脱獄開始
古建のビル
「……脱獄について、説明する」
重々しく唇を開いたバムトに全員の視線が集まる
彼は顔を上げて、皆の視線に答える
「まず、ここは地下五階だ」
「脱出するためには地上に出なくてはならない」
「その地上だが、どうするんだ」
「ここは極寒猛吹雪の吹き止まぬ地」
「どうやって出る?」
「協力してくれる内通者が、飛空機を用意してくれるそうだ」
「雪国用だから飛空に心配はない」
「だが、いつまでもは不可能だろう?」
「あぁ、その通りだ」
「執行人共に気付かれるまでに上に辿り着かなければならない」
「それで、上に行くまでの執行人共による妨害だが……」
「バムト」
「焦るな、雅堂」
「解っている」
「……?」
首を傾げる波斗を横目に、バムトは話を再開させる
雅堂達はそれに聞き入り、頷いていく
「つまりは、上まで突貫」
「後に飛行機で脱出する」
「それだけ?」
不思議そうに首を傾げる波斗
バムトと雅堂は複雑そうな表情でため息をついている
「……何だ?」
「バムト様、我々は」
「先生、俺もですから」
牙達と樹湯は悲しい笑顔で微笑む
バムトと雅堂は歯を食いしばり、拳を握りしめる
「……すまんな」
「何だよ?どういう……」
「雅堂よ」
「今、話しておくべきではないか」
「いや、だが……」
「雅堂」
「……そうだな」
己の拳を血が滲むほどに握りしめ、雅堂は波斗へと視線を向ける
樹湯が何かを言おうと立ち上がるが、翼が彼の肩を押さえて静止させる
「蒼空、これはーーーー」
彼の言葉を遮り、轟音がビルを揺らす
牙と鱗が窓より身を乗り出して外を見る
「敵襲ですッッ!!」
「執行人か!?」
「間違いなく!!」
バムトと雅堂は立ち上がり、肩をならす
牙達は武器を取り出し、樹湯も同じく立ち上がる
「えっ?えっ?」
一人困惑する蒼空を雅堂は引っ張り出し、外へと放り出す
「なんっ!?」
叫ぼうとした瞬間、波斗の目には窓から投げ込まれる黒い塊が見えた
波斗を追いかけるように牙達と樹湯が飛び出し、バムトが扉を蹴り飛ばして閉鎖する
「伏せろォオオオオオオオオオッッッッッッッッ!!!」
雅堂の絶叫と同時に全員が地面に頭を打ち付けるようにして突伏す
声を出す暇もなく波斗は地面に頭を打ち付けられ、強制的に伏せさせられる
刹那の空白の後、波斗達の耳を轟音が突き抜ける
「ッッ……!?」
「狙いは俺達か!!」
雅堂の叫び声と共に、扉より外套を着た執行人達が急襲してくる
彼等の手に握られた銀刃が飛空し、波斗へ襲いかかる
「しゃらくせぇッッッッ!!」
銀の刃は塵と化し、風に流される
振り切られた雅堂の腕が再び激振され、塵の刃が執行人達を貫く
「や、やった!」
「違う!奴等を舐めるなッッ!!」
外套を脱ぎ捨て、執行人達は両手に銃や刃を持つ
脱ぎ捨てられた外套には雅堂が放った塵の刃が突き刺さっており、それは風に吹かれて消えていく
「防いだのか……!!」
「急げ!!奴等を追いつかせるな!!」
雅堂の絶叫を合図にバムト達は走り出す
古建のビルから飛び降りて、地面へ着地する
しかし、飛び降りた眼前にも執行人の壁が出現する
「ちぃッ!!」
「任せろ」
突貫していく闇の化身
バムトの拳撃が執行人二名を闇で喰らい、さらに右方の一人に拳を向ける
「させない」
拳撃が上部へと打ち上がり、闇は人工太陽へと霧散していく
彼の拳撃を防いだノリットは追撃の構えを取る
「黒虚」
黒き虚空が少女を襲う
しかし、彼女が虚空に襲われる事はない
「太陽珠」
彼女を覆う太陽の壁
驚愕に目を見開くバムトの眼前に浮遊する三つの宝玉
太陽の如く、灼炎に猛るそれがバムトの眼球に映る
「……まさか」
「解」
少女が指を慣らした瞬間、彼女の前に居た大男の頭部が消え失せる
牙の絶叫が波斗の耳に届いた頃に、バムトの体は地面へと倒れ込んでいた
「バムト様ぁッッッッッッ!!」
彼の叫びを遮るように、周囲は闇に覆い尽くされる
ノリット以外の執行人達が闇に引き摺り込まれ、悲鳴と共に肉塊と化す
「相性が悪いな」
「まさか、ここで太陽を見る事になろうとは」
闇より出でる化身
拳に闇を纏いて、その歩を進める
「尤も、偽物では話にならんが」
少女の周囲に展開される小さき太陽
それに構うことなく闇は歩む
「闇豪拳」
闇の拳に撃たれた少女は建造物を突き破り、岩壁へと衝突する
壁から剥がれるように地面へと落下し、轟音と土煙を巻き起こす
「行け、貴様等」
背を向けたまま、バムトの重々しい言葉が放たれる
彼に取り憑くように蠢く闇がゆらりと揺れる
「お前はどうする?バムト」
「奴は強い」
「俺が相手をする」
「行かなければ意味がない」
「お前じゃ海を渡れないだろうが」
「ここから脱出する前に凍り付けになりたいのか?」
「……例え、奴を捨て置いても必ず追ってくる」
「ならば処理する他あるまい」
「だが!」
バムトの隣に、翼と鱗が歩んでいく
バムトの肩を掴んで後ろへと放り投げ、二人は武器を構える
「バムト様、先へ」
「……ここは我々が」
「おい!」
「行くのでしょう」
「覚悟を決めたのでしょう」
「ならば、捨て置け」
「我々は貴方に救われた」
「……ならば、我々を使い捨ててください」
「我々は貴女の為に死に、我々の為に生きる」
翼と鱗の肩を強く掴む掌
振り返った二人の視界に映ったのはバムトではなく牙だった
「逝くのか」
「楽しかったぞ」
「…俺も、すぐにだ」
「そうか」
「……牙」
「あの時の答え、まだ言ってない」
「…そうだな」
「だが、貴様等には言っておこう」
牙は空を見上げ、静かに息を吐く
喉から溢れ出る億千の言葉をひとつにするために
たった、ひとつに
「……ありがとう」
感謝の言葉
単純な、純然な言葉
ただ、それだけだった
「「……どういたしまして」」
翼と鱗は目を閉じて、軽く頭を下げる
牙は彼等に背を向けて歩き出す
「行くぞ」
「……牙」
「別れは済みました」
「思い残す事などない」
バムトは立ち上がり、雅堂の肩を叩く
それを合図に雅堂と樹湯は歩き出す
「……っ」
「…小僧、行くぞ」
「でもっ……!!」
「無粋だ」
誰も、振り返ることはない
ただ岩壁に背を向けて歩き出す
「ーーーーーーーーッッ!!」
歯を食いしばり、意を決したように波斗は顔をあげる
大きく息を吸い込み、口を開ける
「ありがとうございましたぁあああああああああああっっっっ!!!」
大声を張り上げて、波斗は叫ぶ
驚いて振り返った翼と鱗は暫く目を丸くして、やがて微笑んで彼に背を向ける
それと同時に波斗は雅堂達の元へと走っていく
「……馬鹿だ」
「二人揃って」
「だが、それでも奴等らしい」
「……そうだな」
二人の眼前に迫る太陽
数百を超えるであろう太陽の宝玉を操る少女は、二人の前へと現れる
「手加減、しない」
「殺す」
銀の刃と黒き銃口が少女へと向けられる
武器を持つ者達は静かに口を開く
「翼、実は俺はお前に隠していた事がある」
「興味本位でバムト様から煙草を一本、盗んだ」
「……奇遇だな」
「…俺はマッチと新聞を」
二人は微笑み合い、拳を合わせる
その体を異形へと変貌させた者共は殺意の眼光を少女へと向ける
「いつか、吸いたい物だ」
「それは良い」
太陽に抗う獣
焼き尽くすか、食い尽くすか
その行く末を見守るのは、光り続ける人の創りし太陽だけだった
読んでいただきありがとうございました