る。青年は少し困ったような顔をして「その、」
「ここってどこですか? ミレミス街に行きたいんですが…。迷ったみたいで」
「ああ。ミレミス街はここであっていますよ」
青年は、ハッとうっかりしてた、と言わんばかりの顔をすると「そうですか! 教えてくれてありがとうございます‼」と笑う。
「教えて貰おうとすると、街の人達が俺を避けて困っていたんです。どうして、裂けるんでしょう?」
「それは……この街の皆が余所者嫌いだから、としか言えないな…」
「余所者嫌い、ですか…」
「《軍》の連中が暴れ回っている所為でもあるんだろうが――」
「余所者嫌い、って言っていても、貴方は違うんですね。普通に話を掛けてきて教えてくれたりして頂きましたし」
こんな何にもない場所に来るってのも充分怪しいけどな……。
「あ、そうだ! 名前、名前を教えて貰えませんか? ここで会ったのも何かの縁と思いまして!」
早口でそんな事を言う青年。名前、か…教えるのは……いや、流石に《軍》の連中とは違うみたいだし、名乗っておくか。
「綾神――綾神真希波だ、よろしく」
「マキナアヤガミ…、良い名前だ。俺はモース=ロア=リグルと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」
リグルは右手を差し出す。
「……」
左手を出し、握る―――
「―――」
その瞬間。
嫌な感じがした。
「―――‼」
「―――!」
右手を振り払う。
五メートルほどリグルから距離を取る。いつでも、攻撃できるように準備しておきながら。
こいつは何者?
なによりも、一番恐ろしいのは、握手した時に感じた『禍々しい気配』だった。リグルは小さく微笑む。
「……大丈夫ですか? 急に、手を振りほどいて……。もしかして、汗が凄かったですか? それなら謝っときます」
リグルは申し訳なさそうに頭を下げる。
「俺、汗が凄いでるんですよね……体質なのかどうなのか分からないんですが……」
「…………」
こいつは…間違いなく…。
「少し、あの場所に行きません? 丁度、話したい事も出来たので」
リグルは、人の少ない路地を指差す。俺は横に首を振り、
「ここじゃ……ダメか?」
「うーん…………分かりました。これ以上、警戒させとくのもなんですから正直に言いましょう。そっちの方
がそちら的にうれしいでしょう?」
リグルは、
「まず、こいつは何者だ…と思っているみたいですから、それからにしましょうか」
本能的に嫌だ…こいつと目を合わせていると、心の内側を透視されているみたいで……。
「信教の【教皇】の――モース=ロア=リグル。今回、貴方と接触するために、我はここに参上致しました。不愉快だとしたらすみません」
俺は、一歩後ずさる。怖い。
「……怖い、という感情は面白い物です」
「………ッ」
「人は、どんな直前に恐怖を覚えるのでしょうかね。家族が虐げられているのを見た時? 怪物が目の前に現れた時? 自身の力では対処しきれない凶悪な存在が現れた時? ああ、これは前の奴と変わりませんか。色んな場面が存在しますね――でも、不思議でたまりません。余りにも恐怖を感じ過ぎたら記憶が崩壊してしまうのです。これは、現実逃避の一つでしょうね? 恐怖から逃れるために、記憶を崩壊させる……実に哀れです。信仰さえすれば、恐怖など感じません。偉大なる神が、哀れで醜き我らを常日頃、神聖な力で護って下さっているのですから!」
ああ…分かった。
「……狂信者」
絶対に関わってはいけない人間―――そもそも、最初から気付けば良かったんだ。
あの、最悪な組織の【教皇】だなんて…。精神が狂っている連中ばかりで、ファムリス=ハイズもこの組織に所属していたんだ。くそ…最悪だ…!
「別に、取って食おうとする訳じゃありませんから安心してください。俺は、アヤガミ『だけ』にしか興味ありません―――【災厄の魔法使い】である貴方だけにしか、ね?」
「……お前も…俺と余り変わらない感じがしたけどな…!」
首を横に振り「いえいえ」
「流石に、幾ら最強の力を持っていたとしても、ハイズ様と同等の力を持っている貴方には勝てません…不意打ちをしたとしても……」
頬を釣り上げる。「一つだけありましたね」
「あの二人を人質に取れば……」
「―――殺すぞ」
少し驚いたような顔をするリグル。俺は、歩み寄る。
「『槍よ。その胸を穿て』」
呟く。殺さないと。こいつは、生かしておくだけで家族に害をなす。速やかに殺さねば。
「眼が紅くなったね~。『人除け』『崩れ去れ』」
陽気な声のまま魔法を発動させるリグル。俺の槍が崩れた……?
「意外みたいな顔されてもね……。これでも、組織の長なんだからこれ位出来なくちゃ…」
「『魂魄を喰らえ。そして、目の前の敵を滅する力を――剣』」
左手に剣が現れる。握る。よく馴染む。剣を横に振るう。
「『被害を逸らして』」
「…チッ」
舌打ちする。周りを見れば、人がいたのがいつの間にか、人がいなくなってる…。
「まだ、勝てないよ。諦め――」
「『握り潰せ。吹き飛ばせ』」
一瞬だけ、リグルは呆れたような表情をする。
「だから……諦めてくれよ『眠れ』」
「……………………………………………っ」
その言葉を聞いた途端、一瞬で意識が遠ざかった。
※ ※
「効き過ぎたかな……まあ、傷一つ無い状態だからこれでいいか。対象βを逢わせる事はこれでいいとして、対象αの殺害はどうするかな…。別に、あとででも大丈夫かな…? αは、まだこの街から出る事はしないだろうし――」
魔法で眠りについた彼を担ぐ。
「『転移―――』」
「―――待ちなさい‼」
人が行こうとした瞬間、後ろから殺害対象の女性の声が聞こえる。実に哀れだ。自ら、殺されに来るとは…。
「なぜ、ここにお前がいる、モルス‼」
「頼まれたのですよ、とても、この世界で最も偉い御方直々に……ね」振り返る。
「それにしても、面白いですね。あの時、呪いを掛け、貴女はあの場所で亡くなるはずだった……けれど、
なぜ、貴女は生きている? まあ、大体は予想がつきますが」
腕の中で寝ている彼を見る。「綾神をどうするつもりだ……‼」と少女は吠える。
「アカツキ=キョウコ、今回だけは見逃します。この場から早急に立ち去りなさい」
「私が…」
「死にたくはないのでしょう? すぐ死にたければ、この場で処刑するのもありなのですよ」
彼女は、一歩近づく。
「お前に私を処刑する権限はないッ‼」
「ありますよ」
「…?」
「少し前にも言いました。世界で最も偉い御方―――シオン=アドベルク直々の頼みとして……これでも、意味が分かりませんか? 流石に、これ以上は言わなくても分かる気がしますが…」
「な……っ…」
彼女は絶句した。その意味が分かったのだろう。
「……なら…‼ なぜ、ソイツを連れて行く…? ソイツは…この街の…」
「図が高いぞ。この偉大なる御方に対して『ソイツ』呼ばわりとは……貴女は、神にでもなったつもりか?」
「……私は…御子……。貧民街で育ったソイツより……」
「哀れなり。私の言葉の意味すら理解できなくなったと言うのだから実に哀れ。神からの恩恵すら賜ったというものを…。この私が、『御方』を使うのは、世界で最も神に近い存在《、、、、、、、、》にだけです。ここまで言えば、真正のバカでも理解出来ましょう」
「嘘…うそ…そんなの……」
アカツキ=キョウコは膝を突く。その顔は、そんなのあり得ないと思っている様な顔をしている。そんなに、自分より高位の存在が認められないのか。
「それでは、私はこれで去ります。この御方を―――本来居るべき場所に連れて―――次に会った時は処刑させて頂きます」
彼女に背を向け、《門》に向う。
最期――その中に入り終えた時、
「絶対に―――目覚めさせる―――ッ!」
アカツキ=キョウコは――叫んだ。
勝手にしなさい……それが、貴女の業であり、目的であるならばそれを、私は止めません。ただ、それを目的とするのなら……世界を混沌に落としたファムリス大司教と同じ末路を辿るでしょう。
「――――⁉」
アカツキ=キョウコの後ろに一人の青年が立って叫んでいた。
グラン―――なぜ、お前がこんな所に―――。