影の急襲
ソウ達が高層ビルに到着してから数時間が経った
特にすることもなく、交代交代に周囲を見張る彼等に当てはまる言葉は[暇]、だろう
つい先刻まで幾千の死線を……、いや、彼等からしてみれば、ほんの小さな戯れかも知れないが
少なくとも、休む暇無くその戦いの渦中を掻き分けていた彼等に対する急な休息
体を休めるには有り難い状況だが、精神的に急な変化にはついて行けないのは人の常である
ただビル内に響く声は鎖基が腹筋を行う度に漏れる吐息と、ソルナの銃を点検する音
他には響の寝息と西締の気色悪い笑い声ぐらいだ
「暇だな」
ぽつり、と夜斬は言葉を漏らす
それに同調するように城ヶ根とソウは肩を落とすように頷く
「まだ祭峰達は来ないのかなぁ」
「流石に欠伸が出るよ」
「どうだろうネ」
「確かに遅イ」
「俺達が早すぎたのか、それもと奴等が遅すぎるのカ」
「どのみち、だろう」
「奴等が……、全員が集合するまで我々は行動を起こせない」
「だよネー」
「それにしても、暇……」
彼等の静寂が打ち切られるのは、城ヶ根の言葉とほぼ同時だった
四つの人影がガラスを突き破って突入して来る
破砕音が鳴り止むよりも前に全員が人影に対して迎撃の構えを取る
ガラスの破片が地面に落下して割れると同時に、四人の人影のうち三つが立ち上がる
「厄介な客を連れてきてしまった」
人影の一人が突っ込んできたガラスの方向へ視線を向ける
腰にぶら下がった黒鞘から白銀の刃を引き抜き、鋭い眼光を唸らせる
彼の隣で服に付いたガラスの破片を払い落とす二つの人影はそれぞれに拳と武器を構え、視線を背後に向ける
一つだけ地面に伏した人影は慌てふためき地を這うようにしてビル内奥へ飛び込んでいく
「軍兵が外に潜んでいる」
「死骸の塹壕に隠れ、どうにも動きが確認できない」
「雨雲、貴様が引き連れてきた連中だろう」
「どうにかしろ」
「そう言うなだゼ!橋唐」
「あの連中を雨雲だけで殺れってのはキツいんだゼ」
「雨雲、橋唐、ラグドか」
「……森草も来たようだな」
「て、敵が来たんですけど……!影に隠れてて……!!」
武器と拳を構える雨雲達とソファの元で震える森草
彼女の言葉を聞いて、先程まで楓を抱きしめていた西締と影に佇んでいたシーサーの目つきが変わる
「暗殺特務部隊だね、的な」
「…その様だな」
「…遂に出してきたか」
二人は立ち上がり、西締は武器構え、シーサーは次空間の黒円を発動させる
ガラスの隙間から覗く死骸の残光に蠢く影
元々、二人が部下に置き、仲間だった組織
それ故に二人は理解しているのだ
危険な相手だ、と
「任せられるか、西締、シーサー」
「やるっきゃないね的な」
「…貴様等に任せてはおけないだろう」
太陽光に前身を照らしだし、二人は外へと歩み出る
西締とシーサーの後を追おうと橋唐が歩き出すが、それを雨雲は静止する
「何をする?あれは相当の手練れだろう」
「奴等だけでは……」
「因縁、だろう」
「西締とシーサーだけに任せるのではない」
「奴等が相手する事に意味が有るのだ」
神妙に目を細めた雨雲は刀を納め、橋唐の肩から手を離す
奥へと入っていった彼はソファに座る楓の隣に腰掛ける
「良いのか」
最終確認のように橋唐から向けられた声に、雨雲は静かに頷く
他の者達も反論はせず、ただ静かに彼等を見守っていた
「…馬鹿者共め」
「…日の照った内から出て来いと、誰が教授した?」
不機嫌そうに、懐に手を入れたままのシーサーが言葉を漏らす
彼の言葉に反応する事なく、影は塹壕の周囲を蠢いてその姿を現さない
「敵の言葉に耳を貸すな、って所は守ってるみたいだね~、的な」
「…余計な所を」
呆れ果てたように息を吐くシーサー
彼の隣で軽快な笑い声をあげる西締は武器の大鎌を肩に乗せながらも、足を軽く曲げた楽な姿勢を取っている
油断
端から見れば、相手を舐めて油断し切った状態だろう
勝てる、簡単に
今、攻撃を加えれば勝てる
普通の軍兵ならば、その思想に至るだろう
しかし、暗殺特務部隊の彼等は違う
目の前に居るのは油断した、たった二人の人間?
否、違う
目の前に居るのは自分たちがよく知っている暗殺者
如何なる戦況でも、如何なる状態でも的確に敵の首を跳ねる暗殺者
彼等の笑みと吐息は決して油断の物ではない
それは侮りの笑みではなく殺意の笑み
それは侮りの吐息ではなく殺戮の吐息
「…来るか」
シーサーの小さな呟きとほぼ同時に空へ跳躍する三つの影
短刀の刃が太陽光に反射し、西締とシーサーの目を潰す
「それがどうした」
太陽光に目を細めながらも、シーサーは次空間より刀剣を放撃し三つの影を一つに減らす
両端の仲間が刀剣に貫かれ空中で絶命しようとも中心の影が止まる事は無い
一撃を放って隙だらけとなったシーサーに刃を構え突貫する
「甘いよ、的な」
「両風断」
ズンッと重々しい音
それに伴い、血肉が宙を舞って一つの影は二つに増加する
衣服を脳や内蔵の破片で濡らしながらも西締の表情が変わる事はない
「…敵ならば容赦する由や無しだ」
「…次空転換、壱拾陸式」
シーサーの周囲に生成される十六の次空間
そこから伸びているのは八の刀剣と八の銃口
西締は鎌に付着した血液と臓物の破片を振り払い、シーサーと背を合わせる
蠢く影は陣営を変化させ、彼等を囲む形とする
人数すら目視できないほど高速で移動する影共
それを満足そうに惚悦とした目つきで西締とシーサーは見つめる
「…成長したな」
「…我々がロシアに飛んだときよりも、かなりだ」
「指導者が良かったんだろうねぇ的な」
「幾ら古巣でも潰すのは悲しいね的な」
「……あぁ、そうだな」
「…だが躊躇する理由とはならない」
放たれた刃と弾丸は半分が標的を討ち漏らす
しかし、もう半分は影の頭部や手足を切断、貫通し軍兵の死骸の仲間入りを果たさせる
「ーーーッ!!」
それを確認した影は彼等を取り囲んでいた陣形を解除し、再び軍兵の山へと身を潜ませる
先刻とは違って影は完全に姿を消した
動く物はない
ただ、静寂のみが西締とシーサーを包み込む
「……隠れた?」
「結局は狙い撃ちなのに、的な」
呆れ果てたように肩を落とす西締
しかし、彼女の表情は直後、一変する
「…伏せろ」
その一言に西締は即座に反応を見せる
一瞬で足を伸ばしきり腕を曲げ、腕立て伏せの状態に変位する
地面に顔面が衝突する寸前で腕関節によって衝撃を吸収したのだ
同じように伏せたシーサーの頭部ギリギリを弾丸が如き火球が通過する
髪先を焦がした彼はそれを握り消し、再び立ち上がる
「……能力、か」
「…しかし、威力が弱いな」
「人工能力だよ的な」
「威力はないけど……」
彼等の視界に映ったのは幾千の雷撃と火球と土塊
物理的な攻撃は圧倒的な量数を持って彼等に襲いかかる
「数がある、的な」
凄まじい轟音と共に風を切り裂く大鎌
振り切られたそれは間合いを遙かに超えた範囲を切り裂く
「長風之刃」
西締とシーサーを狙い撃つ幾千の攻撃は、西締のか細い腕からは想像も出来ないような速攻劇に切り裂かれていく
彼女を援護するかのように十六の次空間から刃と弾丸を放つシーサーは軍兵の死骸を破壊していく
そこから飛散する鉄片や臓器の数々は迷彩色の軍兵の服を赤色に染め、影の命を確実に絶つ
切り刻まれる攻撃と、切り裂かれる影
確実に敵の数は減りつつある
このまま続ければ確実に勝てるだろう
『それじゃぁ、つまらねぇ』
何処からとなく響いた機械音声
それに反応し、背後へと視線を向けた西締の肩をナイフが擦り斬る
「ッッ!?」
「…擦っただけか」
「少しは心配してよぉ!的なぁ!!」
冗談交じりに言葉を交わしながらも、二人は背後へと振り返る
そこに映ったのは奇怪神が命絶したはずの軍兵達だった
「……何で?的な」
「……解らない」
「…だが、マズい」
生気の無い顔の軍兵達は腕をだらんと力無く垂らしている
下半身だけが駆動しており、上半身は死骸そのもの
だが、それでも
二人を押し潰す障害物となるには充分過ぎる
「…西締」
「解ってる的な!!」
西締の能力による斬撃で上半身を失った軍兵の群れは次々に地面に沈んでいく
だが、その後ろから雪崩れ来る者達まで斬撃は届かない
気付けば全方位を囲まれた西締とシーサーは完全に孤立状態となる
「……どうする」
「逃げたいんだけど、的な」
「…逃げられるなら、な」
「流石にこれは認可出来んな」
「戦力を失う理由にはならない」
ビル内で苦々しく表情を歪めた橋唐は足早に歩み出す
彼に同調するようにラグドもその後を追う
「邪魔が入ったか」
雨雲を筆頭にビル内で待機していた者達も武器を構えて歩き出す
しかし、彼等の行く手を遮るように幾百もの軍兵達がビルの中へと雪崩れ込んでくる
「退け」
首をはね飛ばされた数体の軍兵が雨雲の足下に転がり落ちる
森草は楓の耳と目を塞いでソファの後ろに回り込んでいる
「おかしいですね」
「完全に頭部を撃ち抜いたはずですが」
関節技で軍兵達の首と四肢を折り砕きながら、奇怪神は坦々と述べる
その隣で小刀と銃を振るう夜斬は彼に視線を向けて顔溝を深める
「生きている様子はない」
「まるでゾンビだ」
「遠隔操作……、にしては妙ですね」
「こんな数を操るなんて人間には不可能なはずだ」
彼の言葉を否定するように、ビル内へ雪崩れ込んでくる軍兵はさらに数を増す
最早、西締とシーサーの姿は見えない
「これ、ヤバくない?」
「ヤバいネ」
「ピンチだな!!」
城ヶ根、ソウ、鎖基も軍兵の圧倒的な数に押され始める
倒しても倒しても立ち上がってくる軍兵は正に屍が如く不屈
彼等は段々とビルの奥へと押され始めていた
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