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秋鋼  作者: MTL2
486/600

エレベーター内部で


エレベーター内


階数を表示するランプが徐々に移り変わり、40の数字を指した

それを通り過ぎて次に39の数字を指した

機械音と共に降下するエレベーターの中には沈黙の空気と薄暗い灯、そして一人の女性と三人の少女が居た

彼女達が口を開くことはない

ただ薄暗いエレベーター内での機械駆動音だけが彼女達の耳に届いていた


「……さ、流石に45階分ともなると長いですネ」


その沈黙に耐えきれなくなったのか、セントは突然言葉を発する

白月は背中越しに彼女に視線を向けるが、数秒もしない内に再び扉の方へと視線を戻す

何かまずい事を言ったのか、それとも発言自体がまずかったのか

セントは重苦しい空気に拍車を掛けた自分を 責め、肩を落とす


「そ、そうですね!」

「支部だと大きくても四階か五階ですし!」


彼女の言葉にベルアは急いで同意し、元気な声を出す

セントは申し訳なさそうに微笑んで会話を続け始める


「ロンドン支部は大きいんですカ?」


「アメリカ支部の次に大きいですね」

「確か、支部の大きさ順は……、えっと……」


「ロシア支部、アメリカ支部、ロンドン支部、ドイツ支部、オーストラリア支部」

「軍支部の施設などを含める広大さの順位です」

「ロシア支部は大監獄と極寒値における大きさ」

「アメリカ支部は巨大な敷地と施設の大きさや資金源確保の簡易さからの大きさ」

「ロンドン支部はヨーロッパ州全土を纏める故の大きさ」

「ドイツ支部はロ ンドン支部から独立派生した兵士育成を専門的に行うことや地形的環境からの大きさ」

「オーストラリア支部は孤島の大陸故の大きさ」

「以上が理由です」

「何か質問は?」


「い、いえ……」


「ない……、でス」


白月の的確すぎる説明にセントとベルアは若干引き気味に笑顔を引き攣らせる

彼女の隣でクロルは憧れにも似た感心の目つきを寄せている


「でも凄いですね、白月さん」

「そんなに記憶しているなんて」


「……入れられる事は頭に入れていますから」

「そうでもなければ私である意味がない」


「い、意味なんて……」


「必要なのですよ」

「私は戦闘力こそNoや直属部隊には遙かに及ばない」

「側近としての業務作業は神無総督 には不要とも言えるほどあの方は優秀です」

「護衛は直属部隊が務めます」

「もう、神無総督には私の意味も必要性もないでしょう」


「そ、そんな事ないですヨ!」

「白月さんは優秀な側近とゼロさんも言ってましタ!」

「あの人が人を褒めるのはもの凄く珍しい事でしタ!」

「その、今はもう裏切ってしまいましたけど……、実力と見る目は確かな人でしたヨ?」


「そ、そうです!」

「し、白月さんは凄い人だと思います!」

「わ、私もそう思います!!」


怯えた声を精一杯に張り上げて、クロルは白月を見上げていた

ベルアもセントやクロルに同調するように言葉を述べる


「……駄目なのですよ」

「所詮は駒」

「私は……、いつしか……」

「捨てら れ……」


彼女の言葉は凄まじい摩擦音に掻き消される

地球が反転したかのような重力の乱れ

一瞬、エレベーター内は無重力の空間と化したかと思うと急激な重力が彼女達を襲う

轟音のような摩擦音が響き渡ると共に灯は消え失せ、エレベーター内部は闇に呑まれる

クロルの叫び声が摩擦音と混ざり合い、まるで死神の叫び声のような響音と化す

その中でも白月は動じる事無くクロルを伏せさせ、セントとベルアにも同様に伏せるよう指示を送る

恐怖に怯えながらも彼女達は床に伏せて頭部を防御する態勢を取る

何分だったか、それとも何秒だったのか

衝撃が止んで摩擦音が鳴り止んだ頃、彼女達は恐る恐る立ち上がった


「い、今のは……」


「落ちたんでしょうカ……」「……階数が31になってまス」


「どうやらセントさんの言う通り、落下したようですね」

「しかし途中で止まるとは運が良い」

「もし下まで行っていれば……」


「い、言わなくて良いですから!」

「大丈夫ですか?クロル」


「う、うん……」


恐怖の余り涙すら引っ込んでしまったクロルは手足を振るわせながらベルアに支えられて立ち上がる

白月は衣服に付いた埃を払いながら階数指定ボタンの下にある受話器に手を伸ばす


「……駄目、ですね」

「連絡用のケーブルが先程の落下で切れたのでしょう」

「繋がりません」


「む、無線じゃないんですカ!?」


「無線では停電時や襲撃され機能麻痺に陥った時に使用できませんから」

「しかし今は単なる事故です」

「携帯で連絡を取れば、何ら問題はありません」


「け、携帯ならベルアが持ってるよね?」


「充電切れです……」


「せ、セントさんは!?」


「私は持ってますヨ」

「使ってもないので充電は充分ニ……」


セントは右ポケットに手を突っ込み、静かに引き抜く

素早く左ポケットを探って再び右ポケットを探って全身を探って、小さくため息をつく


「無くしましタ」


「し、白月さん!!」


「……申し訳ありませんが、私は機械の操作はほかに比べて得意ではありません」

「なので携帯電話も持ち歩かない主義です」


「そ、そんなぁ……」


「とは言っても、一時間もしない内に救助が来るでしょう」

「それまでの辛抱ですので、どうか我慢を」


諦めたように肩を落としたクロルは小さく落胆の声をあげる

暗闇の中、あまり視界も効かない中でセント達は冷たい床に座っていた

ただ一人立っている白月は何処を見るわけでもなく視線を前に向けている

セントは薄らと見える彼女の姿に戸惑いながらも声をかけた


「あ、あの、白月さんも座った方が良いんじゃないですカ?」

「そのままだと疲れるのでハ……」


「いえ、お気遣いなく」

「私はこの体制が楽ですから」


「そ、そうですカ……」


またしても、エレベーター内には気まずい空気が流れる

真っ暗な空間で動きはなく、音もない

さらには時計もないので時間も解らない

徐々に時間感覚が彼女達から奪われて、さらには季節柄と場所柄から体温も奪われていく

彼女達の中で体が一段と小さいクロルは白い息を吐いて眠そうに眉を擦る

彼女の体がゆらゆらと揺れ始め、ガクンと首を落としてはまた上げるを繰り返す

遂に彼女は体を倒してしまい、白月にもたれ掛かってしまう


「く、クロル!」


「いえ、構いません」


白月は上着を脱いでクロルにかける

少し暖かくなったのか、クロルは表情を緩めて静かに寝息を立て始めた


「も、申し訳ありませんです!白月さん!!」


「いえ、仕方ないでしょう」

「この暗闇と気温では眠くもなります」


「ん……」


白月は目を細め、まるで硝子細工を見るようにクロルに視線を向ける

彼女の頬に手を添えようと伸ばすが、その手をびくりと震わせて引っ込める


「……白月さん、腕ガ」


怯えた声を出したセントの目に映ったのは、幾戦の傷跡に埋め尽くされた白月の腕だった

切り傷や抉り傷、さらには火傷や肉が変色している部分まで

それは、とても人の腕とは思えない代物だった


「……古傷ですよ」

「治ることはありません」


「ど、どうしてそんナ……」


「……そうですね」

「このまま何もせず待つのは暇でしょう」

「少し、昔話をさせていただきます」





それは、まだ私が軍に入る前

建造物が聳え立つ街の路地裏で震えていた頃の話



「……寒、い」


暗い路地裏には数多くのゴミが転がっていた

白い雪がアスファルトに溶け込み、泥と混ざり合って黒い冷水が地面に流れ出ていた

強風によって雪が吹き乱れ、新聞紙が錯乱する

俗世から離れた小さな極寒の地

小さな少女はそこにいた


「はぁ……、はぁ……」


全身が酷く冷え込み、手足の感覚がない

靴も手袋もなく、身に着けているのは風で飛ばされた新聞紙を重ねたものだった

それでも全身を覆うのは難しく、頭部や足先は露出していた

吐き出す息は風に消し去られ、体温も奪われていく

腹痛に近い空腹が何度も腹部を襲い、意識も朦朧としてきた

食事は何日食べていないのだろうか、覚えていない

水だけで凌ぐのも限界が近く、最近は飲む度に喉が焼けつくように痛くなってきた

もう永くないという事は解る

だけれど、こんな路地裏で死にたくはない

こんな、路地裏で、無様に……


「グゥルルルルルル……!」


地鳴りのような、おぞましい声

少女は寒さで動きにくくなった首を必死に動かし、眼球を声の方へと向ける

そこに居たのか彼女と同様に痩せ細った野犬だった

目を血走らせ、涎を垂らし、牙を剥き出しにしていた

少女は恐怖のあまり表情を強張らせ、感覚のない足を必死にバタつかせる

だが、感覚のなくなった足が彼女のいうことを聞くはずもない

無駄な抵抗を見せる少女に野犬はゆっくりと近づいてくる


「こ、来ないで……!」

「来ないでっ……!」


「グルルルルルルッッ……!!」


野犬は餌を見る目つきで少女へと接近する

舌を無様に垂らし、飢えた獣は少女の喉元を噛み切ろうと牙をむく


「グァアアアアアアアアアアッッッッ!!!」


叫び吠えた野犬は少女へと飛び掛かり、新聞紙の衣を爪で剥ぎ取る

少女の喉元へ噛み付こうと口を開き牙を向けるが、彼女は必死に逃れようともがく

手足を地面に食い込ませ、雪解けの泥水を掻き分ける

自分の柔肌に犬の鋭い爪がくい込んでいるのが解る

肌を暖かい何かが流れて地面に流れていく

視界の端に見えた赤色は、恐らく自分の血だろう

ただ、それすらも今の自分には有り難い物だった

冷たい肌に体温が戻ってくるのが解る

心なしか、痛みも無くなってきた

そうだ、一人で死ぬのが怖かったんだ

こんな路地裏で死んでいくのが怖かったんだ

だったら、この子の為なら

この痩せ細った犬の為なら、死んでも良いかもしれない

もう生きていたって良い事はないんだ

だったら、せめてこの子のお腹を満たしてあげるぐらいの事は出来るだろう

誰かの役に立てるなら死んでも良い

そうだ、こんな路地裏で独りで寂しく死ぬぐらいなら……

せめて……、この子の……


「え、えぇいっっ!!」


バチィンッ!!と鋭い音が鳴り響いた

体が急に軽くなって、目の前には黒いズボンと細くて長い足が見えた

暫くして赤い液体を滴らせるビニール傘の先端が視界に入ってきた


「だ、大丈夫ですか!?」

「今すぐ救急車を呼びますからね!!」


男は傘を投げ捨てて、急いで携帯電話のボタンを操作する

それを耳に当てて息切れするほどに声を荒げて、彼は救急車を呼んだ


「あ、あぁ!どうすれば良いんだ!」

「どうしようか……!こんなのは蒼穹さんの方が詳しいのに!」

「あぁ、どうしよう……、どうしよう……」


少女は消えうせ行く意識の中で、慌てふためく男を見ていた

携帯を持ったまま衣服が雪に濡れるのも構わず、彼は自分の心配をしてくれている

恐らく、私が身を捧げようとした野犬は死んでしまったのだろう

だったら、だったら

助けてくれたこの人に身を捧げるのも

悪くないかも……、知れない……




読んでいただきありがとうございました

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