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偽物家族 2

 周りがやけに騒がしくて、自分だけが黙っているようだ。

 もしかして神様とか仏様だとかが俺の行く先を会議で決めていたりするのだろうか。なんてメルヘンを考えて、俺は浅く笑った。いつから俺はこんな妄想をするようになったんだ。

 自嘲を込めて笑おうとしてみたが、それも出来ない程に体が重い。何だか強力な接着剤で自分の体をカチコチに固められているみたいだ。

「……っ…」

 肺に溜まった息を吐いてみる。固くなった体が少しだけ楽になった気がしたが、それに比例して激痛がする。反射的に、目を見開いた。

「……、っ…は?」

 真っ白い天井に、LEDの灯り。久々に直視した気がする光。口からついて出たのは、訳も分からずほぼ半ギレ状態の時の自分のそれだ。

 今自分がいるのは、真っ白で清潔シーツと布団が重なったベッドの上。病院独特の薬の臭い。腕には点滴の針が固定されてあって、繋がれた線を辿って行くと、まだまだ終わりそうにないだろう点滴の袋。一定の速さで動く心電図。そして。

「おはよう」

 いきなりした男の声に、心臓がツキンと痛くなった。穏やかなその声は、何だかあの時「おかえり」と言った兄の声を思い出させる。しかし、声の色が違う。

 顔だけを横に向けると、兄よりも痩せていて、兄よりも年を重ねた男が、笑いながら俺を見ていた。

「誰、……すか?」

「あぁ…やっぱり覚えて無いんだね。……初めまして、俺は君の親類なんだ」

「しん……?」

 毎年、年の瀬に親戚と集まる事はあったが、俺はこの男を初めて見た。何故だか不信感が募る。

「とは言っても、一方的に縁は切られているんだけどねぇ」

「それって……」

 先程の不信感に加えて、自分の顔がどんどん強張って行くのが分かる。それでも、男はそんなの物ともせずに表情を一切変えない。

「君の思っているような感じじゃなくて。俺は君のお父さんの兄で、君からしたら俺は伯父なんだ。俺と君が生まれた家系ってのは、何よりもまず家族親類を大事にするだろう?」

「そう、なんですか? ……良く分かんないんですけど…」

 初耳が満載だった。俺は父に兄が居ることを知らなかったし、何より家族を大事にするという事も知らない。

「君のお兄さん、親戚の会にいた事ある?」

 兄の言葉が出て、また心臓が痛んだ。そうして、あの臭いを思い出して1人で滑稽に咽せた。痛む体を丸めながら布団に顔をうずめると、男の手が首の下辺りを摩った。背中全体を摩らないのは、きっとあの傷口を思っての事だろう。

 傷口、臭い、兄。数個の単語から連想される母と父。その行方を聞きたくて堪らないのに、どうしても濃口が切れなくて、俺は伯父にお礼を言って話しを返した。

 伯父の言葉を反芻する。

 確かに、毎年行われる親戚の会は県の中では5本の指に入る程の良い感じの旅館で行われていて、その中には兄の姿は無かった。

「でも、あれは兄が行きたくないからって、……聞いてたんだけど…」

「そんなわけないだろう。分からなかったのかい? ただ、君の親は恥ずかしかったんだ。お兄さんを親戚の会に連れて行くのが。君はそうは思わなかった?」

「……いえ、…いや」

 返答に困る。

 確かに、俺はあの兄を他人に見せる事は恥ずかしかった。自分の友達が俺の兄を見て、クラスで何を言われるのか、もし自分の気になってる女子にそれが知られれば。そんな事を考えた事がある。

 でも、親戚の会に限っては違っていた。伯父の言う家族親類を大事にする心は、俺の中にも存在していたのだろうか。親類に幾ら兄を見られたところで自分のなんとも思わないし、兄はどうしたって自分の家族だったから、どうって事無かった。

 ただ、親戚の会に来ないのが兄の意向ならば仕方ないと。

 それを丸々伯父に伝えると、伯父は困ったような顔をして笑った。

「面白いね。君の前半の言葉を聞いていると家族よりも友達関係を大事にしているように聞こえたのに、後半はお兄さんをちゃんと家族と認めてる」

「……」

 何が言いたいんだろう。

「俺も、親類の中では君のお兄さんの立場なんだろうね」

「は?」

「俺は10数年程前に子供を引き取ってね。それから、施設の園長のような事をしているんだ」

「施設……」

「施設と言っても、君が住んでいた家とそう変わらない一軒家でに少人数で、それも家族のように暮らしているだけなんだけどね」

「それが……縁を切られる理由になるんですか?」

「そうだよねぇ…俺もそれは今でも不思議なんだ」

 伯父は自問自答するように、宙に視線を向けて胸の前で手を組んだ。うーん…と数秒だけ考え込んで、それでも分からないと再度俺に視線を向けた。

「家族じゃない人間と一緒に住むのがダメだったんじゃない?」

 何とどうでも良い理由だ。

「あ。今、どうでも良い理由だとか思った?」

 自分の思った事をまんまと当てられて、ぐぅっと喉の奥が鳴る。バツが悪く、むっとした顔をすると、伯父は笑った。

「いや、俺もそう思ってるから良いんだ。まぁでも、そんなわけで縁を切られたわけだ」

 何となく、伯父が家族と縁を切られた話しになって話しが逸れたと思ったが、それでも俺は何でだか伯父が言いたい事が分かってしまった。

 一生分かりたくないと思っていたんだろうが、そんな事も出来ない。伯父も何となく本題を話すタイミングを探っているのだろう。

 俺は、そのタイミングを自分から合わせるように口を開いた。

「あれから、何日経ったんですか?」

 あれからと言う言葉で、伯父も俺の思いを悟ったのか、笑みをさっと隠して真面目に俺を見つめた。

「2週間だよ」

「にっ……!?」

 それにはびっくりした。自分の中での時間の流れはどうせ長くても2日くらいだろうと思っていたから。

「でも君、その2週間、間はあれどもちゃんと起きてたんだよ。君が起きてる時に何度か会話してたり、あぁ、親戚も来てたりしたんだよ」

「そ、…なんですか?」

「俺を見つけた瞬間にギャーギャー言って来ちゃってさ、君の今後の事を決めようと静かに話しをしようとしてもうるさくて。……君、その親戚に『うるせー』って一言だけ言ってまた寝ちゃったり」

 それは何となく分かる気がする。

 俺が多分、神様とか仏様が会議でもしてるんだとか変な事を思っていた時の事だろう。

「親戚の人は、俺のことを何て言ってましたか?」

「ん?」

「きっと俺も、兄やあなたと同じ立場になっちゃったんですよね」

「そうだね」

 否定しない言葉に「少しは否定しろ」と自分勝手な思いが募った。でもただ思っただけで、本当はきちんとすっぱりと言って欲しい。

 自分の中で本音と建前が交差して心地悪い。それを払拭するために、俺はダイレクトに質問を投げかけた。

 しかしその質問だって、あやふやだが自分の中でもう答えは出ている。

「2人共、死んだんですか」

 母と父は死んで、

「死んだよ」

「兄も……」

 兄もきっと。

「警察が駆けつけた時、家にお兄さんはいなくて、後日水死体で見つかった」

 そうして俺は今、1人ぼっちになってしまった。

 兄が親の後を追うことはなんとなく想像が付いていた。いままで疎まれつつも親の腕の中で生きてきた人間が、親を殺して生きられるわけが無い。刑務所に入るなんて出来ないだろう。もし将来そこから出てきても、1人で生活していく事を、兄は考えられない筈だ。そんなの、家族の俺が一番よく知っている。

 兄にとったら、死んだほうが楽に違いない。

 もしかしたら、自分の部屋に閉じこもっていた時に既に死にたいと何度も考えていたのかもしれない。

 でもじゃあ何で1人で死ななかったんだ。

 どうして母と父を殺したんだ。

 どうして俺を殺そうとしたんだ。

 1人で死ぬ勇気が無いなら、死ななければ良いじゃないか。

 それにどうして気付いてあげられなかったんだろう。兄はいつも家にいて、壁一枚隔てた中に一緒に暮らしていたのに。何故2人とも兄と真剣に話さなかったんだろう。「俺はもう無理だ」とか言っていたが、兄はまだ20数歳。

 やり直せるとまでは行かないが、少しは矯正する事も出来たかもしれないのに何で。いや、それを言うのなら俺も一緒だ。ああは言ってみたけど、実際俺も親や親戚と一緒なのかもしれない。友達に見せるのが嫌って思っている時点で、俺は兄を疎んで嫌って恥ずかしんであまつさえいなくなればいいとか思っていたんだ。兄の見すぼらしい脂肪まみれの背中を見て俺はああならなくて良かったああならないよう親に見離されない努力しようなんて蔑んで反面教師だと思って心の中で笑って――。

「おい、余計なことは考えるなよ」

 伯父がふいにそんな事を言ったので、俺は心の中で話題を変えた。

 俺は今日から1人ぼっちだ。天涯孤独だ。

 俺が望んだ波乱万丈だ。でも、俺が思っていたのとは何もかもが違う。

 俺のは、アニメや漫画のように時々起こる面白おかしいイベントに主要人物が巻き込まれるような、そんな軽いものだった。1人ぼっちになるなんて、聞いていない。

 自分達が兄を見捨てたように、俺も親戚から見捨てられてしまった。そりゃそうだ。

 親戚の会に顔を出せない人間が家族にいて、そいつが家族を殺して、自分も死んで、そうして生き残ったのが俺なんだから。どうせなら俺も死んでしまえば一家心中で肩が付いたのに生き残ってしまえば仕様がない。後片付けは親戚の仕事なのだから今の俺は大方金を消費する大型ゴミってところなんだろうあれなんか話しかえたのにまた元に戻ってきちゃったダメだな俺もう同じことしか考えらんないしマイナスなことしか思い浮かばない俺が思った波乱万丈はこんなんじゃないし誰もこんなこと求めないしこんな事になるんならどうせなら。

「俺も死にてー」

 真冬の外に出て、つい「寒っ」と呟いてしまったような、そんな軽い言い方だった。思った事を口に出してしまって、心の中は真っ黒。

 伯父は変わらぬ表情で俺を見つめる。こんな事を面と向かって言われてしまって、困るのは伯父の方なのに、何も言わないので本当に困ったのは俺の方だった。

 とりあえず謝ろうか、何ておろおろと考え始めた頃。

「俺のところのおいで」

 死にたいと言う言葉を確かに聞いた筈の伯父は、それについて咎めるでも言及するわけでもなく、そう言った。頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「偽物だけど、本物の家族のように皆で生活している場所なんだ。親がいない事でこれからたくさん辛い事があるだろう。でも、死にたい何て思えない程、楽しい事が詰まっている場所だよ」

 だから来なさい。

 優しさの詰まった命令だった。有無を言わせない物言いだったが、柔らかく、俺の耳に響き渡る。

 唖然としながらも、ただ頷いた。

 俺が病院から退院したのは、それから約1ヶ月後だった。

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