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「キッチン&ダイニング花花」の番外編です
■むかしばなし
彼と初めて会ったのはいつだったかというと。
大学生になって初めての学園祭。前日まですごい雨だったのに、朝には止んでうってかわっての晴天になった。
友達に誘われて入ったお遊びテニスサークルは、なぜか張り切って毎年お化け屋敷なんかをやっていて、結構凝った作りにするもんだから準備は大変だった。
そんな中しぶしぶ私は幽霊役。かつらをつけ顔を白く塗られ浴衣を羽織って、カップルなんかをおどかしてやる。小さい子には、ネズミのお面をつけて怖くないよーと飴をあげたりする。しぶしぶ引き受けたが、なんだ、結構楽しい。
次に入ってきたカップルは同年代の男女。手前のぶら下がってるこんにゃくに女の子が悲鳴を上げる。ピタッとくっつくいてるけど彼女、明らかに怖がってないよね。男の方はなんとなくそれをわかっていて、でもハイハイ大丈夫、なんて背中を叩いてる。なんとなくイラついたので、自分の前に来ても脅かすでもなく動かず黙っていた。椅子に座って頬杖ついて。「え、人形……?」とそのまま通り過ぎ出て行こうとしたその背中に「人形じゃないですよー」と声をかけたら、すんごいびっくりされて、少し溜飲が下がった。男の方は笑っていた気がする。
お昼が近くなるにつれお腹が空いてきて、段々とカップルにイラッとするようになると「幽霊というよりは妖怪」なんて苦情(?)がきて、お昼を強制的にとらされることになった。
そんなわけで、顔を洗ってかつらを取り羽織っていた浴衣も脱いで、屋台の焼きそばを友達の分も買って戻る途中、
「もえこー」
すぐ後ろで自分の名前を呼ぶ男の人の声がした。
「え?」
振り返ると、割にすぐ後ろにすらっとしてボサッとした髪の男子学生らしき人物がいる。彼のTシャツに見覚えがあった。あ、これ、さっきの大根演技彼女の片割れだ。
「え?」と彼。
「え?」と私。
「ゆたー!」とどこからか女の子の声。
「え?」
見つめあってお互い頭の上にはてなマークを浮かべているところに小学生ぐらいの女の子が彼の元に走ってきた。彼はその子を鳩尾あたりで受け止める。そして優しく髪を撫でた。
「え、あれ? 今私のこと呼びませんでした?」
「え? いや」
「ユタ誰このひと」
「え、でも今『萌子』って」
「俺この子のこと呼んだんだけど。『桃子』って」
「え……!」
「ユター、誰このひと」
やだ、私ったら「もえこ」と「ももこ」を聞き間違えたんだ……!
「あ、ごめんなさい。私『萌子』だから、聞き間違えたみたいで」
そもそも自分のことを名前で呼ぶ男の人なんて身内以外いやしないというのに! 恥ずかしい。
少し赤くなって謝る私に彼は「ぜんぜん謝ることじゃないし」と笑う。
「ユタ、誰このひと」
女の子が彼に三度問う。誰も何も、知り合いでもなんでもない赤の他人ですよ……。
「このひとはねー、幽霊役のお姉さん」
「えっ」
この驚きの声の主は私だ。
「よくわかりましたね……」
「俺、女の子の顔は一度みたら忘れないの」
「あの薄暗い中の白塗りの顔でも?」
「そう、もはや特技」
そういって笑う顔がなんというか、すごく優しそうで、ボサッとしていたけどよく見るとなんかすごい端正な顔立ちだったりして、そんなわけで私は一見そうとは見えないだろうけれど内心動揺していたわけで、そんな私に気付いているのかいないのか、彼は「そっかー、キミ萌子ちゃんていうの。見た目にあったかわいい名前だね」とさらにとどめの一言。
うわー。これなんか女の子に慣れてるわ。見てる分にはいいけれど、近づいたら痛い目見るタイプだわ。だんだん冷静な自分が戻ってきた。
「そういうこと簡単にほいほい言わない方がいいですよ。さっきの彼女が怒ると思います」
「え? ああ、いやあの子彼女じゃないよ、友達。お化け屋敷好きだけどちょっと怖いから一緒に行ってほしいって頼まれて」
「はあ」
なるほど。さっきの彼女さん、アプローチお疲れ様です。この人をモノにできるよう、お祈り申し上げます。
すると、私たちよりちょっと低い場所から女の子の声が届いた。
「ユタ、早く行こうよ、チョコバナナ買ってくれるんでしょ」
「ハイハイ、わかったわかった。じゃあまたね萌ちゃん」
女の子に引っ張られ、彼は私に手を振りながら去って行ってしまった……。なに『萌ちゃん』ってさ。
後日、彼が4年生で、割と有名人で、お化け屋敷の人ではない、恋人がいるのを知った。
これが、私と裕の出会い。もうずいぶん前のはなし。
※文中ですが、オーナーはちゃんと「桃子」と呼んでます。
けれど、萌子の一人称での聞き間違えなので「もえこ」と書いています。




