一刻の寧静
高層ビル前
「何かな、これ」
「あの……、何で目を塞ぐんですか?」
「さーねェー」
城ヶ根、楓、ソウは高層ビル前の軍兵達の死体上に立つ
工事現場に積み上げられた土嚢のように傾れ倒れた彼等の頭部には等しく黒い穴が生まれている
そこから流れ出る紅黒い血が軍兵達の下に海を作り、彼等自身の服に染みこんでいる
「ここが集合場所で間違いないカ?」
「そのはずだけどね」
「この山が邪魔で中々進めないなぁ」
「お山なんですか……?」
「うん、山だよ」
「凄く邪魔な……、ね」
深々しい笑みを浮かべた城ヶ根は山を蹴り飛ばし、道を作り出す
数十mに及ぶ山の中点まで来た頃にソウは何度か飛び上がって前を見る
「見えたネ、ビル」
「誰か居るヨ」
ソウの目に映ったのは数人の影
高層ビルのガラスから見えるそれは動くことなく影のみを光に映している
怪訝の眼差しでそれを眺める彼は城ヶ根に止まるよう指示し、自らは軍兵の山を飛び越えていく
高層ビル前まで歩いて行った彼は扉に手をかけて足を踏み入れる
視界に入ってきたのは弾丸の嵐
彼の緩んだ頬を弾丸が撃ち抜き、水滴が飛散する
ソウの頭部が消失した頃に弾丸の嵐は止む
再生し始めたソウの頭部は不機嫌そうな、しかし笑った表情を保っている
「俺じゃなかったら死んでたヨ?」
「心配せずとも小娘には当たらない位置だ」
「その上、城ヶ根ならこれを察するし他の連中ならくらう事はない」
ソファに腰掛けた夜斬の声にソウは視線を向ける
数秒の間、彼を見つめて再び視線を前へと戻す
「万が一ハ?」
「その万が一に当てはまるならば死んでくれて結構」
「不要だ」
「なるほどネ」
「でも、森草ちゃんなら当たるんじゃなイ?」
「雨雲が女を先に行かせると思うか?」
「……妙な所に信用関係があるんだネ」
「強者の力と思想は信じている」
会話が途切れると共に、ソウは城ヶ根に合図を送る
楓の目を塞いだまま彼は軍兵の山を乗り越えて高層ビルの中へと入ってくる
「楓ちゅぅうううううわぁあああああああああんっっっっ!!!」
城ヶ根にロケット砲弾よろしく突貫した西締により、彼は軍兵の山まで吹っ飛ばされる
楓を人形のように抱きしめた西締はそのまま夜斬を蹴り飛ばしてソファに彼女と共にダイブする
「にゅふふふふふふふふふふふふふ!!」
「あ!西締お姉ちゃんだ-!!」
「ぐふふふふふふ!久しぶりぃ!的なぁ!!」
「猫さん!」
「にゃんにゃん!」
「私とにゃんにゃん!?的な!!」
「にゃんにゃん♪」
小首を傾げ手を丸めた楓に西締の笑みはさらに禍々しく歪む
気色の悪い笑い声がビル内に響き渡っていく
「貴様……!西締!!」
「男はシャゥラップ!!」
「女はスピーキングゥ!!」
「……シーサー」
ガッ、ゴッ、キンッ
シーサーが西締の首を捻り、彼女から意識を奪い去るまで一秒足らず
正しく職人技である
「…相方が迷惑を掛けたな」
「…いつもの事だが」
「全くだ」
「俺の相方が山から出て来んぞ」
「ワイが掘り出して来るわ」
「鎖基、カモン」
「うむ!了解した!!!」
頭を掻きながら軍兵の山に向かう響と全力ダッシュで軍兵の山に突っ込む鎖基
二人を横目に深くため息をつきながら、ソウは視線を元に戻す
「装置は解除しておいてくレ」
「アレは軍兵用だろウ?」
「誰も掛かっていないがな」
ため息混じりに肩を落とし、ソルナは腕を組んだままソファに腰を預け目を伏せる
彼の腰元で輝るマスケット銃の銃身は彼が呟く度にビルに差し込む太陽光を反射している
「軍兵はそこで寝ている男が殆ど殺った」
「秋葉原にはまだ居るだろうが……、ここに来るまでは知った事ではない」
「だろうネ」
「今、集合場所に来てるのハ?」
「俺、夜斬、西締、奇怪神、シーサー、響、鎖基、城ヶ根、楓」
「そしてソウ、貴様だ」
「到着してないのハ?」
「雨雲、森草、橋唐、ラグド、アロン、祭峰、クォン、霊魅、BOX、織鶴」
「そして雅堂、鉄珠、元No,1、核、蒼空だ」
「半々ってトコだネ」
「俺達が早かったのかナ?」
「だろうな」
「貴様は遭遇したか?あの化け物共に」
「化け物……?」
「あぁ、あの変な鳥みたいなのカ」
思い返すように天井を見上げたソウは顎の手を当てて頷く
そうだ、と同調の言葉を口にしたソルナは気絶した西締と慌てふためく楓の居るソファから腰を離す
彼等の真面目な話し合いを余所に軍兵の山から鎖基と響によってそれでもカブは抜けません状態の城ヶ根は夜斬も加わった事により勢いよく飛び出して空中を舞い、そのままビル内へとシュートされる
「貴様も気付いているだろうが、軍兵は捨て駒同然」
「その証拠は……、そこに転がった者共を見れば言うまでもないか」
「気に入らないネ」
「例え無力でも無能でも仲間ダ」
「ゼロが聞いたら単独ででも神無をブン殴りに行くと思うヨ」
「だろうな」
「元No,3は信念に生きる男だと聞いている」
ビル内へ飛び込んできた城ヶ根をシーサーが足で踏み止め、そのままサッカーボールのように外へ蹴り飛ばす
地面に平行状態で飛行した城ヶ根は再び軍兵の山へと足まで突っ込む
その一瞬の出来事で振り出しに戻った事により、響は思わず叫びを上げる
「ま、それはそうト」
「祭峰達がまだ来ない以上、どうするべきだと思ウ?」
「行動は起こせないしネ」
「待機、これに限るだろう」
「秋葉原周囲の軍兵を殲滅するのも手だが……、傷を増やしかねない」
「恐れるべきは襲撃だ」
「爆弾など投げ込まれては一溜まりもない」
「……が、貴様が来てくれて助かった」
「爆発物処理ならばお手の物だろう?」
「爆発する前ならネ」
「お前達だったら軍兵が近付いてきた時点で気づけるだろウ?」
「俺はどちらかと言えば用心深い方でな」
「予防策は有れば有るほど良い」
「戦場じゃ生き残るタイプだネ」
「それは有り難い事だ」
軍兵を放り投げて放り投げて放り投げて
漸く足だけが見えた城ヶ根を鎖基は思いっ切り引っ張り上げる
シャンパンのコルクのように軽快な音を立てて城ヶ根は山から飛び出ていく
思いっきり振り上げた鎖基の手には城ヶ根の姿はない
「しかし、貴様の能力は便利だな」
「属性系統の水属性か」
「言うほど便利じゃないヨ」
「日本の機械の方がよっぽど便利だネ」
「そう謙遜するな」
「噂で聞いただけでも水を自由自在に操るそうではないか」
「属性系統は応用が利く能力が多いからネ」
「念力系統みたいに扱いの難しい能力や、身体強化系統みたいに単力馬鹿じゃなイ」
「最も解りやすく扱いやすい能力ヨ」
「ゲームで言う初心者向けキャラみたいナ?」
「それも極めれば相当な脅威となる」
「日本の将棋という……、チェスの類いのボードゲームでは[歩]と言う駒がある」
「その駒は相手陣営まで行けば[と金]と言う万能に近い駒になる」
「幾ら在り来たりで軽視されがちな物でも、決して侮ってはいけないという良い例だ」
「良いこと言うネ」
再びビル内にシュートされた城ヶ根を今度はシーサーが不止めで一切の躊躇無く蹴り飛ばす
綺麗に弧を描いて飛んでいった城ヶ根は軍兵の山に頭から突っ込み、標識のように真っ直ぐ突き刺さる
「だけどまぁ、発動条件も発動条件だしサ」
「簡単には発動できないんだよネ」
「発動条件、か」
「俺や響は特殊な能力でな、発動条件が存在しない」
「……その分、俺には応用力と速さが、響には威力と発動制限数が存在する」
「メリットとデメリットが都合良く存在してしまっている」
「貴様としては発動条件に見合った能力なのか?」
「そうとも言えるネ」
「水が有る場所なら何処でも能力を使えるシ」
「となれば、やはり水に関連するのか」
「水と血を2対1の割合で混成させル」
「そしてそれを摂取するのが能力ダ」
「摂取した分だけ能力が使えル」
「……貧血になりそうだな」
「中華料理は効率よく鉄分を摂取できるヨ」
「食うカ?」
「……後でな」
「しかし、俺も何人かの能力者を知っているが……、血液や身体に関わる発動条件が多いのだな」
「そういう物なのか?」
「始祖である少年の能力を受け継いだ蒼空の発動条件は元々、出血だったらしいネ」
「今では無型があるから無条件発動らしいけド」
「血、か」
「そう言えば、憑神を憑神たらしめている物も無型と五紋章の結晶核らしいな」
「確かに記憶こそが能力を形成していると聞いた事があるネ」
「現にラグド・ファイスは二重人格故に[圧縮]と[解放]という二つの能力を持っていル」
「……人間の体こそが能力の根源とでも言うのか?」
「良い考察ですね」
「起きたのか、奇怪神」
「えぇ、充分に休息を取りましたから」
背筋をうんと伸ばし、奇怪神はソウとソルナの元へと歩いてくる
欠伸混じりに体中の関節を伸ばして彼は深く息をつく
「確かに能力は体の根源としての物がある」
「研究に置いて念力系は現象、身体強化系は生物、属性系は自然と私は仮説を立てました」
「それこそが世界を存在せしめている三大要素」
「血とは生物の根源……、神話にすらも多々登場する要素です」
「ならば、生物の根源と頂点に存在する命とは?」
「それを司るのが[憑神]でしょう」
「記憶は全ての生物が命と対照的な存在として持つ」
「そうならば記憶が能力を形成しているとも説明が付きます」
「能力は本来的に人間が持つ物だ、と?」
「それは、まだハッキリとは言えませんね」
「それ以前にも能力者としての始祖である少年の名前が確定してる理由を考えたい」
「どうして日本人なのか、名前が確定し名字を有し軍の経歴に残っていると言う事は少なくとも数百年前には実在していた」
「では、それまで能力者は存在していなかったのか?」
「憑神の起源は?元祖は?」
「調べれば調べるほど、解らない事ばかり」
「しかし……、ただ一つ」
「憑神は決して復活させてはいけない物だ」
「世界の根幹を揺るがし、法則を乱す」
「正しくイレギュラー……、有害因子なのですよ」
「憑神は、ね」
奇怪神の言葉は語尾に行くにつれて深く、暗く、重みを増していく
それこそが彼が戦う理由の一つであり、祭峰やバムト、雅堂が戦う理由の一つでもある
個人の怨恨や因果、果てには逆襲のためや正義理論のため
様々な理由を持って集う彼等は今、この瞬間から[世界]という強大な存在を背負って戦う戦士と化したのだ
「いきなりスケールが大きくなったネ」
「そもそも、軍という世界規模どころか世界存在とも言える組織を敵に回しているんだ」
「おかしい話ではない」
「……そうだろうねェ」
聞き取れないほど小さく、ソウはその言葉を漏らす
神妙な顔付きで静寂に沈んでいくソウ達
彼等は改めて敵の強大さと自分達の立っている境地を確認したのだ
「……黙っていても仕方無い」
「これからは相手取る敵を゛っ」
ゴキンッと爽快なまでの鈍々しい音と共に、腕を組んだままのソルナに城ヶ根が激突する
やってしまった、と言わんばかりに呆然としている響と鎖基、そして夜斬は静かに視線を逸らし始める
「…………貴ィイイイイイイイイイイ様ァアアアアアアアアアアアア等ァアアアアア!!!!」
銃を抜いて憤怒の叫びを上げるソルナ
彼の怒号と共に響達は雨に打たれた猫のように飛び跳ねて逃げていく
「真面目な話、だったよネ?」
「だったんですがねぇ……」
読んでいただきありがとうございました