LinK5
これは、夢だ。
小二から近所の小さなクラブでずっと野球をやってきた。
将来の夢はプロ野球選手。
俺の世界は野球一色だった。
けど、ある日、それは音もなく崩れた。
「日常生活に問題はありませんが、続けるのは難しいでしょう」
頭を鈍器で殴られた気分だった。
毎日学校から帰れば野球があったのに、それがなくなった。
俺は、荒れた。
きちんと手入れしてたバットもグローブも、全部捨てた。
夏の甲子園に出るという夢を、叶えられなくなった。
そんなある日、妹の友達だというやつがきた。
「もしかして、桃花さんのお兄さんの椿さんですか!?」
俺を見て、興奮したのかふんすふんすと喋りだした。
「ぼく、アンダーロイドで、人より覚えるの遅くて、イジメられてたんですが、桃花さんが、野球観に行こうって、誘ってくれて。」
お兄さんのプレー、すごかったです!
だから、ああなりたくて、毎日、素振りしてるんです。
ニコニコと笑う。
その言葉に嘘はなくて、俺は、どうしようもなく嬉しくて。
俺が3歳くらいの時、アンダーロイドが暴走してから
ちょくちょく小さな暴動みたいなのがあったのと、甲子園に出場できるというルールも出来て、アンダーロイドにいい印象がなかった。でも、こいつは違った。
「おにいー?誰か来て…って智くん!」
「あっ、桃花ちゃん!」
風邪をひいて学校を休んでいた妹にプリントを届けにきたらしい。
「ありがとうね智くん。」
「どういたしまして、早く治るといいね、お大事にね、」
帰ろうとした智の腕を掴んだのは、俺だ。
「おにい…?」
「あっ、わり、えと、智くんだっけ?、俺が、練習、見てやるよ、」
「…!本当ですか…!?ありがとうございます!」
「ただし、俺は厳しいからな。覚悟しとけよ」
「はいっ!あと、ぼくのことは智でいいですよ」
妹が2人いるが、弟ができたみたいで、俺は嬉しくて。
毎日放課後になると智と桃花と野球の練習をした。
世界が色付き始めてた。
「ぼく、夢があるんです!」
「夢?」
「はい!今スコアブックも読んでて、キャッチャーの練習もしてて、甲子園に出られたら、優勝する事、」
「言うようになったなぁ、お前、」
「あと、椿さんとバッテリーを組んで、」
優勝する事。
智は俺が投げられない事を知らない。
けど、
「…そうだな、」
いつかバッテリーを組んで、三振とって、優勝する。
そんな日は来ることはなかった。
その日、補習で帰りが少し遅くなった日、
帰り道がやけに静かだった。
ただ、家の近くの医院がやけに騒がしい。
この医院は人間だけじゃなく、アンドロイドも診てくれる。
おじいちゃん先生はリトルでお世話になったし、風邪をひくとおじいちゃん先生が診てくれた。
今は息子の泉ちゃん先生が診てくれる。
「おにい!!智くんが!」
「智!智!」
俺と桃花はずっと智のそばに居た。
智はもともとアンドロイドの新しいかたちの失敗作で、
人間と同じように、少しずつ物事を覚えていくタイプで、
子供に恵まれない人達の、養子になるようにと作られた。
けど、智はその覚えが少し遅かっただけで、俺達人間と何ら変わりはない。
ただ、時間が過ぎ、新しいものが作られるたび、古いものは捨てられていった。
だから。
「部品が足りないっ…!」
泉ちゃん先生は必死に智を助けようとしてくれた。
でも、駄目だった。
おじいちゃん先生と泉ちゃん先生が、俺達を呼んだ。
「さとしっ…!」
「つば、き、さん、ボク、もう駄目みたいです。つばきさんと、バッテリー、組めなくて、ごめんなさい、」
「諦めんなよ!」
「ももか、ちゃん、こんなボクに、話しかけてくれて、野球、教えてくれて、ありがとう、」
「智くん!いかないでよ!」
「二人は、ボクの、太陽です、もし、人間に生まれ変われたら、また、野球、やりましょ、う、ね…」
智はそれきり、動かなくなった。
体の中の部品は、全部ボロボロだった。
だから。
アンドロイドを、アンダーロイドを治せる人間になりたくて、ここを選んだ。
(泣いたら、加賀くんは戻ってくるのですか?違うでしょう?)
あいつの言ってる事は、間違ってなかった。
ただ、俺が、春翔の死を、智の死と勝手に重ねていただけだ。
大事だと、大切だと思ったものは、みんな手をすり抜けていってしまう。
野球も、智も、春翔も。
「ただ、殴ったのは、やり過ぎたかもしれない…」
ちゃんと、謝ろう。
俺は、また眠った。