蕎麦屋にて
蕎麦屋
ガララララ
「あら、ゼロさん」
「いらっしゃい」
ゼロとセントを迎えたのは年老いた女性
朗らかな笑顔と落ち着いた腰つき
「久しいな、女将」
「蕎麦を頼む」
「はい、解りました」
「隣の御人は彼女さんかしら?」
「んなモンじゃねぇよ」
「…」
「そう?詰まらないわねぇ」
「奥の部屋が開いてるから使うと良いわ」
「ありがとよ」
奥部屋
「…あの人ハ?」
「元軍の食堂員だ」
「…そうですカ」
「…」
「…」
「…どういう事ですカ」
「テメェの親父はな…」
「自分の信念を貫き通して死んだ」
「だから何でス?」
「彼は大量の人々を自分の自己満足に付き合わせて殺しタ!!」
「無意味な行動デ!!」
「…知ってるか」
「あのロンドンでの戦闘で死んだ人間の数を」
「…いいエ」
「しかし、大戦の規模は聞いていまス」
「五眼衆の兵は一般人が殆どだったト」
「その兵達はファグナが持ち出した人工能力装置を使っていたとも聞いていまス」
「…それで、か」
「人工能力装置であれだけの能力者に気づけなかったのかが…」
「洗脳に似た物を受けていたそうですかラ」
「軍は一般人を捕縛したので殺しはしなかったそうでス」
「しかし…、軍の被害ハ」
「無しだ」
「エ?」
「五眼衆は誰も殺してはない」
「あの大戦で五眼衆は誰も殺していないんだよ」
「そんなはずはありませン!」
「日本での能力者暴走も五眼衆ガ!!」
「確かにそうだ」
「だが、五眼衆はそれを押さえるために尽力していたそうだ」
「そんな馬鹿ナ…」
「無駄でしょウ!何でそんナ…!!」
「何故だろうな」
「俺は心理学者でも念力系能力者でもない」
「だが…、奴はお前の言う自己満足を…」
「[信念]を貫き通した」
「守るために、己のために、未来のために」
「それの何が悪い?」
「それに人を巻き込んだことガ…!!」
「巻き込まれたのなら逃げ出すだろう」
「反発するだろう」
「何故、そうしなかったのか?」
「自ら協力していたからだ」
「父が脅していたのかも知れなイ!!」
「少なくとも奴はそんな人間じゃない」
「どうしてそんな事ガ!!」
「…奴が死に際に何と言ったか、解るか」
「…解りませン」
「興味も無イ」
「「すまない」と」
「そう言った」
「…それガ?」
「仲間に言ったのか、軍に言ったのか、俺に言ったのか…」
「…或いは」
「残された家族に言ったのか」
「!!」
「俺には解らないがな」
「…どうしテ」
「どうして貴方は父を庇うのですカ」
「敵だったはずでス…」
「敵も味方も関係ねぇ」
「俺が魅た人間はそれなんだよ」
「…?」
ガララララ
「お待ちどう様」
「…コレハ?」
「蕎麦だ」
「食え」
「…はイ」
「では、失礼しますね」
ピシャン
「…」
ずるるる
蕎麦を少しずつ啜るセント
「美味しいですネ」
「…お前」
「エ?」
「…いや」
「少し手洗いに行ってくる」
「?」
「はイ」
ガラララ
「…どうしたんでしょうカ」
ずるるるる
「…美味しイ」
ガラッ
「お帰りなサ…」
「…女将さン?」
「…辛かったわね」
「どういう事ですカ?」
何も言わずにハンカチを差し出す女将
困惑するセントを余所に女将は優しく微笑む
「…どうしテ?」
「涙が…、流れてるから」
「涙…?」
ぽつりと机に落ちる水滴
「あレ…?」
「何デ…?」
「辛かったでしょう…」
「ゼロさんから聞いたわ…」
「…私ハ」
違ウ
辛かったんじゃなイ
「…周りから言われてたのよね」
セントが受けていたのは周りからの偏見
五眼衆のボスの娘
奴は父親と同じで何かの犯罪を起こす
母親の出来は良いのに
何で奴が居るんだ?
軍は何をしている?
父親のせいで
父親が居るから
父親が…
父親が…
父のせいデ
私は周りから白い目で見られタ
父のせいで
父のせいで!
父のせいで!!
父の存在が邪魔だっタ
父のせいで私は偏見を受けタ
全て父のせいダ
周りが悪く言うのモ
全て父ガ!!
父が悪いんダ!!
全て!!
全て!!!
…初めてだっタ
「…あの人ガ」
「初めてだったんでス…」
「…そう」
「その涙は辛いからじゃないのね」
「はイ…」
「嬉しかっタ…!!」
「父を…!認めてくれるのガ…!!」
「何より嬉しかっタ…!!」
「嬉し泣き、ね」
「どうして女将さんが…」
「あの人は女性の涙を知らない人だから」
「知らない物を見たからそれを知ってる私に頼ったの」
「…情けない人ですネ」
「本当…」
「子どもみたいな人よ」
「子どもですカ?」
「そう、子ども」
「小さな事も世界の終わりみたいに悩んで」
「解らない事が有ったら人任せ」
「気に入った物はとことん気に入る」
「子どもですネ」
「そうなのよね…、昔から」
「昔から?知ってるんですカ」
「よく相談に来たから…」
「能力者暴走の時も真っ先に来てくれたのよ?」
「真っ先に…」
「あの人の住処みたいな物だから、ここは」
「住み処…、ですカ」
「心の拠り所は大事なのよ?」
「色んな所を飛び回ってるあの人にも心の拠り所は有るの」
「貴女は有るかしら?」
「私の心の拠り所ハ…」
「母でス…」
「…まぁ、普通はそうよね」
「でも、拠り所は1つじゃなくても良いのよ?」
「どういう事ですカ?」
「ゼロさんって格好良くないかしら?」
「確かに髪はボサボサですが、顔付きは整ってますネ」
「体格も良いですし、俗に言うモテモテなんじゃないですカ?」
「そうなのよね」
「バレンタインデ-なんて同僚からのチョコが多すぎて南極まで逃げたらしいわ」
「苦労してるんですネ」
「…それでなんだけど」
「何でしょうカ?」
「妻が居ればそんな事もなくなるわよね?」
「それはそうでしょウ」
「フフフ…」
にやりと微笑む女将
まるで悪魔の笑みである
「貴女とあの人、お似合いじゃない?」
「何がですカ?」
「私も護身術程度は習得していますが、流石にゼロさんとハ…」
「鈍いわねぇ」
「くっついちゃいなさいって話♪」
「エ?」
「ゼロさん好きじゃないの?」
「初めて見たときカップルだと思ったわよ?」
「 」
「重い話は終わったんでしょう?」
「軽い話に切り替えないと!」
「わわっっっっわっわわわわわっわワ!?」
「あらあら」
「私とゼロさんはつい先刻知り合ったばかりデ!!!」
「噂には聞いていましたが面識もなくテ!!」
「会った時なんて皮肉を言ったりしテ!!」
「きっと嫌われてるだろうシ!!」
「それで…!それデ…!!」
「もう、焦れったいわね」
「あの人は皮肉なんて屁とも思ってないわよ?」
「初めてですヨ!?」
「つい数時間前に会ったんですヨ!?」
「あのねぇ…」
女将がやれやれと首を左右に振る
小さくため息をついて、たった一言
「一目惚れって言葉も知らないのかしら?」
そう言った
「ひっっっ!?」
「一目惚れですカ!?」
「一目じゃないかも知れないけどね?」
「でも、貴女はあの人を今、嫌いじゃないでしょう?」
「す、好きでも無いでス!!」
「本当かしら~?」
「本当でス!!」
「あんな…!不清潔で説教口調で乱暴な人なんテ!!!」
「好きじゃ…、無いでス…」
「…たぶン」
「あらあら」
ガラッ
「…終わったか?」
「きゃぁああああああああああああああア!!!」
「え?」
ボゴンッッ!!
ゼロの顔面に投げつけられる蕎麦
「…何ぃ」
「しやがんだこの糞女ァアアアアアア!!!」
「し、知りませン!!」
「急に入ってくる貴女が悪いでしょウ!!!」
「あぁ!?ノックでもしろってのか!?」
「障子にか!?」
「そ、そうでス!!」
「ケッッ!テメェみたいな糞女なんざ飯に誘うんじゃなかったぜ!!」
「蕎麦が台無しじゃねぇか!!!」
「エ…」
「あ-あ!んな事になんなら布瀬川と食いに来りゃ良かったぜ!!」
「アイツは男だがテメェみたいな糞女よりよっぽど[お淑やか]ってモンだ!!」
「そんナ…」
「第一!テメェはよぉ!!!」
「…あれ?」
ポロポロと流れる涙
ぐすりと涙を拭くセント
「え?あ、ちょい…」
「…それは駄目よ」
「ちょ…、女将?」
「はぁ…、最低ね」
「見損なったわ」
「いや、待て…、おい」
「女性を泣かせるなんて」
「え…、いや…」
「わ、私…」
「ゼロさんに…、ゼロさんに…」
「可哀想にね…」
優しくセントの肩を撫でる女将
その視線がギロリとゼロに向く
「…はぁ」
「蕎麦、料金5割増しね」
「何でだぁああああああああ!!!」
読んでいただきありがとうございました