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秋鋼  作者: MTL2
477/600

二人の雨雲


高層ビル三階


「何とも……、不器用な連中だ」


将棋盤上に並ぶ駒に手をかける雨雲

彼と対局するシーサーは彼の一挙一動に集中しながらも、彼の言葉に耳を傾けている


「…それは誰だ?祭峰か?」


「彼も含め、だろう」

「祭峰は弾丸を死の逃げ道として用意した」

「だが俺は……、「覚悟を決めろ」と言っているように聞こえた」


「…随分と都合の良い解釈だ」


「そうだろうかな?」


「……そうだろう」


シーサーは飛車を掴んで駒を進める

雨雲の角行のある場所にそれを置き、代わりに角行を手にとって端に置く


「…奴も言っていたが、俺達は所詮高々……、歩に過ぎない」

「…飛車や角行、ましてや金将や銀将には成り得ない」

「…王将にもな」


「だが、歩でも駒は取れる」


雨雲の歩が進み、シーサーの角行を取る

彼の手に収まった角行は盤外の端へ置かれる


「…所詮は歩だ」

「…金将や銀将には勝てない」


シーサーは盤上の銀将に手をかけて駒を進める

彼の駒は雨雲の飛車を取り、端に置く

それに少し眉を顰めた雨雲は顎に手を突いて思考に耽る


「…解っただろう」

「…俺達では総督直属部隊に勝てるかどうかすらも怪しい」

「…卯琉にも、な」


彼の言葉を遮るように雨雲は駒を動かし、シーサーの領地へと踏み込む

呆れた様にため息をついたシーサーはゆっくりと手を動かして駒を掴む


「……愚か者め」

「…王手だ」


「……む」


「…攻めに急いだな」

「…心理を管理出来ぬ者が戦闘で生き残れると思うな」

「…昔、言ったはずだ」


「……あぁ、すまない」


「…やはり気になるか、卯琉が」


「……あぁ」

「俺では恐らく……、いいや確実に卯琉には勝てない」

「持って三分、いや……、もしかすれば一撃で終わるかも知れない」


雨雲は盤上の駒を攫い払って箱の中へ戻す

雨音と混ざって、駒が箱に落ちていく音が周囲に響き渡る

シーサーは暫くその音に耳を傾けた後、ゆっくりと口を開く


「……貴様の覚悟は、何だ」

「…卯琉を殺す事か?改心させることか?」


「どちらでもない」

「ただ、戦う」

「その結果が何であろうとも、だ」


「……結果、か」

「…貴様が死のうとも、それは結果か?」


「そうだ」


彼の同意の言葉にシーサーは酷く顔を歪める

眼光を歪め、その表情は憤怒とも呆然とも取れない

しかし、彼の目は確かに雨雲を咎めるような眼差しだった


「…問いを変えようか」

「…貴様はどうして卯琉に向かう?」

「…彼女が貴様に何かしたのか?」

「…卯琉はただ、貴様を雨雲一族から助けようとしただけだ」

「…それを言うならば俺も西締も鎖基も同じだろう」


「……シーサー、お前は」

「いや、雨雲 卯扇、貴様は」

「卯琉を直接……、見たか?」


「……いや」


「彼女は……、卯琉は」

「人に非ず」


雨雲は黒鞘から刀剣を抜き、その白刃を晒す

シーサーの眼に映るそれは水晶のように透明の光を放ち、白雲のように淡い白色

一言で表すならば「壮麗」だろう

そしてそれはシーサーの口からも自然と零れていた


「……前の刀は入れ替えに置いてきた」

「刀には大して思い入れも持たない主義でな」


雨雲はそれを再び黒鞘に仕舞い、腰元に戻す

シーサーは自然と見入るように前屈みになっていたのを戻し、腰を据える


「……刀に思い入れを持たないのは当主に似たな」

「…いや、それはどうでも良い」

「…何故それを持って来た?」

「…本家の、それも極一部の人間しか知らない場所にあったはずだが」


「だからこそ、だ」

「本来は持ってくる気など無かったのだがな」

「ただ何となく本家に行ったときに発見したのだ」

「地面に無造作に投げ捨てられたこれを」


「……どういう事だ?」


「先程も言っただろう」

「俺は貴様と本家で対峙して以来、あそこには行っていなかった」

「つまり俺達にこの刀を動かすのは不可能だ」

「……だが居るだろう、あと一人」


「……卯琉か」


「……あぁ」

「どうして来たのか、どうしてあの部屋に入ったのか」

「それは解らない、解らないが……」

「……あの部屋には残っていた」

「幾千の斬り傷が」


「……斬り傷?」


「貴様にならば言わずとも解るだろう」

「一族における隠し部屋は一族の器とも言える」

「ましてや先祖伝来の刀を放り投げるなど……、命を侮辱するに等しい行為」

「つまり……、卯琉は」


「…待て」

「…それを理由にするつもりか?」


シーサーの重々しい声での問いが雨雲に向けられる

雨雲は「いや」と前置きして首を横に振る


「理由の一つだ」

「先に言っただろう、卯琉と対峙した事はあるか、と」

「……俺は一年前、ロンドンで卯琉と対峙し感じた」

「感じてしまった」


雨雲は静寂に身を沈め、静かに息を吐く

白く染まったそれが雨音に消される頃に、漸く彼は言葉を漏らす


「恐怖を」


そうとだけ言い残し、やがて彼は口を噤む

音を無くした部屋では盤上を上をガラス窓に反射した雨色が踊り狂う

その狂った光が部屋を駆け回り、やがてシーサーの眼を照らす


「……卯琉は、昔から貴様を慕っていた」

「…恐らく彼女が貴様に抱いていたのは兄妹間を超えた感情だったのだろう」

「…だが、それを解っていた上で我々は黙秘していたのだ」

「…何故だか解るか」

「…それは卯琉の中にある狂気を感じ取っていたからだ」


「……狂気、か」


「…曲がった狂気ではない」

「…恐らく、純粋すぎる物が毒となる様に」

「…真っ直ぐ過ぎたが故の、狂気だ」

「…その狂気がいつか貴様を殺すのでは無いか、と」

「…それを案じていたのも確かだ」


「解っていたのか……、昔から」


「…貴様は理解していなくとも無理はない」

「…貴様の前では卯琉は仮面を被り続けた」

「…ただ兄を慕うだけの妹としての仮面を」


「……気付くべき、だったのだろうか」


「…それは、何とも言えない」

「…だが、貴様は逃れられない」

「…逃れる事など出来ない」


「……逃げる事、か」


ふと、何かを思い出すように雨雲は窓を眺める

ガラス窓から見える曇天は彼の心を現すかのように果てなく何処までも続いている

しかし、その果てには一筋だけの青空が見えていた


「……火星に言われたな」

「「お前の人生にはお前以外に誰も干渉できない」と」


「……干渉、か」

「…所詮、俺が何と言おうとも貴様には無意味ということか?」


「そうかも知れないな」

「現に俺の決意は揺るがない」

「あの時に感じた恐怖を……、未だに拭い去ることは出来ていない」

「だがそれでも、俺は立ち向かうだろう」

「この刀を持って卯琉を斬るだろう」


「……では、聞かせて貰おう」

「…貴様が死ねば鎖基や楓はどうなる?」


「死なないさ」

「いいや、死ねない」

「彼等を残して俺は死なない」

「決して、だ」


「……揺るがないか」

「…詰まらん」


「……「詰まらん」?」


「…昔、一度だが」

「…貴様を殴った事があっただろう」


「……あぁ、あったな」

「何だったか、何故だったか……」


「…貴様が俺の刀を折った時だ」


「あぁ、そうだ、そうだったな」

「確か……、俺が勝手に使って殴られたのだったな」

「……苦い思い出だ」


苦笑する雨雲に対し、シーサーはさらに面白く無さそうに眉を顰める

ため息混じりに彼は顎に手を突いて片目を雨雲に向ける


「…別に刀を折った事については怒ってなどいなかった」

「…勝手に使った事についても、だ」


「では何故、殴ったのだ?」


「……言い訳を、しただろう」


「……そうだったか」


「…子供らしい、随分と荒唐無稽な言い訳だった」

「…だから殴った」

「…言い訳の理由を、変えたからな」


「変えなければ殴らなかったのか?」


「…俺が気に入らなかったのは貴様が言い訳の理由を何度も変えたからだ」

「…男ならば、雨雲一族に生まれたならば何であろうと貫き通せ」

「…その白刃も、貴様の生き様も、卯琉を斬る理由も」

「……また変えるなら殴ってやったが、踏み留まった」

「…詰まらん」


玩具に飽きた子供のように、シーサーは不満げに声を漏らす

呆れた様に肩を落とす雨雲はその滑らかに水気を帯びた髪を掻き分ける

途切れた会話の糸は再び紡がれる事は無い

その部屋の音を支えたのは一向に止む気配を見せない雨の音だけだった

ただ静寂の続く室内

それを破る者も物もなく、ただ二人は静かにそれの中に浸っている

半刻が過ぎ去ったときそれに飽きたのか、シーサーは不意に立ち上がる

横に退けていた将棋盤を持ち上げ、雨雲の前に置いて自信は彼の対極の位置に座す


「……何だ」


「…歩が何処まで出来るか試すとしよう」

「…良い暇潰しだろう?」


「……やりたいならば、素直にそう言えば良いのに」

「次は勝つぞ」


「…ほざけ、小僧」


シーサーは駒を入れた箱を取り出し、雨雲に渡す

それを受け取った雨雲は盤上に駒を並べ、シーサーも同じく並べ始める

それぞれの駒を並べ終わった二人は順を決めて駒を持つ

部屋には既に静寂はなく、何処か嬉々とした駒の音だけが鳴り響いていた





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