言霊と弾丸を持ちし者
大剣の切っ先が地面へと突き刺さる
折れた刀身を振り切った紅眼の瞳は驚愕に見開かれる
「……何故だ」
「何故?」
「そうだな、敢えて言うなれば……」
「貴様は許せる存在ではないからだ」
「……貴様」
刹那、紅眼は高速で後退する
彼の居た場所に撃ち込まれた弾丸と風刃は地面を切り裂き、分断する
「[6つの腕を持つ神]」
「[3の剣と3の盾]」
「詠唱か!?だゼ!!」
「解らない」
「だが、味方である事は間違いないようだ」
突如、現れた男を援護するように橋唐とラグドは紅眼へと突貫する
紅眼は折れた大剣を捨て去り、拳を構える
「[武神である神は攻防を兼ね備え]」
「[全てを凌駕し全てを抑圧した]」
「それを完成させる理由はない」
紅眼は方向を転換し、詠唱を続ける男の元へと向かう
しかし、彼を遮るように橋唐とラグドが立ちはだかる
「退け」
「「断る」んだゼ!!」
紅眼より繰り出される拳を二人はそれぞれ左右に回避
腕を乗り越えて顔面と腹部へと一撃を与える
「……それが、何だ」
「なっ!?」
橋唐とラグドの頭部が掌握され、地面へと殴叩される
陥没したそこにめり込み、二人の頭部からは血が噴き出す
「……さて」
男へと振り返った紅眼の四肢を固定するように、石柱が落下してくる
四肢を地面へと縫い付けられた紅眼は視線だけを男へと向ける
「[全てを支配する極神]」
「[その名を、ソルティ]」
紅眼の心臓に突き刺さる弾丸
それ自体のダメージは不死に近い彼へは通らない
しかし、男の攻撃の目的は心臓を貫通して殺す事に有らず
「……何がしたい?」
「俺に、こんな攻撃は」
「効かん、だろうな」
「不死たる貴様に銃弾など酔狂な事よ」
「ならば、何故」
腕が弾け跳び、血を噴出し、骨を剥き出しにし、血管が道へ張り付く
「……何だ、これは」
「極神呪言弾」
「能力エネルギーを暴発させ、貴様を内部より破壊する」
「その塊で有る貴様に撃てば……、どうなるだろうな?」
紅眼の全身が弾け、血を噴出する
鼻腔や眼球、腕や脚、頸椎や首
「ッッッーーーーー…………!!」
「苦しんで、死ね」
銃を仕舞い、男は橋唐とラグドの元へと歩き行く
全身を襲う苦痛に悶える紅眼の隣を通り過ぎ、彼等を抱え上げる
苦しみ悶える紅眼に背を向けたまま、彼は消滅したマンションが有った場所へと歩き出す
「……知っている」
「知っているぞ、この技は」
紅眼は己の臓腑へ拳を捻り込む
血飛沫を散らし、臓物を握り出し
握りつぶす
「何をっっ……!?」
飛び散った血液に混じり、弾丸の金属音が鳴り響く
それと同時に紅眼の血の噴出は止み、再生が開始される
「護符術に似ている」
「あれが護符を媒体としているならば、こちらは言葉と弾丸を媒体としている」
「なるほど、中々良い判断力だ」
「尤も、それをした所で己の心臓を捻り出し、握り潰すなど実行しようとも思わんがな」
「この眼を持ち、この忌むべき体だからこそ出来る事もある」
「皮肉だとは思わんかね?」
「[守護神]ソルナ・キューブ」
「皮肉、などと良く言う」
「貴様の言葉は虚言で塗り込められているぞ」
「言葉に隣ずる者だからこそ、解るのか」
「その通りだ」
「俺に記憶はない」
「……やはりか」
「道理で、おかしいと思った」
二人を抱えた状態では、ソルナは動く事など出来ない
眼前の巨大すぎる脅威を前にして二人を置いて戦うなど不可能
さらに言えば、二人を安全な場所に避難させようとした時点で己の体は粉砕されるだろう
「どうする?ソルナ・キューブ」
「戦うか?」
「是非とも、逃避した所だ」
「貴様を相手取って戦うのは……、都合が悪すぎる」
「それに、先の閃光の正体も気になる所だ」
「あぁ、あれか」
紅眼は月光に照らし出される空を見つめ、眼を細める
「衛星砲」
「太陽光を収束し、そのエネルギーを撃ち出す砲弾」
「とある科学者の空想から生まれた兵器だ、と聞いている」
「……衛星砲?」
「まさか……、悪用したのか?」
「あの人の、親友の」
「理論を、設計図を」
「悪用したのか……!!」
ソルナの眼光が憤怒を表し始める
彼の拳が骨唸音を鳴らし、殺気を纏う
「知り合いだったのか、その科学者とは」
「何とも奇っ怪な事だ」
「世界は狭く、世間は窮屈だな」
「……その薄汚い口を閉じろ」
「貴様は喋ることすら許されん……!!」
「そこまで怒ることもなかろう」
「俺自身はそのような物に関連していない」
「お門違い、と言うのだったか」
「その口を閉じろと言ったはずだッッッッッ!!」
絶叫に、紅眼は口元を歪める
悪しき言葉を吐き捨てようと、動かした唇に当てられる人差し指
「はい、そこまでだ」
「黙ろうぜ」
「……生きて、いたか」
「五人目」
「いや、祭峰 悠拉」
「正しくは防御して生き延びた、かな」
紅眼の四肢が切り裂かれ、胴体と首のみとなった体が地面に転がる
間髪入れずに祭峰は頭部を掌握し地面に叩き付ける
「家族がお世話になったようで」
紅眼の何十倍もの下卑た笑みを浮かべ、祭峰は握力を強める
砕けた骨の破片と血飛沫が混じり合い、祭峰の歪んだ頬に飛散する
「……今、貴様を相手にするのは面倒だな」
「おいおい、守護神が言ってただろ-?」
下卑た笑みから憤怒の怒面へ
「その薄汚ねぇ口から吐き出された言葉を俺に向けるな」
首が捻れ、引き裂かれる
骨潰し、血管を千切り除ける
「テメェが前、何だったかなんざ知らねぇ」
「だが、今のテメェは紅眼」
「俺達と同じ化け物だ」
「死と同じ」
「地獄の淵に立ち、やがて堕ち逝く魂だ」
「やがて堕ち逝くならば」
「今死ね」
「まだ、俺は知らない」
「俺は知りたいのだ」
「俺が何なのか」
「何故、この体を手に入れたのか」
「生前は何だったのか」
「興味が尽きないだけだ」
「俺は知りたい、ただ単純に」
「故に死ねぬ」
頭部が粉砕され、言葉は中断される
祭峰は弾け飛ばされた各部位でさえ跡形も無く粉砕、消滅する
「余念がないな」
「無駄だ」
「こんだけやっても、絶対に復活する」
複雑な表情で、祭峰はソルナから橋唐とラグドを受け取って背負う
ソルナは両肩を回し、額から噴き出た汗を拭う
「まさか、貴様に助けられるとは思わなかった」
「紅眼も言っていたが、世界は狭く世間は窮屈だな」
「ま、俺も予想なんざしてなかった」
「今回の……、この現状は俺が招いたと言っても過言じゃないしさ」
「貴様は意気揚々と笑いを持って敵陣に乗り込むような人間だと聞いていた」
「この様な哀愁漂う表情も浮かべるのだな」
「ま、俺っぽくないわなぁー」
祭峰の表情にいつもの笑みが戻り、肩に背負う二人を持ち直す
彼のへらへらとした表情ですら、ソルナの眼には作り物に見える
「おっと、無駄話してる暇なんてないな」
「急いで逃げようぜ」
「……あぁ、了解した」
「アイツ、どう?」
「アイツ……?」
「……あぁ、奴か」
疾走する祭峰とソルナ
消失したマンションの上を通り越し、山道へと走っていく
枯れた木々を踏み折り、落ち葉を蹴散らして二人は疾走する
「計画通りだ」
「少し、手間取っているが」
「そりゃ結構」
「……聞いておきたい、祭峰」
「どうして仲間に隠す?」
「別段、バラしても良いのではないか?」
「良い、んだけどさ」
「……何て言うかなぁー」
「裏切り、か」
「……そう、だな」
「それを警戒してる」
「信用に足らない人間など居るのか?」
「俺には、そうは見えない」
「そうだ」
「そうだろうけどなぁ」
「事実、俺は白月は布瀬川総督側と思ってたのよ」
「だけど……、違った」
「まさか殺すまで行くとはなぁ」
「忠義たる人間だと、俺も思っていた」
「己の命を捨て去ってでも、守るべき者に尽くす人間だと」
「しかし、彼女は殺したのだ」
「己の手で布瀬川総督を」
「そんな事が出来るだろうか?」
「俺は、随分と前だが彼女に会ったことがある」
「その時、布瀬川総督の隣に並ぶ彼女は」
「側近と、言うに相応しい女性だった」
「そんな彼女が殺せるのか?」
「もし、もしもだ」
「それを本当にしたとしたならば」
「間違いなく彼女は……」
「壊れている、か?」
「……あぁ」
「人とは脆い」
「恐ろしいほどに、硝子細工の何倍ほども」
「だからこそ、彼女は壊れてしまった」
「硝子細工は美しい」
「だが、壊れてしまえば破片で人を傷付ける」
「……白月ほどの人間でも裏切るんだ」
「それで壊れてるかどうかはともかくよ」
「つまり、貴様は仲間を信用していないのか?」
「ま、簡潔に言えばな」
「今の今まで敵同士だったんだ」
「それが一年そこらで仲良くお手々繋いで笑い会おう?」
「有り得ないだろ、普通」
「……それも尤もだな」
「だが、信頼も必要だ」
「そう、俺の仲間も他の奴等も適応するだろうよ」
「だが、俺はしない」
「俺は常に卑怯者で楽観者だ」
「そうでなけりゃ駄目なんだ」
「貴様は、そうだな」
「物語の悪役の、何と言うか」
「……必要悪、だったか?」
「それに似ている」
「必要悪?」
「憎まれているのさ」
「自分に憎しみを集中させて、周囲の平穏を保つ」
「そういう人間に見える」
「……俺とお前、会うのって何回目?」
「2……、3回目だ」
「そういうのって解るのか」
「……何だろうな」
暫く思案し、ソルナは気付いたように唇を開く
「勘だ」
「勘で物事言うなよ……」
読んでいただきありがとうございました