屍
「[封六柱]ッッ!!」
六の石柱が鎖で連結された物がソルナによって屍と化した軍兵の群れに放たれる
砂粒を弾き飛ばすように撃進する封六柱だが、宙を舞った屍は地面に落ちた後、いとも簡単に立ち上がる
「キリがないな」
「全くだ」
夜斬は指間に三つのナイフを挟み、それを両手に構えている
屍が接近する度にそれを投擲し彼等から頭部を奪い去って行く
「頭部をはね飛ばせば行動は止まる様だな」
「一時的に、だが」
「こういう時に全てを吹き飛ばすような大火力が無いのは不便だ」
「貴様はあるのか?」
「残念ながら、所詮は人工能力装置による能力だからな」
「期待できるのはソウか響だろう」
「大火力……、とは言わないがコイツ等を消し飛ばす威力はあるはずだ」
「全てを吹き飛ばせば幾ら屍といえど、再生も糞もないだろう」
「なるほど」
「……しかし、だからと言って我々も小さな抵抗だけでは良い気分ではないな」
「全くだ」
ソルナの弾丸が屍の頭部を貫通する
飛散した脳髄が後方の屍共に掛かり、撃たれた屍と後方の屍共は一瞬だけ動きを止める
グシャッ、と挽肉を地面に叩き付けたような音と共に血肉と臓物の破片が夜斬の足下へと飛び散ってくる
彼はそれに構う事なく屍を挽き潰した封六柱の隣を疾駆し、直撃を免れた者共の首を銀の刃で狩り取っていく
「少しばかり……、数を減らすとしようか」
「まずいですね」
「全くだよ!!」
ビル内の角端に追い込まれた奇怪神と城ヶ根
彼等をゾンビ映画の様に囲む屍達は最早、壁と言っても良いほどに厚い人列を作り出している
「あの、操るやつ!!」
「あれは!?」
「無理ですね」
「簡略的に言えば、あの技は相手の精神を操作して自害させる技です」
「それは知能があるからこそ使える技」
「しかし、どうです」
「この屍達は首をへし折られようと、四肢をねじ曲げられようとお構いなし」
「通じるとは思えませんね」
「じゃ、じゃぁ……」
「頑張りましょう」
「無理だよ!この人数なんですけど!?」
「そうは言っても、何もしなければ押し潰されますよ」
「もしかしたら、そのまま彼等の仲間入りかも知れませんね」
「それは勘弁!!」
城ヶ根の脚撃によって首を明後日の方向に折り曲げる屍
しかし、それに構う事なく彼等は進撃してくる
「嘘ぉ!?」
驚愕する城ヶ根も、頬に汗を伝わせる奇怪神も
二人を否応なく屍の壁は飲み込み始める
「しっかりせぇや!!」
怒号にも似た豪声と共に、屍の壁は爆発したかのように弾け飛ぶ
天井や壁に叩き付けられた屍共は全身の骨が粉砕されて外へ飛び出していく
「た、助かったぁ……」
気の抜けるような声で城ヶ根は安堵のため息を漏らす
彼の目に映ったのは両腕に炎を纏った響の姿だった
「凄いねぇ、威力」
「ほれ所ちゃうやろが!立たんかい!!」
「ワイかて一匹一匹でなかったら消滅させれんねん!!」
「消滅させていただけるだけでも結構」
「これは私も浮かれていられませんね」
「はぁ、疲れるなぁ」
そう言いながらも、城ヶ根の手には銃が握られている
銃弾が効かないと判断したのか、銃身を握ってはグリップをハンマーに見立てたかのように持たれている
奇怪神も拳を握りしめ、左拳を前へと突き出す
彼等の中央に立つ響はさらに護符を展開し、腕に纏う属性を強化する
雪崩れ行く屍共は唸り声をあげて、彼等へと襲いかかる
「炎拳撃ッッッッッッッッ!!!」
火炎と共に駆け抜ける衝撃波
朽ち果てた材木のように弾け飛んだ屍共は壁に叩き付けられて全身から血肉を噴き出す
ずるり、と生々しい音を立てて肉塊は地面に落下する
「とったぁ終わらしたる!!」
「……軍兵の死体、屍」
「不死ではないな……、まるで傀儡」
「モルバ、だったか」
「ハデスという組織の人形師だ」
「死体を人形として操る」
単純作業のように屍を切り刻む橋唐と雨雲
首や四肢を飛ばした肉塊が彼等の足下に山となって積み上がっている
呻き声をあげる肉塊を橋唐の脚撃が砕き割り脳や頭蓋骨を飛散させる
雨雲の斬撃は腰元を横に斬断し、顔面を縦に斬断する
「恐らく奴の仕業だろう」
「だがしかし、この程度ならば問題はない」
「頭を砕けば活動を停止する様だしな」
「……だが、何故だ?」
「あの化け物を引き上げさせた軍が捨て駒処理の為だけにここまでするのか?」
雨雲の疑問に、橋唐は嘲笑うかのように口元を歪める
彼の拳が屍の頭部を貫くと同時にその答えは口から零れ落とされた
「暇潰し、だ」
「考えられない事ではあるまいよ」
「暇潰しで仲間の亡骸を弄んだのか……?」
刀剣の太刀筋が乱れ、屍の頭部が切り落とされる
雨雲の手が怒りに震え、刀剣も金属音を鳴らし出す
「下らん憤慨を持つなよ」
「それよりも、今は貴様の仲間が心配なのではないか?」
橋唐の視線が屍の壁の中央に向けられる
轟音が放たれるそこからは屍の腕や頭部が跳ね上がっていくのが見える
「時間の問題だな」
「……くっ」
雨雲の太刀筋は正常さを取り戻す
綺麗に斬断された頭部が屍の足下に転がり、彼等に踏み潰される
「どうやら問題ない……」
「……何だ?」
空を見上げた橋唐の上を、影が通り過ぎる
鳥でも、雲でもない
そこにあったのは鉄の塊
「まさか……、ジェット機だと……!?」
ミサイルを搭載したそれは空中を轟音と共に疾駆する
幾重にも重なった影は散開し、五つの影に別れ離れになる
「……厄介な」
「暇潰しにしては度が過ぎている!!」
「自衛隊」
「表側も大幅に動き出したみたいだネ」
嫌気と一驚を含んだ声がソウからあがる
彼の隣で屍を殴り倒し続ける鎖基は息を荒げながらも彼に問いかける
「自衛隊が何故動くのだ!?」
「奴等は軍と関係はなかろう!!」
「まさか!国の機関だヨ?」
「表面上はなくても裏ではしっかり繋がってるサ」
「それにこのゾンビ騒動」
「動かない方が不自然なんだゼ」
屍の四肢を的確すぎるほどに撃ち抜くラグド
屍を貫通した弾丸は地面に凄まじい亀裂を生み出すが、貫通してしまっているので屍に然程のダメージを与えられては居ない
その光景を見る度に彼は不機嫌さを露わにして叫ぶ
「あー!もう!!イライラするんだゼ!!」
「弾丸じゃ意味ないヨ」
「刀か拳じゃないとネ」
「って言うか!お前も働くんだゼ!!」
「先刻から傍観じゃないか!だゼ!!」
「仕方ないヨ」
「発動条件が条件だシ」
「……それよりも、厄介なのはアレだネ」
「戦闘機なんか引っ張り出してくるとは予想外ダ」
未だに空を旋回している戦闘機
ソウが睨み付けているのはその機体ではなく、備え付けられたミサイルだった
「アレが撃ち込まれるのはマズいネ」
「ここら一体が有象無象関係無く吹き飛ぶヨ」
「貴様なら防げるのではないか!?」
「無理だネ」
鎖基の問いに対し、ソウは一切の躊躇いなく即答する
続く彼の言葉も酷く苦々しく物だった
「一度に全部撃ち込まれるか……、そうでもなくとも、あのサイズ」
「確実に爆発するヨ」
「それに、この周囲にはビル群があル」
「もれなくドミノ倒し大会が開催されるネ」
「…つまり、俺達も潰されると言う事だ」
「そんなのより今はゾンビに潰されそう的なぁあああああ!!!」
必死に鎌を振るう西締と次空間より武器を投擲するシーサー
彼等を押し潰すべく迫り来る屍は数千を超えていた
斬撃に次ぐ斬撃も彼等には向こうに近い
最早、体力の限界が彼等には近付いていた
「はぁっ……!はぁっ……!!」
「…流石に暗殺特務との連戦はキツいか?」
「そういうシーサーだって肩で息してる的な……!!」
西締の鎌を振るう手が段々と遅くなっていく
シーサーの背後に浮遊する次空間の黒円の一つがその姿を消す
「…どうやら、本格的に」
「マズい的な……」
ガブッ、と肉を食いちぎるような音
シーサーの腕に噛み付いた屍は首を捻りきるほど強引に引き、彼の肉を食いちぎる
「……がっっ!!」
苦痛に歪んだ彼の表情に追い打ちを掛けるが如く、次々と屍がシーサーに襲いかかる
まるで弱り切った四肢を喰らうハゲタカのように
埋もれゆくシーサーの隻眼は鋭い眼光を放つ
「シーサー!!」
西締が振り返り、鎌でシーサーに群がる屍を斬り飛ばす
しかし、そんな彼女にも隙を見つけたかのように屍共が群がり始める
「ッッ!!」
屍の壁は波と化し、彼等を飲み込み始める
獲物にたかるハゲタカは我先に我先に、と己の四肢が砕けることも気にせずに雪崩れ込む
(これ……、まず……)
(本当に……、死………!)
「黒虚」
屍共を覆い尽くす黒球
闇に呑まれた屍共はその姿を消し、残されたのは西締とシーサーだけだった
呆然と地面に伏す彼等の視界は地面から休息に離れ行き、やがてビルの入り口前に降り立つ
「危機一髪だな」
「…バムト・ボルデクスか」
「あまり喋るな」
「傷に障るぞ」
彼の言葉通り、シーサーの全身には生傷と歯形が生まれていた
そこから流れ出る鮮血の量は決して少なくはない
「まだ……」
西締から絞り出されたような声
それに反応し、バムトは跳躍してきた場所に視線を向ける
「……なるほど」
まるで蟻の大群か、それとも地平線の躍動か
蠢く無数の屍はビル自体を押し潰すような波となって迫りつつあった
それとほぼ同時に戦闘機は旋回を中止し、ミサイルの発射口を開く
「早く……、逃げ……」
「案ずるな」
「我々には[希望]がある」
バムトの言葉に西締から小さく疑問の声があがる
彼の確信を得たかのような眼光に彼女は何も言うことは出来ない
そして、バムトの確信の眼光は
やがて真実へと変わる
「千飛輝ィッッ!!」
空を駆ける幾千の雷光
五つの影を貫きて、それは太陽光を覆い隠すほどの光を放つ
その光に照らされ、黒き翼で空を舞う人影がそこにはあった
「…祭峰か」
墜落する戦闘機を余所に、シーサーはぼそりと呟く
しかし、まだ絶体絶命の危機に変わりはない
幾ら祭峰でも、幾らバムトでも
あの地平線が如き屍の波を簡単には止められない
「まずい…、的な……」
「良いから動くな」
「言っただろう、我々には」
「[創造]」
「[希望]がある、と」
地平線の彼方は紅き炎に覆われる
急激に隆起した地面は高く聳え立つ塔が如く
その切っ先が次第に紅蓮色に染まり、やがて爆噴する
「火山爆発……!?」
西締の言葉を否定するかのように、その隆起は形を変化させる
凄まじい地鳴り音と共に隆起は休息に速度を早める
それは程なく全てを遮断する断崖絶壁の城壁となり、全ての屍を天高く打ち上げたのだ
「…何だ、これは」
「…規格外などと言う範囲ではない……!!」
「正直、俺も驚いている」
太陽を背負うかのように
否、太陽光を放つかのように佇立する少年
彼に向かってバムトは鋭く、重く、感激の言葉を零す
「ここまで成長したか……」
「……蒼空 波斗」
読んでいただきありがとうございました