翼と鱗
「……終了、した」
ノリットは燃え行く残骸に背を向けて、歩き出す
彼女の口は酷く渇き切り、ひび割れてすらいる
目を細め、袖を捲り腕を撫でる
彼女の掌には粉の様な血が塗りつぶされるほどに付着している
「……っ」
ノリットの能力は中心熱度四千万の球体を生産、操作すること
球体に接触した物質は問答無用で焼き尽くされ、灰と化す
そして、その球体の生産上限は無い
能力だけならば、それは元老院直属部隊にも劣らぬ威力
然れど、それを連発できない理由があった
発動条件だ
「思った、より、手こずった」
彼女の発動条件は体内、及び自身周囲の水分消失
球体である宝珠を数個ならば喉が渇き切る程度
しかし、先の様に数百もの宝珠を出せば体内の水分や周囲の水分すらも乾き尽くさせる
「んっ……」
彼女は懐から取り出した水を喉へと流し込み、大きく息を吐く
体中へと水が染み渡っていき安堵の息すら漏れる
「……追う、早く」
刹那、宝玉が反応を示す
彼女が振り返った瞬間に腕を弾丸が貫通する
「ッッッ!?」
血を噴き出す腕を圧迫し、彼女は視線を向ける
焼き尽くされた上服を脱ぎ捨てた鱗の姿がそこにはあった
「何故!?死んだ、はず!!」
「……貴様の、その太陽珠」
「二つの物に反応するらしいな」
銃のスライドを口で引き、空薬莢を吐き出させる
銃弾を装填し、彼は鋭い眼光をノリットへと向ける
「物体の動きと、熱源」
「自動索敵はアダになる」
宙を舞う物体
宝珠は全て物質を消滅させるべく直行する
「駄目ッッ!!」
ノリットの絶叫と同時に彼女の腹部を銃弾が撃ち抜く
前屈みに血を吐き出し、彼女は膝を突く
「煙草ッッ………!!」
「翼が知らせてくれた」
「己の命を投げ打ってまでも」
薬莢が地面へと落下する
それに反応した宝珠は薬莢を灼炎で喰らう
「貴様の負けだ、執行人」
少女の肩が弾け跳び血肉を散らす
苦痛の悲鳴をあげ、眼球が飛び出るほどに目を見開く
「ーーー……チッ」
鱗は牙歯を立ててスライドを引く
空薬莢を宝珠が燃やし尽くし、灼炎を起こす
「ぐっっ……!ぅ……!!」
地に掌を引きずらせ、腹の肉を擦る
傷口から血管が地面に引きずり出されていくのが感覚でわかる
「ひっ……!ぃぃい……!!」
苦痛の呻きと共に、彼女は血を垂らす
彼女の這った後には血の痕が生々しく残る
しかし、恐怖に塗りつぶされた彼女の思考回路に歪みが生まれる
どうして、撃たれない?
「……ーーー?」
視界の隅に、蹲り蠢く男が映る
銃を握ってこそは居るが、最早、撃てる状態では無い
その光景から、次々に彼女の脳裏に疑問が浮かぶ
どうして太陽珠は彼を狙わず空薬莢を狙うのか?
どうして彼は僕の太陽珠の乱撃から逃れられたのか?
どうして彼の挙動には反応しないのか?
どうして彼は僕を直接的に殺そうとしなかったのか?
僕の太陽珠は熱源と動作に反応する
しかし、それは熱源により大きな反応を示す
自動索敵に置いて熱源を多く含む物質ほど生物に近いからだ
動作による反応は熱源よりも優先順位は低い
つまり
今の奴は銃弾の空薬莢よりも体温が低い
有り得るのか?
人体は筋肉の振動や臓物の躍動
血液の流体性により、人体は体温を保つ
確かに空薬莢は噴出直後の熱は高い
だが、それを処分後に直近の彼に反応しないのは何故か?
標的と見なさないほどに
他物質と変わらないほどに、体温が低下しているから?
それは何故?
人体に置ける体温保持の要
それは血液
「………まさか」
炎を消す、単純な方法は?
水
では、その水は何処から?
ある
身近に、もっとも身近に
その内部に
「血をッッッッ………!!」
鱗の腹部の傷は、宝珠により損傷したそれよりも痛酷
彼の右腕に焼き付いた紅き炭から想像は付く
それならば、僕を直接的に殺さない
いや、殺せない理由は説明がつく
抉ったのだ
己の腹の肉を
「……血肉など、幾らでもくれてやろう」
己の三肢を奮い立たせ、鱗は立ち上がる
吐く血も滴らせる血も無くなった彼の命は燃え行く枯葉よりも虚しく
そして、あまりに惰弱
「命も、生き様も、腕も」
「欲しければくれてやる」
少女へと向けられた銃口
血にまみれ、色あせ、焼け焦げたそれを、鱗は震える手で照準を合わせる
「だが、譲れん」
「約束だけは」
「この約束だけは」
揺震が止まる
銃口は真っ直ぐに、少女に狙いを定める
「譲れんのだ」
発射された銃弾
少女の眉間に放たれたそれは、確実に彼女の命を刈り取る軌道を取る
しかし
弾丸が彼女を貫く事はなかった
「……は」
「はははははっははははっははははは!!」
「アハハハハッハハッハハハッハハハハッッッッッ!!!」
宝珠による防御
自動索敵は熱源の優先よりも
動作を優先したのだ
「当然!体温!無い!!二つの物体!!」
「優先するのは!!動作ッッッ!!」
弾かれた銃弾は宙を舞い、宝珠に食い尽くされる
灼炎の渦に飲まれ行く鉛球は燃え尽きて地へ堕ちる
「約束を、違える事はない」
再び発砲される銃弾
しかし、それもノリットに届くことは無い
宝珠に防御され、燃やし尽くされる
堕ち行く銃弾は先の銃弾とは全く違う方向へ落下する
「同じ銃弾でも……、同じ場所に堕ちる事はない」
「同じ境遇の人間でも……、同じく死に逝けるとは限らない」
「だからこそ……、誓った」
「また会おう、と」
銃が鱗の手から落ち、地面へ転がる
彼は膝を突いて、静かに呟く
「だからこそ、約束は破れない……」
彼の動作に反応し、太陽珠は彼を貫通する
腕を、足を、腹部を、肩を、眼孔を
全身を貫かれた彼は最後の言葉を零し落とす
「……なぁ、翼よ」
ノリットの首を貫く刀身
「ッッッ……!?」
驚愕に見開かれた彼女の眼光が捕らえたのは、炭灰の物体
最早、動けるはずの無い
完全な炭の塊
「…なん、で」
炭の塊が言葉を発することはない
だが、それの唇は微かに動く
「また、会おう」
地下4F
「……!!」
牙は立ち止まり、振り返る
何もなく、誰も居ない通路
だが、彼には確かに聞こえたのだ
友の声が
「牙?」
「……いや」
牙は静かに瞼を閉じ、拳を握りしめる
「行こう」
何も言わず、何も言えず
彼は再び足を歩み出した
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