道具として
「……!!!」
絶句し、絶望に目を見開く
喉元が締め付けられるような感覚に襲われて、吐き気がしてくる
「っ……だ」
「うそっ……、だ」
「真実だ」
「そんな!!」
「小僧、諄いぞ」
「ーーーー……ッッ!!」
「貴様が悔い、叫び、嘆いた所で過去は変わらん」
「ならば取り戻す事を考えろ」
「取り戻す……?」
「どうやって取り戻せって言うんだよ……!!」
「俺が知ったことか」
「それを考えるのは貴様だ」
バムトは立ち上がり、外を眺める
人工太陽の光が陰り無く牢獄街を照らし続け、道行く人々は足取りが覚束ないように歩いている
「なんっ……!!」
「陰には、誰も寄りつかない」
「誰もが陽の光を求めて歩いて行く」
「正しく[希望]」
「闇を照らす光の如き」
「[希望]なのだ」
「……希望?」
「本当の光を、俺は欲しい」
手を伸ばし、見えるのは燦々と輝く偽物の光
己の掌に握られた光は遮られ、バムトに陰りを作り出す
「蒼空 波斗」
「外に出たくはないか」
「……外?」
「……全く」
バムトだけになった部屋で、彼は静かに煙草を吸う
白煙が窓から出て行き、人工の太陽へと上っていく
「小僧め……」
「結局、どうなったんだ?」
いつの間にか、壁際にもたれ掛かっている男
彼に向かってバムトは静かに言葉を漏らす
「考える時間が欲しい、だと」
「……考える時間、ねぇ」
「有っても無くても無駄だろうがよ」
「貴様はどう思う?雅堂」
「……さぁな」
雅堂はバムトの懐から煙草を取ろうと手を伸ばす
だが、彼の手を振り払い、バムトは煙草を奥へと隠す
「……くれよ」
「駄目だな、俺のお気に入りだ」
「しかも残り少ない」
「これは俺が投獄される前に警備隊から奪ってきた、残りものだからな」
「上の世界にしか売ってないぞ」
「…一本ぐらい」
「煙草が欲しけりゃ、ここに送られる不味い物でも吸っておけ」
「……」
不機嫌そうに椅子に腰掛け、雅堂は腕を組む
暢気に煙草を吸うバムトを見て、さらに彼は機嫌を損ねる
「こんなに暢気で良いのかよ」
「失敗作達が見つかるのも時間の問題だぜ」
「道具の設備も終わらずに、戦場の赴く意味が解らないな」
「あくまで道具、か」
「当然だ」
「俺達は兵士」
「真っ先に戦場を駆け、人を殺す役割だ」
「殺すのは俺達で、道具は命令に従っていれば良い」
「兵士は死んでも道具は残るものな」
煙草から灰がこぼれ落ち、床を焦がす
表情に影を落とすバムトに雅堂の視線が向けられる
「いつだってそうだ、テメェは」
「自分を犠牲に他人を生かす」
「それが救われた者を苦しめるとも知らずに」
「いや、知ってるからこそか」
「自己満足の自己犠牲だ」
「俺は、誰よりも陰だ」
「闇の中で生き、闇の中で死んでいく陰だ」
「誰よりも化け物で怪物で悪妖だ」
「だからこそ死ねぬ」
「闇の中で壊れるまで悪魔であり続ける」
「それが己であり」
「俺であるべき存在意義だ」
「……解らん」
「相変わらず、解らねぇ」
「テメェが俺に教えてくれた数学よりも言葉よりも面倒だ」
「解らなくても良い」
「いや、解ってはいけない」
「老害は若人共の為に生きる」
「仕様も無い感情論など理解するな」
「世の中には知らなくても良い事がある、と言う」
「正しくその通りだろう」
「蒼空 波斗は正しすぎる」
「お前はあまりに歪み無さすぎる」
「歪み?」
「俺が真っ直ぐに生きるような人間とでも?」
「違うな」
「歪みはやがて、円となる」
「歪み、歪み、歪んで」
「やがてそれは円となって歪みを繋ぐ」
「円だと?」
「全てが繋がり、一つになる」
「善も悪も、生も死も、無も有も」
「貴様は円を導く人間だ」
「そう、人間だ」
「……何を言っている?」
「俺のような[物]になるな」
「人間よ」
「バムト?」
「……いいや」
「人である故に人でなくなるよりも、酷く」
「人で在れ」
燃え尽きた煙草が地面へと落ちる
バムトは空を見つめて、静かに言葉を吐く
「蜂木よ」
「お前のくれた腕時計は、もう壊れてしまった」
「動かないよ」
「……もう、動かないのだ」
彼の腕に付けられた銀の時計
指針が重力によって垂れ下がった針が、静かに揺れていた
地下三階
看守室
「やっほ~~!」
「うげぇー」
露骨に嫌そうな表情をするリム
それを無視して西締は彼女の胸に抱きつく
「やめてくださいー」
「柔らかぷにぷにぃ的なぁ~!!」
「止めろ」
「むっ…、ギル」
「私の極楽タイムを邪魔する気持?的な」
「極楽タイムなど知った事ではない」
「貴様に話がある」
「私?」
「あ、心に決めた人が……」
「そういう話ではない」
「来い」
「はいはい~的なぁ」
陽気に跳ねる西締とは正反対に、ギルは深刻そうな趣で歩き出す
胸を押さえて震えるリムの肩を、ノリットは優しく叩いていた
支部長執務室
「何の話か、解るか?」
執務机に腕を乗せるゴルドン
鎌斬の二人の背後では、扉に背を預けたギルが二人を鋭く睨み付けている
「…全く、解りませんな」
「…何か失態を?」
「失態ではない」
「いや、ある意味では最大の失態だが」
「…あまり、長引かせないでいただきたい」
「…まだまだ書類が残っていまして」
「…相方の失態による書類ならば、私ではなくこちらに」
「酷い!私に任せるのぉ!?的なぁ!!」
「…元は貴様の仕事だ」
「私は、そんなの得意じゃないしぃ!!的なぁ!!」
言い争う二人を静止するように轟音が鳴り響く
ギルが壁に付いたままの拳を離し、再び腕を組む
「……裏切り、とでも言えば解るか?」
「…裏切り?」
「…ほぅ、また我々を裏の闇へ戻れ、と?」
「裏切り者抹殺ならお任せ~的なぁ~」
「貴様等が、だ」
シーサーと西締の眼前に突き付けられた刃
ゴルドンの手には黒き銃が光る
「問う、鎌斬」
「貴様等は監獄内の囚人共と通じているか?」
「…何の事だ?」
「…確かに、先日の騒動では独断で出向いた」
「…だが、あれを咎められる意味は解らないな」
「…あの行動が悪影響を及ぼしたとは思えないのだが」
「電気を無断で切ったこと?」
「あ、何かマズかった?的なぁ」
「危ない動画でもダウンロード……」
西締の眼前の刃が呻りを上げて増加する
小さく笑い両手を挙げる西締を見て、シーサーは視線をギルへと向ける
静怒を露わにする彼の視線は西締とシーサーを捕らえて放さない
「最後の問いだ」
「正直に答えれば、今までの貢献度から考えて投獄という形に処してやる」
「…「何の事だか?」的な」
二人は首を傾げ、彼の問いに疑問を返す
ゴルドンは暫くの間、目を閉じて静止する
「…ギル」
彼の合図と共に、シーサーと西締の眼前から刃は消え失せる
ギルは扉から背を離し、二人に退出を命じる
「…では、失礼します」
「good-bye☆的な!!」
扉が閉められ、二人の足音は遠のいていく
ゴルドンは静かに椅子に腰を沈め、唇を開く
「……どう思う?ギル」
「奴等は曾て、暗殺特務に属していました」
「情報を漏洩しないのは基本中の基本」
「それが命を絶つ事になろうとも」
「……だろうな」
「引き続き、奴等を監視しろ」
「怪しい行動があった場合、構うな」
「消せ」
「……了解しました」
読んでいただきありがとうございました