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秋鋼  作者: MTL2
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白月の過去


「六天崩拳は三天までが基礎となる」

「一天・牙刺、二天・雨威羅、三天・空撃」

「まずはそれを会得してもらうぞ」


白月の脚撃と拳撃をいとも簡単に裁きながら、クォンは淡々と述べる

息切れしながらも彼女は必死にクォンの急所を狙いながら一撃一撃を繰り出していく

しかし、それはクォンの軽く振った片拳によって弾かれていた


「くっっっ……!!」


「狙いが単調すぎる」

「顔面と足元、腹部だけじゃ意味がねぇよ」


クォンの顔面に突き出された拳は空を裂き白月の腕は完全に伸び切った

その腕に蛇が如く巻きついたクォンの腕は回転し、彼女の視界も反転する

地面に背中から叩き付けられた白月は全身に衝撃を受けて肺の空気と苦痛の声を吐き出す


「やり直し」

「腕立て五十回だ」


「……はい」


クォンさん……、いや師匠の所で修行を始めて一年になる

この六天寺に入るのには三ヶ月の時間を要した

顔面に向けられてくる一撃を避けることは注意力を上げれば難しいことではなかったから

しかし、最近は私が入れた理由も痛感してきた

手を抜いていたのだ、師匠は

ここ最近の稽古では師匠にダメージを与えることなど出来ない

その上、私の一撃一撃を全て裁きながら余裕すら見せている

解る、この人は

強い


「良いか?六天崩拳の神髄は六つの技にある」

「それ以外は独学で結構だ」

「太極拳だ何だのみたいに技が多いわけじゃねぇ」


腕立てを行う白月に、石段に腰かけたクォンは面倒くさそうに語りかける

彼女の全身には生傷が出来ており、その上を汗が滴り落ちていく

その度に彼女は苦痛の表情を浮かべるが、クォンは表情を変えずにその様子を見ていた


「そろそろ日が暮れてきたな」

「五十回終わったら飯ぃ作れよ」


「……は、い」


毎日、私はこの人の三食の料理を作っている

神無様がこの人に御贈りになられた料理器具を使って

師匠は俄かには信じ難いが、機械の使い方を知らない

神無様が御贈りになられたと言う当時は最新型であったであろう器具は全て埃を被っていた

私が来るまでは原始的な方法で野菜を栽培し原始的な方法で狩りを行っていたのだ

それを私が機械を使って調理を行ったところ、いたく感動した様だ

それからというもの、私の修行に[料理]が追加されてしまった


「今日は肉が食いてぇな」

「ちょっと猪狩ってくるわ」


「……い、行ってらっしゃいませ」


食材は基本的に現地調達

師匠が初めて熊を担いで帰ってきた時には驚いたものだ


「……二十、九」


ここでの修行は正直、かなり辛い

それでも神無様の為ならば私は幾らでもこの身を削ろう

私はあの方の為に死ぬと決めている



「六天崩拳」

「……一天・牙刺」


白月が地面に衝撃を送ると、数mほど離れた場所に小さな突起が生まれた

クォンは少しだけ笑みを浮かべて拍手を送る


「で、出来ました!」


「まだまだだが、まぁ一応が合格だ」

「二天、三天も出来るようになれよ」


「はい!」


この六天寺に来てから二年が経った

師匠との組手でもどうにかダメージを与えれるほどになったが、それでも掠り傷にも満たないものだった

身体能力も二年前では信じられないほどに上がった

体術も師匠曰くそこ等の武闘家になら勝てる、だそうだ

だけれど、それでは駄目だ

神無様を守れるほどの力を手に入れなければならない


「……基礎は、三天まででしたよね」

「応用の四天からは……」


「応用じゃねぇよ」

「四天と五天は回避と攻撃に特化した技だ」

「そして六天は……」


クォンは言葉を止め、静かに俯く

怪訝そうな表情を浮かべた白月を気にせず、彼はただ表情に影を落としていた

彼は拳を握りしめ、静かに息を吐いたかと思うと石段から腰を上げた


「二天と三天を伝授してやる」

「よく見ておけ」


「は、はい!」



「三天・空撃」


木々を薙ぎ倒した空圧の一撃

凄まじい轟音はまるで戦車の砲弾の様な衝撃を生んだ

腕を伸ばし切り、その空撃を生んだ白月は息を切らして一筋の汗を滴らせる


「上出来だ」

「これならもう四天、五天を伝授しても問題はねぇな」


「ありがとうございます」


師匠の所で修行を始めて三年が経った

一天、二天、三天は完全に会得した

四天も五天も、たった今に会得させていただける

しかし六天は、六天だけは口にすら出さなかった


「四天、五天の伝授は有り難く思います」

「しかし、師匠」

「六天は……」


「六天はッッッッッ!!!」


突然の声に白月は体をびくりと震わせる

息を荒げて眼光を鋭く唸らせてクォンは歯を食いしばっていた

彼は白月に背を向けて六天寺に向かって歩き出し始めた


「六天は……、まだ早ぇよ」


背越しにそれだけを言い残し、彼は六天寺へ戻っていった

困惑した白月は未だに衝撃に震える手を押さえつけ、静寂の中でただ佇んでいた



六天寺


「神無」


『おや、クォン』

『電話は使えるようになったのですね』


「……あぁ」


『あ!聞いてますか?』

『何と藤登が軍病院の重職に任命されたらしいですよ!』


「……十逆が?」


『貴方にもNo直属部下の勧誘が来てるでしょうに』

『受けないんですか?』


「……気が向いたらな」

「それよりも、神無」

「お前……、何に関わってる?」


『はい?』


「どうしてあの餓鬼を俺に寄越した?」

「お前の所にもう一人餓鬼が居たはずだ」


『あぁ、彼女には別のことを頼んでますよ』

『それに、私が関わっていることは軍最高機密レベルです』

『知れば貴方でも無事では済まない」


「計画の事を教えろ、と言ってるんじゃない」

「あの餓鬼は何だ?」

「いつまでも盲信の目が治りゃしねぇ」

「お前、何を見せた?」


『真実を』


「……何?」


『いえ、人の真実ですよ』

『それともこの世の、命の真実を見せたと言った方が良いかも知れませんね』

『それも、まだまだ端の端ですが』


「……お前は」


『深い詮索は止した方が良いですよ?』


「……チッ」

「ともかく、あの餓鬼には六天は教えねぇ」

「あと数ヶ月でテメェの元に戻す」

「それから暫くして様子を見に行ってやる」

「その時、あの餓鬼の目が治ってりゃ考えてやる」


『それは有り難いですね、こちらも研究は最終段階に入ってきましたし』

『おっと、白羽さんが呼んでいるので切りますよ』

『それでは』


「……あぁ」


受話器を置き、クォンは窓から見える空を眺めていた

曇り始めた空には白い羽を広げた鳥が飛んでおり、やがてそれは急降下して視界から消えて行った

彼は視線を空から地へと落とす

そこには動作を確認するように構える白月の姿があった


「……いつしか」

「壊れちまうぞ……」




「お世話になりました」


「おう」


師匠の元で修行して三年と数ヶ月

遂に私は修行を終えて山を下りることになった

結局、師匠は六天は教えてはくれなかった

戦闘体術と五天までの六天崩拳

それが私が三年と数ヶ月で会得したものだった


「料理はきちんとしてくださいね」

「肉は生で食べず、野菜も生で食べないでください」

「器具の使い方はメモしていますので、それを見て使ってください」

「師匠のやり方で火を起こすと山火事になりますからね」

「誰も来なくても戸締りはしっかりしてください」

「寝る場所は……」


「だぁー!もう解った解った!!解ったから!!」

「はよ行け!!」


「はぁ、私が居なくなると原始生活に戻りそうで怖いですね」

「……それでは」


門に背を向けて去っていく白月

赤色の門に背を預けていたクォンは彼女を見送っていたが、何かを言いたげに眉をしかめていた

段々と遠のいていく白月の背中を見ていた彼は意を決したように唇を開く


「白月!!」


「……な、何ですか?師匠」


「元気に……、やれよ」


「……はい!」


そして、それが

感情のある白月の最後の姿だった




軍に戻って一年

私は神無様の元で研究の補助を行っていた

私と同じく、補助を行っている人は何人かいた

その研究はどうやら過去最大の研究だったらしい

神無様も当時の能力研究局長の奇怪神 怪異の元で研究を行っていたらしい

私も補助とはいっても末端の末端

資料を運んだり薬品を届けたりするだけの仕事だった

しかし、事件は起きてしまった


「……神無様、何処でしょうか」


その日、私は神無様に届けなければならない資料があった

神無様は自宅にも研究室にも居らず、地下街にも居なかった


「後は……」


あと、探していないのは地下だけ

しかし、ここは関係者以外立ち入り禁止だった

とは言ってもこの資料は今日中に、それも早めに届けなければならない


「……私も一応、関係者でよね」


立ち入り禁止の鎖を潜り抜け、私は地下へと向かった

薄暗い階段を下りて、下りて、下りて

やがて辿り着いた部屋からは緑色の光と神無様の声が漏れていた


「神無様っ!」


部屋の扉を勢いよく開けた私の目に映ったのは

切り刻まれた人と、床に散乱する血肉だった


「………えっ?」


呆然とする私を見たのは見知らぬ人たちと神無様

数十人の白衣を着ていた研究員達が私に視線を向けて呆然としていた

神無様とその横に立っていた男性は絶望を表情にしたような顔をしていたのを覚えている


「し、侵入者だ」


誰かがそれを口に出した瞬間、神無様の表情がさらに引きつった

誰かの言葉は水に投げ入れられた石のように喧騒を広げていく


「捕まえろ!侵入者だ!!」

「見られた!見られたぞ!!」


絶叫と同時に何人かの男が私に飛び掛かってきた

大きな影が私を覆い尽くす

何が何だか解らない私は、ただ茫然としていた


「神無君!!」


その声と共に神無様の隣に居た男性が男達に飛び掛かった

彼等を巻き込むように押し倒した彼は唖然とする神無様に向かって叫んだ


「連れて行きなさい!早く!!」

「その子を!!」


「は、白羽さん……」


「早くッッッッ!!」


「は、はい!!」


神無様は私の手を引いて走り出した

部屋を飛び出て階段を駆け上がる

必死の形相で息を切らし、私の腕を掴む彼の手は痛かった

何度も階段を駆け上がって受付の前を通り越して

軍本部の門を出たときに私達は立ち止った


「何処に行くのかね?」


杖をついた白髪の老人が私達の前に立っていた

その後ろには銃を構えた数十人の黒服


「あの計画を見られてただで返すとでも?」


「げ、元老院……!」

「ど、どうかお許しください!!」

「この子はまだ子供で!私が育てて……!!」


「ほぅ、それは丁度良い」

「殺すのは可哀そうだな」


老人は腕を振り、黒服達に銃を下すように指示した

歓喜の色を浮かべた神無様は何度も何度も老人にお礼を言っていた

私は何が何だか解らず、ただ困惑していた


「不足していただろう、実験台が」


その言葉に神無様の表情は凍りつく

黒服達は私の腕を抑えて、無理やり持ち上げて運び出した

神無様は私を連れて行く黒服達に掴みかかっていたが、別の黒服に殴り倒されてしまった

下卑た笑みを浮かべた老人は楽しそうにその光景を見ていたのを覚えている


「神無様っ……!!」


恐らく、その時が最後だったのだろう

私の感情が残されていたのは



読んでいただきありがとうございました

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