緑髪の男
「次、十四体目」
「おうよ!」
真っ白な実験室の中で、隻眼は人形相手にナイフを構えていた
刃渡り十㎝ほどの小型のナイフで、銀の刃に切り込みが入っているような奇妙な形だった
それをもって隻眼は人型の、機械のようにカクカクと言動く人形に彼は突っ込んでいく
素早い動作で首元にナイフを密着させ、引く
彼の振り切った腕には人形の首が乗っており、胴体から導線を何本か伸ばしていた
「どうだ!」
「破壊するな、と言ったはずだが」
「このご時世、メンテ代もパーツ代も馬鹿にならん」
「えーー……、対戦相手として出しておいて、そりゃないだろ」
「何を言う、私は相手を殺せと言ったんだ」
「胸や腹にナイフを突き立てるだけで良いだろう……、首にもだ」
「外れたらどうするんだよ!首を切った方が早いだろ?」
「貴様が学ぶのは暗殺術だ、隻眼」
「戦闘術じゃない」
「殺せば同じじゃない?」
「戦闘は相手と戦う技」
「暗殺は相手を殺す技だ」
「それは似ている様で全く異なる」
「よく解らないね」
「何で人殺しの道具が暗殺を学ぶんだよ?」
「普通は戦闘じゃないのか」
「……良い、ことを教えてやる」
美海は機械の破片を振り払う隻眼へと近づいていく
彼は気が付いた様に彼女へと視線を向ける
そうして彼の視界に入ってきたのは銃口だった
「え?」
「では」
視界の半分が削り取られ、自らの血で世界を赤く染める
眼球を半分抉った弾丸は頭部を突き抜けて壁に当たり地面に金属音を立てて落下する
地面にナイフが落ちて金属音を立てるのは弾丸とほぼ同時だった
隻眼の血を浴びて無表情に立っている美海は、その血を鬱陶しそうに拭き取る
地面に倒れ込んだ隻眼を見下ろして、彼女は深くため息をつく
「……立て」
「……な、に」
「しやがんだぁあああああああああーーーーーーーー!!」
飛び起きた隻眼の眼球に傷はなかった
血も止まり、彼の目元で赤黒く乾いていた
美海は自らに飛散した血を拭き取ったナプキンを彼へと投げ渡す
「死なないんだ、君は」
「不死身の吸血鬼……、とでも言おうかな?」
「……死なない、か」
「便利な体だな……」
「……だが、吸血鬼ってのは何でだ?」
「血を食らっただろう、あの男の」
「あー……、そう言えば」
「誰だったんだ?アレ」
「……別に気にすることはないさ」
「己の欲に狩られた哀れな男だ」
「ふーん……」
「ま、吸血鬼が日中堂々と戦うのも変な話か」
「闇夜に紛れるってのもカッコイイしな」
「納得してくれて嬉しいよ」
「さて、十五体目と行きたいんだが……、今は少し難しいかな」
「何で?」
「君が機械を壊したからだ」
「本当はこの機械には人体の急所部分に空洞部を設置してある」
「刃が食い込んでも大丈夫なようにな」
「……じゃ、俺が首を撥ねたのって」
「迷惑行為この上ない」
「スイマセンデシタ」
「まぁ……、少し待てばいい」
「修理しておいてやる」
そう言って美海は機械の頭部を拾い上げた
少し重そうにそれを持つ彼女を見かねた隻眼はそれをひょいと持ち上げる
不機嫌そうに眉を顰める彼女に、隻眼は少しだけ頬を緩めて微笑みかける
「君が持つのは胴体だ」
「……さいで」
数週間が経った
俺は依然として勉強を繰り返していた
面倒なのでサボっていると美海の弾丸が飛んでくるのでろくに休めやしない
……そのはずだったのだが、今日はあの女の姿が見えない
有り難いことだが、今の今まであの女が来ないことはなかった
寂しいって言うのか?この感情は
「……暇だなァ」
「暇ではなくしてやろうか?」
「……んあ?」
そこに居たのは小柄な男だった
白い髭を生やして白衣を着た、いかにも研究者という男だ
「しがない研究者だ」
「何、今から何人か殺して欲しい」
「あ、実戦?」
「そう、実戦だ」
「まずはこの男を殺してくれ」
白衣の老人が差し出した写真に写っていたのは、緑髪で無精髭を生やした若い男だった
その男も白衣を着ており、鋭く細い目つきを隠すように透明縁の丸眼鏡をしている
「研究者?」
「あぁ、そうだ……」
「優秀な男だよ」
「ふーん、ライバルを殺して欲しい的なアレ?」
「いいや、違う」
「この男とその仲間が邪魔なのさ……、秋雨 紅葉が」
「ふーん……、何処かで聞いたなぁ」
「君が作られたのは彼等を殺す為だ」
「第一目的として、ね」
「なるほど」
「第二目的は……、まぁ今はいいか」
「その緑髪のオッサンを殺せば良いわけだ?」
「あぁ、そうだ」
「中々手強いが、君なら大丈夫だろう」
隻眼は白衣の老人から写真を受け取って懐に仕舞う
壁にかけてあるナイフを三本と弾丸を込めた銃を二丁、そして長刀を一本背負う
両腕を伸ばして背伸びし、息を着いてから屈伸を繰り返す
背筋を伸ばし、ゆっくり息を吐いた彼は髪を書き上げ無い片目を開いた
「……やっぱり、スカスカするなぁ」
「眼帯とか無い?」
「あぁ、くれてやろう」
老人は荷物を漁って黒色の眼帯を取り出す
それを受け取り身に着けた隻眼は満足そうに頷いて周囲を見渡す
「……美海は?」
「彼女は別件だ」
「心配せずともまた会えるさ」
「いや、そこを心配してんじゃないんだけど」
「……ま、ともかくこの緑髪の眼鏡オッサンを殺すかね」
「あぁ、そうしてくれたまえ」
「先程も言ったが、その男は……」
「強いんだろ?」
「まぁ、俺は死なないから無限チートだけどね」
「……期待しているよ、隻眼」
老人は下卑た笑みを浮かべて肩を揺らしながら笑っていた
隻眼も彼と同じように狂喜の笑みを浮かべて部屋から出て行った
研究所
そこは大きな、まるで英国の城のような研究所だった
いや、正しくは城なのだろう
古びた城壁にこびり付いたツタがその古さを物語っている
古城の住み着いたのか、そこに人の気配は無かった
巨大な木製の扉を開けて隻眼はそこに入って行った
「……誰もいないなぁ」
だが、その巨大な城の中には人影は無かった
場所が間違っていないことを隻眼は何度も確認して中を探索していく
道中、様々な甲冑や武器、道具や機械などがあったが、どれも古ぼけていた
城に入って数十分、彼は漸く明りの着いた部屋を見つけた
「……あったあった」
ゆっくりと中を覗き見ると、そこには写真に写っていた男の姿があった
紫色の薬品が入った試験管を揺すり、色の変化を確認している様だった
「ナイスタイミングだ♪」
隻眼は銃を引き抜き、男の頭部に照準を合わせる
男は気付いた様子もなく試験管を机に置いた
「じゃぁね」
彼が引き金に指を掛けて、それを引こうとした刹那
足に凄まじい激痛が走る
「……なっ」
隻眼の足には巨大な氷塊が突き刺さっていた
血を滴らせて輝くそれは自らの骨と肉を引き裂いている
痛みに表情を歪めながらも、隻眼はその氷塊を放ったであろう女性に気が付いた
「イトウさん!!敵襲です!!!」
「イトウさんッッッ!!」
その女性が緑髪の男に叫びかける
それに応えるように立ち上がった男は眼鏡を掛け直して立ち上がった
「静かにしろ、メイス」
「解っているさ」
男は白衣の服端を揺らして隻眼へと近づいて来る
手には幾つかの薬品を持っており、それは硫酸のように忌まわしい音を立てていた
女の周囲には極寒地のように雪風が吹雪いており、それを衣の様に纏っている
「ニ対一か……、分が悪いな」
「暗くて顔が見えないな、貴様」
「名は?」
「ない」
「強いて言うなら隻眼、かな」
「……その声、何処かで」
男の言葉を遮って隻眼の刃は彼の喉元を狙う
銀色の刃が貫いたのは白衣の裾
寸前で回避した緑髪の男は隻眼の顔面に掌を当てる
「誰であろうとも、関係はないか」
「俺の研究所に侵入したのだ」
「死する覚悟は出来ているのだろう?」
隻眼の顔面が爆発し、血が弾け飛ぶ
眼球や脳みその欠片が白衣を濡らし、赤色に染める
「メイス、悪いがこの侵入者を……」
「まだ死んでねぇよ」
男の白衣に赤色の血が付着する
彼の肩を掠り斬った隻眼の刃は切り替えされて首を狙う
「ぐっ……!」
緑髪を揺らし、男は寸前で刃を躱す
髪先を斬った刃は振り切られ、白衣を着た男は後方に飛躍する
「……命は絶ったはずだがな」
「それに、その超再生……、能力か?」
「どうだかね」
「私が行きます!!」
飛び出した、メイスと呼ばれる女性は両手に氷塊を発現させ、隻眼の頭部を貫く
安堵した女性は彼の脳髄を切り裂いた氷塊を持つ手を静かに引く
「まだだ!メイスッッッッ!!!」
緑髪の男の叫びが女性に届くよりも前に、彼女の胸を銀の刃が貫いた
血を噴出した彼女の唇は、数秒後にはさらに大量の血を噴出していた
臓物を切り裂かれた彼女は力なく地面に膝を付き、そして体を倒した
「貴ぃいいいいいいいいいい様ぁああああああああああああああッッッッッッ!!!」
銀の刃は研究室から漏れる光を反射し、隻眼の顔を照らす
それを見た緑髪の男は眼球を限界まで押し広げて言葉を失っていた
「……どうして、お前が」
その瞬間、緑髪の男は世界を反転させていた
頭部を失った胴体はメイスと呼ばれた女性と同じように地面に沈んでいった
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