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滅び往く世界で君に「さようなら」を言えたなら。  作者: 金魚鉢の中のゲロちゃん
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教皇と総統


 ここは…どこだ。


 白い。全てが白い。そこにある道具も、自分も、白い。白すぎて目が痛くなるくらいだ。


「よーやく、意識が戻ったかい」陽気な声が聞こえる。誰だ。『私』をこんな所に閉じ込めて何がしたい。


「いや、我は何もしないさ。だって我は【傍観者】であって【観測者】だからね。被験者との接触は必要最低限。君とは、既に三回目会っていて、今回で四回目。覚えているかな? って、覚えてるわけないか。ハハハッ」


 ムカつく。その笑い声。一番はお前が言っている言葉が理解できない事がムカつく。


「そんなムカついていたら頭がダメになるよ? 人間、怒ってたら脳卒中とか死んじゃう病を発症する確率が上がっちゃうからね。それよりも」


 あ?


「怖いからそんな声出さないで。可愛い声がダメになるよ。あるよね、容姿が可愛いのに性格のせいで全

てがダメになる子、そーゆうのに限って、容姿がダメな子ほど性格がいいんだよね………。もし、仮に、容姿が良い奴と性格の良い奴が合わさったら完全なヒロインになれると思わない?」


 ……………。


「ああ、無言にならないで。謝るから、ね? こほん…君は、この世界を救わなければいけない」


 ………は?


「せ・か・い・を・す・く・って・も・ら・わ・な・い・と・い・け・な・い」


 何が言いたい? 私には何も分からない。なんで、私が世界を救わないといけない?


「なぜ、って………君は世界を救うために創られたからに決まっているだろう? 君は■■。全ての人間を統べて■■■■■■、■■■■■■■■■■。■■、■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。怪物を■■、■で、■■■■■■■■■■■■■■■■」


 後半はノイズだらけで何一つ聞き取れない。


「ってなわけ。理解出来た?」


 理解できない。


「そう……まだ、時間じゃないんだね。じゃ、今日の所はこれで終わりだ。また近いうちに」


 少し待て、お前は誰―――。


「若い女神様、近くに存在するデウス=エクス=マキナに気を付けて」


 ※ ※

 


「ううっ……」


 最初に感じたのは、消毒液の鼻を突く刺激臭だった。私は、どうしても治療室のこの臭いが苦手だった。アルコールその物が苦手だからかもしれないけど、どうしても治療するときくらいしか消毒液は使わない。


 それより、なんで私は治療室にいるのだろう? 訓練途中に倒れた? だけど、今日は訓練の日じゃなかった気がする……。頭が痛くて、思い出したいけど何も思い出せない。どうしたのかな。


「―――」


 声が聞こえる。男性のものだと、理解できる。比較的、私と変わらないくらいの年の男性…。上層部の誰かが心配してきてくれたのかな…? だけど、上層部の男性って、みんな四十超えてたから違うかな。

十代後半は私だけだし…。


 私は、目を開けた。


「お、気がついたか」


 男性がそう笑いながら言う。黒の軍服と、黒の軍帽を着けている男性。勿論、その服には二対の頭部を持つワシが三対の槍頭がある槍を二つ交差させている紋章がある。


 黒の軍服―――軍上層部で着ている人間は一人しか存在しない。赤毛の彼女だけだ。それを、なぜ、この男性は着ているのだろうか…? 今、その意味を問いただそう。


「……貴様、なぜ、その軍服を着ている――ッ」


 私は、常に腰に携帯している剣を引き抜こうとするが、体が動かない。いや、拘束されているわけではない。だが、身体が全く動かない。


「貴様、私に何をした! 私を誰だか分かっててこんな目に遭わせているのか‼」


「………」


 男性は、頭を掻く。そして、その場を立ち去ろうとする。追わなければ。


「待て――ッ!」


 布団を跳ね除け、そのまま宙を飛び、その場を立ち去ろうとする男性に――。


「―――あ?」


「逃がさない!」


 こちらを向いた男性は目を見開いたと同時に、床に押し倒す。男性の胸倉を掴み、「貴様、その服はどこで手に入れた。答えろ」


「―――」


 まだ、答えようとしないか…っ。


「答えろ。私は、貴様を権限一つで死徒のいる野に放つ事も可能なんだぞ‼」


「―――」


 男性は答えようとしない。むしろ、私から目を逸らすままだ。その顔は、紅く染まっているが…。


「早く答えろ」


 これで、最期だ。


「…。あ」


 男性は、観念したかのように俯き、やがて――。


「裸、見えてるが………」


「…………………………………………………………………………………………は?」


 私は確認する。服…え、ない。なんで…。


「きゃああああああああ‼‼」


 私は悲鳴を上げ、放り出した布団を拾い、服に身を包んでない身体に巻き付ける。


「………やれやれ」


 男性は立ち上がり、頭を掻く。その眼差しは、可哀想な子をみるような目で。


「貧乳なんだな。セリア以上胸が小さい女性を見たのは初めてだ」と、世界全土を天変地異を起こさん言葉を、この男性は平然と真顔のまま言い放った―――


「この、変態――――――っ‼」


「ぐはっ!」


 ベッドの上にあった枕を男性の顔面目掛けて思いっきり投げつけた。男性はそのまま倒れたまま反応一

つない。


「ふー……ふー……」


 迂闊だった……。まだ、どの男性にも裸を見られたことが無いのに…見られた……っ。


 それより、ここはどこ? 治療室でも医務室でもない……。


 コンコンとドアを叩く音がして、「入るわよ」と女性の声がして、


「マキ、その子に変な事をしたら殺すから―――」


「あ」


 女性は、部屋の現状を見た瞬間、絶句した。


 ※ ※


「痛い……」


 男性はアザだらけの顔を撫でながら「いてて」と涙目で呟く。それに、「ほら、動かないでね」と言いながらアザだらけの男性の顔にクリームを塗る男性。


「あ、ごめんね。………マキが、何かしでかしたのでしょう…この変態…」


 私は、涙を拭う。女性は心配そうに聞く。だけど、この女性は…。


「あ、そうね。先に自己紹介しておきましょうか」


 女性は自身の胸に手を当て、


「私の名前はセリア=アドベルク。そして、そこで痛い痛い喚いてるのが綾神真希波。その治療をしているのがグラン=Q=ヘリヤ。よければ、貴女の名前を教えて貰えたら嬉しいのだけど」


 アドベルクは小さく微笑みながら自身たちを紹介する。それに、私の裸を見た男――綾神真希波は「家族には冷たいのに、他者に対しては見事な営業スマイル…」


「うるさいわね‼ マキは、早く謝りなさい!」「は⁉ 俺は何も悪い事はやってないぞ‼ 勝手に飛んで

押し倒したのはこの子だろ? な、グラン⁉」


「あはは…そうだよって言いたいけど…ボクはその現場を見てないから分からないんだ……ごめんね」


 グランと呼ばれた神々しいほど奇麗な金髪を持つ少年は申し訳なさそうに俯く。この子の声…どこかで聞いた気がするけど、どこで聞いたんだっけ?


「……君」


「なんだ」


 私を呼ぶ綾神に、あからさまに嫌な顔して反応する。


「…名前は暁暁子、だったか。で、階級は昔の奴で言えば一等陸佐に該当するモノだったかな? その純白の軍服を着ているって事は」


「……貴様は、どこまで知っている…?」


「さあ、別に『全部』知っていたとしても、それを君に教える理由なんてないからね」


「…殺すぞ」


「ご勝手に。俺を殺せるなら殺してみな。グラン、そこにある剣を暁に渡してあげて」


 そんな事を言い放つ綾神に「え、ちょ、え、マキナ、流石にそれは…」


「俺の事をどうしても殺したいみたいだから『殺させてやる』」


「マキ、いい加減にしなさい! 私も、それ以上言うと怒るわよ‼」


 綾神は、近くにあった木製のイスに座り、渋々グランは私に剣を渡す。


 彼は小さく嘲笑する。その顔がムカつく。まるで、私がコイツを殺す事が出来ない、と高を括っているようで非常にムカつく。鞘から剣を抜く。鞘を部屋の隅に抛る。


「……本当に、殺す。この私に喧嘩を売った事を、後悔しても許さないからな」


「御託はいい。さっさと、その剣でここに突き刺せ」


 私を挑発する様に綾神は自身の胸をこぶしでトンと叩く。私は剣を水平に構え、


「うああああああああッ‼‼」


 叫びながら突進する。部屋の普通よりも小さく、少し走ればすぐに端から端に移動できるくらいに狭い。不思議な事に、アドベルクとグランは私の事を止めようとしない…。


「―――」


「?」


 彼は小さく何かを呟く。続けて、


「『握り潰せ』」


「―――カハッ⁉」衝撃。真横から何かに握り締められる《、、、、、、、》様な衝撃が襲った。苦しい…。

 

 綾神は、「どうした? 殺すんじゃなかったか?」と挑発している。なんで、体が動かないの…?


「貴様…な…、何をした…?」私は問う。


「何もしていないよ。俺は、今ここで一歩も動いてないし、それは君自身が今実感しているだろう?」


「……く……る…」


 息が………でき、ない…。


「はー……その程度で終わりか。呆れた。十八歳で軍人になって、その上、層部のナンバーツーだからある

程度は戦闘も出来るのかと思ったんだけど、思い違いか」


 綾神は、小さく、私に、向って、こぶしを、突き出し、言った。


「『吹っ飛ばせ』」


「―――」


 悲鳴が出なかった。透明な何か殴られて、私は勢いよく壁に激突した。剣がカちゃんと落ちる。肺の中にあった空気が勢いよく吐き出され、咳き込む。


「げほっ…」


「………頭痛い。こんな業、使わなければ良かったな……」


 彼は、頭を抑えながら恨めしそうに呟く。私は、彼の事を睨む。


「……な…ぜ、私を………殺さな……い?」


 キョトンと、何を言っているんだ? と言わんばかりな表情で「別に、お前が殺す殺すばっか言ってい

るから相手にしただけだし、それ以外に意味なんてないし」


「それに、俺、女性を虐げたりするのは嫌いなんだよ。そんな事をやった暁には、セリアに殺されてしまうわ」


 セリアの表情を伺うようにチラチラと見る綾神に「マキ」と冷たい声色で。


「後で説教するから」


「………冗談だろ……」


 ※ ※




「………」


 てか、なんで俺が叱られなくちゃいけなかったんだ…?


「はあ……」


 今日一日は、鬱な日だろうな。朝から三時間以上はキツイし、正座もさせられていたから足が地味に痛い。


『ボールそっちにいったよ』

『こっちにちょうだい』

『はーい』


 外に視線をやると、ボール遊びをしている子供達がいる。元気だな…。そういや、五歳くらいの時は、よくグランとセリアと一緒にボール遊びしていたな。今じゃ、グランはボール嫌い(セリアのせい)で、俺はボールに触れる機会が殆どないからな。


 そんな風に昔の事を懐かしんでいると、「なんだ。幼子等を見つめて」


「あ?」


 彼女――暁暁子だ。彼女は、俺の隣に立つと、


「タバコは持っていないか?」と聞いてくる。


「バーカ。持ってるわけないだろ。てか、お前何歳だよ」


「今年で十八だ。貴様と同じだな」と真意を調べるような目で俺を見る。ムカつくな。


「残念。俺とグラン、セリアは今月で十九だ」


 ほう、と。


「貴様ら三人は、同じ月に産まれたのか? とんだ奇跡だな」


「アホ」


「あ?」


 彼女は俺の事を睨む。「誕生日が存在しないから三人纏めて同じ誕生日にしよう、って俺らの―――育ての親が言って決めたんだ。本当は全く違うだろうよ」


「ふーん」暁は興味なさげな声を出してから、数分の無言。


「綾神」と唐突に俺の名前を呼んだ。


「貴様は、魔法使いか?」彼女は問う。もう知ってるくせに、こんな風に敢えて質問するなんて流石

《軍》の上層部の奴。腐ってもなんとやら、か。


「その答えはさっきの戦闘で分かったんじゃないのか」


「………」


「偉大なる知識の門」俺はそう呟く。


「なんだ、それは」と暁は聞く。


「この世界に『通常』は存在しない筈の物だ」


「一応は」


 さて、ここらで使っても被害の出ない奴は…。あれでも使ってみる。


「『精神の糸を繋げよ』」


  ………………………………………………。

  暁は、身体を弄る。その顔は徐々に青白くなる。


「貴様、私に何をした――ッ⁉ なぜ、私がお前の身体になっているのだ⁉」


「これが、魔法の内の一つだ。『精神交換』って奴で、自分以外の人間一人の精神を自身の精神を入れ替える事が可能なんだとさ。もう一つの方は、使ったら相手の身体と永久的に乗っとる奴で、名前が――」


「呑気に私の身体を使ったまま説明をするな! 早く戻せ」


「少し待て……」


 あれ…………? 元に戻す単語ってなんだっけ………。やべ、忘れた――っ⁉ 本当にどうしよ‼


 俺の内心を察したのか、「まさか、戻れないってオチじゃないわよね⁉ そんなのは本当に勘弁よ‼」


 それは素直に同意する。さっきから全く落ち着かない。早く自分の身体に戻りたい。


 間違えて『精神転移』を使ってしまったか…? もし、それを間違って使ってしまったなら二度と戻れないぞ…。


「『戻れ』」


 …………お。


「戻れた……」


 この数分だけで十年分ほど焦った気がするな…。


「…………」

「…………」


 じっと睨まれる。俺はとっさに視線から目を逸らす。


「これで、全てチャラ」


「………チャラ?」


「ああ、昨日死にそうだったのを助けて貰った礼もある。これでチャラだ」


 助けた…? ああ、昨日の事か。でも、俺がやったのって…。


「別に、助けた覚えはないけどな。実質、あのビルから連れ出した後、俺は失血で意識を失ってたからな」


「……ふむ。魔法使いって、自身の怪我や病をなんでも治せると聞いたが…それはウソなのか」


「どこからそんな嘘を聞いた? さっきの魔法も不便だったろ、『精神交換』。魔法ってのは、人間には

あまりに余った余計なモノなんだ。使えば使うほど負の単位が増えていく。それが身体(にくたい)に蓄積すればするほど身体に異変が起きる。無論、精神にも異常が起こる。そもそも、この世界の物理法則を完全に無視しているんだから、そうなるのも当然。もし、魔法で何かをしたとしても、そこまでメリットは存在しないしな。」


 俺は、昔教わったまま彼女に教える。何のメリットも存在しない魔法。使えば使うほど、自身や周りが不幸になる。そんなのを好き好んで使うバカは存在しないだろ。常識的に考えて。


「……メリットは本当に何も無いのか」


 傾げる。


「一つだけあるな。メリット」


「それはなんだ」


「殺戮」


「―――」


 空気が凍る。予想外……みたいな反応だな。


「俺が、今日の朝、お前にやった奴を他者に連発してみろ。人なんて簡単に死ぬぞ? あの魔法二つは比

較的魔力消費も少ないからお手軽だしな―――この魔法が使えるのは俺だけだけどな」


 慌てて最後に追加しておく。魔法使い《ファムリス》からの言葉だと、俺の魔法は、異質との事だ。普通の魔法とデメリットも違うらしいが…。狂気なる世界が近づく、とか言っていたか。


「捻くれ者、って事ね。理解」


「俺は捻くれてすらいないし、そもそも勝手に理解すんな。アホ」


 特殊な点としてはやる気になれば、世界を破滅させる《神様》すら召喚出来るらしいし。確か……アザトース? ヨグ=ソトースのどっちかだったか。まあ、呼び出して世界滅んだら本末転倒だしな。どんな狂人でもそんな事はやらかさないだろ。


 二百年前に世界が滅んだのに、また世界を滅ぼしてなんの得になるんだかな。人間って、神に嫌われ過ぎだろ。二百年前も神を怒らせて全人類の人口の半分以上は砂と化したし、一部の街では死徒が撒かれたし。ホント救えねえ。


「………私には、家族がいないんだ」


「は?」


「いないってのは間違いだな。母変わりが一人いただけ……。とても、優しくて、色んな事を教えてくれた人物…」


 過ぎた過去を懐かしむような表情をしながら、外で遊ぶ子供達の姿を見つめる彼女。懐かしい…。暁とは全く似ていないのに、その横顔が……俺の記憶の中にある母と似ている。


「なんだ。私の顔を見つめて…もしかして、顔に何か付いているか」


「懐かしいと思ってなー。ただそれだけだ」


 コホンと咳き込む彼女。


「……。本題に入らせてもらう」


 またか。懲りないな…。


「この軍服の事だろ? 朝食の時間にも何度も説明した筈だ。これは、俺の母の形見、ただそれだけだ」


「……本当にそうか? 黒の軍服は、階級としては最上の物だ。そして、今、その軍服を着ている人物は、あの人しかいない。赤毛の女性―――シオン=アドベルク。ただ一人だ」


 シオン=アドベルク……セリアと同じ……。


「お前が、セリアとすぐに打ち解けたのも、その女性の?」


「そうだ」

 

 ※ ※


 少し離れた場所にて、聞き耳を立てていた二人。


「セリア、そんな顔をしたらダメだよ」


「………してない」


「してる。ボク達は家族なんだセリア。家族なら思いつめてるってすぐに分かるって」


「マキは全く気付かないけど」


「マキナは、他の人からも言われるほどの鈍感だからしょうがないよ。だけどね、マキナは、セリアの事が……」


 彼は口籠る。


「……マキが私にどうしたの?」


「ごめん。ボクの口からは何も言えないよ。言ったら、色々とダメだと思うからね」


「そう……」


「セリアが思っているような事には絶対にならないと思うよ。彼女とマキナは、相性が最悪だからね。ほ

ら、今も一触即発な雰囲気に元通りになってるし」


「本当ね…。どうしたら、あそこまで仲が悪くなったりするのかしら」


「同族嫌悪って奴だろうね。根本的に、あの二人は似ているからね、しょうがないよ」


 小さな声で何かを呟いたグランは、「あ、少し用事があるから行ってくるよ」


「用事? 今日って何か用事あった?」


「ううん。昨日、今日の会館前に来るように、ってクラマさんから呼び出されたからね」


「ふーん」


 セリアは、脳裏に一人の老人の顔を思い出す。


(あの人と会うのか……マキの事を毎回悪く言うから私は苦手なんだけど)


「―――話、聞いてる?」


「え、あ、そ……聞いてなかった…」


「危なくはないと思うけど、念のために気を付けるから安心して。昼ご飯の時間までには戻るから待っててね。問題はないと思うけど、念のためにあの娘には気を付けて、セリアとマキナがいるから大丈夫だと思うけど……心配だからね」


「はいはい…シーナお爺ちゃんみたいに長話になるんなら早く行きなさい。あの人、自分は他人をよく待たせるのに、自分が待たされると激怒するから」


「そうだね。それじゃ」


 ※ ※


 その部屋はとても広く、同時に薄暗かった。時刻は、あと一時間で正午になる。


「なぜ、我々の作戦を使わないのだ⁉ お前の様な小娘が、我々の作戦を全否定し、それでいて自分の作戦を押し付けるなど、言語道断だ‼」


「筋が通るとでも思っているのか! この小娘が」


「ここにいる、十二人が全員一致している‼ 我々の作戦は、必ず通す必要がある‼」


 そこにいる彼女以外全員が声を荒げて吠える。


「それでいて、なんだ! あの街に住むガキ一人すら取り逃がして、しまいには「それいじょう追うな」か‼ 滑稽にもほどがあるな‼」


 男達の非難は続く。


(よく、自身の都合が悪くなるとこんなに吠えるものだ。それが、人間の本能か。自分以外の高い地位にいる人間を引きずり落とす…哀れ)


 先程から、非難し続ける男達に所詮その程度の存在なんだなと値踏みする。


「……先程から、私に対しての非難しか聞こえないが―――オマエ達は、私を非難する権利はあるのか?」


「あるに決まっている!」


 一人の男性が叫ぶ。それに、彼女は男性に指を指し、


「お前は、街から子供を攫ったな。齢十三の少女だったか? さぞかし、面白い性癖があるのだな」


「………シオン………アドベルク……ッ‼ 殺す――ッ」


 男性は、腰から拳銃を取り出し、指を掛けて向ける。


 彼女の赤く長い髪が、揺れる。


「―――だ…………ろ」


 一瞬だった。


 瞬きした瞬間、彼女は男性に間合いを詰め、サイズが五センチにも満たない小さな玩具で喉を搔っ切った。男性は喀血する。


 引き金を引く。その弾は彼女――シオンには当たらず、窓ガラスを割った。


「…………」男性は自身の血の海に沈む。


 もう、男性は息をしていない。十一人の男達は動揺する、


「別に、その子を攫った事に関しては怒ってはいませんよ」


 シオン=アドベルクは、男性の亡骸を踏みつけ、男達の顔を見渡す。


「でも、それを言われたからって、自分より立場が上の人間に対して、銃や剣を向けるのは如何なものかと」


 玩具に付着した鮮血を艶めかしく舐める。


「それは、神にナイフを向けているのと同義………でしょう。モルス」


 シオンは、部屋の隅に視線をやる。「存在を消してたはずなんだけど」


「何時からそこに…‼」


「ああ、この方々《出来損ない》は権力だけを求めてる様な方でしたか。神の寵愛を頂いているのに、そのような自らの地位にも飽き足らず、他者の地位まで奪おうとするとは……哀れ過ぎて目に当てられませんね」

 

 部屋の隅に突如存在した青年は笑う。


「しまいには、容姿も最悪……ははっ、これは全滅ですね。どうりで、他者の人生を奪ってまで地位や相手を取らないと逃げられてしまいますね」


 青年は、大仰に腕を広げ、「―――神は、偉大なり」


「は? 神? この男、神を信仰してんのか? 今の世界に神なんて存在するわけないだろう!」

「ふむ。ここに、信仰が足りない哀れな愚民がいるようですね。この世界を創りだし、我々人間を生みだした偉大なる神に対してその無礼……」


 シオンは「ほどほどにしておけ。教皇―――殺すんなら速やかに済ませ」と投げかける。それと同時に、青年は先程の発言を行った男の目の前に立つ。


「なんだ? 教皇? はっ、こんな信仰してるバカみたいな奴らがいるから我々《軍》は…」


「哀れなる御霊……その肉体から解き放たれんことを……」


 青年は、自身の胸に手を当て―――


「今、デウス・エクス・マキナによる寵愛を受けよ」


 銃声。


 崩れるのは一人の青年。


「……こんなサイコパスを相手にする時間が惜しい。シオン、お前は我々《軍》に反逆したんだ。これから牢獄で暮らしてもら―――」ピシャリ。


「―――一人、哀れなる肉体から御霊が解き放たれた‼」


 死体が動く。赤く染まった髪を幽鬼のように揺らしながら床から起き上がる青年。


「肉体と精神の分裂。肉体が損失すれば、精神は解き放たれ、その時になってようやく、偉大なる神の膝元に往くことが出来るのです。それが、我らの信仰。我らの存在意義。神の為に死ぬのです。栄光で光栄な死です。決して、死を恐れてはいけません。貴方方は死ぬのが怖く、恐怖をしている割には、自らは他者に恐怖を植え付け、殺戮を起こしている癖に、哀れなんです。非常に。死すらも平等なのに、扱いは一つも平等ではない。我は、これに異を唱えましょう‼‼」


 さあ、


「信仰なき哀れな信者に、絶望的な死、あれ。『腕を切断――足を切断――胴を切断――首を切断』せよ」


「………?」


「お、ジェイル…? 腕は………どうした………」


「へ?」


 ジェイルと呼ばれた彼は、男の言葉に自身の腕を見る。


「あ………?」


 腕が、存在しない。血液が滴り落ちる。腕はどこに消えた?


「―――が」


 がくりと急に背が小さくなったような感じのまま床に叩きつけられる。


 流れ出す血液。苦しい。痛い。


「―――た…ず……け……で…」


 近くにいる男に手を伸ばす。が、腕が存在しない為、当然手は伸ばせない。


 胴体が斬れ、最期に―――首が斬れてジェイルの命は消えた。


「うわあああああああああ⁉ 化け物だ⁉ 逃げるぞ――――っ‼」


 逃げ腰でその場から蜘蛛の子を散らす様に逃げ去る十二人の男達。彼女は、肩を浮かせる。


「………最悪だ」


「最悪ですか? 取り敢えず、神に対して信仰が薄いニンゲンの駆除は終わりましたから私は非常に満足しています」


「異常者。ソレを言ったら、私は駆除の対象になるな。信仰すらしていないからな」


「貴女は特別ですよ、天使サマ。神の使いである天使サマに対し、ご無礼な真似は出来ません。それは、我が信仰団体メンバー総意でございます」


 シオンは鼻で笑う。目の前にいる人間が、どれだけ『異常』なのかをよく知っているからだ。この彼には信仰心は異常なほどある。


 自らの命を絶ってまで、自身の血肉、精神、全てを捧げる。


 それ故に、与えられた階位は【教皇】。彼の発言一つで、この《軍》を攻め落とすことすら可能だろう。


「世界で最も狂った狂信者の集まりの頭が……」


「あまり、あの子供達を悪く言わないでください。あの子達はまだ一つの祭祀すら行えない、未熟でございます。ですが、あの子達は、神の為ならば、その、尊き魂の一つを投げ出すでしょう」


「それが狂ってるんだ。何が、神の為に命を放り出す…だ。彼が行った事が全て無意味にしか思えなくなるだろ………」


「………命令を下さい。私は、天使サマから直々に呼び出され、この場に参上したまで。命令とあらば、この命を今、この場で絶ちましょう」


 シオンの前で膝を突き項垂れる青年に「出来れば、そうしてい貰いたいが……まだ、作戦も終わっていないから死んで貰うと困るんだよな」


「……内容を聞きましょう。未熟な私めに出来る事なら何でもやりましょう」


「……」一瞬だけ、シオンは悲しそうな顔をするが、すぐに表情を元に戻す。


「暁暁子を……殺害しろ。軍の下端共に頼んだのだが……私の命令を無視するからな」


「念のために聞き直しますが……本当に、殺害していいのですか。彼女は、御子なのでしょう? 人類の頂点に立つべきと運命を定められた存在。そして、偉大なる《神島響護》から産み出された御方。存在としては、天使サマであるシオン=アドベルク様と変わりませんでしょう。なぜ、そのような人物を殺すのですか」


「……いちいち教えないと、引き受けて貰えないのかしら」


 シオンがふてくされたような表情をすると「いえ、大丈夫です」


「それと……もう一つあるわ。彼を……ここに連れてきてもらえるかしら? 私の…子なの。最後に、もう一度だけ逢いたいの…頼まれてくれる?」


 シオンは、胸から一枚の古ぼけた写真を青年に手渡す。


「……この子は…?」


 渡された写真にはシオン=アドベルクと一人の幼い子供が写っている。とても、楽しそうな顔をしていると青年は思った。なぜ、この時《写真》みたいに、笑わないのかが理解できなかった。この組織……いや、彼女とプライベートで再開するときも、絶対に笑わないのだ。逆に、悲痛な表情をするだけで、否、その顔を見るだけで、青年は胸が万力で締め付けられるような痛みが走った。


「…………」


「分かりました。その依頼も引き受けましょう。こういう依頼の方が私は好きですよ……少なからず、殺人よりは人の為になりますから。神も、その事なら喜ぶでしょう」


 青年は小さく笑うと、彼女に会釈して立ち去る。ピチャ―――


「………貴方は…だれ⁉」


 シオンは自身の背後に気配を感じ、振り向こうとするが――


「振り向かないでください。振り向いて、私の顔を見たら殺します。いいですか。質問は一つも受け付けませんシオン=アドベルク殿」


「――ッ。何、私に何がしたいの?」


「質問は受け付けませんと言った気がしますが」


「……」


 その声は「それでいいのですよ」


「彼――【教皇】モルス=グローリアがいるんですか。彼ほどの人物が来るなんて相当恐ろしい事でも企んでいるのでしょうか」


「……半分以上、盗み聞きしていた癖に…」


「信者数、二十億人強の災厄の信教エニグマを、たったの二十代でその狂気じみている信仰深さで

【教皇】の位に辿り着いた災厄……! なぜ、そんな人物と《軍》に所属する最上の存在が関わっている?」


 「……別に、関係ないだろう? 昔からの顔見知りだ。その時のつながりで用事があった、ただそれだけの事だ」


「……暁を殺すのも、自分勝手な理由ですか」


「……関係ないな。それ以上、ふざけたような口を聞けば…殺すぞ」


 シオンの声が低くなる。


「そうですか。まあ、人を辞めた人外と戦っても私は絶対に負けません《、、、、、、、、》が。貴方達人間共にはね」声は小さな声で。


「私は、貴方の子を知っています。いえ、一緒に暮らしています」


「…!」


「はは…驚愕、って所ですかね。とても、優しい方です。人という存在に飽きた私でも恋をする程美し

い」


「―――」


「そんなに絶句する事ですかね。まあ、一つだけ言っておきます」



「私達『家族』を崩壊させるような事をすれば……オマエラヲ……滅する事を簡単に出来ますからね。その頭によく覚えておいてください。私は、平穏を崩されるのが何よりも嫌いなんですから」


「…………」



 数分の静寂。シオンは、自身の後ろから気配が消えたのを確かめると、その場に崩れる。


「―――あれは……人じゃない……」


 彼女の怯えたような言葉は、彼女だけにしか聞こえてはいなかった。




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