犠牲
「……あれ?」
警察官の目に映ったのは、もぬけの殻と化した部屋
新人に任せていたはずの犯人達は何処に行ったのか
このもぬけの部屋はどういう事なのか
だが、彼にも一つだけ解る事はあった
「……減給だ」
それだけは確実だろう
車内
「集合場所は霊封寺から変更した」
「No,3にバレたからな」
警官の制服をきたまま、夜斬は車を運転していた
先刻とは違って助手席には城ヶ根が
その後部席には鉄珠と雅堂、森草、そして波斗が座っていた
「そうか」
「あ、あの……」
「何だ、蒼空」
「他の人達は……?」
「お前の下だ」
「し、下?」
「床下にスペースがあってな」
「そこに収納している」
(大丈夫なのかよ……)
「それよりも、だ」
「霊封寺での情報が何故、奴等に知れた?」
「完全に遮断していたはずだが」
「一斑は徳島出身なの」
「霊封寺にも行った事があるみたい」
森草の声に夜斬は不機嫌さを露わにする
雅堂は彼の表情の変化に不感を覚える
「何だ?女嫌いか」
「……いや、女嫌いではない」
「ただ、その弱小なる人間が足を引っ張らないか心配なだけだ」
「言うじゃないか、弱者」
「少なくともテメェよか役立つ」
「人払いだけの能力者が、か?」
「名前も聞かねぇ奴等より百倍マシだろうが」
「何だ?今まで巣穴にでも引っ込んでいたのか」
「No,1に無惨に敗北し、牢獄で飲んだくれていた貴様に言われたくはないな」
「[憤怒の]雅堂、よ」
「……………上等だ、テメェ」
「生きて帰れると思うなよ」
「…城ヶ根、運転を代われ」
「このクソガキに教育を施してやる」
双方が立ち上がり車内が大きく揺れる
雅堂は塵を纏い、夜斬は風の刃を纏う
殺意の眼光が交差し、車内に暗雲が訪れる
「ちょ、ちょっと……」
「や、止めましょうよ」
森草と波斗は怖じけながらも二人を止めようと割って入る
しかし、双方は止まること無く殺意を高めていく
肌先を焦がす焼怖の殺気は車内に充満し始める
「止めろ、阿呆共」
その声が響いた瞬間、床が突き破られて雅堂と夜斬の足が掴まれる
隙間から覗く闇の眼光は二人を制止させ、双方よりもどす黒い殺気を放つ
「これ以上、暴れてみろ」
「全力で潰すぞ」
「……ちっ」
「……闇紋か」
二人は視線を背け、席へと戻っていく
車内に充満していた殺気は消え去り、再び静かな空気が戻る
「あ、あのバムト……さん?」
「何だ、小娘」
「そこ…、辛くないですか?」
「変質者と無口と爆弾以外は何も問題はない」
「それって大アリなんじゃ……」
「変わってくれるのか?」
「え、遠慮しておきます……」
「……そんな事よりも、だ」
「先刻は何処ぞの馬鹿のせいで途切れたが、この一年で何があった?」
「誰が死んだ、誰がどうなったは良い」
「出来事だけを言え」
「……城ヶ根」
「え?俺ー?」
「……」
「はぁ、もう、解ったよ」
城ヶ根は席から身を乗り出し、後方へと顔を出す
陽気な彼から発せられる言葉は正反対の物だった
「死んだんだよ、何千人も」
「能力者狩りでの遺族がね」
「……どういう、事だよ」
唖然とする波斗に対し、城ヶ根は得意そうに鼻を鳴らす
まるで自慢話を話す子供のように
「ソウのマフィアは大体がそれで形成されてたんだよね」
「彼自身は元々、彼等を匿う為にマフィアを造った」
「世界で未だに遺族達が無拠の罪で裁かれてるから」
「だけど、今回の一件」
「つまりは君達が…、希望が軍に囚われたこと」
「そして紅眼が生まれて隻眼が目を付けられたこと」
「この一年、彼等は君達を軍の、神無総督の手から守るために死んだ」
「……俺達のせい、って事か?」
「違うね」
「彼等は望んで死んだんだ」
「君達に全てを託して」
波斗の脳裏に浮かぶ、牢獄での牙達や樹湯の後ろ姿
彼等のように、自分達に望みを託して死んでいった人がいる
何人も、何百人も、何千人も
「城ヶ根、と言ったな」
「つまり、彼等は時間を稼いでくれたのか」
「ま、そうだね」
「織鶴が軍から逃げるときに妨害してくれたのも彼等だ」
「ま、尤も情報妨害も効いたみたいだけどさ」
「……そういう事か」
「今じゃ軍の目的は隻眼、つまり鉄珠だね」
「それとソウの部下である彼等の残党狩りが主な目的だね」
「まぁ、今じゃ蒼空や君達が脱獄したしそっちに向くだろうけど」
「ふむ、なるほどな」
「……城ヶ根、聞いて良いか?」
「どうぞどうぞ」
「その人達は、どうして俺達の為に尽くしてくれるんだ?」
「俺達の為に命を捨ててくれるんだ?」
「……解ってないの?」
落胆し、城ヶ根は怪訝な表情を露わにする
波斗はそれを覚悟していたように、静かに頷く
「…彼等はさ、生きてるんだよね」
「目的とか、そういう物を持って」
「簡単に言えば恨み、かなぁ?」
「自分の大切な人を奪った軍に恨みを持ってる」
「だから犯罪者組織とかを作って仕返ししようとする」
「だけど、それじゃ意味が無い」
「羽虫を潰すように、簡単に潰されるから」
「それでも彼等は抗う」
「流れに逆らう小魚のように」
「抗って抗って」
「遂に反逆する道を見つけた」
「…それが、ソウの元で反逆すること」
「その通り」
「少しでも良い」
「犯罪者組織として潰されるよりは」
「各個人として」
「抗って死ぬ」
波斗は唇を噛み締め、その言葉の意味を深く理解する
それは人々の抵抗
明らかな、命の重さにある違い
恨みという悲しい感情故の死
そして、彼等が欲している希望は
自分
「深く考えるなよ、蒼空」
「またテメェにくよくよされると鬱陶しい」
「雅堂!」
「森草、黙ってろ」
「コイツは……」
「……悩まない、なんて事はない」
「だけど、彼等の死を無駄にしない決意は出来る」
「決意、か」
「案外ね…、簡単に崩れ去る物だよ」
「君の決意ってのは」
「じゃぁ、何でお前等は戦場で生きていけるんだ」
「決意があるからだろ」
「異質だからね、俺達は」
「一人の仲間のために生きてる」
「……城ヶ根」
夜斬は城ヶ根を咎めるように睨み付け、言葉を制止させる
城ヶ根は体を椅子背へと戻してもたれ掛かる
「ま、信念に生きてるってのはゼロかもね-」
「約束だっけ?そんな事言ってたようなー……」
「……約束、か」
「蒼空はさ、ないの?」
「心に決めた物は」
「自分の全てを投げ出してでも守りたい物や壊したい物はないの?」
「……仲間」
「…それじゃ、駄目なんだよ」
「それじゃぁ駄目なんだ、蒼空」
「…仲間を守る事が、駄目なのか」
「仲間って誰?」
「そ、それは委員長や……」
「織鶴やゼロ、西締やシーサーに雅堂やバムト?」
「序でに俺達も?」
「あ、あぁ」
「だから駄目なんだ」
「俺達はお前に守って欲しくなんかない」
「……え?」
「俺達はお前よりも遙かに強いよ」
「鉄珠は無能力者で戦闘能力も一般人程度だ」
「それでも不死だし、お前よりも強い」
「森草だって能力は弱いけど、心は強いよ」
「戦場じゃ折れないだろうね」
「俺や夜斬だって雅堂とバムト、鎌斬りの二人に比べたら弱いけど」
「間違いなく君よりは強いよ」
静寂が車内を覆い尽くし、言葉はなくなる
そうだ、そうなのだ
俺は弱いんだ
何が仲間を守る、だよ
俺が守られてるんじゃないか
「……弱い」
「ま、それも在り方かもね」
「人の在り方なんて俺が知った事じゃない」
「だからこそ、君の在り方も俺が知った事じゃない」
「それを見つけるのは君だよ」
城ヶ根の言葉は波斗の心に深く突き刺さる
「……っ」
森閑とした車内に言葉が通る事はない
目的地に着くまで、誰一人として口を開くことはなかった
読んでいただきありがとうございました