橋上の戦い
軍本部
5F食堂
「んんー……?」
額に横掌を当てて遠くを眺めるように背伸びする一斑
多くの人影の中から誰かを探すように何度も何度も周囲を見回す
それでも見つからないのか、疲れた足を降ろしては上げ、降ろしては上げを繰り返す
「あぁ、居った居った」
目当ての人物を見つけて彼はその元へと歩み寄っていく
灯りの届かない食堂の端、薄暗いそこに少女は居た
「なぁ、防銛」
「昕霧さん知らんかいな?」
「用事があるねんけど」
カレーを食していた防銛はスプーンを置き、一斑へと顔を向ける
口の端にカレーを着けたまま、彼女は喋り始める
「……No,4?」
「知らない」
そうとだけ言うと、彼女は再びカレーとルーを混ぜ合って口へと運ぶ
「ほうか」と頭を掻いて、一斑はその場を後にする
1F受付
「No,4の外出記録、ですか?」
「ほうでなんですわ」
「知りませんか?」
「今調べますので、少し待ってください」
受付嬢はコンピュータの画面に目を通し、一件の経歴を発見する
「数時間前に外出されてますね」
「会議が終わった直後です」
「ん、ほか」
「あんがとーございます」
「何か、ご用ですか?」
「ま、大した用事やないんですけども」
「あの人、放っといたらどうなるやら……」
首を傾げる受付嬢に一斑は申し訳なさそうに笑いかける
受付嬢に背を向けて本部から出て行く彼の眼光は鋭く、殺気を帯びていた
明石海峡大橋
橋裏
「……どうだ?」
「めっちゃ汚いッス……」
「そういう話じゃない」
「進めるのか、進めないのか」
「進めるッスよ」
「やっぱ、しっかりしてるッスね」
「なら良い」
「落ちれば、あの渦の中にドボンだ」
「幾ら貴様でも上がってこれまい」
霊魅達の眼下に広がる真っ青な海
渦巻く渦潮は轟々と音を立てて水飛沫をあげる
「りょ、了解ッス……」
「さて、進もう」
「あまり騒ぐと上の連中にバレてしまう」
「そうだな」
戦闘の霊魅を筆頭に、クォン、BOXは慎重に歩を進めていく
彼等が鉄骨を渡る音は渦潮と波の音にかき消される
ゆっくり、ゆっくりと慎重に
一歩一歩を順に踏み出して、鉄骨に上を渡っていく
頬にかかりそうなほど高く上がる水飛沫に気を取られないようにも警戒を怠らない
しかし、橋の四分の一を渡りきった頃に彼等は異変に気付く
「……音が、止んだ?」
BOXは汚れに塗れた橋裏を見上げる
つい先刻までは騒音の如く、慌ただしく蠢いていたはずの軍兵の足音が聞こえない
声も、彼等が乗っていた車の音も
「妙だ」
「幾ら何でも静かすぎる」
「き、気付かれたッスか……?」
「……いいや、違う」
「波飛沫の音も、渦潮の音も聞こえない」
「どういう事だ?」
「……まさか」
BOXの電子表情が怪訝そうな物へと変化する
それが絶叫の如く口を開いたのは刹那の後だった
「飛べッッッッッ!!!」
豪声に反応し、クォンは後方へ飛躍する
織鶴を支えていたため少し反応は遅れたが、霊魅は前方へと飛躍
彼が地面へ着地するよりも前に鉄骨は粉砕され、破片が渦潮へと落下していく
「なんっ……!?」
「……音探知か」
「何にしろ、まさか貴様が来るとは思わなかった」
「No,4……!」
屑を見下ろすように、冷悪な眼光がBOX達に向けられる
朱色の髪を潮風に靡かせ、その女は彼等を見下ろしている
「チッ…!」
鉄骨を蹴り、クォンは橋上へと飛翔する
昕霧と対峙する位置に降り立った彼に、彼女の視線が向けられる
「……元No,6直属部下」
「ロ・クォン」
「そうだ」
「貴様はNo,4」
「昕霧 凜だな?」
「私の名を呼ぶんじゃねーよ」
「裏切り者が」
「……中々、辛口な事だ」
クォンは眼前の昕霧に注意を持ちながらも、周囲に意識を向ける
橋の上に軍兵は居らず、存在するは自分達と昕霧のみ
「軍兵はどうした」
「邪魔だから下がらせただけだ」
「テメー等を殺すのに……、なッッ!!」
昕霧より放たれた音の砲弾をクォンは回避する
彼の背後で鉄骨を粉砕されて海へと落ちていく
「凄まじい威力だな」
「無駄口叩いてんじゃねーよ……」
「裏切り者が……」
「……裏切り者にも喋る権利ぐらいは欲しい物だな」
「音槍ッッ!!」
放たれる幾千の槍
不可視のそれをクォンは経験則に基づく距離、速度、径路を予測して回避する
「加減が無いな」
「だが、俺の方に集中してくれれば有り難い」
「あ?」
背後に影が生まれる
振り上げられたBOXの足を昕霧の目が捕らえるまでは数瞬
しかし、それは彼女が反応するに充分な時間
「無能力者風情がよォッッ!!」
臓腑に音の衝撃を受け、BOXは吹き飛ぶ
鉄骨に叩き付けられた彼は声にならない声をあげて衝撃を全身に受ける
「無論」
「俺から注意を逸らしてくれれば、さらに有り難いがな」
昕霧の足下に屈み込んだクォン
彼の両腕は腰元まで降ろされ、力を溜めている
「二天・雨威羅」
空気を切り裂いて撃ち出される掌撃
昕霧の腹を貫通する程の衝撃が繰り出される
ーーーーーはずだった
「……おいおい」
「嘘だろう?」
思わず、笑みが零れる
瞬間は合っていた
衝撃も、構えも、合っていたはずだ
それなのに
「[冥殺のーーーー……」
効いていないだと?
「[詠]」
流れ出す、死の詠
クォンはそれが耳に入るよりも前に
己の首を掌で打ち殴った
「ッッッ……」
がくん、と力無く項垂れるクォン
己の首を打ち、己で意識を絶ったのだ
しかし、それは苦肉の策
眼前に敵の居る状態でその策を取ったのは[冥殺の詠]を回避するため
だが、もし昕霧が何らかの攻撃を加えれば簡単にクォンの命を絶てるだろう
「やらせないッスよ」
しかし、それを阻止すべき仲間がいる
信頼してこその行動か、それとも咄嗟の行動か
どちらにせよクォンの策は昕霧の注意を彼自身から霊魅へと移す結果になった
いや、正確には
彼が支える女へと向ける結果となったのだ
「……おい、ガキ」
「やらせないッス」
「俺が相手になるッスよ!!」
「テメーなんざ、どうでも良いんだよ……」
「その、抜け殻みたいな女は何だ?」
「……え?」
「その抜け殻みたいな女は何だ、って言ってんだよ」
余りに予想外の問い
戦闘状態に入っていた霊魅は、予想外すぎる出来事に動揺する
しかし、彼自身も自分の実力に自惚れているわけではない
クォンとBOXを瞬時に倒した彼女に自分が勝つのは不可能と言っても良いだろう
だからこそ、必要なのは
「……織鶴さんッス」
時間稼ぎだ
「……織鶴?」
霊魅の言葉を聞き、昕霧は歩み出す
反応した霊魅は織鶴を庇うように前に立つが、昕霧はそれでも歩みを止めることはない
「退け」
「退かないッス!!」
気が付けば、自分は地面に伏していた
「ッ……!?」
全身を襲う痛みで声が出ない
いつ攻撃を受けたのかすら解らない
「……っ!!」
ただ、見えるのは昕霧が織鶴を見下ろす姿
駄目だ、殺される
あの人はーーーー……!!
「……」
昕霧は小さく何かを呟き、その場から去って行く
織鶴にもクォンにも、BOXにも霊魅にも手を出さずに
「……何で、ッスか?」
疑問の言葉を口にした後
霊魅の意識は暗闇へと飲まれていった
読んでいただきありがとうございました