道
酒場
「……ここに居やがったか」
蒼空はカウンターに身を預け、静かに伏している
雅堂は彼の隣に座り、蒼空を蹴り上げる
「ぐぁっっ!?」
「何で、こんな所に居やがるんだ」
「ここに来るまでに何かあったらどうする?」
「っ……」
「…あそこには、居られなかったんだ」
「俺、解らねぇよ」
「こんなさ……、化け物だったんだ」
「受け入れたよ…、受け入れたと思ってた」
「だけど、違う」
「それは仲間が居たからで」
「友達が、皆が居たからで……」
波斗は体を起こし、天井を見上げる
何も無い、無機質な天井が彼の視界を染める
まるで、自分の人生のように無機質で
色の無い世界が
「……何で、お前は受け入れられたんだ」
「お前は、自分が化け物出ある事を」
「どうして受け入れられたんだよ」
「……化け物、か」
雅堂は目を細め、静かに息を吐く
髪を掻き上げ、その手を力無く降ろす
「俺とバムトは元は人間だ」
「……人間?」
「俺は創世計画を知り、軍を裏切った」
「No,1の称号を捨ててな」
「バムトは最上級能力犯罪者だった」
「囚われて、実験台にされた」
「俺達は共に実験を施された」
「当時、俺は記憶の殆どを失っていたらしい」
「それの面倒を見てくれたのはバムトとお前の両親だ」
「…父さんと母さんが」
「今となっては、その頃の記憶はない」
「実験が成功して俺の記憶も蘇った」
「だが、確かにその時も俺は生きていて」
「お前の両親に恩を受けた」
「……恩返し、とでも言いたいのか?」
「そうかも知れんな」
「ただ、俺はそう思った」
「そう思ったからこそ行動している」
「それが俺の意思だからだ」
「意思、か」
「……蒼空」
「お前は、どうしたい?」
「……何も」
「考えられっかよ……」
「脱獄ってさ…、そりゃぁ外には出たいよ……」
「だけど、出た所でどうするんだ?」
「出てどうするんだよ」
「外には絶望しかない」
「何も、ない」
「だからって、ここに留まるのか?」
「この闇の、遙か地下深くの中で留まり続けるのか?」
「……どうしろって言うんだよ」
「俺は!どうすれば良いんだ!!」
「どうして、答えを求める」
「……答え?」
「何故、感情のままに行動しない?」
「……何だよ」
「また、説教かよ」
「そうだ」
「蒼空、貴様は幼い」
「普通ならば、それで良いんだろうがな」
「だが、お前は全てを背負ってるんだよ」
「好きで背負った事じゃないのは解ってる」
「それでも、それを背負わざるを得ない運命の上に立った」
「だからこそ、お前はやらなければならない」
「世界を救わなければならない」
「世界って何だよ」
「何で!俺が!!」
「それが運命だからだ」
その言葉は蒼空の喉を裂き、彼の言葉を漏らしていく
喉から溢れ出た言葉が口から出ることはない
「……もう時間がねぇ」
「バムトの好意で時間が与えられただけだ」
「テメェが何と言おうと、これからの予定が変わる事はない」
「……俺は道具かよ」
「そうだ」
「だったら、好きに使えよ……」
「壊れるまで使えば良いじゃねぇか!」
「壊れて!そんで捨てれば良い!!」
「俺を!!壊せよッッッッッッッッッッ!!」
波斗の眼前を覆う掌
純然な殺意と、憤怒の眼光
「ある男が居た」
「病を抱え、罪を抱え」
「死を前にしても尚、諦める事なく強大な悪に立ち向かっていった男が居た」
「彼が諦めることは決してなかった」
「仲間を愛し、世界を愛し」
「己の罪を背負うために、一人の少女を守り続けた男が居た」
「組織の頂上に立ち、それでも慢心すること無く」
「人々を想い、尽くした男が居た」
掌の周囲を塵が舞い、波斗の皮膚を擦る
次第に皮膚が切れ、血が滴り落ちる
「和鹿島は、和鹿島 宗殿は」
「貴様ほど弱い人間ではなかった」
「彼は強い人間だった」
「……その人と俺は違う」
「ある少女が居た」
「過去を背負い、悲しみを背負い」
「絶望を前にしても尚、諦める事なく己の足で立ち上がった少女が居た」
「彼女が諦めることは決して無かった」
「過去を受け入れ、恩人を許し」
「己の信じる物のために、人々に支えられながらも道を歩き続けた少女が居た」
「組織が滅び、それでも心折ること無く」
「人々を信じ、歩き続けた少女が居た」
塵が皮を裂き、血管を切っていく
滴る血すらも塵と化し、雅堂の掌へと取り込まれていく
「森草は、森草 蜜柑は」
「貴様ほど強くはなかった」
「彼女は弱い人間だった」
「……違う」
「そうだ、違う」
「彼女は強くは無い」
「だが、決して弱くない」
波斗は言葉を失い、力無く腕を垂らす
雅堂は深く目を閉じて、ゆっくりと唇を開く
「いつまで立ち止まる?」
「道は記されているはずだ」
「その道は何処を示している?」
「貴様は何処へ歩く?」
「……道?」
示された道?
何処を示す?
何処へ歩く?
道
光の中へ
少し歪んでるけど
それは確かに道で
光を指してる道で
「前へ」
歩くしか、ないんだろう
俺は、その道を
愚かしい程、真っ直ぐに
「前へ、続いてる」
だからこそ、続いてるんだ
俺は弱い
何も出来ないほどに
些細なことでも、大きな事でも迷い続けて
闇の中を彷徨って
ようやく、見つけた道
「歩くか歩かないかはお前次第だ」
「道は一つだけじゃない」
「だが、お前は解っているはずだ」
「その道を、進むべき道を」
前へ
短くも長くも
真っ直ぐも曲がっても
それが道
「……雅堂」
「俺を殴れ」
「おう」
躊躇うこと無く波斗の頬に拳が撃ち抜かれる
数mという距離をブッ飛ばされて、波斗は壁へ叩き付けられる
「……本気かよ」
血を吐き捨て、波斗は立ち上がる
「俺は生きてる」
「あぁ」
「俺は弱い」
「あぁ」
「俺は馬鹿だ」
「あぁ」
「俺は無能だし、役立たずだし、不要だ」
「あぁ」
「だけど、皆が居る」
「……あぁ」
「行くぞ」
「行かなきゃならない」
「俺は愚直に愚単に愚真に歩く」
「泥道でも山道でも悪路でも」
「歩く」
波斗は酒場の扉を蹴り飛ばし、外へと歩き出す
雅堂は彼の後姿を見て頭を掻き、小さく微笑んで歩き出した
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