偽物家族 ※グロ表現注意
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一瞬にして全てを失う人間を見たことがあるだろうか。もしくは、それが自分だったりするだろうか。それは富や名声であったり、家族であったり。全てを失った人間の大体は1番最初に、回りの人物を恨み始めるのだと言う。「あいつがあんな事をしなければ」「どうしてあの時あいつは……」そして次に、自分の愚かさを嘆く。「どうしてこうなってしまったのか」「何が原因で、何が悪かったのか」思い始めればキリがない。途方も無い時間をその2つに注ぎ込む。そうして最後に、心の底から「死にたい」と思うのだそうだ。
そんな事を思った事も無い俺は、それを聞いて「自分は大丈夫だから」と他人事のように頷く。だって、自分はそうなった事が無いから。言うならば「勉強しないと大人になったときに後悔するわよ」と言われた子供と同じ気持ちだ。
「その時になってみないと分からないから今は大丈夫」そんな気持ちで、俺はただ頷く。
それが、今までの俺だった。
自分だって周りの人間だって、そんな境遇に遭った人物は誰1人としていなかった。テレビのドキュメントで流れる「心の底から死にたくなった人間」を見ては、軽い同情心に駆られ、ただ自分はどこまでも他人様。俺は、同情する側の人間だった。
一瞬にして全てを失う人間の気持ちが分かったのは、高校進学が決まり、中学を卒業した頃。新しい高校の制服を自分の部屋に掛け、入学式までの開いた時間を友達とはしゃぐ。
これからも、普通だがたまに特別感のある楽しい時間が欲しい貪欲な生活。
俺はその日、「一瞬」と言う言葉を体で感じた。本当の一瞬とは、瞬きを1回するのも遅く感じる程の時間だった。
俺には、年の離れた兄がいた。
この兄と言うのも余りに馬鹿げた行動をしょっちゅうする兄で、お世辞にも尊敬できる人間では無かった。小中高と成績は悪かったものの、機械関係には素人の中では割と強く、何を勘違いしたのか自分は天才だと言い張る。しかし、素人の中では良く出来ても専門の中ではズブの素人。
そんな兄。有名大学を受験したものの見事に惨敗し、現在2浪中だった。家の中では受験勉強と言い張っているが、自分の部屋に内鍵を掛け、その隣の部屋に居た俺には深夜中ペンを走らせる音ではなく、パソコンのキーボードを叩く音が年がら年中聞こえてたのは言わずもがな。
外に出るのは大好きな甘いお菓子を徒歩2分先にあるコンビニに買いに行く時のみ。よって兄は見違える程に肥えていった。日の光を浴びない白い肌。俺は兄を密かに「猪八戒」と呼んでいた。
事が起きたのは、高校入学前日の夜の事。俺は例に違わず、違う高校に進むことになった中学の時の友達とカラオケに行ったりゲーセンに行ったりと中学生でも高校生でも無い曖昧な最後の時間を楽しく過ごしていた。友達と別れた夜6時半。いつもより少し早い帰宅。外から見える居間の電気はついていて、カーテンも閉めてあるし、何ら違和感は全く無い。
何を迷うこともなく開いた玄関。いつもなら夕飯の香りがするその家に、何とも言えない匂いが体に染みてむせ返った。
俺はここでこの異変に早急に対処すべきだった。しかし、好奇心が勝る。昔から躾られた通りに靴を脱ぎ、並べ、ただいまと呟きながら居間の扉を開ける。
その瞬間に漂った強烈過ぎる鉄の臭いと、生肉が腐って饐えてしまった物を数十倍にしたような臭いに、俺は膝から崩れ落ちた。口と鼻を手で抑え、吐き気によって活発になった胃辺りに手を添える。
「おかえり」
俺のただいまに応えたのは、兄だった。いつもなら部屋でエロゲやら何やらをしている兄が、俺におかえりと言っている。
この臭いはもしかして全然風呂に入らないこいつの体臭? いや、たまにすれ違う度に漂ってきたのはこんな臭いでは無かった。
それじゃあ……。
「っ……!」
なんだ? と顔を横に逸らした時に、俺はフードコートで食べた全ての食べ物を口から吐き戻した。数回に分けて出たそれと同時に、目からは大粒の涙が溢れる。
生理現象なのか、良く分からない。
兄の座るソファから少し離れたキッチン。そこにある木製のテーブルと椅子の下には、目を見開いたまま俺を見る母と、椅子に座ったまま頭をテーブルに置き、腕をだらんと垂らす父の姿。そのどちらもが、血だまりの中にあって、皮膚も服も赤黒く染まっている。母の首元は深く抉られていて、その中には白い何かも見える。
悲鳴を伴った俺の嗚咽に、兄は酷く落ち着いた声で笑った。
「お前も俺を馬鹿にしてたんだろう?」
「……っ! っ!」
「あのクソ共、俺にこの家から出てけって言いやがった。……なぁ? そんなに学歴って大事か? 体裁って大切か? 俺はこの家にはお荷物か?」
手に持った血だらけの包丁の先を俺に向けながら、兄は淡々と質問を投げかける。俺は表現しようも無い恐怖に、悲鳴を挙げる事すら出来なかった。
「お前は良いなぁ、時間があって。俺はこのザマだ。なぁ言えよ、お前もこいつらと一緒に馬鹿にしてただろ? 出て行けとか思ってたんだろ? どうだよ。なぁ? なぁ?」
俺は口の端を自らの嘔吐物で汚したまま、涙でぐしゃぐしゃになった顔をぶんぶんと横に振った。
「嘘つくなよ」
兄がソファから立ち上がって、肥えた体でもさもさとこちらへ近づいて来る。
母は依然、俺を見たまま助けようともしてくれない。
父に至っては、テーブルに顔を埋めたままこちらを見ようともしない。
俺は全身が痙攣したかのように震えた。
赤く光る包丁の先端が、屈む俺の背中を見つめる。
「お前らなんか死ねばいいんだ」
久々に運動をしたからだろうか。兄の顔は汗だくだった。Tシャツの脇の部分にははっきりと分かる染みができ、そこから普段の兄の臭いがする。いつもなら夕食の匂いがする居間には、血の匂いとそんな臭いと、自分の嘔吐物の臭いがして、俺は、兄の顔を見ずに目を閉じた。
瞬間、背中にとてつもなく鋭い痛みがして、歯を食いしばった。何度も何度も突き刺さる感覚がして、俺はその度に歯の隙間から獣のような呻き声を散らした。
心臓が動くたびに痛みが増していって、痛みの毎に自分の血が波のように押し寄せ流れ出て行くような錯覚もする。背中のその部分だけが、熱湯を被ったように熱い。
逃げようとしたけれど、震えのせいで足は動かないし、吐いたせいで酷く頭痛がする。嗅覚は完全に麻痺していて、熱いのに爪先は酷く冷たい。
俺はこの時初めて、自分の死と直面した。
フラッシュバックする何気無い家族との記憶。馬鹿みたいな反抗期。陳腐ないたずら。なんて幸せでつまらない生活だったろう。
これからまだ生きられたら、俺が求めた波乱万丈な生活があるんだろうか。
最後までそんな事を考えながら、俺は気を失った。