灰黒髪の男
「鋼斬・蝉時雨」
男の灰黒髪が揺れ、化け物の一撃を回避する
髪先を擦り切った化け物の掌はそのまま翻されて男の首を狙う
しかし、その化け物の一撃が届くよりも前に男の斬突撃は化け物の全身を貫いた
化け物の四肢を吹き飛ばして首を飛ばして内臓腑を貫いても斬突撃は止まらない
壁に当たって転げ落ちた化け物は咆哮し、そして高速再生する
男が切り裂いた部分は一瞬で霧散して消え失せる
「脳が主体か」
男の言葉と斬撃は同時
空を二回、三回と回転して化け物の頭部は屋根に当たった
それが落下すると共に脳が弾け飛び、美海の足元まで眼球が転がっていく
彼女はそれでも悲鳴を上げず、隻眼の頭部を粉砕した男に銃口を向けた
「俺を狙うのか」
「私の目的に添ってくれないなら、邪魔なだけだ」
「それを俺に向ける意味を理解しているのか?」
「だからこそ、だろう」
弾丸が銃口から放たれ、男の頭部を狙う
それが刀身で弾かれて壁に跳ね返るのは刹那の間だった
それでも美海は男へと発砲を続ける
刀身が弾丸を弾く音と銃が弾丸を発砲する音は同時に鳴り響く
銀の刃が火花を放ち、男の前で舞う
弾かれた弾丸は地面に、壁に跳ね返って彼等の足元に転がっていた
弾丸を撃ち終え、美海は引き金を引いても弾丸が射出されないのを確認すると懐から新しい弾倉を取り出した
慣れた手つきで空弾倉と取り出した断層を入れ替えて、再び発砲を開始する
しかし、その弾丸も男によって虚しく叩き落されていく
「無駄な繰り返しだ」
「何の意味がある」
「それが理解出来ないなら、そういう事なのだろう」
美海は幾ら弾丸が弾かれようとも構わず発砲を続ける
何度も弾倉を取り換えて、空となった弾倉を地面に放り投げて
何度も何度も発砲を続けては、それ等全てを灰黒髪の男に弾かれた
「これで、良い」
美海は頬を緩めて、刹那の笑みを見せた
男はそれに違和感を覚えて太刀筋に迷いを見せた
その瞬間、男の背後より完全に回復した化け物の一撃が迫る
「隙を、見せたな」
緩み、策謀の笑みを見せた美海
灰黒髪の男はそれを確認するまでもなく注意を逸らされていた事に気付いた
迫るは一撃
それは、死の誘い
「策略にしては、幼過ぎる」
美海の咄嗟の策謀は、男には甘過ぎた
「ガァッ!?」
化け物は顔面を掌握されて勢いを完全に殺される
徐々にその足が浮き上がり、やがて地面から完全に離れた頃
化け物の顔面の骨は砕き割られていた
力なく項垂れた四肢を確認して、男は掌から力を抜く
崩れ去るように地面に落ち行く化け物は、全身に斬撃を刻まれた
「刃影ならば、これを躱して反撃まで持っていく」
皮膚上から噴き出す血液を物ともせずに、化け物はさらに反撃を行う
全身を紅く染めたそれは生物の存在を絶する一撃を男に向けた
しかし、男はその一撃を難なく躱して振り抜かれた腕を掴む
そのまま腕を引き放ち、化け物を壁へと叩き付ける
「ガッッ……!?」
全身に衝撃を受けて激痛に悶絶する化け物
それに対し、男は攻撃の手を緩めることは無い
壁の亀裂に埋まった男に斬撃の嵐を与える
全身を振動させて斬撃を受ける化け物からは血液と臓物が溢れ出していた
紅い血飛沫を顔面に飛散させても男は止まらない
「斬撃は効果が薄い、か」
「ならば」
男は腰元まで拳を引き、力を込める
壁から剥がれるように前のめりに倒れてきた化け物の腹部に、男の一撃が叩き込まれた
臓物の一部を吐き出して、化け物は壁にさらなる亀裂を作り出す
「打撃は、どうだ」
さらに一発が撃ち込まれ、化け物は胃液交じりの血を吐き出す
足元を紅黒く染めて化け物は手足を痙攣させる
「心身を蝕む一撃だ」
「恐怖と」
「苦痛を」
「味わえ、化け物」
化け物の痙攣は振動へと変化する
跳ね上がった手足は天を仰ぐように上に伸びる
それを許さないかのように男の斬撃が両手足を通過
切断した
「どうした、足掻けよ」
「それでも化け物か」
「それでも怪物か」
「それでも俺の仲間を殺した奴か?」
四肢を失った化け物の胸元に刀剣が突き刺さる
絶叫の咆哮をあげて化け物は暴れ出す
存在しない四肢を振り回して必死に逃げようとするが、深く突き刺さった刀身はそれを許さない
四肢が再生を始めたが、それを許さないかのように男は右腕を掴んで引き千切った
化け物の絶叫を耳触りの様に目を細めて、残る手足も引き千切る
「不死なる化け物が」
「老害共の夢の残骸が」
「俺の仲間の仇が」
男は両手を刀剣の鞘に添えて静かに息を吐く
全てを決意したようにして、そして言葉を零した
「おめおめと生きてんじゃねぇよ」
刀の柄を半々回転させて男はさらに刀身を深く沈めた
化け物は限界まで口を開き、牙を剥き出しにした
しかし、それは男の一撃の序章に過ぎない
「鋼斬・閃光」
周囲を白光が覆い尽くし、視界は真っ白に染まる
彼等の先頭を遠目で見ていた美海の視界さえも、全て白く染まっていた
それでも灰黒髪の男は刀剣の柄から決して手を離さなかった
地面から衝撃が跳ね返されて、男の裂けた掌から紅色の飛沫が白き世界を舞う
爆光の中で散り逝く化け物に突き刺された刀身には亀裂が生まれていた
それは少しずつ大きくなり、やがて刀身全体に及ぶ
にも関わらず、男はその一撃を中断させる事はなかった
化け物の攻撃を弾き続け、弾丸を弾け続けても耐えた刀身に亀裂を生む一撃
その威力は何者より、受けている化け物と放っている男が理解していた
無限に放たれる閃光の衝撃
それは化け物を内部から破壊し、再生をも許さない速度で放たれていた
高速の衝撃と高速の再生が拮抗して、破壊されては再生を繰り返す
化け物は今、無限の死を味わっている
「不死が……!!」
「死に沈む気分はどうだッッ……!?」
灰黒髪の男の体は衝撃に耐えきれず、自身の肉体に異常な負荷を与えていた
彼の皮膚上には幾千もの裂け目があった
そこから溢れ出す血は化け物の身体に降り注いでいた
しかし、その血も光の衝撃によって消し飛んでいく
化け物に突き刺さった刀身だけでなく、男自身にも限界は迫っていたのだ
「死は底なし……!逃げられる物じゃねぇ……!!」
「そこからテメェが這い出れるのは足掻けるからだ……!!」
「ならば……!足掻く暇なく死の底に!!脳天まで叩き落してやるッッッ!!」
男は一気に刀身を化け物の奥底まで差し込んだ
その刹那、光の衝撃波は周囲の全てを消し飛ばす
最大の一撃が今、化け物へと叩き込まれたのだ
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」
最後の足掻きか、化け物は首を限界までに伸ばし切り口を裂けるまで開いて叫びをあげた
男の全身を振動させる咆哮は足掻きなどではなかった
それ自体が手段、それ自体が攻撃だったのだ
「がッッッッ………………!?」
絶叫は男の鼓膜を振動させ、脳すら揺らす
一瞬だけ揺ら着いた男の足元を化け物は再生しかけの足で蹴り飛ばして体制を崩させた
傷だらけの体でどうにか立っていた男は、崩されると簡単に体制を崩した
まるで氷の彫刻が崩壊するかのように男は足元から崩れていく
化け物は拳を構えて落ちてくる男の頭部を狙う
だがしかし、男は崩れなかった
まるで最後の灯のように、その手だけは
柄に添えたその手だけは放さなかった
「離すかよ……」
「死の底へ……、逝くんだよ……」
「ただしテメェだけでなァァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
パンッ、と何かが弾けるような音がした
男の腹部からじんわりと血が滲み出し、口元から一筋の血が流れ出す
「……畜生めが」
目視せずとも、男には理解できていた
薬莢の転がる音が耳に届き、硝煙の臭いが鼻に着く
腹には歴戦の中で幾度と無く受けた感触
そして、それ以上に迫る死の予感
だが
「知ったことか」
男にはどうでも良かった
ただ、目の前でのた打ち回る化け物の腹に突き刺した刀を
それだけを引き抜かない
幾度となく戦線を潜り抜けて来たには彼には目の前の化け物に明らかな死の色が見えていた
底なし沼の様に深く、色ならぬ色が
それは自分にも見えていた
「深淵の根底を」
「生命の終焉を」
「死戦の末路を」
男は刀の柄を支えに立ち上がって全身の体重を乗せる
刀身がさらに腹部に差し込まれ、化け物は絶叫にも似た悲鳴をあげる
「真の不死は有り得ない」
「ならば、テメェは高速再生でも説明のつかない蘇生を繰り返している」
「その原理を憑神と同じと考えるならば、テメェの中には億千の魂がある事になる」
「簡単な話だ」
「億千回、殺せば良い」
反論しようと口を開いた美海の眼は見開かれる
気付いたのだ
今まで、隻眼が戦ってきた相手の事を
「イトウさんに何回殺された?」
「メイスに何回殺された?」
「アオシに何回殺された?」
「アメールに何回殺された?」
「オキナに何回殺された?」
「ガルスに何回殺された?」
「金田に何回殺された?」
「俺に何回殺された?」
刀剣から放たれる衝撃波が威力を増し、白光は周囲を焼き尽くすほどに輝く
化け物の紅き隻眼が見開かれ、そこから紅色の液体が流れ出す
牙を限界まで剥き出して化け物は咆哮した
それに対抗する様に灰黒髪の男も凄まじい咆哮と共に刀の柄を押さえ付ける
完全なる拮抗が双方の間に作り出されていた
「ッッ…………!」
美海は空弾倉を投げ捨てて新しい弾倉に詰め替えた
彼女の構える銃口は男の腹を、先程撃ち抜いた腹部を狙う
だがしかし、彼女の目に飛び込んできたのは腹を撃ち抜かれ、化け物と拮抗する死にかけの男などではなかった
死すらも切り裂くような、鋼の刀身を持った化け物だった
「ーーーーーーーーーーーッッ!!」
彼女は心の何処かで疑問に思っていた
隻眼は不死ではないにしても、ほぼ不死と言っていい
その様な化け物は自分が知る限りの猛者達六人を葬ってきた
それがさらなる強化を経て完全なる化け物となり、自分が知る限り最強に近い二人を殺した
その化け物が殺せない人間など居るはずがない
そう、殺せない人間など居るはずがなかった
人間などは
「化け物……!!」
化け物に拮抗するのは化け物
至極当然、至極単純
解り切った事のはずだった
それでも否定していた
科学に関する立場に居る自分が否定していたのだ
この化け物の、可能性を
「メタルッッ……」
嘗てはある男の悪行を阻止し、英雄と称えられた男が
嘗ては五人の神と対峙した男が
嘗ては命を司る神、憑神を封じた男が
目の前に居るのだ
どうして、それを忘れていたのだろうか
警戒すべき対象は間違ってはいなかった
ならば、どうして
どうして解らなかったのか?
「……そう、だ」
目の前に居るのは人間だ
骨と臓物と血と肉と皮で作られた人間だ
何を恐れる事がある?
「相手は……、人間だ」
「銃弾一発で崩れ去る脆い存在……」
何かに操られるように美海は手を前へ向けた
彼女の手に握られた銃は、刀の柄を握る男ではなく
その刀身へ
「脆い、存在」
放たれた弾丸は刀身を貫通した
連鎖の如く亀裂は増加し、遂には刀身全体に渡る
「……あぁ、くそ」
「所詮は俺も人間か」
男は刀身からその手を放した
化け物は完全に再生した右腕で男を殴り飛ばし、腹部に突き刺さった刀身を引き抜く
灰黒髪の男が短い金髪の男の隣に叩き付けられるのと化け物が狂気の咆哮を上げるのは同時だった
「……なぁ、金田」
「すぐに行くから、だから」
化け物は砕け散った刀身を踏み躙り、男に突進する
紅と黒に染まった掌を男の顔面に向けて、狂気の叫びを上げて
「借りるぞ」
傍に落ちていた双対の片割れである黒銃を拾って男は構えた
迫りくる化け物は、伸ばし切った腕で自身の頭部を掴む寸前まで来ていた
男は引き金に指を掛け、そして引いた
彼の腕は跳ねあがり、硝煙の尾を引いて天に向いた
化け物の頭部が同じように跳ね上がって血を噴き出した
それでも化け物は止まることなく灰黒髪の男の顔面を掴み
そして、粉砕した
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッ!!!」
狂喜の笑みと咆哮が響き渡る
狩りを達成した化け物は男の死体を貪り食い血を喰らう
そして再び狂喜の咆哮をあげる化け物を、美海は美しい彫刻を見るような目で見ていた
まるで、己の全てを捧げた結晶を愛でるような目で
彼女は化け物を、見ていた
読んでいただきありがとうございました
遂に今作品も500部を迎えました
ここまでご愛読していただいた皆様に、この場で感謝の言葉を述べさせていただきます
そして、秋鋼も遂に最終決戦間近となりました
是非、最後までご愛読くださいませ