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偽物家族 3

 目覚めて窓から見た風景はまだ雪が積もっていた筈なのに、足を踏み出すとコンクリートが歩みを止める。それでも何とかもう1歩もう1歩と踏み出す度に、まだまだ冷たい風が背中を冷やした。

 家族の遺体は、俺が眠っている間には既に骨だけになり、墓石の下に埋められていた。それを伝えてくれたのは、1ヶ月の入院の間に1度だけ見舞いに訪れた親戚数人。年の瀬にある親戚の会の時には、柔らかく笑いかけてくれた親戚の顔は、まるで汚物を見るように曇っていて、その目は俺の目を最後まで見ずに背を向けた。

 俺はここで、伯父の言っていた事の全て知った。知ってから、また後悔して、死にたくなった。

 しかし、3日に1度は見舞いに来てくれる伯父の笑みを見る度に、そう考える事がバカバカしく感じてくるのだった。別に伯父の言葉に諭されたわけでも無い。多分それは一種の、仲間意識ではないだろうかと、そう答えをみつけた。

 伯父の話しでは、俺がこれから住む場所はここから県を幾つか跨いだ場所にあるそうだった。足を踏み入れた事の無いその地域に、俺は少しだけ先の心配をしていた。ただ、その心配もすぐに風に流されていく。そんなの家族が死んだ事に比べれば塵みたいな物なので。

基治もとはる、トイレとか大丈夫?」

 車の中、安全運転を心がけていた伯父は、助手席でぽかんと窓の外を眺める俺に言った。

「大丈夫、です」

 病院を出てからすぐに車に乗り込み、それから1時間か2時間ばかりは車に揺られていた気がする。退屈な空間で、伯父と話すような話題も無い。そればかりか気だるい脳みそは喋る事さえ拒否しているようで、俺は返事をしてから目を閉じ、寝たふりを決め込んだ。

 伯父はそれを見てどう感じたのかは知らないが、1言言っただけで何も言わずにただ移りゆく高速道路の目の前を見つめるばかりだった。

「基治、……基治」

 何度も俺の名を呼ぶ伯父の声に、ゆっくりと目を開いた。寝たふりを決め込んだまま、どうやら俺は寝てしまっていたようだった。

 まだ眠気の醒めない脳みそは、伯父の顔を見て、それから窓の外を見つめた。自分の住んでいた場所と変わったところは何も無いが、それでも見たことの無い住宅街が見える。

「ついたよ」

 伯父のその言葉に、そこで車のエンジンが切られて居ることに気付いた。伯父はとっくりシートベルトを元に戻していたようで、同じようにそれを取る。ロック解除のボタンを押すために少しだけ上体を起こし、視線をズラす。チラッと見えた車の電子時計は、昼の1時を少しだけ回っている。

「今日は平日だから、まだ皆学校に行ってるんだっけ?」

「……そうですか」

「あぁ、でも。俺が昼ぐらいに帰ってくるって言ったら、昼飯作ってくれてたんだっけ。腹減っただろう、まずご飯食べようか」

 ご飯、の単語を聞いて、腹は正直に胃の現状を俺に伝えた。その悲鳴は伯父には聞こえていない程の小さな音だったみたいだが、何だか俺は恥ずかしくなってしまって、伯父の言葉に頷いた。

 ずっと乗っていた車を降り、固くなった背中をしならせて、後部座席に放置したままだった荷物を取る。車のドアを閉め、伯父の背中についていく。

「……」

 誰がどう見たって、普通の一軒家だった。俺の住んでいた一軒家よりも、少しだけ大きな外観をしていて、どことなく他の家よりも西洋チックと言うか、庭が荒れまくっていたら「幽霊の館」とニックネームを付けられそうな場所だ。しかし残念なのは、その大事な庭が綺麗に手入れされていて、尚且つ花壇には綺麗な花が色とりどりに咲いている事だ。

 家の鍵を開けた伯父は、庭を眺める俺に、入るように言った。玄関の中は広く、靴は一つも無い。本当にたくさん人が住んでいるのか? と疑問になったが、玄関棚の横に置かれた傘差しには、ぎゅうぎゅう詰めの傘達が窮屈そうに立っていた。

 数を数えると、伯父と、後5人は住んでいるようだ。

 玄関はそのまま廊下になっていて、奥にまた扉があるのが見えた。扉を跨いだ右側には、2階へと続く玄関と、その横に2つの扉と、左側に1つ扉がある。

「階段の隣にあるのがトイレ、その横が風呂ね」

「……はぁ」

「左側にあるのが俺の部屋だ」

 そう言って、伯父がその扉を開けて見せる。そこは和室テイストになっていて、床は綺麗な畳だった。大きな本棚には難しそうな分厚い本が並べられ、何やら仕事関連の物なのかファイルも数多くある。そしてその隣にあるテーブルには、乱雑に本棚から取り出した本がバラバラに置かれてある。テーブルの上以外は、綺麗と言うよりは殺風景に見えた。

「さて」

 自分の部屋の扉を閉めた伯父は、その足で奥にある扉を開いた。広い広い居間だった。外の陽が差し込むその部屋は、灯りが付いているのかと見間違える程の明るさ。右側には大きな窓、というかガラス製の扉が付いていて、その外からは先程見ていた庭の風景がある。

 居間は3面程に軽く分けられているようだった。

 入ってすぐにキッチンがあり、その目の前には7個の椅子がキチンと収まる程の長脚のテーブルが置かれてある。

 その奥の面には短い足のテーブルにソファが囲まれてあって、その目の前には大きなテレビがある。家電もあって、収納棚もあり、置いてある物は俺の家にある物とそう変わらない。

 その左にある面は、数センチの段差になっていて、中を覗くと、伯父の部屋と同じ畳の部屋だった。タンスやクローゼットがあり、何だかファンシーなぬいぐるみやボードゲームなどの玩具などがたくさん置かれてある。

「ここは居間。そこのキッチンにあるテーブルで皆でご飯を食べて、こっちのソファのあるところで皆一様に寛ぐ。ここの和室は、…まぁ物を置いたり、何か作業をしたり遊んだりするスペースかな?」

 伯父が、普段の光景を思い出すように楽しそうに笑いながら言う。

「あぁ、2階に案内するのは後にしよう。とりあえずご飯だご飯」

 コートを脱いでいた伯父は、それをハンガーラックに掛け、俺の着てるダウンジャケットもここに掛けろと促した。そのままキッチンの冷蔵庫を開けようとして、ふと気がついて水道で手を洗う。

 何だかその光景が躾されたペットのようで、不思議に思う。

「いやぁ……、長男がね。帰ってきたら必ず手を洗えって言うんだ。当たり前の事なのについ忘れちゃってさ。いつも下の子達に示しがつかないからちゃんとしろって怒られるんだ」

「長男……?」

 確かここは一軒家だが施設のような場所だと言っていた。もしかしてその中に伯父の本当の子供でもいるんだろうか?

 ハンドタオルでしっかりと手を拭いた伯父は、わくわくと冷蔵庫を開けながら言った。

「家族のように暮らしていると言っただろ? 俺にとっても皆にとっても家族同然なんだ。だから兄弟。1番年上は長男」

 なるほど、どうやら家族間の役割がキチンとあるらしい。

「基治は高1だったよねぇ…。うちの長男も高1なんだよ。基治の誕生日はいつ?」

「7月、です」

「じゃあ今日から基治が長男だ。凛は10月生まれだから。ハロウィンの日に生まれたんだ。何かのイベントの日が誕生日って、何か特別感があって良いよね」

 どうやらそのハロウィン生まれの凛と呼ばれる男が今までの長男らしい。俺が七夕生まれなのは黙っておこう。

 だから俺は、兄弟決めがそんな適当で良いのかよ? と思いながらただ、はぁ……と頷いた。今まで次男だったから、別に次男で構わないのだが、そんな事より長男の座を落とされて恨まれないだろうか、と、おかしな疑問を抱いた。長男の座って何だよ。

「お! 今日の昼飯はやきそばだ!」

 ウッホホーイ! と続く。見た目に似つかわしくないハイテンションの声が聞こえて、ビックリして伯父を凝視する。

「俺の好物なんだ」

 ニッカリと歯を見せて笑う顔が子供のようで、何だか面白い。大きな動作でラップに包まれた皿を電子レンジに入れる。俺も伯父が躾された通りに手を洗おうと移動して、ふと壁に目が行った。壁に掛かった時計の下に、大きめのホワイトボードが掛かってある。中には家族だと思われる名前が順に書かれてあって、その横にはそれぞれの用事のような物が書かれてある。

 そしてその1番したの名前には、「もとはる」と、俺の名前が書かれてあった。横には「今日到着」と書いてあり、赤ペンで雑な花丸もある。

 俺の名前の上にある、栄と紫都の欄には「5/20、紫都→教室、栄→体育館 参観日!!!」とあり、そこにも赤で花丸が書かれてあった。

 花丸が付いているのはその2つだけのようで、それは大事な事なのだとすぐに分かった。

(……そうか)

 どうやら俺はもう、家族の一員として迎えられていたみたいだ。

「基治、やきそば温まったよ。早く食べよう」

「……冷蔵庫に入ってる鍋にスープがあるから、それも温めて食べてくれって書いてますよ」

「え、ほんとに?」

 伯父がもう一度冷蔵庫を開けて、小さな鍋を取り出した。凛の欄にそれが書かれてあったと言う事は、伯父の好きなやきそばを作ったのも元長男なのだろうか。

 伯父がこの家族の父だとすれば、母はどこにいるのだろう。もしかして父子家庭?

 何て色々考えながら手を洗って少しだけ待っていると、伯父がテーブルに大皿に盛られたやきそばと、取り皿、スープを並べていた。

「ささ、食べよう」

 ちゃんと俺の分もある量だった。

 伯父の真向かいにある椅子に座ると、手を合わせていただきますと言う。俺もつられていただきますと言うと、それを確認して自分の取り皿にやきそばを盛っていた。

 野菜も巻き込んでやきそばを取っていたが、伯父は何やらバツの悪い顔をしてちょいちょいと器用に箸を動かしている。

 俺はそれを少しばかり観察してから口を開いた。

「たまねぎもちゃんと食えって顔文字付きで……」

「うっそ……!?」

 あからさまに青ざめた顔をして、俺の顔を見る。そのまま上半身を後ろに曲げて、ホワイトボードに目を凝らす。確かにそこには小さく「たまねぎもちゃんと食べろ(`Д´)」と書いてあって、伯父はまたあからさまに落胆して、大皿に戻した分のたまねぎを取り皿に入れた。

 やはりしっかりと躾されたペットみたいで面白い。

 子供に躾けられる親なんて初めて見た。

 俺もやきそばを一口食べてみた。味は自分の母が作ったもののように美味しい。スープの味も、やきそばの濃さに合う味付けがされていて、自然と喉の溶け込む。

「俺ねぇ、やきそばはすごく好きなんだけど、たまねぎは宇宙一嫌いなんだ。こればかりはもう……地球が何周回っても嫌いなんだ」

 地球が何周回るとか、どこの小学生の言い訳だ。口の端には薄くほうれい線もあるのに。

「この家は、……凛、が飯を作るんですか?」

「そうだよ」

 鼻を摘んでいた伯父は、鼻声でそう言って、たまねぎを頬張った。その顔は苦渋に満ち溢れている。何とかスープでそれを飲み込んで、伯父は言った。

「凛は、兄弟の中で1番の古参なんだ」

「10数年前に引き取った子供って……」

「凛だよ。俺はそれまで家事なんか一切した事なくて、いつも必死でやっていた。でも手先が不器用だからどんなにやっても上手く行かない。それを見かねたのか、それから凛は俺の手伝いをするようになって、家族が増えていく中で、家事炊事を担当するようになって言ったんだ。今じゃ俺の当番は下の子達と一緒に風呂掃除」

 苦笑いしながら、やきそばを口の中へかき込んで幸せそうな顔をする。病院に居た時には気が付かなかったが、伯父は表情がコロコロと変わる分かりやすい人間だった。

「ここに居る子達は、人に全部を頼って生きていく事は出来ないと小さいながらも分かっている。だから家の中でも自分の役割を頑張って全うしているんだ。そしてどんな事であれ、皆がここに集まって家族会議をして全部決める」

 なるほど、普通の家庭にはあまり無いような事だ。

 完全民主制のこの家で、年上も年下も無く、全員が平等。父役の伯父が全てを決めるなんて事は一切として無いらしい。

 ただ、この家に来てからの伯父を見ている限り、民主制の影で全てを手引きしているのは元長男である凛のような気がする。

「……やきそば、美味しいですね」

「そうだろ。このソースの絶妙の濃さが堪らないよね。……あぁ、それと。基治は家族なんだ。敬語はいらないよ。普段は家族に敬語で話していたのかい?」

「いや、使って……ない」

「自然体で良いよ。それと、俺はこの家ではお父さんなんだけど、別に俺の事だってお父さんとは呼ばなくても良い。凛も皆も、俺を呼び捨てで呼ぶから。好きにして良いよ」

「分か、…った」

 敬語を使わなくて良いと言われると、何だかぎこちない言葉になってしまう。これは追々慣れて行こう。

 それからは、まだ顔も知らぬ家族のプロフィールを色々とする伯父の話しを聞きながら、昼飯を食べて行った。

 それを全て平らげ、食器を流しに置こうとした時に、玄関の方から声が聞こえた。時刻は午後2時。

「やきそばの匂いがする!!」

「いやお前もう給食食べたろ、テンション上げんな。多分、たきが帰ってんだ。昼飯にやきそば作ってったから多分それかな」

「ねぇ凛おやつ何? 桃?」

「あー、桃はもうちょっと先な。銀おじさんが作ってくれたプリンが冷蔵庫にあったろ。今日のおやつはそれ」

「たべるー!」

「手洗ってうがいしたらなー。ほら、早くランドセル置いて来ないとお前等の分瀧に全部食われるぞ」

 玄関から聞こえた声は、まだ幼い男女の声と、声変わりが済んで落ち着いた男の声。ドタドタと階段を登って行く音が聞こえてすぐに、居間の扉が開いた。

「なー瀧、そろそろ怒ってくれよ。こいつらまた高校の校舎に入って来たんだぜ。これでもう5回目……」

 扉を開きながら呟く声はげんなりとしていた。しかし、それを全部言い終わる前に言葉が止まる。

 声の主は、俺の顔を見ていた。

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