運命
屋上
「……何してる」
豪雨の中、それを関係無いかのように波斗は突っ立っている
轟々と降り注ぐ豪雨は彼の背後にある階段扉を開けて呼びかけた雅堂の声を掻き消すほどの音を立てている
それでも彼の事は波斗に通っていたはずだが、波斗は反応を見せなかった
「おい」
豪雨を塵と化し、衣服をも濡らすことなく雅堂は波斗へと近付いていく
髪や肌、衣服を雨でびっしょりと濡らした波斗は雅堂に肩を掴まれても動く事はない
波斗に直接触れた雅堂の手にはまるで氷でも触ったかのように寒冷なものが伝わってきた
「お前……、何時間ここに居たんだよ」
「おい、蒼空」
波斗の肩を強く引いた雅堂の目に映ったのは、鋭い眼光を宿した波斗の面持ちだった
雅堂はそれを見て少し息を呑むが、それでも雨に打たれ続けて居るであろう馬鹿者を放っておく訳にはいかなかった
「蒼空、中に入れ」
「俺達は傷は癒やすが風邪はひく」
「そりゃ治癒は常人より遙かに早いがキツいのには……」
「……雅堂」
「何だ」
「……俺は、この戦いが終わったらどうすれば良い」
「終わった後なんざ知るかよ」
「好きにしろ」
「それよりも今は最終決戦をだな……」
「祭峰を……、お前達を殺さなきゃならないのか」
「……火星さんも殺さなきゃ、ならないのか」
その言葉に雅堂は一瞬だけ喉を詰まらせ、言葉を失う
しかし、彼は眼光を鋭く唸らせて重々しい声で波斗に語りかける
「……聞いたのか」
「……あぁ」
「鴉から……、遠回しにだけど……」
「……そういう事なんだろ」
「あの馬鹿っ……」
「何の為に俺達が……!」
「……否定、しないんだな」
雅堂は髪を掻き毟り深くため息をつく
暫くの静寂の後、彼は意を決したように面を上げる
「絶つべきなんだよ」
「俺達は存在自体が許されねぇんだ」
「……何だよ、「絶つ」って」
「殺せって言うのか……、俺に」
「そうだ」
「委員長や……、祭峰の仲間はどうなる」
「鴉やバムトだって、鉄珠さんだってそうだろ……」
「それでも殺すのか……、俺に殺させるのか……」
「そうだ」
「……俺の意思も無視して」
「お前達の命も軽視してか……!?」
「あぁ、そうだ!!」
「お前に何が解る!?お前に何が解るってんだ!!」
「試験管の中で眼が見えるわけでも記憶していたわけでもないお前が!!」
「あの地獄を見たわけでもないお前がッッッ!!」
「創世計画が酷い物だったって言うのは知ってる!!」
「だからこそ、俺達の世代で止めるべきなんだろうが!!」
「止めれば良いんだ!殺す必要なんて……」
「御伽噺に出てくる連中は!!」
「能力の始祖と呼ばれる秋雨 紅葉の仲間は!!それを行ってどうなった!?」
「俺達が存在している!!元老院のような連中が存在していた!!」
「そして今!!神無が存在している!!!」
「解るかッ!?歴史は繰り替えされるんだよ!!」
「現に俺達はここに立って居る!!」
「何の為だ!?戦うためだろうが!!」
「だけど殺す必要なんて無いだろ!!」
「じゃぁお前は過去の!!」
「お前の後に産まれてくる餓鬼どもにお前と同じ運命を歩ませてぇのか!!」
「自分を化け物と知り!!苦悩に悩み迫害される運命を歩ませてぇのか!?」
「歩まない!!」
「必ず、必ず止めてやる!!」
「それを傲慢って言うんだよ!!」
「俺達はな!祭峰はバムトは元No,1の小僧は鉄珠は核は!!」
「それを覚悟してここまで来た!!」
「命を賭ける覚悟じゃねぇ!!」
「命を捨てる覚悟を決めてきたんだ!!」
「お前は何だ!?」
「我が儘言って歴史に黒色を残す覚悟か!?」
「お前は元No,1に!!鴉に何を学んだ!!!」
「全てを!闇を背負ったあの小僧に何を学んだ!!!」
「何も学んでねぇよッッッ!!」
「アイツの言ってることは正しかっただろうよ!!」
「あぁ、お前の言う通りだよ雅堂!!」
「お前と同じだった!!何もかも同じだ!!」
「いざとなれば俺を殺せだの何だのと散々言われたさ!!」
「だったら解るはずだ!!」
「お前は俺達を殺さなければならない!!」
「小僧は軍という組織で人を殺し続けてきた!!」
「お前よりも遙かに過酷な運命を背負ってきた!!」
「鉄珠は軍の道具となって何百年にも渡って人を殺し続けてきた!!」
「お前よりも酷い冷酷な運命を辿ってきた!!」
「祭峰とバムト、そして俺は人から化け物となり地獄に放り込まれた!!」
「お前よりも非道な人生を歩んできた!!」
「解るだろう!?お前の人生ですら俺達から見れば鼻で笑えるような物だ!!」
「だからこそ、だからこそだ!!」
「お前は絶つべきなんだよ!!」
「これは悪行でも善行でもない!!」
「ただお前が成すべき事なんだよ!!」
「断るッッッッッッッッ!!!」
「断れると思ってんのか!?」
「今回の戦いですら祭峰は俺達の自体を許さなかった!!」
「何故だと思う!?」
「思考すら必要ねぇだろうが!!」
「俺達は無型に適合した時点で運命が決まってたんだよ!!」
「足掻こうが喚こうが泣き叫ぼうが関係ねぇ!!」
「ただ黙って運命に従うしかねぇんだよ!!」
「お前達は黙り続けてただけだろうが!!」
「足掻きも喚きも泣き叫ぼうともしなかった!!」
「そうだろ!?」
「したさ!呆れるほどにな!!」
「その結果がどうだ!?お前の知ってる通りだ!!」
「五眼衆は軍に潰された!!無惨に無様に無力に!!」
「抗うことすら許されなかった!!」
「俺達は抗えなかった!!それすらも!!」
「俺達には許されなかった……!!」
「……何で」
「何で、こんな……!!」
「……嘆くのは早い」
「まだ、早いんだよ」
「俺達にはやる事が残ってる」
「他の連中みたいに逃げ道はない」
「ただ、地獄の茨を切り裂いて歩き続けるしかねぇんだ」
「手足が千切れようとも、眼球を抉られようとも、臓腑を焼き尽くされようとも……」
「もう駄目なんだよ」
「逃げられねぇんだ……」
「……だからって」
「その道に終止符を打つ必要が……、あるのかよ……」
「……もう、疲れたんだ」
「休ませてくれよ……」
雅堂は静かに、声を暗く重く落としていく
何も言えなくなった波斗は豪雨に負けるように頭を項垂れて、やがて怒りに握りしめていた拳も緩めていた
「……」
屋上の、扉の裏で森草は静かに腰を落としていた
雨で冷えたコンクリートの壁に背を這わせて、震える背を丸めて蹲っている
彼女は何も言わず、ただ白い息を膝と顔の間から吐き出していた
「聞いてたんだ」
「……鉄珠、さん」
震える声で、森草はコンクリートに同調するような黒の鉄珠に目を向ける
切なさそうに、悲しそうに微笑む彼はゆっくりと森草に近付いていく
「雅堂の言う通りだ」
「俺達の運命は決まってる」
「もう……、選択肢なんてない」
「こんな運命っ……」
「こんなの酷すぎます……!」
「……酷いのは解ってるよ」
「だけど、俺はそれ相応の事をしてきたんだ」
「蒼空の両親を殺した」
「数多くの罪のない人を殺した」
「家族のため、友のため、恋人のためと軍を裏切ってきた人間を殺した」
「……俺は死んでも仕方無い人間なんだ」
「だけど!後悔してるから、ここに居るんじゃないんですか!?」
「後悔して許されるなら苦労しないさ」
「解ってたんだ、こうなるって」
「もっと違うことがあるかも知れない、って思ってたのも事実だけど」
「何となく……、最後の結末は解ってた」
「……雅堂は、普通の人間みたいでした」
「ううん、違う」
「雅堂は普通の人間です!蒼空だって!!」
「鉄珠さんだって……!」
「……祭峰やバムト、元No,1だってそうだ」
「だけど駄目なんだ」
「俺達はこの血を体内に宿してしまった」
「俺達に架せられた使命は陰陽の血を消し去ることだ」
「あれは双方を揃えて初めて命に関与できる」
「つまり、片方を滅してしまえば良い」
「……だから俺達は選んだんだ」
「陽を残す事を」
「……どうして、そんな」
「綺麗事だけじゃ罷り通らないことなのさ」
「俺達は罪人だ」
「人の命を奪い続けてきた」
「だから、せめて」
「まだ陽の元に居る蒼空に生き残って欲しかった」
「そんなの……、我が儘ですよ……」
「自己満足の我が儘じゃないですか……」
「……うん、解ってる」
「解ってるけどさ、それぐらい叶えさせてよ」
「俺達は地獄の中から、やっと陽の光を見ることが出来たんだ」
「だから……、これぐらいの我が儘は叶えさせてくれないかな……」
自らを嘲笑うような鉄珠の声は、酷く悲しい物だった
森草はそれ以上は何も言えず、ただ静かに顔を伏せることしか出来なかった
「盗み聞きか?」
屋上の階段下で眼を伏せていたゼロに祭峰が語りかける
少しだけ眼を開けたゼロの視界には頬を歪める祭峰が映っていた
「……否定はしねぇよ」
「ただ……、テメェ等もキツいんだなと思ってな」
「まーねー」
「あ、心配しなくてもお前はほんの一部だし死ななくても……」
「んな事は気にしてねぇよ……」
「どうせ……、今回の戦いで生き残れるかどうかすら怪しいんだからな」
「おいおい、プラス思考で行こうぜ?」
「戦う前からそれじゃお先真っ暗だ」
「……後悔はしてないのか」
「お前の人生に」
「しないはず、ねぇだろ」
崩れかけの声は諸々しく祭峰の足下にこぼれ落ちる
ゼロは祭峰に視線を向けることなく、その声に耳を傾ける
「俺達の人生なんざ後悔だらけだ」
「だけど、もう仕方ねぇじゃねぇか」
「偽善だよ、あぁ偽善だ」
「俺達が蒼空にやらせようとしてるのはな」
「……だけど、だけどだ」
「その偽善で誰かが救われるなら、それで良いじゃねぇか……」
「……だが、その偽善は」
「蒼空を殺すぞ」
「……ささやかな、恨み晴らしさ」
「俺達は地獄で苦しんでたのに……、アイツは幸せに生きてきた」
「随分と身勝手だな」
「解ってる、解ってるさ」
「だけどよ……、許せねぇんだ……」
「あぁ……、馬鹿だなぁ……、俺」
「馬鹿だなぁ……」
両手で顔を覆い隠した祭峰は、ただ自分を嘲笑っていた
ゼロは彼に言葉を掛けなかった
いいや、掛ける言葉はなかったのだ
「……どのみち、それは最終決戦に勝ったら、だろ」
「まずはそっちに集中しろ……」
ただそれだけを言い残し、ゼロは去って行った
残されたのは無力故に茨の上に立たされた者達
彼等に雨は止むこと無く振り続ける
行き先のない綻びを残して
読んでいただきありがとうございました