裏切り者の助力
瀬戸内海水上
「……んー?」
ソウは目の前に落ちてきた肉塊を見て、首を傾げる
緑色の体液が海水へと溶けて広がっていく
沈み出す肉塊をそのまま見送って、彼はさらに首を傾げる
「これ、何かナ?」
「ろくでもない物、って事は確かじゃない?」
宙に浮く水球に乗った城ヶ根は何処から拾ってきたのか解らない木の棒で体液と海水をかき混ぜる
緑色と青色が完全に解け合って、水は奇妙な色となる
「あ、あの」
「これって……?」
不思議そうに問う楓にソウの視線が向く
彼女と城ヶ根を水球で持ち上げる彼は身体の半分が水に溶けており、それで海を移動しているのだ
海水と溶け合った体液を避けて、彼は再び動き出す
「ま、何だろうが知らないけどネー」
「何が有っても他の組がどうにかするでショ」
「楽観的ですね……」
「人生楽しく楽して楽しむ物だヨ」
「持論だけどネ」
「良い持論だね」
城ヶ根の拍手が虚しく海の果てへと溶けていく
彼の行為を見て、しなければならないと思ったのか楓の小さな掌からも拍手が生まれ出す
「ま、何にしても集合場所に急ごっか」
「暇してる暇はないし」
「そうだネ」
水面を掻き分けてソウ達は進む
空に広がる白き海など気にせずに
大阪湾
「何だ……、あれ」
応援に駆けつけた軍兵達の目は驚愕に見開かれる
それも当然だろう
自分達の仲間が得体の知れない化け物に喰われているのだから
「う、撃て!!」
司令官の命令は軍兵達には届かない
目の前の残酷で非現実的な光景に手足が震え、動く事が出来ないのだ
中には武器を落とす者も後退る者も居る
「に、逃げるな!!」
「仲間を見捨てるなぁああ!!!」
司令官の張り上げた声
叫びにも近いそれは軍兵全員に響き渡る
「あの方も言っていた!!」
「No,2が言っていた!!」
「ここで逃げるのが貴様等の生き様か!?」
「否!!断じて否だ!!!」
「奮い立て!我が仲間よ!!」
「貴様等の生き様を見せてみろ!!!」
軍兵は落ちた銃を取り、手足を前へと進め
化け物を相手に立ち上がる
「撃てえええええええええええッッッッ!!」
発砲された弾丸は堕天使の頭部を貫き身体を貫き側部を貫く
叫び声を上げて絶命し逝く化け物に対し、軍兵達は歓声を上げる
「キイィィィィィ……」
堕天使は喰らっていた餌から口を離す
彼等の顔が向いたのは軍兵達だった
「ひっ……」
軍兵の一人が漏らした悲鳴
それに反応するかのように、堕天使は真っ赤に染めた口を裂けるほど広げる
「撃……!!」
堕天使は周囲に属性を発動する
炎の牙、雷の刃、水の球体、岩の鎧、風の翼
能力を持たぬ軍兵を殺すには充分すぎる狂気と凶器を纏い、それらは絶叫する
「し、司令官!!」
「……て、撤退だ」
「撤退しろ!走れ!!!」
彼の言葉が言い終わるよりも早く軍兵達は逃走を始める
悲鳴と絶叫が混じり合って混沌と化した空間に飛び散る血液と肉塊
隣の者が首を千切られようと、足を掴まれ引き摺られようと、絶叫の悲鳴が聞こえようと
彼等は振り返ることなく
いいや、振り返る事も出来ずに駆走る
「情けないけど、当然の結果的なぁ」
「頑張りは評価するけどね的な」
突如現れた女は巨大な鎌を振りかざし、堕天使2体を切り裂く
下半身を失った堕天使は翼で暫く滞空するが、緑の体液を撒き散らして力無く地面に落下する
「き、貴様は……!!」
「ま、元々は軍所属だしぃ?」
「元仲間を見捨てるほど残酷でもない的な?」
「鎌斬、西締!!」
「みんな大好き西締だよー!的な!!」
「さ、司令官さん!どうする?」
にっこりと優しい笑みを浮かべる西締
しかし、彼女の目は氷点下の如く冷え切っている
「このまま無様に部下を失いながらも私を捕縛する?」
「それとも、ここは共闘する?的な」
「ッッ……!!」
目の前に立つのは元暗殺特務部隊隊長にして元執行人の裏切り者
今、捕縛するかだと?
出来るはずが無い
目の前の怪物と、さらにこの化け物を敵に回すだと?
選択肢など、ただ一つ
「……共闘を、頼みたい」
「了解的な♪」
西締の合図と共に飛び交う小刃と石柱
小刀は的確に堕天使の四肢を切り取り地へと落とす
石柱に囲まれた堕天使の頭部にはそれぞれ命を絶つ弾丸が撃ち込まれていく
「[情報屋]夜斬 無月、[守護神]ソルナ・キューブ……!!」
驚愕する司令官の前に立ち、二人は彼を守護するように武器を構える
西締を戦闘にした夜斬とソルナは蠢く怪物を前に眉を顰める
「何だ、この化け物は」
「人工の生物兵器だろう」
「少なくとも人間ではない」
「じゃ、遠慮は?」
「不要だ」
「「了解」的な」
西締は堕天使の群れに突貫し、活路を開く
彼女の一撃は堕天使の頭体を的確に刈り取り、命を絶つ
「流石だ」
彼女の開いた活路に続いた夜斬は小刀を数体の堕天使へ投擲する
身体に斬刺撃を受けながらも堕天使は属性を纏って夜斬の襲いかかる
「風刃車」
小刀の柄に取り付けられた糸が太陽に反射し、光を放つ
それと同時に回転された彼の腕に巻かれた刃は風車が如く回転して堕天使の肉を斬り裂く
刃は回転を止めること無く風切り音と共に高速回転の斬撃と化す
「西締」
「あいさー!」
夜斬の合図と共に西締は後方に飛躍する
それとほぼ同時に空に打ち上げられたナイフの束
中心に何かを挟み込んだそれはワイヤーによって固定されている
「炸裂刃鳴火」
ナイフの束の柄に夜斬の斬撃が撃ち込まれる
中心に挟み込まれている物に直撃した刃は閃光が如き光を放つ
「なんーーーーーーッッッ!!」
司令官は咄嗟に頭を庇って地面に伏せる
彼の前に立つソルナは腕で目を隠し、光を遮っている
「終いだ」
彼等の警戒を解かしたのは夜斬の声だった
彼の声を合図に恐る恐る目を開ける司令官達
映ったのは全身に刃物を突き立てられた堕天使共だった
「……これ、は?」
「ナイフの束の中心に爆薬を仕込み、起爆させる」
「落下によっては位置的に確実に仕留められる」
「時々、暗殺に使うよね的な」
「……暗殺の元長には不要な話だったか」
何処か嬉しそうに夜斬は呟き、堕天使の死骸を持ち上げる
完全に事切れたそれからは緑色の体液が大量に漏れだし、地面に輪を作り出す
「気色の悪い事だ」
「この体液は人工の血液、だな」
「俺も科学者でないから詳しい事は解らないが」
「そうだな」
「もう長居する必要もない」
「気は済んだか?西締」
「ん、私の我が儘に付き合ってくれてアリガト的な」
「じゃぁね、司令官さん」
手を翻したように、西締は司令官に背を向ける
呆然と冷や汗を流す司令官と軍兵達は何も言えずに彼等の後ろ姿を見送る
「……ま、待ってくれ!!」
しかし、彼等を呼び止める声があった
絞り出した様に枯れ果てた、その声は司令官から発せられていた
「西締……、いや暗殺特務部隊隊長!」
「どうして軍を裏切った!?貴女に何があった!!」
痛烈なまでの叫びに西締が答える事はない
彼の声に構う事なく夜斬とソルナと共に、その場を去って行った
「良かったのか」
装甲車に乗り込み、撤退していく軍兵達を見下ろしてソルナは小さく呟く
彼の隣でその光景を物悲しげに見つめている西締は口を噤んで目を細めている
「……後悔はしてないけどね的な」
「私としても、やりたい事があって軍を抜けたワケだし的な」
「未練があるか、と言われれば……、どうかは解らないけれど」
背を返して西締は草を踏みしめる
興味が無さそうに夜斬は周囲を警戒しているが、ソルナは不快さを払うようにため息をつく
「仲間を思う人間だったのだろう、貴様は」
「No,7の葬式には出たのだろう」
「ま、あの子は私の部下も面倒見てたしね的な」
「軍という組織に属してる以上、あの結末も想定していた事だけれど」
「……深く問う事もない、か」
「貴様が彼等を助けると言った時、少し違和感を覚えた」
「あれは自己救済の為に言った事か?」
「……そうかも知れない的な」
「自分でも……、よく解らない的な」
西締の声は段々と沈み、暗くなっていく
去り行く装甲車を見送って、ソルナは西締の元へと歩いて行く
「間違った行為ではないのは確かだ」
「悔いる事ではあるまい」
「奴等の命を救ったことを誰が咎める?」
「……そうだね、的な」
「ありがとう、ソルナ」
「……いや、気にするな」
気恥ずかしそうに頭を掻き、ソルナは夜斬の元へ歩いて行く
軽快な笑顔を取り戻した西締は彼等の元へと走っていった
高速道路
装甲車内
「……被害を」
深々しい趣で呟く司令官
彼の問いに答えるため、軍兵の一人が資料を取り出して人数を確認する
「6名ほど……」
「別部隊を数えると、数倍以上でしょう」
「……そうか」
「彼等が来なければ、もっと被害は大きかっただろうな……」
「……感謝、すべきでしょうか」
「当然だ」
「彼等は裏切り者とは言え、命の恩人」
「感謝しないなど、そんな事が出来るか」
「……はい」
暫くの会話の後、装甲車は停車する
車内には沈黙が訪れ誰も口を開くことが無い
「……長い、ですね」
「停車」
「そうだな」
「信号が……」
「……信号?」
「どうしました?」
「高速道路は封鎖されているはずだ……」
「どうして信号が作動している!?」
「え?」
「おい!!」
運転席への扉を開けた司令官の首が弾け跳び、軍兵達の前に転がって行く
白い歯を血に濡らした堕天使は彼の体を運転席へと引き摺り込む
血肉を貪る音の後、運転席の扉から数十体の堕天使の顔が覗き込む
「ひっ」
声を発することも許されず
装甲車の中に残ったのは血の海と肉塊だけだった
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