劣勢の離島
海上
「強いて言うなれば」
「異常性に秀で過ぎている、とでも言っておこうか」
「貴様にだけは言われたくないな」
海上に立つ闇の化身は腕を握りつぶすかのように圧迫する
彼の掌から溢れ出る血はどす黒く、まるで闇のような色
それに反するように彼の眼光の色は鋭く紅く染まっていく
「己の腕を無理やり繋げたか」
「確かに俺は貴様の命を絶つ事しか出来ない」
「だが、傷の治癒力程度は抑えられるんだがな」
「だからこそ、癒着させた」
バムトの傷口を闇が覆い尽くし止血する
二度、三度と掌を開閉して拳を握りしめる
「驚いたな」
「この力は防衛本能そのものと言っても過言ではない」
「神無から聞いていないのか?」
「いや、何も」
「記憶が無いのだから当然だろう」
「貴様は死んだはずだが」
「憑神の能力で息を吹き返したか?」
「だろうな」
「だからこそ、血を受け継ぎ力を受け継いだ」
「……記憶はない上に不良品か」
「なるほど、道理で神無が時間を欲するはずだ」
「完全な憑神を創るつもりか」
「どうだろうな」
「俺には解らない」
「軍最強能力者集団のNo,2がそれで良いのか」
呆れた様に目尻を落とし、バムトは深くため息をつく
黒衣より照らされる口元を歪めて紅眼は鼻で笑う
「所詮は戦闘の道具」
「前総督は人間という存在を重視したそうだが、今の総督は違う」
「人間という存在と共に兵器としての機能を重視する」
「それでこそ組織の上に立つべき人間だろう?」
「……その理論を保証できる人間は居ない」
「人という存在を重視しない人間が上に立つ組織は滅び行く物だ」
「だが、そういう組織こそ歴史に名を残す」
「違うか?」
「確かにそうだな」
「しかし、最終的には滅びる物だ」
「滅びの原因は愚行か暗殺か」
「あの男が愚行を起こすとも考えにくい」
「暗殺は直属部隊の連中が防ぐだろう」
「……正しく組織の上に立つべき人間だ、と?」
「そう言う事になるのだろうかな」
「俺には記憶がないから、そういう経験を聞いた事も少ない」
「知識は戦闘と一般常識だ」
「残りは断片的な物と、前の俺が持っていた遺品と[約束]だけ」
「……約束?」
「そう、約束だ」
「この単語だけが頭の中に残る」
「深く深く、爪痕を残すように残り続けている」
「……前の、元々の貴様に関係のある事だったのだろうやも知れんな」
「今となっては解らない事だ」
「しかし……、神無総督は俺の記憶を消し去ろうとしなかった」
「邪魔物以外の何物でもないのに」
「それは人間味、という奴ではないのか?」
「確かにそうだろうな」
「だが、部外者から言わせて貰えれば前総督の方が人間味に溢れていたよ」
「……貴様と前総督との関係は聞いている」
「約束、だったな」
「昼食一食で己の自由を捨てたと言う、笑い話だ」
「笑い話……、か」
「そんな風に広がっているとはな」
「だが、噂や話には背びれ尾びれが付くものだ」
「ほう、背びれ尾びれか」
「……いや、約束については俺も笑えないか」
「自信の約束すらも覚えていないのに」
「いつかは思い出す事かも知れんだろう」
「そうなりたいがな」
「しかし、貴様は昼食一つで自由を捨てたのか?」
「俄に信じがたい事だ」
「言っただろう?背びれ尾びれが付く、と」
「昼食一食ではない」
「昼食一食と新聞と腕時計だ」
「……いや、これでは背びれ尾びれが取れたのか?」
首を傾げる彼を見て紅眼は小さく笑みを漏らす
二人の笑みは段々と大きくなり始め、やがて笑い声と化す
軽快な笑い声が水面を伝って海の果てまで広がっていく
無機質な青の世界には二人の笑い声が広がっていた
「いやぁ、愉快な人間だ」
「面白い」
「貴様にも笑いという感情があって良かった」
「今のは自分でも中々の洒落だと自負しているのでな」
「それは大層な事だ」
「世辞は良いさ」
「我々の目的は、笑い話じゃぁない」
「そうだな」
海水面を切り裂く拳と拳の激突による衝撃波
双方は白き牙を剥き出しにして狂気と狂気を衝突させる
「殺し合いだ」
「そうだろう?」
「あぁ、全くだな」
再び拳を交えた闇の化身と紅き眼の持ち主は狂撃を繰り返し放つ
青い世界から笑い声は消え失せ、その代わりに衝突音だけが響いていた
離島
「……冗談だろう?」
クォンの頬を汗が伝い、足下へと落ちていく
砂浜に染みこんだ汗粒は砂の色を変えて波に呑まれていく
緑色の、波に
「何体だ」
「何百体だ?」
「何千体だ!?」
彼の、いいや離島周囲を埋め尽くした堕天使の死骸
それは祭峰の打ち落とした物も含めて千を超えている
体液が海水の割合を超えて色は最早、緑色となっていた
「堕天使だと?これが!!」
「蛆虫よりもタチが悪い!!」
彼の叫びを嘲笑うかのように天より堕天使の群れが牙を剥く
狂気の叫びをクォンの拳が切り裂き、緑の雨が彼に降り注ぐ
緑の雨を拭い取り、彼は唾液を海に吐き捨てる
いや、正確には堕天使の死体の上に
「祭峰!祭峰!!」
「聞こえるか!?祭峰よ!!」
離島上空で戦闘する祭峰にクォンの声は届かない
祭峰にも疲労感が見え始めており、彼の放つ電撃の数は確実に減少している
「……駄目、か」
「キィイイイイイイイアアアアアアアアアアアッッッ!!」
クォンの頭上から炎を纏いし堕天使が弾丸が如き早さで降下してくる
彼は動じる事なく拳を上へと突き上げて堕天使の裂けるほど広がった口腔へと腕を貫通させる
「鬱陶しいッッッッ!!!」
臓物を直接的に掌握された堕天使は大きく弧を描いて地面へと叩き付けられる
体液をブチ撒けて臓物を破裂させ、それは砂へと埋まっていく
「っっっかァ!!」
無理やり引き抜かれたクォンの腕には臓物が付着している
内臓を抉り出された堕天使は全身をビクッと震わせて絶命し、炎も消え去っていく
「ちぃっ……!何体湧いて出りゃ……」
彼の言葉を切断させる激痛
「がっっ……!?」
死体の山より這い出た堕天使
片腕と顔半分を損失しながらも、その牙でクォンの肩へと噛み付いたのだ
「二ッ……!天……!!」
「雨威羅ッッッ!!」
堕天使の身体は吹き飛び、首元より下は消滅する
肩に刺さった牙を引き抜いてクォンはそれを地面に投げ捨てる
「ちっ…!油断したか……」
歯を食いしばり、彼は視線を空へと向ける
雷撃を放って無数の堕天使を相手にする祭峰の姿を確認し、視線を再び前方へと戻す
「押され始めたな……」
「無限に湧き続ける化け物共相手じゃ無理もねぇか……」
離島周囲の海域を埋め尽くす堕天使の残骸
青い海は緑と白に埋め尽くされ、その色を失っていた
空も最早、青と言うよりは堕天使の白で埋め尽くされている
時折、祭峰の放つ黄が空を一閃として駆け抜けるが白を塗り潰すには余りにも頼りない色
彼の黒翼は白に埋め尽くされていく
「祭峰も苦戦……、となると」
「いよいよマズくなってきたな……!」
クォンの冷や汗が背筋を伝って衣服に染みこむ
彼は片足を砂に掻き分けて前へと突き出し、腰を低く落とす
「……だが、諦めるなど以ての外」
「あンの馬鹿弟子を殴り飛ばすまでは死ねないな……!!」
彼の行いを愚行と笑い蔑むように堕天使達は狂い叫ぶ
奴等の叫びですらも、今のクォンにとっては障害物でしか無かった
軍本部
1F受付
「あ!!」
一斑の大声を聞き、不快そうに眉をしかめる昕霧
彼女の元に一斑は全力疾走で走ってくる
「何処行っとったんですかぁ!?」
「うるせーよ……、黙れ」
彼女は一斑を無視して通路を歩いて行く
慌てふためいたように一斑は彼女の後を追い、その隣に着く
「勝手な行動せんといてくださいや!」
「俺が連帯責任で怒られるんやで!?」
「怒られたら良いだろ」
「私が知った事じゃねーよ」
「ほな、織鶴さんを殺さんかったんで怒られろ言われるんですか?」
その一言に彼女は歩みを止める
複雑そうに表情を歪め、一斑は悩ましげに息を吐く
「彩愛さんに無理言うて衛星映像を見せて貰うたんや」
「一応、まだ神無さんには知らせとらん」
「……」
「……なぁ、昕霧さん」
「アンタのNo,4に対する執着は以上や」
「いや……、織鶴さんに対する執着は以上なんや」
「何でや?何でそこまでしてあの人に執着するんや?」
「アンタに何があったんや?」
「……っせーよ」
一斑の問いを無視して昕霧は足早にエレベーターへと向かっていく
彼女の後を追い、一斑も歩くがエレベーター前で昕霧に視線で御される
扉は締閉され電子表示の数字が数を上げていく
その場に取り残された一斑は頭を掻き毟り、階段へと足を踏み出していった
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