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秋鋼  作者: MTL2
443/600

喪失


下階部屋


「暇だな!!」


「う、うるさいよ、鎖基」


気まずそうに楓は鎖基をたしなめる

彼女等の周囲の空気は悪く、誰一人として口を開かない

元軍の森草と西締とシーサー、元軍属組織の楓と鎖基、祭峰側の霊魅、能力犯罪者の城ヶ根

彼等は今は仲間としてこの部屋に居るが、元は敵同士

不穏な空気が流れるのも無理はない


「……むぅ」

「シーサーぁ、この鎖を解いて欲しい的なぁ」


「…黙れ」

「…貴様を解放しては面倒事にしかならん」


「むぅー……」


(き、気まずいッス……)


「え、えっと、あの」

「霊魅君……?」


「な、なんなんんななな何ッスか!?」


森草の声に異常に動揺する霊魅

アタフタと手を上下に視線を左右に忙しなく動かし、彼は落ち着きなく声を挙げる


「お、落ち着いて……」

「ほら、これから仲間になるんだしさ」

「ちょっとぐらい親睦を……」


「し、親睦ぅ!?」

「何すれば良いんッスかぁ!?」


「お、落ち着こうよ……」


「童貞っぽい反応だねぇ」


「う、うるさいッス!!」


城ヶ根は軽快な声をあげて笑う

霊魅はそれを否定するかのように激しく腕を振るっている


「だ、だって生まれてこの方、女性らしい女性と話した事なんて無いッス」

「周囲には変人と奇人と兎とだゼしか居なかったので……」


「後半おかしくない…?」


「だ、だから何て話したら良いのか……」


「そんなに気難しくしなくても……」


「じゃぁ私が手取り足取り腰取り緊張を解してあげる的なぁー!」


「…鎖基、城ヶ根、手伝え」

「…どうやら箱に詰めた方が良さそうだ」


「うむ!そうだな!!」


「了解-!」


「ぬぎゃぁあああああああああ!!」



「……賑やかッスね」


「うん……」

「…そう言えば、織鶴さんは?」


「あぁ、あの人ッスか」

「別の部屋に居るはずッスよ」


「……そっか」

「ありがとう」


森草は膝に手を着いて立ち上がろうとするが、その体が起き上がることはない

彼女の手首を握り止めたのは霊魅だった


「駄目ッス」

「行っちゃ、駄目ッス」


「……どうして?」


「……知ってるんッスよね」

「貴女は、あの人を」


「そうだけど……?」


「だったら、見ちゃ駄目ッス」

「あの人は違うッス」

「貴女の知ってる[織鶴]とは違うッス」


「どういう事?」


言葉を詰まらせて、霊魅は表情に影を落とす

それでも彼女の手を離すことなく、力強く握りしめたまま

決して彼女を織鶴の元へ行かせようとはしなかった




隣部屋


「……酷いな」

「これが、あの織鶴か」


雅堂は酷く表情を歪め壁にもたれ掛かる女に視線を落とす

女は足を抱えて顔を埋め、微動だにしない

暗雲が如く暗闇に沈む彼女へと、ゆっくり雅堂は近付いていく


「聞こえるか?織鶴」

「久しぶり」


鉄珠は織鶴の前へと屈み込み彼女の顔を覗き見る

そこから見えたのは、過去に見た凛々しい女の姿ではなかった

死線から臆し逃げ、恐怖に駆られたかのように

喪失感に埋め尽くされ、空っぽになったかのように

己の無力さに喉元を掻きむしりきったかのように

その女はあまりに情けなく、弱々しく

そこに座っていた


「……これが、元No,4か」

「喪失状態、とは良く言った物だな」


織鶴を見下ろし、雅堂は言葉を吐き捨てる

彼の目に映るのは元No,4ではなく、ただの置物だった


「ずっとこの状態なんだ」

「声かけても駄目、揺さぶっても駄目、衝撃を与えても駄目」

「ここに運んでくるのも苦労しただろうな」


「戦闘力は群を抜く、と聞いていたんだがな」

「この状態じゃ使い物にならないだろ」


「……解ってる」

「だけど…」


「捨てていった方が早い」


「それは勘弁して欲しいネ」


「ソウか」


軽快な声で入室してきたのは元No,6、ソウだった

部屋を見回した後、雅堂と鉄珠へと近付いてくる


「雅堂……、だっケ?」

「烏龍茶飲むカ?」


「いや、遠慮しておく」

「それにしても随分と気楽だな」


「何ガ?」


「貴様の部下が死に続けていると言うのに」


吐き捨てられた言葉にソウは眉を顰める

不快感を露わにし、手にしていた烏龍茶を懐へと仕舞う


「何でオマエって、いつも喧嘩売るかなぁ」


呆れ声で鉄珠は雅堂へと視線を送る

彼は悪びれる様子もなく、吐いた言葉を訂正する素振りも見せない


「……ま、気にしてないって言えば嘘ネ」

「だけど、俺とクォンはある人物から軍の事を聞いた時から既に覚悟は決めてたヨ」

「今更だネ、正しク」


「……死んでいく者達は、どうなんだ」


「何モ」

「今の織鶴よりも、彼等の方がよっぽど死んでるヨ」

「集団心理って言うのかナ?」

「命を命と思わなイ」

「いとも簡単に投げ出ス」

「それこそ、水辺にある石ころを投げ捨てるようニ」


「そして、貴様はそれを止めようとしない」


「当然ダ」

「大義のためならば如何なる犠牲も厭わなイ」


「大義など言い訳だ」


「ならば、今から我々の行いを止めてみるカ?」

「ここに来るまでに何人死んダ?」

「それら全てを無駄にするのカ?」


「止める、とは言っていない」

「ただ、貴様の言う大義とやらは不確定だと言いたいだけだ」


「不確定」

「それの何が悪イ?」

「俺は正義のヒーローじゃないヨ」

「人を殺すのに言い訳さえ有れば良イ」

「誰かに聞かれたら、言い捨てて逃げられる程度の言い訳ガ」


「……それで後悔はしないのか?」


「後悔なんて言葉、とうに捨てたヨ」

「傭兵は殺すか殺されるかの二択」

「コインが裏表しかない様に、殺しもハッキリ二つに分かれてル」

「解りやすいだろウ?」


頬を歪ませ、ソウは笑む

その顔は人殺しを生業とし、戦場を生き場とする傭兵の顔だった


「だが、この女ハ」

「元No,4の織鶴 千刃はそこまで簡単じゃなさそうダ」


侮蔑を孕んだ眼光が織鶴へと向けられる

鬱ぎ込んだ女は反応を示さず、置物が如く顔を伏せている


「愛する人間を失った辛さは解ル」

「だけど、それだけでここまで防ぎ込むのカ?」


「……火星は愛する人間だけじゃない」

「仲間を失い、居場所を失い、理由を失い」

「尋常では無い喪失感を味わってる」


「自分の中身すらも失ったとは笑える話だ」


「治らないのカ?」


「……無理、だろうな」

「織鶴は現状を恐れてるんじゃない」

「多分、変わり果てた火星を見る事が怖いんだと思う」


「情けねぇ」


「当事者でなければ解らない事だって多々あるんだ」

「そう簡単に否定する物じゃないぜ、雅堂」


「……当事者、か」

「その当事者がこの状態じゃ、どうにも出来ないだろ」


「どうすれば治ル?」

「織鶴は主戦力ヨ」


「……俺には解らない」

「ただ、織鶴を治せるとすれば、それは……」


鉄珠の視線は織鶴へと向けられるが、否定するかのように逸らす

何かをぼそりと呟いた彼の表情は酷く虚しく

そして悲しさを孕んでいた


「……話し合っても無駄だな」

「蒼空はどうなってる」


「核と話してるんじゃないか」

「何たって十数年振りの再開だ」


「……核、か」

「奴が何を考えているのか……、俺には解らんな」


「…どういう事だ?」


「あの時」

「白羽さんと美穹さんと共に俺達が逃げたあの時」

「軍転覆事件と称されたあの時」

「……どうしてNo,1は裏切った?」


「それは奴の意思だろウ?」


「本当にそうか?」

「ならば、何故」

「今、奴は軍を裏切った」


「……それは」


鉄珠は言葉を発しようとするが、それが出てくることはない

怪訝さを露わにした表情で、彼は小さく呟く


「…何でだ?」


「知ってるはずだ、核は」

「そしてそれを蒼空に教えるだろう」

「全ての、真実をな」



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