88 プライスレス
新たな地に転勤になって、ぶらりと外へ出た昼休み、なんとなく目についた食堂で昼飯を取ることにした。母娘で切り盛りしているらしいその食堂で注文したのは日替わり定食だ。ペロリと平らげ会計をする。そうしたらぴったり出した筈なのに50円の返金。疑問が顔に出たのか、娘の方がにっこり笑って説明した。
「つけあわせもお新香もお茶碗に付いたご飯粒も、全部綺麗に召し上がってくださったお客様に感謝を込めてお返ししてるんです」
その考えが嬉しく面白く、味もよかったのでそれから俺は度々ここへ通うことになる。
そうしてるうちに彼女(娘の方だ!)のことが気になりだし、毎回50円を受け取りつつ、これが1万円になったら誘ってみようか、などと考えていた。
そこで出た転勤辞令。
出会って2年経っていた。未だ店外で会ったことはない。もっと早く誘えば。いやしかし下手に思い出なんかなくてよかったか。
最後の昼飯を食べ、会計時に転勤を告げる。今までの礼を言うと彼女がぼろぼろ泣き出した。
そこへ母親が出てきて彼女の背中を俺の方へ押し出す。
「今まで綺麗に食べてくれてありがとね。今日はお兄さんに50円じゃなくてこの子あげるわ」
店主の娘、プライスレス。




