29 好きと言えない(後)
「翠ちゃん先生、結婚するんだって」
そんな噂がクラスの中を駆け巡ったのは、私が街で先生を見かけた割とすぐのこと。
あいつは真っ青になった私の顔を見て苦笑いする。そのままちょいちょいと手招きされて、死角になる階段脇へ連れていかれた。
「お前さ、あの日わざと翆先生引きとめてただろ、CDショップで会った日」
はっとする。気づいてたのか。
「バカだなお前。俺がどんだけ保健室通ってたと思ってんの。とっくに知ってたよ、翠先生から直接聞いてたもん」
知っていても、それでも?
「先生に告白、しないの?」
「バーカ、するわけないだろ。俺ちゃんと現実見えてんの。俺みたいなガキが好きだって言ったってどうにもならないし翠先生困らせるだけだろ」
そう、どうにもならない。わかってるけど。好きとも言えないなんて。
「なんでお前が泣くの。さんざんバカにしてたのに」
そう、バカにしてた。でもその反面、眩しくも思ってた。だから哀しい。
そして私は醜い。バカにしてたくせに失恋を憐れんで、憐れんでるくせに心の隅っこでは。
私も、言えない。あんたのことが好きだなんて──
珍しくビターなエンド
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