空箱のリトルプリンス
はっきり言おう。
わたしはなんでも持っている。
毎日見ているものだから今一つピンと来ないが、顔はかなりいい方らしい。ちょっと吊り目気味なので最近の流行りのやたら目が大きい顔立ちとは違うが、まあ周囲がそういうのだからそうなのだろう。
成績もいい方だ。一応、上から数えた方が早い。スポーツも苦手なものは特別ない。別に音痴だったりもしない。
綺麗でオシャレなブランドものの洋服もたくさん持っているし、高校生には不釣り合いな高価なアクセサリー類も持っている。
実家でもある自宅は、明治時代に建てられた大きな洋館だ。庭にはバラをはじめとする季節の花が専属の庭師によっていつも美しく整えられている。建物内も古いからと言って不便ということはなく、度々リフォームを行っているため生活していくうえで不便することはまったくない。
まあ要するに我が家は金持ちなのだ。しかも明治時代から続く華族の家柄で、相当な資産家だ。金持ちにありがちな「愛情のない家庭」とかでもない。家族仲は良好だ。
通っている高校も似たような家柄の金持ちばかりが集まる学校だから孤立して友達が出来ない、ということもない。
強いていえば、彼氏がいないということだろうが、別に欲しくはない。わたしは今の生活に概ね満足している。無論のこと、年頃の乙女として恋愛に憧れがないわけではないが、この人と付き合いたい、と思える男子もいないのだ。
美人であるらしいわたしに告白してくる男子も多いけど、全部断っている。ただそれがもう毎週毎日のように続けば正直鬱陶しいし、続けば人間関係に影響も出てくる。そこでわたしはこう宣言した。宣言してしまったのだ。
「今度のわたしの誕生日、わたしが本当に欲しいと思っているものを持って来られたら恋人にしてあげるわ」
別に欲しいものなんてないのだ。わたしの心の中を覗くことなんて誰にだってできやしない。男どもが何を持って来ようと、最初から全部断るつもりだったのに。
***
ところで、わたしの通う高校は、まあある意味当たり前と言えば当たり前だが、お金持ちの通う名門私立高校である。残念ながら無暗に権力の多い生徒会とかはない。
ただごく一部に金持ちでない生徒もいる。超難関の特待試験を突破した特進クラスの生徒達である。彼らは入学金も授業料も免除されている奨学生である。もちろん、そこまでの秀才など一学年数名しかいないので、特進クラスとは言っても別途クラスが用意されているわけではない。委員会活動や部活動は免除されるが、基本的には同じ授業内容、同じ時間割で行動する。
こういう言い方は好きではないが、彼らは「庶民」であるため、真性のお金持ちであるわたしのような人種とはどうしても距離をおいて行動するであるし、何より根本的に感覚が違う。また委員会や部活に所属せずその時間を勉学に割いているのもあって、彼らはどうあってもクラスの中で孤立しがちである。
ただ半ば押し付けられた形とはいえクラス委員を務めている身にあっては、孤立している生徒をそう放置もしていられない。わたしのクラスにも一人特進クラスの男子生徒がいる。わたしは出来るだけ彼に声をかけるようにしていた。
特進クラスの子は「学校の中では浮いてしまいがちだが基本的には普通の子」だ。けれどもその男子生徒、星野くんはその中でも際立って特殊であるように思う。そこそこきれいな顔立ちをしているのだが、基本的に無口で無表情だ。あまり人と目を合わせないと思えば、じっとこちらを観察している時もある。
基本お金持ちのわたし達だが、マンガやアニメの住人ではないので、普通の高校生と変わらないような遊びをする。カラオケにも行くしボーリングにも行くしゲーセンにも普通に行く。社会勉強を兼ねてバイトをしている子だっているのだ。勉学に忙しい彼らがそれに乗るかどうかは別として、そうやって遊びに行く時(特にお金のかからない遊び)は、彼にも声をかける。
そうすると彼は決まってこういうのだ。
「きみとは遊べない。なついてないから」
不思議な理由だった。というか、意味不明だった。もしかして、わたしは嫌われているのだろうか。
そのたびにわたしの胸には小さなしこりが残る。
ある日、もはや通例となったそのやり取りを見ていた悪友がこんなことを言った。
「ねぇ、星野君のあれ、どういう意味か、もしかして分かってない?」
「わからないわよ。というか完全に意味不明じゃない」
なによ、なつくとか、なつかないとか、と零すと、悪友は目と口を三日月みたいにして笑った。
「そーかそーか。まあ知らないとわかんないよねぇ。ちなみに彼、得意科目は現国らしいよ」
?
悪友のヒントもこれはこれで、意味不明だった。
わたしの誕生日は、もうすぐそこまで来ていた。
***
ある男子生徒は、両手一杯のバラの花を持ってきた。
「いらないわ。バラなら家に売るほどあるもの!それにこんなにたくさん持ってこられたって、持って帰るのに一苦労だわ。こういうのは恋人になってから、プロポーズの時に贈るものでしょう。これはわたしの欲しいものではないわ」
***
ある男子生徒は、ピンクゴールドの指輪を持ってきた。
「ねぇ一つ聞きたいんだけど――なんで貴方がわたしの指のサイズを知っているの?しかも薬指のサイズなんて!こんな高価なものを贈られたって困るわ。貴方が稼いだお金で買ったならまだしも――ねぇ、本当なんてわたしの指輪のサイズを知っているの?正直ちょっと気持ち悪いんだけど。とにかくこれはわたしの欲しいものではないわ」
***
ある男子生徒は、アンティークのテディベアを持ってきた。
「まあかわいいとは思うし嫌いじゃないけど、こういうのはコレクターに渡すものじゃない?わたしが持っても価値がわからないもの――要するにわたしは普通のテディベアで十分なのよね。これは私の欲しいものではないわ」
***
ある男子生徒は、ブランドもののバッグを持ってきた。
「ブランドもののバッグという発想がもう……なんていうかおっさん臭いわ。というかバッグなんてたくさんあってもしょうがないし……これはわたしの欲しいものじゃないわね」
***
ある男子生徒はギターをかき鳴らして自作のラブソングを歌った。
「E弦切って首吊って死ね」
***
こんな感じで差し出される贈り物をわたしはばっさばっさと切り捨てていった。
どいつもこいつもありきたりのものしか差し出さない。まあ最後のラブソングは未来の自分の尊厳まで差し出しているという意味で抜きんでていたけど思いうえに痛い。
そんなこんなで下校の時間になった。結局わたしを納得させる贈り物をする者は現れなかった。さすがに「E弦切って首吊って死ね」はパンチが効きすぎていただろうか。
わたしが帰り支度を整えている時、最後のプレゼントを渡しに来たのは、意外な人物だった。
――星野君。
星野君は、相変わらずの無表情で、わたしの机の上に箱を置いた。
「これ」
箱は質素にラッピングされたものだった。決して華やかではないが、野暮ったいというわけでもない藍色の包装紙は、なんとなく星野君のイメージに合っている気がする。
「これは?」
何が入っているのだろう。わたしは星野君に聞いてみた。
「きみが一番欲しいと思っているもの」
そういわれて、わたしはその箱を手に取ってみる。
――異様に軽い。箱を振ってみても、なんの音もしない。
もしかして、空っぽ?
わたしを指して中身のない空っぽな人間だ、という婉曲な皮肉なのだろうか。わたしが困惑していると、星野君は肩にかけた通学カバンの位置を直して言った。
「誕生日おめでとう」
そのまま星野君はくるりと踵を返して行ってしまった。文学少年である彼は、図書館に行くのか、自宅に帰ってまた勉学に励むのか。
わたしが手にした空箱をどうしていいかわからず、ぼんやりと突っ立っていると、いきなり後ろからぽん、と肩を叩かれた。
わたしがびくり、として振り返ると、頬にぐに、と人差し指が突きつけられていた。
爪が食い込んでいたい。
「脅かさないでよ。ていうか小学生みたいなことしないでよ」
「まあそう怒らないでよ親友」
へらへらと目と口を三日月にして笑う悪友。あんたと親友になった覚えはないぞ。
「不思議ちゃんのやることが意味不明でわからんって顔してるねぇ」
「あんたに不思議ちゃんって言われる星野君も不本意でしょうよ」
「別に星野君のことなんて一言も言ってないけどぉ」
わたしは悪友の頭を問答無用で引っ叩いた。
「まあ、乱暴なお嬢様ですこと!せっかくわたしもプレゼント持ってきたのに」
「プレゼント?あんたが?」
どうせロクなもんじゃないんだろう、とわたしは顔をしかめる。
「まあまあ、黙って受け取っときなさいって。今回は変なものじゃないから」
――つまり、今までは変なものを贈って来た自覚があるんだな。
気のせいか頭痛を感じつつも、差し出された贈り物を悪友の手から受け取った。
「……普通、プレゼントって剥き出しで渡すもの?」
「まあいいからいいから。帰ってから読んでよ」
悪友はチェシャ猫みたいに笑った。渡されたものはラッピングもされていない剥き出しの文庫本だった。
『星の王子さま』
名前は知っていても読んだことはなかったその童話の内容と、星野君の行動の意味を知って、わたしはその夜、悶々とした気持ちで眠れない夜を過ごした。
――わたしと星野君が正式に恋人としてお付き合いすることになったのは、それから少し後のことである。
『星の王子さま』を読んだ人にしか意味の分からない内容ですね。
そもそもこれをパロディと呼んでいいのか?
貴方がパロディと思ったものがパロディです。ただし他人の同意を(ry
花ゆきさん、ナツさんの合同企画、童話パロ企画に参加した……かったんだよ。