土曜日は面倒くさい
やっと”妹”の宿題が終わった。もう8時前だ。母が帰ってくる前に夕食を済ませておきたかったんだけれど、しょうがない。電子レンジのスイッチを押そうとしていると・・・
ガチャ・・・
母『ただいまー。』
私『おかえりー。』
美知『おかえりー。』
母『あれ?色葉?珍しいじゃない。』
どうやら、母にとって、茶の間に私が居る事は珍しいらしい。例によって腹が立つ。
母『もう、夕食は済んだの?』
私『まだだよ。』
母『じゃあ、今晩は私が作るから。』
母はそう言うと、私が押そうとしていた、電子レンジのボタンを慣れた手つきで押した。
美知『またそれー!?』
美知が不満な声を上げるのも、無理はない。
私が覚えている限り、10年くらいは、こんな感じだ。女手一つで、娘2人を育てているのだから、しょうがない事はわかるけれど、これはあんまりだ。痩せたい願望が出てきた私はともかく、育ち盛りの美知にとっては、さぞかし辛い事だろう。
そんな、私たちの不満も聞こえないフリをして、母はお皿に出来合い物の料理を並べる。
母『はい、出来上がり!!』
いただきまーす・・・
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私『ごちそうさまー。』
やっぱり、この2人との食事は楽しくない。
なんか靄がかかっているような感じだ。私だけ家族じゃないみたい。母とは一応、血が繋がっているけれど、美知とは、血が繋がっていないのが原因、と決めつける前に自分の居場所に戻らなくちゃ。
私『明日は公子の家にいるかもしれないから。』
母『ああ、そう。じゃあ、夕食はいらない?』
私『うん。』
母が、ほっと溜め息をついたような気がした。
美知『”お姉ちゃん”』
私『なに?』
美知『宿題ありがとう。』
媚びを売られている。そう思っている私を、叱ってくれる人が欲しい。
今日は疲れた。ほとんど、あの宿題のせい。2年前は、私も中学生だったはずなのに、忘れてしまっていることがたくさんあった・・少し羨ましかった。
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土曜日の朝・・・
母『色葉ー、朝ごはんー。』
どうせ、賞味期限スレスレの食パンだ。急ぐ必要はない・・・って、30分!?なんで?
私『もう、30分じゃん!なんで起こしてくれなかったの!?』
母『だって、いつも、返事は返ってくるけれど、40分まで部屋に閉じこもっているから、機転を利かせたの。き・て・ん。』
そう言う問題じゃないのだ。
こちとら、思春期真っ只中の女子高生。身支度が色々ある事くらい。元女子高生のオバンでもわかっているはずだ。
は・ら・が・た・つ!!
母『早く支度しないと遅れるんじゃない?』
私『わかってるよ!!』
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土曜日の学校は心底面倒くさい。部活に入っている子らはいいかもしれないけれど。帰宅部の私らにとっては、中途半端な時間に帰らされて、私のような家庭には迷惑な話だ。
あれ?藤浪?
私『藤浪さん?』
麻里『あ、白瀬・・・』
私『どうしたの?手紙読んだ?』
麻里『う、うん。手紙の内容知ってたの?』
私『いや、私はポストに入れただけだから、なんで?』
麻里『いや、知らないならいいの。それじゃ。』
何か様子がおかしい。藤浪麻里という人間は、美人だけど目が鋭くて、どちらかと言えば不良らしく、私たち普通の生徒を威嚇しながら歩くような人間だった。今の彼女は、それを無理矢理押さえ込んでいるような顔をしていた。
ガラガラガラ・・・
公子『色葉ー。』
公子が手を振っている。教室の中で手を振っている。もしかして、レズビアンじゃないだろうか?
私『なに?』
公子『フミヤがね・・・』
ちょっと安心した。チャイムが鳴るまで、この話は続いた。
ガラガラガラ・・・
戸田『席着けー。出席取るぞー。』
出席してるか、していないかなんて。一目見りゃわかるでしょうに。
戸田『藤浪?あの馬鹿3人組はどうした?』
麻里『知りません。』
戸田『お前が一番近いんだろ?なぁ?』
戸田が麻里を舐めるように見ている。
気持ち悪い。新手のセクハラみたいだ。
麻里『知らないって言ってんじゃん!』
麻里は教室を飛び出した。
わからなくもない私がちょっと怖い。
戸田『なんだ、やっと真面目に更生して来たのかと思ったのに・・・まぁ、あいつらは居ても、居なくてもプラマイゼロだからな。』
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バンッ!!
麻里『はあ、はあ、はあ・・・くそッ!!』
バンッ!!
麻里『あの糞エロ教師がっ!!』
バンッ!!バンッ!!
???『うるせぇな。』
麻里『誰?ここ女子トイレだよ。』
???『大人ってのは単純で、煙草の吸い場所は男子トイレだけだと決めつけてやがる。女子トイレには、煙は立たないとよ。』
麻里は冷静になって女子トイレを見渡した。微かに煙が見える。それを見つけた途端、煙草の匂いが鼻にツンと来た。
麻里『女子トイレが教師たちに目がつかない場所ってのは、わかったけど。あんたの名前がわからないよ。誰?』
???『Cクラスの佐村義一だよ。なんか身になった?』
そう言って、佐村は女子トイレを出て行った。麻里は彼の吸い殻に火を付けて2週間ぶりの煙草を吸った。