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秋鋼  作者: MTL2
441/600

ある男の決意


大部屋


「……遅い、な」


苛つきを露わにし、夜斬は壁にもたれ掛かる

彼の眼下に広がる街中は平和そのものと言わんばかりに何事もない

時折、視界を遮るツバメは平穏を謳歌するように鳴き声をあげる

夜斬にとって、それは不快以外の何物でもなかった


「誰が来るのだ?」


使い古されて綿の飛び出ているソファに腰掛けた巨躯の男

煙草を咥えて白煙を立ち上らせる彼に夜斬の視線が向く


「ゼロ、響、織鶴、ソウ、ユグドラシルの連中、祭峰側だ」

「それと奇怪神と核だな」


「核が来るのか」


「詳しい話は聞いていない」

「だが、とっくに予定時間が過ぎているのだけは確かだ」


「向こうも何かしらのイレギュラーが起きたのだろう」

「……だが、だ」

「どうして俺だけがここに呼ばれた?」

「他の連中は別の部屋に居るのか?」


「全員を連れてくるのは面倒だ」

「話し合いも進まないからな」

「あくまで代表だけ、という事だ」

「他の連中は下階にいる」


「……俺が代表になった理由を聞かせて欲しい所だな」


「年長者」

「全ての理由を知っていて戦闘能力もトップクラス」

「その上、話が通じる」


「過大評価だな」

「有り難い、とは言えん」


「過小評価、と言うかと思ったのだがな」


「そこまで自惚れては居らんよ」


灰皿に煙草を押しつけ、バムトはソファに深く腰を沈める

彼は何処となく、遠くを眺めて深く息をつく


「……ロンドン」

「ロンドン支部は、どうなっている?」


「それは全員が集まってから話す」

「まずは奴等が来るまで話にならない」


「……そうだな」


納得し、彼は俯く

暫くの沈黙の後、彼は静かに言葉を漏らし始める


「……聞こうと、思っていた」


「何だ」


「貴様、隻眼に恨みはないのか?」


「……誰から聞いた」


眼を細め、夜斬は視界の隅にバムトを入れる

何事もなく世間話でも話すかのように彼は平然と言葉を紡ぐ


「いや、別にそうではない」

「俺達はともかく、貴様達が協力する意味が解らない」


「協力、か」

「俺達は単純な理由だ」

「隻眼への恨みと仲間へのケジメ」

「それだけだ」


「……隻眼への恨み、か」

「聞かせて貰えないか」


「…良いだろう、昔の話だ」


夜斬は窓元から離れ、バムトの向かいへと座る

錆びた木椅子が軋んで音を立て、彼の体重を支える


「隻眼は俺の恩人を殺した」

「そうだな、親とも呼べる人だ」


「…今でも、恨んでいるか?」


「恨んでいるならば、俺は刃を持ってこの身を血に染めているだろう」

「だが、そうはしない」


「何故?」


「奴は、何だ?」

「俺は隻眼を人ではない人として見ていた」

「不死、というだけでも化け物だ」

「だが……、違う」

「奴は人間だ」

「人間でしかなかった」


難解な謎を解けない様に、夜斬は小言を繰り返す

己が見た化け物は人間だった、と

化け物は何故、人間なのか、と


「……奴は、俺達より遙か前に生まれた」

「姿形は違えども、奴は確かに隻眼として生きてきた」


「あの片目は、何だ?」


「義眼、だろうな」

「憑神の一部を取り込んだ代償として片目を失ったのだろう」


「紅眼に関しては防衛本能発動時、という事だな?」


「そうだろうな」

「だがしかし、それが奴を討たない理由となるのか?」


「なる、事はない」

「だが、俺は奴と話した事がある」

「随分と前だが……、話をした」

「人間でしかなかった」

「何の違和感もない、人間だった」


「人間、か」

「不死たる者でも貴様は人間と呼ぶのか」


「解らんな」

「俺は蒼空や貴様のように深く考えて生きてはいない」

「ただ、道を誤るまいと」

「藻掻いて生きている」


「貴様ほど単純に真っ直ぐ生きる人間ほど曲がりやすい物だ」


「曲がったさ」

「もう、曲がった」

「だが、それを正してくれた仲間が居た」

「己の拳で、俺を正してくれた」


「……その仲間に対するケジメ、か」


「そうだ」


「一応、聞いておこうか」

「その仲間は今……、何だ?」


「何だ、の定義が解らんな」


「生死……、或いは立場だ」


「奴は今、死んでいる」


「敵討ちか」


「いいや、違う」

「奴は火星 太陽として死んで、紅眼として軍に属している」

「奴を殺さなければ俺の怒りは収まらない」


握りしめた拳は音を立て、骨を鳴らす

夜斬の決意は瞳に宿り、静かなる炎を点す

それに反するようにバムトの視線は静かに、冷たくなっていく


「……貴様は馬鹿ではない」

「ならば、解るだろう?」


眼光は怒りなどではない

悟れ、と言わんばかりに冷たく

その言葉に対する落胆などではなく

別れ、と言わんばかりに


「解っているさ」

「だが、それで諦められようか」

「俺は憑神には勝てない」

「弱いからな」


「……貴様は、同種だ」

「ソウの元で、我々の為に死んでいった人間と」


「あぁ、だろうな」

「愚かしくも勇敢に死にたい」

「しかし、俺と奴等では違う部分が一つだけ」


「…それは何だ?」


「火星を一発」

「殴る」


バムトは驚いたように目を丸くする

この男は今、何と言ったか

火星、と言ったのか?

憑神では泣く、火星、と


「……くくっ」

「くははっっははっはははっは!!」


「……何だ?何が可笑しい」


「いや、いや、いや」

「貴様等は、全く」

「人の想像とやらを軽々と超えていく」

「まるで跨ぐように、さも当然の様に」

「人とは何と面白い」

「幾千の史書よりも、文章よりも」

「一人の人間の方が幾万と面白い」


額を抑え、バムトは溢れる笑いを押さえ込む

暫く残った余韻も消え去った頃に、彼は息を吐いて面を上げる


「問う」

「貴様はある村に入った」

「その村は100人の村人が住んでいて、貴様は101人目として派遣された」

「そこでは50人が武器を持ち、50人が武器を持たない村だ」

「お前等は武器を持つ51人目として派遣された」

「では、質問だ」


彼の眼光が鋭く、黒く光る

静寂な闇が如き光は夜斬を捕らえ、真っ直ぐに見ている


「今から50人殺せ」

「然もなくば、お前等を殺す」

「さぁ、武器を持つ村人か持たない村人か」

「どちらを殺す?」


この問答には答えなどない

ただ純粋に興味がある

この男が、何と答えるのか


力無き者を虐殺するか?

殺戮の術を持つ者と戦うか?

力無き者を守護するか?

殺戮の術を持つ者と手を組むか?


「さぁ、答えろ」


貴様の答えを聞かせてくれ

貴様という人間の価値観を

貴様という人間の生き様を

貴様という人間の集大成たる答えを


俺に聞かせてくれ


「その問い、成立しないな」


「……何?」


呆れた様にため息をつき、夜斬は椅子に踏ん反り返る

両手を組み合わせ、バムトの驚愕した表情に視線を向ける


「派遣されたと言う事は」

「村人を殺す選択をすると言う事は」

「それは誰かに命令されたのだろう?」


「……そうだろうな」


「命令者を殺せば一人で済む」

「違うか?」


小首を傾げ、彼は存在しない選択肢を選択した

彼の返答にバムトは小さく笑い、髪を掻き上げる

錆び付いた天井を見上げ、彼は静かに

しかし確かに呟く


「……面白いな」

「人間は……、本当に」


彼が言葉を言い終わったと同時に、マンションの元に一台の車が停車する

夜斬はため息をついて外下を見下ろし、再び席へと戻る


「暇潰しは終わりだ」

「楽しかったか?」


「中々にな」

「老害の身には刺激的だった」


「……そうか」

「今後は勘弁してくれ」

「老人の世話などしたくもない」


「そう言うな」

「老人は年老い、扱いに困る」

「だが、人生で培った物を与えてくれるぞ」


「妙な問い問答など欲しくはないがな」


「……それもそうだな」


微笑むように笑い捨て、バムトは煙草を取り出す

火を点した彼の瞳は何処か、満足気だった



読んでいただきありがとうございました

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