侵犯
崖上の小さな家
「……どうだ、金田」
オールバックの男の問いに、短い金髪の男は首を振る
それを見てオールバックの男は机に拳を叩きつけた
同時に短い金髪の男は目を伏せて、静かに歯を食いしばっていた
「金田、ガルス」
灰黒髪の男が二人に語りかけ、席を立ちあがる
彼の手には彼自身の腕よりも少し長い程度の刃渡りを持つ刀が握られていた
短い金髪の男も、オールバックの男も彼を止めようとはしなかった
ただ、同じように武器を持って立ち上がっていた
「場所は」
「小さな孤島だ」
「ここから二日ほど」
短い金髪の男は両腰元に双対の銃を装備していた
それを確認するように軽く触れて、彼は西部ガンマンのような帽子を深く被る
灰黒髪の男を追うように、彼も歩き出した
「敵の勢力は?」
オールバックの男は包丁の刀身を半円にして、それに直接持ち手を付けたような異形の大斧を手に持つ
彼の半身ほどもある巨大なそれだったが、男は片手で持ち上げていた
「解ってるだけで数千超え」
「だけど、オキナ達を殺ったのは一人だけだ」
「何の組織かも解ってないのか」
「あぁ、だが」
「数だけは多い」
「……秋雨達に連絡はしないのか?」
「彼等を巻き込むべきではない」
「俺達だけで決着をつけるんだ」
彼等は歩みながら言葉を交わす
決意の眼光は揺らぐことなく、ただ前を見つめていた
その中で独りだけ、灰黒髪の男は扉の前で立ち止まっていた
「メタル?」
「来るぞ」
灰黒髪の男の言葉とほぼ同時に、小さな家には億千の弾丸が撃ち込まれた
屋内は硝煙と土埃に埋め尽くされて彼等の姿は掻き消える
それでも弾丸は止むことなく撃ち続けられる
弾丸が家の柱や椅子を貫いて蜂の巣にしても、硝子を全て砕き割っても
弾丸は数百秒に渡って放たれ続けていた
「止まれ」
銃を構えた兵士達の先頭に立った男は、腕を払って銃撃を制す
彼の命令に従って銃を収めた兵士達は自身の後方に控えた別の兵と位置を後退した
先程まで撃っていた兵士達は前列に並んだ兵士達と後列のさらに後列
つまり三列目に後退した
「二列目、撃て」
先頭に立つ男の指示で二列目の兵士達が銃を構えて発砲する
瓦礫の集合体のような姿になった小さな家にさらに銃弾の嵐が舞い込む
家の柱が銃弾によって完全に折れて、地鳴り音と共に家は崩壊していった
屋根の煉瓦が砕けて瓦礫の中に埋まっていった頃、銃撃の嵐は止まった
「本部に報告しろ」
「メタル、金田、ガルスの三名をーー……」
その言葉を切り刻む斬撃波
司令官の男と、隊列の半分を斬撃の衝撃波が切り裂いたのだ
「……家が壊れちまった」
「また立て直さなきゃ……、な」
残った一列目と二列目の兵士達の顔面には風穴が空いていた
彼等が力無く項垂れて膝を着くよりも前に、臓腑にそれぞれ三つの風穴が開けられる
三列目の兵士達がそれを目視して確認し、逃亡を開始しようと後ろを向いた刹那
最後に見えたのはオールバックの男だった
彼等は己の体を見て、そして死んだ
「帰れたら、の話だ」
「皆も……、いいや」
「あの力はもう、使わないんだったな」
「あぁ、だからこそ」
「ケジメを付けに行こう」
瓦礫を蹴飛ばして出てきた灰黒髪の男と短い金髪の男は服に付いた埃を払っていた
無残に散らばった肉塊を踏みにじり、彼等は森の中に続く道を進む
「滅ぼすぞ」
「「応」」
森の中へと消えていく彼等を見送る者は居ない
殺戮者と名乗るに相応しい三人の男達は、殺気を纏って闇の中へと沈んでいった
地下
「……ん?」
何もない、無機質な天井を見上げた隻眼は少し首を傾げる
遠い何かを確認するように目を細めて、再び首を傾げた
「どうした?」
「いや……、何か」
「……気のせいか?」
「何でも構わないが、取り敢えず連絡だけはしておこう」
「今日の仕事は無しだ」
「え?無し?」
隻眼の間抜けた声に、美海は呆れ声を漏らす
彼女の手に持たれた資料には、それぞれ三人の男の写真が張り付けられていた
「……メタル、金田、ガルス」
「この三人は強い……、それこそ君を殺し続けたオキナ並みだ」
「いや……、メタルはそれ以上か」
「……なぁ、聞いていいか?」
「何だ?」
「俺は誰だったんだ?」
「お前は誰なんだ?」
「そいつ等は誰なんだ?」
「どうして殺さなきゃならない?」
「……それを聞いて、どうする」
「別に?自己満足」
「って言うか、給料も何も無しにタダ働きだぜ?」
「ちょっとぐらい教えてくれてもさぁ」
「二年前だ」
隻眼の言葉を遮って美海は冷悪に言葉を放ち始める
それを聞いて彼は口を閉ざし、そして耳を澄ました
「ある一人の男が戦場で胸に銃弾を受けた」
「回復能力者が緊急治療を行ったが、それでも血は止まらなかった」
「男は病院に緊急搬送されたが、手術台の上で死んだ」
「その男の妻は涙を流しーーー……、そして彼に凭れ掛かったまま絶叫した」
「……ドラマみたいだな」
「何時間たったか、舌に縋り付いた男の妻は泣き叫び続けた」
「そして希望の声を聴いた」
「「その男を生き返らせてやる」と」
「……その、男の妻はどうしたんだ?」
「縋ったさ」
「その声が悪魔の囁きだろうと関係なかった」
「ただ縋り……、叶えた」
「生き返ったのか」
「あぁ、そうだ」
「だが代わりに男と妻は代償を払う事となった」
「男は記憶を失い敵の人殺しの道具に」
「女は男の教育係として別人となった男の元に」
「それが代償だ」
言い終えた美海の表情は、酷く暗くて悲しい物だった
言葉を失い、額より冷や汗を滴らせた隻眼はただ口を押えていた
「……まさか」
「イトウとかいう研究者も、メイスとかいう女も、アオシとかいう男も、アメールとかいう少女も」
「元々は仲間か……?」
「そしてお前は男に付き添って敵に回った……」
「……いいや、[男]じゃない」
「[俺]か……!!!」
「そう、そうだ」
「君が今まで殺し続けてきたのは」
「全て仲間だった者達だ」
「は」
「はははっ……」
口元を潰す程に、隻眼は己の掌に力を込める
歪んだ彼の口から洩れるのは、言い知れぬ感情
「全て真実だ」
「人殺しの道具は仲間を殺す為に今でも動き続けている」
「そしてその妻も」
「あの……、写真は!?」
「ペンダントの写真は!!」
「嘗て、君が私を救ってくれた時の写真だ」
「私と君では酷く年の差があった」
「それでも君が私を受け入れてくれた時は嬉しかったよ」
「だが、それと同様に君が死んだ時は悲しかった」
「酷く酷く……、酷く……、悲しかった」
「……俺は、どんな人間だった?」
「戦闘術は然程だったが、暗殺に長けていた」
「闇夜に紛れる身体能力は非常に高い」
「性格は無愛想の一言に尽きる」
「……だが、優しかった」
「……刃影」
「俺の、名前か」
「久方振りに聞いたよ、それを」
「だが、君はーーー……」
美海の言葉は、最後まで言い放たれる事は無かった
轟音の揺れが彼女と隻眼を襲い、部屋を揺らす
振動に耐えきれず、バランスを崩した美海は思わず隻眼へと倒れ込む
それから暫くして揺れは収まり始め、天井から埃を落として完全に止まった
「……危ねぇだろ、美海」
隻眼の声に美海が答えることはない
ただ彼の胸に埋まって、静かに鳴き声を漏らしていた
「お兄ちゃん……っ、刃影お兄ちゃん……」
「……刃影、じゃねぇよ」
胸に埋まった美海の頭を撫でて、隻眼は静かに息をついた
何もない無機質な天井を見上げ、彼は再び息をついていた
「……落ち着いたか?」
「今のは忘れろ」
「脳の全てから抹消しろ」
「へいへい……」
隻眼に背を向けたまま喋る美海の声は、まだ曇った物だった
面倒くさそうに呆れていた隻眼は頭を掻いてあたりを見回す
「先刻の振動は何だ?」
「解らない」
「まだ連絡が……」
彼女の言葉に被さって鳴り響く電子音
美海は懐から小さな機械を取り出してそれを耳に当てる
「向こうから来たぞ」
「メタル、金田、ガルスの三名だ」
「あぁ、俺が殺すべき奴か」
「全員がそれぞれ東、西、南に別れているらしい」
「まずは東のガルスだ」
「おう、解った」
隻眼は黒衣を羽織り、武器を装備する
その手つきは最早慣れた物で、歴戦の戦士の様だった
美海は彼のその姿に依然、己が愛した男の姿を見ていた
しかし、最後の確認をしようと振り返った男の表情に、彼女が愛した男の面影は無かった
それを再度認識したとき、自然と彼女の眼からは涙が零れ落ちていた
心の何処かに合った[IF]が完全に彼女の中で消え失せたのだ
「……刃影お兄ちゃん」
「待っ……」
「隻眼だよ」
「俺は化け物だ」
彼女の言葉を切り捨てて、隻眼は扉から出て行った
残された彼女は現実を再認識して、泣いた
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