白魔
黒衣を靡かせ、紅き眼光を唸らせ
白刃を持ち、黒靴を鳴らし
男は立つ
「……隻眼」
一斑の零した言葉に、オシリスが振り返る
眼を開き、心底を震わせて
「隻眼……?」
「紅き眼……、貴様の……」
「眼を……」
「余所見とは、随分と余裕じゃないか」
オシリスの顔面をバムトの闇豪拳が襲う
彼の顔面は弾け跳び、真逆の方向を向く
「私は……、知っている」
バムトの全身に凄まじい重圧がかかる
踏み留まろうとした彼の足骨が悲鳴を上げ、眼球すらも、血液すらも地面へと引き寄せられていく
「重力ッッ………!!」
地面が陥没し、バムトの肉体を地へと飲み込んでいく
闇すらも引き剥がされるほどに、彼の体は深く深く
「隻眼ンンンンンンーーーーーッッッッ!!!」
憎悪の怒号が周囲を揺るがす
強靱なる拳を振り上げ、オシリスは鉄珠へと殴りかかる
「まぁ、待て」
オシリスの視界に映っていたはずの景色は反転
白い無機質な建物を映し出す
「なっ……!?」
彼の背中に激痛と衝撃が走る
自らの腕を掴んだ男はそれを捻り引く
「ぐぅ……!ぉぅううう……!!」
「ぬぅううあああああああああああ!!!」
腕を掴んでいた男はオシリスの強力によって地面へと叩き付けられる
技を決められていた状態から、そのまま怪力によって伏せさせたのだ
「一天・牙刺」
眼前へと迫る岩の突起を、オシリスは重力によって破壊する
オシリスの腕から離れ、男は距離を取る
「……貴様、生きていたのか」
「白月に殺された物だと思っていたが……」
苦々しくオシリスは言葉を漏らす
彼の視界に映る男は腕を押さえて立ち上がる
「ロ・クォン」
足下に転がる瓦礫を払いのけ、クォンは大きくため息をつく
「弟子に殺られる師匠なんざ、面目が立たねぇだろうが」
「裏切りの方こそ、だと思うがな」
クォンとの会話中もオシリスの注意が鉄珠から離れることはない
それに気付き、クォンは目の色を変える
「……そんなに、奴が気になるか」
「あぁ、そうだな」
「貴様よりも」
己の髪先が揺れる
身体に重圧が掛かり始めるのが解る
「……重力、か」
足下に亀裂が走る
己の体重を幾倍にもしたかのようなそれに、クォンは膝に手を突いて耐える
「その態勢で俺の拳が避けられるか」
近づき来るオシリスに対しクォンはさらに深く態勢を崩す
重圧は彼を押し潰すべく、その威力を増していく
「避ける……、避けないは関係ねぇ…んだよ……」
必死に言葉を絞り出し、クォンは眼前を見上げる
己を殺すべく迫る者の顔ではなく
その背後を見るために
「忘れてんじゃ……ねぇのかよ……」
オシリスの背後より迫る
闇の拳
「バムトーーー……ッッ!!」
顔面を撃ち抜かれ、オシリスは地面へと叩き付けられる
無理矢理、重圧を退けたバムトは再び重力を受ける
「……よく、注意を引きつけてくれた」
「感謝する」
「まさか、この重圧を退けるとは思ってなかったがな……」
バムトとクォンは眼前に伏すオシリスに視線を向ける
ゆっくりと立ち上がる男が纏う殺気は尋常な物ではない
「……さて、頼りにしても良いな?バムト・ボルデクス」
「……古老に頼るな、若者」
「……」
護符の展開を解除して一斑は周囲を見渡す
オシリスは苦戦しとるみたいやな
二人目と元No,6直属部下の相手は、流石にアイツでもキツそうや
卯琉も問題はないやろうけど、流石にあの二人相手はマズいやろ
あまりヒートアップされると収集つかんしなぁ
「……むぅ」
ほなけど、厄介なんは
今、俺の目の前に隻眼が居るって事か
「…どないするかな」
「て、鉄珠さん…!」
「色々と話したい事はあるだろうけど、今はそれ所じゃないだろ」
「目の前の敵に集中しろ」
「相手はNo,3だぞ」
「……っ、はい」
厄介やのぅ、ほんま
蒼空だけやったら、俺でも相手出来る
聞いた話やと隻眼自体に戦闘能力は無いらしいな
不死、ってだけで身体能力は一般人と大差ないんやっけ
あの二人だけなら俺でもいけるな
森草は戦闘能力無いに等しいし、無視でもいける
けど、問題は雅堂や
アイツも加わってくると、流石にマズいか
「……撤退や」
「オシリス!卯琉!!」
「撤退するで!!」
一斑の叫びに二人が反応する事はない
眼前の敵に集中している彼等は振り向きもせずに戦闘している
「うわ、やっぱりアカンかぁ……」
「撤退させるかよ」
一斑の首筋に刃が迫る
しかし、彼はそれを後方に飛躍して回避する
「創造ッッッ!!」
「おっーーー……!?」
棺のように造形された石物
一斑が回避した方向に創造されたそれに、彼は自らの飛躍によって収納される
「痛ぇっ!?」
頭部を打ち付けた彼はのたうち回りながらも、立ち上がろうと面を上げる
「閉じてろッッッ!!」
瞬間、彼の顔面を叩き付けるように雅堂の脚撃によって扉が閉鎖される
内部から鈍々しい音が響き、動きを停止する
「蒼空!徹底的に閉鎖しろ!!」
「解ってる!!」
棺に絡みつくように石縄が生成される
さらに棺桶を覆う幾重もの岩壁が生成される
決め手、と言わんばかりに岩壁の上にも石縄が生成され巻き付く
「……はぁ、はぁ」
「これでっ……!!」
轟音と共に、扉が蹴破られる
扉は岩壁を破壊して建造物の外壁に衝突し、砕音と共に地に落ちる
「……こっちは逃げる言よんや」
「逃がせや」
岩壁にかけられた手は白く
白魔の如く
「……一斑、なのか?」
出でしは白面の怪物
その背後に護符を背負いて
暗闇の中より
その白悪なる眼光を覗かせる
「白面の殺戮者、なんざ大層な名前が付いてもうてなぁ」
「名前の由来はこれなんや」
「クォーターやから、お前等よりは劣るけどなぁ」
軽快に笑う一斑とは対照的に鉄珠と雅堂の表情が強張っていく
直感的に感じ取ったのだ
その驚異を
「……ま、戦う気やない」
「俺はさっさと撤退したいねん」
白魔たる一斑は波斗達に構う事なく側を通り過ぎていく
鉄珠も、雅堂も、森草も
彼の行いを止める事はない
「有り難いこっちゃで」
歩を進め、一斑はオシリスの元へと辿り着く
彼の背後より迫るバムトとクォンの拳撃
しかし、彼はそれを防ぐべく振り返ろうとしない
「あのなぁ、ヒートアップし過ぎや」
「隻眼に恨み有るんは知っとるけど、コイツ等相手にしたらアンタでもキツいやろ?」
バムトとクォンの拳が一斑に届くことはない
彼の周囲を徘徊していた護符による障壁が二人の拳撃から一斑を防衛したのだ
「……邪魔をするな」
「邪魔するわ、ほら」
「隻眼見っけただけでも大収穫やろ」
「ほら、帰ろ帰ろ」
呆れた様に一斑はオシリスの手を引く
彼も仕方無く歩き出し、一斑の後に続く
「卯琉ちゃーん!!」
「何?一斑ぁー」
「帰ろうや」
「もう良ぇやろ?」
「アンタのお兄さんも居らんみたいやし」
「……でも、西締お姉ちゃんと卯扇お兄様が居るし」
「後や!後!」
「駄々ぁこねよったら、お兄さんと会えんで!!」
「それは嫌だー!!」
卯琉は刀剣を仕舞い、一斑の元へと走っていく
息切れし全身に生傷を負った西締とシーサーは彼女の後ろ姿を見送る
「ほな、さいなら」
大量の護符が彼等を包み込み、姿を消し去る
残された波斗達はその光景を唖然として見つめていた
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