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13  作者: 鳴瀬七瀬
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Revenge of Red


 ゆっくりと顔を上げる。頭の中では既に描かれていた状況が、目の前に広がっていた。路地の道路上に広がる赤い、そして所々どす黒く溜まる血液。そのぐらいの事件では、心はもはや動揺すら起こさなくなっていた。

 血の湖のように見える中心には一人の男がうつ伏せに横たわっている。俺は辺りを見回した。ひと気は感じられない。ほんの少し足を進めて、靴の裏で血を擦ってみる。しかし痕は引き摺られず、血は既に半ば乾き始めているようだと判断した。


 倒れている男が、その体から血を溢れさせる結果になってからかなり時間が経っている、ということだろう。そうなると俺が第一発見者というわけでもあるまい。しかし耳を澄ましても、パトカーや救急車のサイレンは聞こえなかった。


 この街の住人は面倒を嫌う。人を助けることをしたがらない。まして、もう死んでいる人間なら尚更である。下手をすれば自分が犯人として扱われかねないからだ。動機らしい動機は必要なく、スラム街に住んでいること。それが動機であり理由だ。


 更に歩み寄って男の身体を上から見下ろす。近くで見ると、首筋が深く傷付けられているのがわかった。頸動脈を鋭い刃物で切ったのか。

 その傷口に躊躇いや迷いは微塵も感じられず、一息で首の中程まで深く切り込んでいた。迷いの無い残酷な殺り方。その言葉が思い浮かんで、俺は改めて溜め息を吐いた。


 ――これはキングがやったんだろう。何もこんな派手にやらなくても良かろうに、と男の身体を中心に広がる血液を見て思う。それに加えて、死体を街中に放置するなんて言語道断だ。

 いくらスラム街とは言え、明らかに異常な殺人だとわかる死体があれば警察だって放って置かないかもしれない。少なくとも俺はそう思うから、普段キングが殺した人間は自分が解体する。四肢を切断し、処理するのが俺の役目だ。


 しかしこんな街中から死体を担いで家に帰るわけにもいかない。目立つ上にキングの一生涯の笑い種になるだろう。仮に担いで帰っても、地面に広がる血液まで持って帰るわけにはいかないのだ。

 せめて俺が一緒に行動している時に殺ってくれれば、スムーズに処理作業に移れたんだが……そこまで考えて、俺は思わず、ひっそりと笑った。

 もう、俺の頭は完全に麻痺している。正常ならば、キングに人殺しを止めさせるべきなのだ。


 俺は、今、目の前の人間を――死体を、解体するべき物体としてしか見ていなかった。

 いや、と考え直して軽く頭を振る。俺はキングに人殺しをさせたくない。止めはしないが勧めもしないというだけだが、出来ることなら真っ当に暮らしたいと、そう思っている。そう思っている内は、俺の頭はまだ正常なはずだ。俺はまだ──。


「ジョーカー」

 その時、背後で声がした。


 ハッとして振り向くと、そこには聞き覚えのある声が示した通りに、やはりキングが立っていた。きちんと着替えたようで先程とは違う形の、だがやはり黒いシャツを身に付けている。


「何突っ立ってんの? 遅いから迎えに来たぜ」

 明るい調子で言いながら近付くキングに対して気まずさを感じる。たった今、考えていたことを見透かされているように思えたからだ。

 ――自分は正常で、異常なのはキングだと考えていたのだ。何という利己的な正当化だろう。


「……キング。殺ったの、お前だろ?」

 普段通りを装って返事を返した。キングは俺の心境に気付いていないのか、おどけたように笑いながら言う。

「大正解」

「いつも言ってるが派手に散らかすな」

「わかってるよ。ちゃんと片付けるからそんな怒るなって」

 言い終わると、キングはしゃがみ込んで地面のマンホールに手をかけた。蓋が重そうに開き、転がすように移動させて、それを壁に立てかける。


「ジョーカー、足。持てよ」

 顎で死体を指しながらキングが言う。遅ればせながら、相棒がやろうとしていることを理解した。

 林檎の入った袋を道の端に置いて死体の足を両手で持ち上げると、キングは頭を持ち上げる。当然のことだが死体は重い。見た目はやせ細っている男でも、死んで力が抜けてしまえばそれは六十キロ弱の肉が詰まった皮袋でしかないのだ。


 そのままマンホールの穴まで進み、キングは死体の頭をその中にゆっくりと入れた。次に、キングはその手を、死体の腰の辺りで固定させる。二人によってまっすぐに支えられた死体は、穴に向かい逆さまに直立しているように見えた。


「せーの、で手離そう」

「……ああ」

「せーの!」

 二人が同時に手を離すと、死体は重力に逆らうことなく穴の中に落下していった。それはまるで、怪物の口の中に吸い込まれたようだった。

 しばらくして、グシャッという衝撃音が聞こえる。キングは、さも面白そうにそれを聞いていた。手まで叩いて愉しげな様子である。


「この処理の仕方良くね? 簡単で楽だし、面白いし」

 血液のついてしまった手をハンカチで拭いながら、俺はキングの言葉に肩をすくめて応える。

「だめだな。下水道に死体がゴロゴロ転がっていたらいずれは事件になる。無関心な住人だって関心を示すだろう……それに」

「それに?」

 マンホールの蓋を元通りに戻しているキングが、俺の言葉に興味を示して首を傾げた。


「いくら面白くても、お前はすぐに飽きるはずだ」

「……ああ、そりゃ正解」

 俺たちは、しばし見つめ合ってそれから互いに笑い合った。とても、つい今さっきに死体を遺棄したとは思えないほど軽やかに笑った。


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