堕天使
離島
「世話のかかる餓鬼共だなぁ」
「ま、昕霧が相手じゃ仕方ねーか」
遠くを眺める男は深くため息をつく
彼の目の前で穏やかに海が波打ち、土を濡らしている
「……情けないな」
「奴が諦めなければ俺は死んでいたのか」
「そう言うなって」
「生きてるだけマシだ」
「……生き恥、とも言うが」
倒れたままのクォンは空を見上げる
白い鳩が空を駆け抜けて彼の視界から消えていく
瞼を閉じて、クォンは頬にかかる潮風を感じる
「生き恥、ね」
「そうは言っても俺が回収しなけりゃお前等、本当に死んでたぜ?」
「ま、バムトには囮になって貰ったけどね」
海上
「諄い」
「貴様が捕まれば良いだけの話だろう」
海上を疾駆する闇の化身と紅き眼の持ち主
バムトの周囲に闇の球体が生成され、紅眼へと放たれる
「邪魔だ」
球体は彼の拳撃によって破壊され霧散する
刹那、その球体の破片で遮られた紅眼の視界
再び彼の視界が開けたとき映ったのは、彼の真正面より迫る拳だった
ゴキンッッ!
砕骨音が海上に呼応し、双方が動きを止める
バムトは動きを止めることなく拳を繰り出し続ける
何度も何度も放たれた拳は紅眼の全身に衝撃を与えていく
「……駄目、か」
彼の拳は掌握され、拳撃は停止する
拳と腕の隙間から紅き眼を唸らせた紅眼の眼光がバムトへと向けられる
「態々、貴様を追ってきたのだ」
「失望させてくれるな」
「そう言うな」
「これからだ」
「その言葉、期待させて貰うぞ」
紅眼の掌を払いのけ、バムトは彼から距離を取る
バムトを逃がさないように紅眼は加速し、両手に血色の光りを纏って拳を繰り出す
それを強靱なる脚撃が弾き飛ばす
「期待はしてくれるな」
「死行く者に期待など不要だ」
「そうだな」
「死行く者に慢心は付き物だ」
闇と紅は対峙する
静寂なる水面は殺気に揺れ、静かさは殺意へと変貌していく
「さぁ、再戦だ」
「闇の化身よ」
「さぁ、始めようか」
「紅き眼の狂人よ」
水面に立つ双人
彼等が静寂を切り裂いた拳を激突させるのに、刹那という言葉は充分すぎた
離島
「さて、俺達もどうにかしないとな」
「この離島は地図検索はされないけど、その内見つかるぜ」
「地図にも載らない小島か」
「よく見つけたな」
「いんや、作ったんだよ」
「ちょちょいっ!と」
「……相変わらず規格外の男だ」
クォンは片手を地に着けて体を起こす
彼の視界は空から周囲へと見るものを変える
「何処だ」
「四国地方と中国地方の間」
「ほら、見えるだろ?」
薄く靄のかかった海の果てに島の影が見える
左右に位置した島影をクォンは目を細めて確認する
「……空から、見張られてるのか?」
「もう警備が配置されてるぞ」
「見えるのかよ」
「バケモンじみてるな」
「……俺なんざ、まだカワイイもんだろう」
「それよりも、どうするつもりだ」
「ここからじゃ泳いで脱出できないぞ」
「必要ないね」
「空を飛べば……」
「……そこで質問なんだが」
「あれは何だ?」
クォンの視界に映る、何か
白い模型のような何かが空を飛んでいる
白と黒の翼を広げて、それは確かに飛んでいるのだ
「……ありゃぁ」
「何だ……?」
消え去りそうな程、か細い声
祭峰の震えた声を掻き消すように世界は震動する
「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」
金切り声よりも高い、鉄を引き裂いたかのような叫び
白い歯と血色の歯茎を剥き出して浅緑の唾液を撒き散らして
存在しない眼球を見開くかのように
その何かは翼を羽ばたかせて空を埋め尽くす
「……能力者、ではないな」
「いや、あれは」
「人間じゃねぇよ、ありゃ」
重悪なる声を零す祭峰
彼の眼光は鋭くその何かを睨み付ける
「道理で、だ」
「軍兵を紙切れよろしく使い捨てる理由が解ったぜ……」
「人工兵器……!!」
「実現させやがったか……、神無……!!」
視界に広がる何かに対して、クォンと祭峰は構えを取る
両手に雷撃を蓄積させる祭峰と右手を前に左手を後ろに身構える
降り注ぐ狂叫の嵐は軍兵の戸惑いの声は入り交じって水面を揺らす
それでもクォンと祭峰は冷静さを失うことなく眼前の何かに集中している
「名称すべきならば、何と言う」
「悪魔でも天使でもねぇな」
「そう、強いて言うなりゃ見た目的に……」
「ーーー……堕天使、かな」
「……貴様にしては良いネーミングだ」
「堕天使、か」
祭峰は黒翼を広げて飛空する
離島を守護するように、クォンは島先に立つ
彼等を喰らうべく飛空する堕天使は恐るべき狂気は彼等に降り注ぎ続ける
「ならば再び、地獄に堕としてくれる」
その狂気の嵐を消し去るは拳か黒翼か
どちらにしようとも、彼等に堕天使を生かして返す選択肢など無かった
軍本部
45F総督執務室
「宜しかったのですか」
部屋を横断して神無に届く白月の問い
彼は零したような笑みを浮かべて手元の資料に目を落とす
「えぇ、テストには充分すぎる相手です」
「特定の成果を上げてくれると嬉しいですね」
「……いえ、そちらではなく」
「周囲の警備に当たっている軍兵ですが」
「あぁ、そうでしたね」
「しかし、彼等もテストの内に入っていますから」
「……どういう事、ですか?」
「完成したとは言え、未だに試験体である事に違いないのです」
「識別力や思考力を試験しておきたい」
「軍兵を……、襲わせる気ですか?」
「えぇ、はい」
「そうですが?」
さも当然の様に答えた神無に白月は悪寒を感じる
全身を氷冷庫に押さえつけられたように、体温が急激に下がることを感じる
彼の目は、間違いなく人の目ではない
このような目は見たことがない
戦士も、科学者も、殺し屋も、殺される者も
これほどまでに深々しく沈んだ目を見たことはない
「……そう、ですか」
「量産が可能となりましたからね、アレは」
「五人目の祭峰が居るならば、きっと彼は覚えているでしょう」
「創世計画の時に唯一、研究書類を覗くような人間でしたから」
ため息を混じりに頬杖をつく神無
彼の目はそれでも変化を見せることはない
「あの書類で元老院の狂老共が名付けていたのは……、確か」
「堕天使、でしたね」
「堕天使?」
「四国特有の存在、[残骸]の集合体ですよ」
「残骸とは違って全ての能力を兼ね備えていますけれどね」
「とは言っても微々たる物です」
「だから、人工能力装置を?」
「そうですね」
「能力を底上げして、あの形状を生み出したのです」
「念能力の浮遊と翼」
「身体強化能力の全体的な身体能力や臓器能力の向上」
「そして属性能力の属性付与」
「これだけで充分な力となる」
「知能は……?」
「それを今回のテストで確かめるのです」
「そうですね、個人的には期待です」
「……そうですか」
「堕天使」
「人ならざらぬ存在に翼を持たせて架空の存在として呼称する、か」
「狂老共の考える事はよく解りませんね」
「尤も……、それを実現させた私も彼等と変わりないのかも知れませんが」
無音なる深海に沈む瞳と狂い咲く笑顔
白月の全身を圧するような、その目は
静かな悪意を振りまいて血色の光を輝かせていた
読んでいただきありがとうございました