LinK7
夕暮れの公園で、女の子と男の子が歩いていた。
途中で男の子が転んでしまい、泣きだしてしまった。
女の子が駆け寄ると、男の子は泣き止み、二人は手を繋いで歩き出した。
その光景が、いつかの僕と重なった。
かくれんぼをしていて、次第に日が暮れて、さびしくなって、泣き出す寸前で、お姉ちゃんが見つけてくれた。
(ゆうちゃんみっけ!もうゆうがただからかえろっか!)
お姉ちゃんが手を繋いで、僕らは家に帰ったっけ。
お姉ちゃんは最近変わった。
Tシャツとジーパンだった服がワンピースやスカートに。
スニーカーはヒールのある靴に。
少年漫画からファッション雑誌に。
フィギュアを置いてある台には化粧品が増えた。
ぼくらは姉弟なのに、遠くに感じた。
「ただいまー…」
「おかえりマイスィートハニーあーちゃーん!」
玄関をあけると知らない男性に抱きつかれた。
人は驚くと声もでないんだね、痴漢にあう女性の気持ちが少し分かったかも。
「…ん?あーちゃんじゃない、君、だれ?」
それはこっちの台詞だ。ばっきゃろう。
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抱きついてきた人は、お姉ちゃんの恋人だと言った。
「律です。熊谷律。保健教諭をやってます。君が、有紀くんだね?」
「なん、で、ぼくの名前…」
「あーちゃ…いや、お姉さんから話は聞いてるから。すごく賢い弟がいるって」
「ぼくは、そんな…」
人見知りしがちなぼくはどうこたえたらいいか分からなくて、どうしても沈黙が多くなる。
お姉ちゃんは逆にニコニコ笑って、空気を和ませてくれる。
だからぼくは、いつもお姉ちゃんのうしろにいた。
「いつも自慢の弟だー!って言ってたし、家族喧嘩の事も聞いたよ、」
お姉ちゃんは、本当は都会の高校に行きたかったらしく、お父さんとお母さんを説得したが、両親は駄目の一点張りで、
「そんなに有紀の方が大事なら、私を殺せば良かったじゃない!なんでいつも有紀ばっかり良くて私が駄目なの!?なんで産んだのよ!!」
お姉ちゃんの泣いてる姿を見たのははじめてだった。
ぼくは将来何になりたいかも、まして、高校も出れたらどこでも良かった。
お姉ちゃんはアニメ好きで、声優になりたいって、ずっと言ってた。
でも、結局近くの高校に入学して、専門や大学には行かないで、ずっとバイトしてる。たまに劇団に呼ばれて出演してるときもある。
気付いたら、繋いでたはずの手は離れて、ぼくは真っ暗な中、ひとりぼっちで、どこに行けばいいかも、何をしたらいいかも分からない。
きっとこの人は、ぼくからお姉ちゃんを奪ってしまう。
それが無性にかなしくて、苦しかった。
「…ってください…ぼく、から、おね、ちゃんを、とらないで。」
ぼたぼたと涙が制服に染みていった。
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「おはよう、今日からうちのクラスの副担任になった熊谷律先生よ、」
「熊谷律です。よろしくお願いします」
クラスメイトはイケメンだね、とか、彼女いるのかな?と話してる。
男の僕から見ても先生は爽やかで格好いいとおもう。
ただ、お姉ちゃんの事をマイスィートハニーとか言わなければ。
「あと、進路調査票配るから、明後日までに私か熊谷先生に渡してね、」
クラスメイトの大半は書き終わってすぐ提出していたが、ぼくのは真っ白なままだ。ぼくは、お姉ちゃんがいないと、何も決められない。どこにも、いけない。
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アンダーロイドが暴走しているとの連絡があり、ぼくらはすぐ向かった。
ただ、着いたときには姿がなかった。
もしかしたら、どこかに隠れているかもしれない。
(集中しろ…!)
加賀くんや零菜さんを失った今、誰も犠牲者は出したくない。
「有紀!上だ!」
白石くんの言葉が聴こえた時、僕は機体ごと飛ばされた。
「いってぇ…」
視界は真っ暗で、何も見えない。
他の人は無事だろうか。
(お姉ちゃんなら、見つけて、くれるかな、無理かな、)
「…!ん…ゆ…くん…!」
誰かが僕を呼んでる。
少し開いたコックピットから見えたのは、
「有紀!!」
「お、ねえ、ちゃ、」
「掴まって!」
もう少しで、手が届く。
そんな時、僕の手を掴んだのは、律先生だった。
「有紀くん!もう少しだけ頑張れ!」
律先生が、いつかのお姉ちゃんの姿と同じように、眩しく見えた。
先生の手は、ごつごつとして、でも優しい、大きな手だった。
少しだけ、光が見えた。気がした。
「ふー、無事で良かったよ、」
「んの馬鹿!心配したんだからね…!」
「ごめん、」
大きかったはずのお姉ちゃんは、僕よりも小さくて、手が震えていた。
「…有紀くんは言ったよね、お姉ちゃんをとらないでって、」
「…!」
「ぼくは、君から明ちゃんを取るんじゃない、明ちゃんが苦しい時や悲しいものを半分こするんだ。そして、有紀くんが迷った時はもちろん手を伸ばして、」
正しい方向に導くんだ。
先生はそう言って笑った。
「わたしさ、声優になりたいって、ずっと思ってた。でも、最近考えたんだよ、声優以外にもアニメと関わる仕事。」
「先生の知り合いの人が、アニメとコラボして服や鞄を通販で販売してる人がいてさ、そこに就職しようかと思ってるんだ、」
「一度お世話になってる所で、私がちょっとデザインした鞄が売れてさ、手紙届いたんだよね、」
使いやすい鞄で嬉しい、
この鞄のおかげで友達ができた
「もちろん苦情とかもあったけどさ、それ以上に使ってる人にそう言ってもらえるのも幸せだなって。」
「私がもし都会の高校行ってたら先生に会うことも、なかったと思う。私は、今まで、歩いてきた道が間違いだったなんて言いたくないし思いたくない。」
ひとつひとつ、選んだのは自分だから。
その道が間違ったって、最後はここにこれるように。とお姉ちゃんは笑った。
ぼく、は。
「先生…いや、律、さん、」
「なんだい?」
「お姉ちゃんは、頑固で意地っ張りで頭は悪いし口も悪いし可愛くもない、」
「うん、」
「それでも僕の進むべき道をつくってくれた、自慢のお姉ちゃんです」
「…うん、」
「どうか、末永くよろしく、お願いします。」
「…喜んで。」
学校に戻るとき、僕の右手はお姉ちゃんと。
左手は律先生と繋いだ。
じんわりと広がる体温が心地よかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆)
「あなたの成績なら明文大でもいいと思うけど…」
「はい、でも。ここで学びたいことがあるんです。」
進路調査票には専門学校に進学と書いた。
人見知りな僕は文章で伝えようと考えたのだ。
先なんて、見えない。けど、
(この選択は、まちがって、ない、)
そんな気がした。
∴世界は僕に優しくなかった。でもそれは僕が拒絶していただけで、世界は思ったよりも僕に優しかった。