創世計画総責任者の男
秋葉原
建造物通り
「時雨」
幾百の斬突撃が軍兵達の腹部を貫いていく
声をあげる事も出来ず、武器を使用することも出来ずに彼等は地面に傾れ込んでいく
その軍兵達の山を飛び越えて森草は銃弾を装填する
雨雲に向かい行く軍兵達は軍兵の山と森草を障害物のように飛び越える
軍兵達は森草に気付かず雨雲にだけ集中している
否、気付かないのではない
気付けないのだ
彼女の能力によって無能力者である軍兵達は森草の存在を認識することが出来ないのだ
その能力を持ちながら、彼等が軍兵と戦闘しているのには理由がある
集合場所であるビルのある秋葉原には、もう人影は殆ど無い
軍兵を覗いて、だが
軍兵達が根を張った秋葉原で会合を行うのは危険すぎる
しかし、祭峰とソウが指定した場所であるにはそれ相応の理由がある
だからこそ彼等は出来るだけの軍兵を処理する事に決定したのだ
雨雲を主戦力とし、森草がサポートを行う戦法で既に彼等は五十を超える軍兵を倒してきた
「雨雲さん!」
森草の言葉に反応し、雨雲は刀を支えに空中へ飛び上がる
上を見上げた軍兵達の背中を銃弾が貫通し、血塗られた鉛弾が建造物のガラスに着弾して亀裂を生む
「ナイスフォローだ」
「助かる」
「あ、ありがとうございます……」
雨雲は周囲を見渡して軍兵の気配が無い事を確認し、刀を鞘に収める
キンッ、と鞘と鍔が打ち付けられる音が静かな通りに響き渡る
それを耳にしたのは雨雲と森草だけだった
「軍兵の襲撃自体は大した問題はない」
「……だが、捨て駒同様に扱われているのは気にくわないな」
「やっぱり、あの怪物が……」
「……不要になったのだろう、軍兵は」
「あの怪物共は確かに軍兵よりも有性能だ」
「しかし、彼等を捨て駒の様に扱う理由にはならない」
「そうですよね……」
「軍兵の人達だって……、利用されてるのにどうして……」
「……知らないのだろう」
「自分たちが捨て駒として扱われている、と」
「え……?」
「彼等の目は殺戮を楽しむ者の目でも、恐怖に動かされた者の目でも、欲望にまみれた者の目でもなかった」
「ただ純粋に誰かを守りたい、と」
「己の犠牲にしても何かを守りたいと願う者の目だった」
「騙されて、って……」
「俺達は裏切り者」
「敵は世界」
「罪など幾らでも被せられるだろう」
「……覚悟はしてましたけど」
「無実の罪で責められるのは……、苦しいですね」
「子供同士の喧嘩とはわけが違う」
「これは前代未聞の闘争だ」
「形容の仕様が無い争いだ」
「……私達はこの戦いが終わった後、平和に戻れますか?」
森草の問いに雨雲が答える事はない
彼の視線は彼女ではなく、何処と無い空間に向けられていた
それは回答の放棄か、それとも答えが無いという答えなのか
それを理解するには些か森草の心には苦痛すぎた
「集合場所に……、行きましょう」
「きっと私達は最後の方ですよ」
「……あぁ、そうだな」
「急ごう」
高層ビル
「……何でお前がここに居るねん、奇怪神」
「お久しぶりです、響さん」
「残骸処理の会議以来ですね」
唖然とした響の目に映るのは、屈託の無い笑顔で礼をする奇怪神
奇怪神の背後には荒廃したビル内で異様な存在感を放っているソファに腰掛けた夜斬と西締が映る
彼等の隣にはソファにもたれ掛かったソルナまでもが響に視線を向けている
「祭峰さんに呼ばれたんです」
「もう一週間は待ちましたよ」
「食料には苦労しませんでしたが、如何せん寝床が……」
「……そんな事はどうでも良い」
「…説明しろ、西締」
「…どうしてこの腑抜けが居る?」
「腑抜けとは……、酷いですね」
「そうだよ?シーサー!的な」
「この人は私の愛すべきロリータコンプレックス仲間……」
「略してロリ仲的な!!」
「やめてください、いや本当に」
「……狼亞、と言ったか」
「…貴様の娘だ」
「……えぇ、そうです」
「…それが軍に誘拐されて、何もせずに怯え」
「…創世計画も、その後の事からも目を背けた者を」
「…腑抜けと言わず何と言う?」
「否定……、出来ませんね」
「出来るはずが無い」
「確かにシーサーさん、貴方の言う通りだ」
「私は腑抜けですよ」
「嫌なこと全てから目を背けて逃げ続けてきた」
「出来るはずもないのに」
虚々しく吐き捨てられた言葉はシーサーから反論を奪い去る
何も言えずに口を閉ざした彼に向かって奇怪神は申し訳なさそうに微笑む
「申し訳ありません」
「私も暗い空気は好きじゃない」
そう言って、彼は扉の方へと歩いて行く
その足取りはただ歩いて行くというよりも警戒心を持った足取りだった
「……敵襲か」
シーサーは振り返り、扉より外に視線を向ける
そこには数千を超えるかという軍兵達が迷彩色に身を包んで武器を所持し立って居た
シーサーに同調するようにビル内にいる者達はそれぞれに武器を構え始める
「皆さん、ここに来るまでお疲れでしょう」
「私が何とかします」
彼等に背を向けたまま、奇怪神は小さく
しかし確かにその言葉を零す
驚愕と言うよりも怪訝さに染まった表情でシーサーは静かに問いかける
「……貴様の能力は念能力系統の精神系だろう」
「…決して戦闘に向いている能力ではない」
「…自死を望むか?」
「まさか、そんな事はありませんよ」
「幾ら腑抜けでも命を捨てる覚悟がある腑抜けじゃない」
「私は死を恐れ、怯え続ける腑抜けです」
扉を片手で押し退けて奇怪神は軍兵達の前へと進み出る
太陽光の中へ沈んでいく彼を、薄暗いビル内より見ていたシーサーは眩しさに目を細める
片目を失った彼の目に映ったのは怯える腑抜けの姿などではなく
静寂の怒りを身に纏った修羅の姿だった
ビル前
「奇怪神 怪異」
「元創世計画総責任者、能力技術開発局元総局長」
「念能力系統、精神系最強の能力者」
「能力の全てを知り尽くした男」
「そうだな?」
軍兵の中から一歩進み出た男
両腕を背で組んで、直立した姿勢で奇怪神に語りかける
「過大評価ですよ」
「過去から逃げた人間で結構です」
「我々は敵を見誤る事はない」
「貴様の実力は戦闘力こそない物の、決して油断できない相手だ」
「……油断できない相手、ですか」
毒気を抜かれたように、奇怪神の表情はすこしだけ優しく和らぐ
軍兵の先頭に立つ司令官らしき男は彼の表情を確認して手を上げ、軍兵達に銃口を向けさせる
「我々は神無総督より直々に使わされた部隊だ」
「貴様等が相手取ってきた捨て駒とは訳が違うぞ」
「勝てるなどと自惚れては居ない」
「だが、せめて首一つは持ち帰らせて貰おう」
「……先程、貴方は言いましたね」
「油断できない相手だ、と」
「そうだ」
「貴様が如何に戦闘を心得る人間でなかろうと……」
「ただ、能力だけで」
「ただ、頭脳だけで」
「ただ、研究だけで」
「私が創世計画を任せられると思いますか?」
「思わないな」
「撃て」
躊躇無くその命令は発せられる
司令官の言葉は最後まで響く事はない
自分の命令によって放たれた銃弾の音に掻き消されていく
「そうですね」
「私は長年の間、創世計画の上でも能力を研究してきた」
「無論、自分の能力も」
「要するに、精神を操るのは難しい事ではないのですよ」
「それが例え……、数千人でも」
司令官の視界には黒い斑点が生まれ、そして増える
激痛を感じること無く己の身から血が噴き出すことすら確認できず
幾千を鉛弾を体内に宿して彼が地面に伏すまで銃声が鳴り止むことは無かった
「自死せよ」
奇怪神の命令に有無を言わずに軍兵達は従う
無表情に、人形のように己の側頭部に銃口を当てて引き金を引く
何度かの銃声の後、そこに広がっていたのは数千の死体だった
「信じれん……!!」
驚愕に目を見開いた響は息を呑む
精神系能力者は戦闘に向かない、などと言う問題では無い
戦場に出てくることさえ希なのだ
出てくるにしても兵士の精神ケアや極一部の能力者だけ
奇怪神は心読という心を読む単純にして下級の能力
それで神無直々の精鋭部隊を一瞬で皆殺しにしたのだ
大凡、信じられる光景では無かった
「お前の能力は心を読むことやろ……!?」
「何でこんな事が……!!」
「私は能力の研究を続ける内に、ある事に気付きました」
背を向けたまま、神無は響の問いに答え始める
その後ろ姿はまるで聖職者のように清んだ佇まいだった
目の前に広がる死体を気にする様子もなく、その聖職者の佇まいを保ち奇怪神は言葉を紡ぎ出す
「心は脆い、と」
「能力で少し弄れば簡単に壊れてしまう程に」
「しかし、他の精神系能力者が相手を簡単に壊すことが出来ないのは何故か?」
「理由は至極簡単ですよ」
「己の心すらも壊しかねないから」
「……その理論で言うなれば」
「…貴様の心は、既に」
「お見事!」
「察しが良いですね、シーサーさん」
「……見れば解る」
「…俺達とて人の命を狩る者」
「…しかし貴様ほどの異常性は持ち合わせていない」
「…道理で、だ」
「…道理で貴様が創世計画の総責任者に抜擢されたわけだ」
「…能力でも頭脳でも研究でもない」
「…その異常性こそが貴様の真相」
「…貴様の恐ろしさの正体」
「……えぇ、そうです」
「私は似ているのですよ」
「だからこそ、よく解るのです」
「解ってしまうのです」
「神無君のやろうとしている事が」
「……奇怪神、貴様は」
「私は異常者ですよ」
「単なる腑抜けの異常者」
「狂い狂った……、狂人です」
そう言い残し、奇怪神は空を見上げる
太陽を映した彼の瞳は暗黒の深淵が如き色を放っていた
読んでいただきありがとうございました