整いし戦力
軍本部
30F大会議室
「……ふむ」
「やっと、全員が集まりましたね」
神無は気苦労が絶えないような、疲れた笑みを浮かべる
彼の視界に広がるは十四の椅子と一の空席
総督直属部隊、十一名
No二名、空席一名
神無の隣には彩愛の席が一席
そして神無の背後には彼を守護するかのように立つNo,1である憑神と白月
「No,2は戻って来とらんのやな」
一斑の声に神無は軽く頷く
彼はその行為を見てため息混じりに納得の声を零す
「さて、皆さん」
「議題は解っていますね?」
全員の視線が神無へと向けられる
嬉しそうに微笑んだ彼は机に手を突いて、椅子から腰を上げる
「蒼空 波斗が脱走しました」
「他、バムト・ボルデクス、雅堂と共に行動」
「祭峰 悠拉と隻眼に接触したと思われます」
「……良いか?」
「どうぞ、モルバさん」
「奴等はユグドラシル、鎌斬、情報屋、祭峰悠拉の部下、鬼、守護神も奴等に合流している」
挙手し、発言を始めたモルバの声は何処か嬉々さを孕んでいる
何か楽しみをした子供のような嬉々さを
「反軍組織としての戦力だけなら歴代最高だ」
「こっちも無事じゃぁ済まないぜ」
「それはこちらとて同じだ」
シヴァの横槍にモルバは頬を歪め、狂気の笑みを浮かべる
歪みから溢れ出す笑いを彼は掌で押さえるが、歪目は抑えられない
「最高、ねぇ?」
「随分と御自信をお持ちの事で」
「自信ではない」
「確信だ」
彼の言葉に皆からは感嘆に近い声が上がる
神無は安堵に息を吐いて目を伏せる
「シヴァさんの言う通りです」
「そして、皆さんに確認しておくべき事もある」
「確認?」
「彼等を殺す事を厭わない確認です」
今までの笑みを斬り殺すかのような、鋭く唸る眼光
その眼光は総督直属部隊の達の笑みを誘う
「貴方達には確認など要りませんでしたね」
「しかし、一斑君、そして昕霧さん」
「……いいえ、No,3、No,4」
「貴方達は?」
「……ワイはどうやろなぁ」
「ま、邪魔するなら潰すだけや」
「No,4は?」
「…言うまでもねーだろ」
「敵は、消す」
「結構」
深く頷き、神無は手を広げる
それと同時に彩愛がキーボードを叩いて画面が表示される
神無のの背後に表示された画像は、あまりに異様な物だった
「……完成したのか」
「苦労したがなァ」
得意げにモルバは鼻を鳴らす
彼は視界に映る光景を、待ち侘びたかのように嬉々として見つめる
「卯琉にも手伝って貰ったぜ」
「うん!」
「楽しかったよ?処分は!」
アウロラの隣で嬉喜の声をあげる卯琉
彼女の目は惚悦とした色に染まっている
「……完成したんか」
画面に表示されたのは人間
そう、人間らしき人形
顔面と頭髪の無い人形は首吊りのように首元を固定され、吊り上げられている
それが幾万体と並んだ空間の画像を一斑は嫌悪感を露わにして見る
「自立型兵器」
「えぇ、モルバさんと彩愛さんのお陰です」
「思ったよりも随分と早く完成しましたよ」
「衛星砲も、ね」
神無の言葉と共に画面が切り替わり、映像が流れ出す
そこには衛星砲の一撃が古びたマンションを灼滅する映像があった
「これら二つと」
「そして、彼は我々の新戦力となる」
神無の背後より歩み出てくる憑神
火星でも、隻眼でも、紅眼でもなく
それは軍最強能力者集団No,1
憑神だった
「漸く、ですよ」
「紅眼の様に完全な再生能力と身体能力と完全な無型だけで無く」
「能力付属にも成功しました」
「能力付与、ですか」
「そうです」
「ここでお披露目……、と行きたいですが」
「情報漏洩は好ましくありませんね」
「だがよぉ、神無総督」
「憑神の能力は生命操作じゃねぇのか?」
「それは憑神という存在が有する力ですよ、セクメトさん」
「人が手足を動かすように、呼吸をするように、表情があるように」
「その存在そのものに備え付けられている物なのです」
「……ほう」
「しかし、彼の媒体となった人間は無能力者」
「能力者として能力に態勢がない人間では、やはり限界がある」
「それは失敗作、と?」
「失敗作だなんて、とんでもない!」
「敢えて言うなれば試験体ですよ」
神無は憑神に下がるよう指令し、再び前へと出る
彼に視線が集まり、狂喜の笑みを浮かべる
「次こそが、次こそが本来の存在になる」
「我々が目的とする生命の神」
「真の憑神となる」
小さな拍手の音が大会議室に響く
シヴァの拍手に連られるように、段々と拍手の音は広がっていく
「そして、それの障害はある」
彼の言葉は拍手を遮り、放たれる
切り替わった画面に表示されたのは波斗達の画像
「全ての障害は消し去ります」
「それが、例えどれほど些細な物でも」
「もう創世計画のような悲劇は起こさせない」
「その為に我々が居ます」
シヴァが立ち上がると同時に、総督直属部隊は同じく立ち上がる
一斑も昕霧も彩愛も白月も憑神も
神無への忠誠を誓うかのように敬礼を意を示す
「……有り難うございます」
画像が消え去り、大会議室には薄暗い空気が戻ってくる
シヴァが敬礼を解き、それに従うように他の者も敬礼を解き始める
神無は着席して終議を意を伝える
各々が退出を始め、部屋に残るは神無と彩愛、憑神だけとなる
「ご苦労様でした、彩愛さんも」
「会議は終わりですよ、どうぞ作業に戻ってください」
「……質問があります」
「何でしょうか?」
神無の側頭部に突き付けられる銃口
その瞬間、彩愛の喉元には憑神の槍が突き付けられる
「憑神、下がってください」
彼の指示に従って、憑神は槍を閉まって後退する
神無は視線を動かす事も動揺を見せる事も無い
ただ目の前の扉を見ているだけである
「……どういうつもりか、一応は聞いておきましょう」
「先刻の会議での会話」
「違和感を感じました」
「違和感、ですか」
「次の憑神の依り代」
「誰にするつもりですか?」
彩愛のその問いに、神無は少しだけ頬を緩める
彼の視線が悠然と彩愛へと向けられ、その眼を彼女は目視する
「……紅」
血色、と言うよりは深淵に近い紅
神無総督の目は確かに紅色だった
「……流石、よく解りましたね」
「無能力者だとか能力者の話は嘘ですよ」
「そんな物は関係無い」
「……ですが、ここまで都合良く話が進むはずがない」
「貴方に[偶然にも]無型が適応するはずがない」
「そうですよ」
「だから、無型を分析して私の血を取り込んだ」
「そんな事が……!」
「随分と時間を掛けましたがね」
「創世計画が破綻したときから今まで」
「私の研究の本意はこれだった」
「自分に適応する無型を人工的に生み出したというのですか!?」
「その分の苦労はしましたよ」
「体の中に私の血は、もう数%しか残っていない」
「……解りませんね」
「貴方は、どうしてそこまでして憑神に拘るのですか」
「いえ、生命に拘るのですか?」
「貴方なら理解していると思っていたのですが」
神無は銃口を手で押し下げ、席を立つ
扉へと向かっていく彼の後には憑神が付いて歩く
「[パンドラの筺は開かれた]」
「[絶望は解き放たれ、人々を地獄へと突き落とす]」
「[それを止める術はただ一つ]」
「[残された希望]」
「……その希望が、生命操作だと?」
「さぁ?どうでしょうか」
「ただ、私はそれを求める理由などないのですよ」
「理由こそが理由」
「希望を求めるわけではない」
「ただ、私が私であるために」
扉が閉じられ、大会議室には彩愛だけが取り残される
しかし、彼女の額からは信じられないほどの汗が噴き出していた
「……っ」
扉が閉じられる寸前に垣間見えた、あの眼
神無総督のあの眼は
決して探求心や希望を求める眼などではなかった
あれは、そう
命を喰らう、悪魔の眼だった
読んでいただきありがとうございました