太陽の光
飛空機内
数多くの点滅する装置に指を走らせ、シーサーはそれぞれの動作を確認する
機械が作動するのを確認し、彼はギアを引く
「…エンジンは、かかるな」
「…西締、そちらはどうだ?」
「万全オッケー的なぁ!」
「……よし」
「…後は、滑走路か」
シーサーは遠々しい目で滑走路を眺める
執行人の隊列に歩き行く少女の周囲を徘徊する宝珠が雪を溶かし、光を放つ
「…重き荷を背負いし者は」
「…巨大なる鎖を背負いて、重き荷の中は空なりや」
「懐かしい話的なぁ~~」
「御三家時代に、何だかの御伽噺で読んだ的な!」
「…重き荷を背負うのは、中身が空だと知っているからだ」
「…それは人に苦労していると見せかけて、楽をする虚け者を指す」
「私には彼が虚け者には見えないけどね、的な」
「…あぁ、そうだろうな」
「…奴は重き、あまりに重き荷を背負った」
「…それでも止まることなく歩き続けている」
「…ただ、ただ愚直にな」
「それは悪?的な」
「……いいや、俺には解らんな」
「…奴の行いが誰かを苦しめる物だとしても」
「…それは誰かを救い、己を救っている」
「…俺には判断できない代物だ」
目を細め、豪雪にかき消され行く者の後ろ姿を眺める
完全に彼の姿が消えた後、シーサーは操縦桿を握る
「…滑走路の影が消えれば行く」
「…準備しておけ」
「了解的な」
滑走路
「支部長」
「……何だ」
滑走路を分断する執行人の隊列
その中央に佇むゴルドンに一人の執行人が駆け寄ってくる
「今、近付いてきているのはノリットさんでは?」
「どうして彼女が……」
「……解らん」
「だが、脱獄囚と共に居た事は間違いない」
「そして、我等と敵対した事も」
「し、しかし……」
「如何なる理由があろうとも、敵は敵だ」
「どんな手を使っても殺せ」
「奴等を、この雪国から出すな」
ゴルドンはレイピアを振り払い、付着した氷粒を落とす
隊列へと迫る少女に向かって彼は足を踏み出し、武器を構える
「支部長!?」
「奴の相手は俺がする」
「貴様等は飛空機の行動に注意しろ」
「飛び立ったら撃て」
「それまでは撃つなよ」
「あれは囮の可能性がある」
「りょ、了解しました」
「しかし、支部長ではノリットさんの相手は……」
「部下のケジメを付けるのは上司の役目だ」
執行人の静止を無視し、彼は歩を進める
歩み寄ってくるノリットを前にして、彼は漸く歩みを止める
「名を」
「……樹湯 永だ」
「やはり、ノリットではなかったか」
ゴルドンは静かに、しかし深く頷く
彼のレイピアが雪光に反射した刹那、樹湯の頬を刃が擦り斬る
「ッッーーーーー!!」
「我が部下の声で」
「姿で」
「口で」
「喋るな」
連続して繰り出される突刃
圧倒的なまでの速度を樹湯は回避できない
四肢に刃を撃ち込まれながらも、徐々に後退していく
「逃がさん」
大きく歩を踏み込み、突刃が樹湯の視界へと迫り来る
「ぐっっ!!」
彼の眼球を刃が貫こうとした瞬間、宙より飛来した宝珠によって銀の折刃が雪へと突き刺さる
それに怯むこと無くゴルドンは拳を樹湯の腹部へと突き立てる
「ッッッ……!!」
さらにゴルドンへと飛来する宝珠
樹湯の腹部に突き刺さった拳を引き、彼は急速に撤退する
「……強い、な」
「お前とサシでやってたら負けたかも知れない……」
「…だけど」
幾百の宝珠が猛吹雪の壁を突き破る
白世界に灯る灼炎は黒き外套を燃やし列を乱す
「やはり、これが目的かッッ……!!」
踵を返し、隊列の方向へと戻り行くゴルドン
しかし、彼の前に立って樹湯はそれを妨害する
「おっと、俺の相手をしてくれるんだろう?」
「退ォォオォオオオオオオオオけェエエエエエエエエエエエエ!!!」
顔面に豪拳が撃ち込まれ、樹湯の乗り移った華奢な体は宙に浮く
足が雪に触れたと同時に腹部よりも下に連続して攻撃は行われる
「ごっがぁ……!!」
「退け!囚人!咎人!!獄人!!!」
「貴様は薄暗き闇の中に沈んでいろッッッ!!」
何度も何度も、岩をも砕くゴルドンの豪拳が樹湯に撃ち込まれていく
嗚咽し、吐瀉し、吐血する
それでもなお、樹湯はゴルドンの眼前から退かない
「貴様ぁああああああああああああッッッッ!!」
刹那、ゴルドンの背後を凄まじい突風が突き抜ける
彼が急速に振り返り、視界に入れたのは飛空する飛空機だった
「俺の勝ち、だ」
にやり、と満足そうに笑む樹湯
彼を憤怒の眼光で睨み付け、ゴルドンは拳撃を顔面へとブチ込む
「撃てッッ!あれを墜とせッッッ!!」
彼の豪声は吹雪すらも突き抜けて、執行人達に響き渡る
宝珠による攻撃で乱れた隊列から放たれる弾丸
然れど、その不規則な弾丸が飛空機に被弾する事はない
「糞がぁああああああああああああああああああッッッッッッ!!!」
ゴルドンの憤慨の叫びが雪原を突き抜けて、消え去っていく
飛空機は雲を突き抜けて白い世界から行脱した
飛空機内
「…脱出、成功か?」
無機質な、金属の剥き出しになった機内に座り込む波斗達
波斗の零した声に雅堂は頷く
それを見て波斗は小さく安堵の息を漏らし、窓を覗き込む
「……樹湯のこと、気にしてんのか」
「……いいや」
「気にしてない、って言ったら嘘になるけど」
「…全部が終わるまで、悩んで居られねぇしさ」
苦笑する波斗を視て、雅堂は静かにため息をつく
彼の隣では窓を眺める牙が静かに言葉を発し始める
「……綺麗な物だな」
「これが、太陽か」
窓から差し込む太陽光に牙は目を細める
届かぬ光に手を伸ばし、それを確認したかのように掌を閉じる
「…随分と、近いがな」
バムトは静かに微笑み、その太陽を眺める
望んだ光は彼等の元へと訪れたのだ
「……奴等にも、見せたかった」
彼は愛おしそうに太陽を眺める
窓に着いた霜粒を袖で拭い取り、太陽に見魅される
「……何だ?」
だが、その異変に気付いたのはバムトだった
「太陽に黒点……?」
太陽の中心に生まれた黒点
それは次第に大きく、大きくなっていく
「……あれ、何だ?」
窓の下を眺めていた波斗の目に、怨恨に満ちた眼光が映る
凄まじい距離で、砂粒ほどにしか見えぬはずの人の中で
確かに彼はその眼光を感じ取ったのだ
「ギル・フォーレン……!!」
「生きてやがったのか!?」
静寂の中で激震する雅堂の声
彼の目には既に三つを失った四肢を引きずり、剥き出しになった己の頭蓋を砕く男が映っていた
「まさか、あれは……!!」
雅堂は窓へと駆け寄っていく
牙と雅堂、そして波斗の目に入ったのは見慣れた偽物の光
「人工太陽かッッッ……!!!」
空より落来する巨大な人工物
それは飛空機など簡単に潰せる容積
「シーサァアアアアアアアアーーーーーッッ!!!」
バムトの叫びよりも前に、飛空機は急速に旋回する
それでも落来する人工太陽を避けられるほどに距離を取る事はできない
「…おい、不味いぞ」
操縦席からの声
それに反応するようにバムトが操縦席へと乗り込んでいく
「避けられないのかッッ!?」
「…無理だ、距離が無い上に障害物が大きすぎる」
「…この距離で俺の能力を放てば爆風に巻き込まれる」
「…それは西締や貴様の能力でも同じだ」
「……俺が外に出て、塵滅すれば良い」
雅堂は立ち上がり、排出口のボタンに手をかける
しかし、彼の肩を掴んでバムトは乱雑に押し倒す
「貴様の傷で何が出来る!?」
バムトの怒号が雅堂へと突き付けられる
傷口を押さえ、雅堂は悔しそうに拳を握りしめる
「……手は、無いのか?」
波斗の零した言葉は、現状を表していた
空より振り来る巨大な偽物の光は、能力で退ける事は出来ない
だが、退けなければ飛空機は木っ端微塵に粉砕される
「……一つだけ」
排出口が開き、強風が飛空機内へと吹き込んでくる
凄まじい風音を前に、異形の怪物が槍を構えて立ち上がる
「牙ッッ!!」
彼は静かに微笑み、バムトへと視線を向ける
「お世話になりました、バムト様」
「アイツ等が待ってます」
「……宜しく、言ってくれ」
バムトの突きだした拳に拳を合わせ、牙は微笑む
排出口の端に立ち、彼は空を見上げる
「……太陽の光は、美しい」
「あまりに、美しかった」
「俺には勿体ないほどに」
彼は飛空機の上部に腕を掛け、一気に駆け上がる
空より落来せし偽物の光に向けて槍を構え、その眼光を唸らせる
「さらば、太陽よ」
「美しき光よ」
飛翔した彼は人工太陽の槍を突き立てる
衝撃の反動によって飛空機の軌道が強引に変更されて、大幅に震動する
「牙ぁあああああああああああああああああッッッッ!!!」
波斗の叫びが牙に届くことはない
槍の破片が豪風に飛ばされて排出口から飛空機内へと転がり込んでくる
衝撃に耐えかねて破裂した腕を押さえ、人工太陽にしがみつく異形の怪物の姿が波斗達の視界に映り込む
「さらばだ」
バムトの言葉を最後に、人工太陽は雲を裂いて地上に落下していく
絶句した波斗達の視界を遮るように、排出口が締閉されていった
滑走路
「人工太陽だと……!?」
ゴルドンの見上げる遙か上空より落下してくる物体
執行人部隊は絶叫と悲鳴をあげて、それに視線を向ける
「総員退避しろッッッッ!!遠ざかれッッッ!!」
彼の指令を受けて執行人達は散り散りに逃亡していく
雪に沈んだ足を持ち上げ、同じく逃亡しようとしたゴルドンの足を何かが掴む
「……地獄への道、一人じゃ寂しいだろうが」
宝珠に包囲され、一部が照らし出される
血まみれになりながらもゴルドンの足を掴んだ樹湯は嫌らしく笑う
「貴ッッッ様ッッッァ……!!」
「付き合えよ」
消え入りそうな声
彼の腕皮がひび割れ、肉と神経が覗き出す
「……今、行くぜ」
最後の微笑みと共に、樹湯は瞼を閉じる
太陽の宝珠は輝きを増して偽物の太陽を照らし出す
激震と共に、人工太陽は落下
周囲全てを埋め尽くす震動は猛吹雪と爆風と共に、人工太陽を深く、深く沈めていった
読んでいただきありがとうございました