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秋鋼  作者: MTL2
421/600

十回の回避

ロシア支部


地下5F


監獄街



「……」


大きく息を吸い込み、意識を集中させる

四十九の死を味わった少年は槍の切っ先に視線を集める

両足を肩幅まで広げ、腕を腰元まで下げる

上半身の衣服は既に脱ぎ捨てている

血に濡れ続け、重くなり過ぎたからだ

少年の上半身は傷一つ無い体

それに対するかのように下着もズボンも血に塗れている

それでも彼は集中を乱すことはない

眼前の異形の者が構える槍から目を離すことはない


「六回、貴様は躱した」

「残りは四回だ」


「……あぁ」


「四十九回、貴様は死んだ」

「残りは一回だ」


「……あぁ」


「死んでも躱せても、これで終いとする」


「一回とは言ってない、だろ?」


「あぁ、そうだ」

「そうだが……、時間がなくなって来た」

「貴様が躱せないなら、貴様はそれまでの人間だった、という事だ」


「それは嫌だな」


「ならば躱せよ」


牙の腕が引かれ、静かに動きを止める

音が止み、広場に静寂が訪れる


「行くぞ」


「……来い」


伸びた腕に掴まれた槍

切っ先は空を切り、波斗の髪を切る


「七回」


牙の声と共に再び繰り出される突撃

先の一撃よりも早く、さらに回転を加えられている


「ッッ!!」


波斗が回避することはない

槍へと左拳を突き出し、肉を切らせる


「っっっっっっっァ!!」


右腕によって、切っ先は弾き飛ばされる

見当違いの方向に突き出された槍は牙に引かれ、再び彼の手元に戻る


「奥の手、だな、正しく」

「小賢しい」


「避けたんだから良いだろ……ッ」


「………八回だ」


苦痛に顔を歪めながらも、波斗は槍の切っ先を見つめる

彼の集中力に感心し、牙は構えを変える


「本気、で行ってみようか」

「練習用などでは事足りん」


「……今まで本気じゃ」


「五十回、人を殺す作業などしたくもないのでな」

「……いや?人ではなかったか」


牙は嫌悪な笑みを浮かべる

少し苛ついたように波斗は眉をしかめるが、それでも集中力を乱すことはない


「良い」

「真に、良いぞ」


牙の嫌悪な笑みは称賛の笑みへと変わる

右腕が空を切るように振られ、槍が地面へと落下する


「……な」


あまりの事に絶句する波斗

それは牙が槍を投げ捨てた事による絶句では無い

その槍が石段を粉砕した事による絶句だった


「今まであんなの使ってたのかよ……!?」


「言っただろう?殺す作業は好きじゃない」


石段の元へと歩いて行き、牙は立てかけられた槍を手にする

先の槍とは違って持ち手の部分は金属ではなく木

切っ先も細長く、さらには無駄な装飾が一切無い

正しく武器

芸術性も見た目すらも省き捨てた純粋なる人殺しの道具

原始的なそれを手に取り、一度二度と牙は突いてみせる


「……ふむ」


満足そうに微笑み、それを持って波斗の前へと向かう

異形の姿の者が持つ質素な道具

しかし、それでも感じ取れる


「……!!」


異様な殺気を


「さて、どうする?」

「止めるならば構わないが」


「……誰が」


「そうか」

「では、行くとしようか」


先刻と何も変わらぬ構え

しかし、それでも違う

違うのだ


殺気の純度が


「油断は死」

「覚えておけよ」


「油断……?」

「こんな……、状況でかよ……?」


本人も気付かないほどに、波斗自身の額や背筋は汗に濡れている

全身が水を被ったかのように汗で濡れる

反比例するかのように眼球と喉が渇き、脳への伝令が押し詰まる


「恐怖、と言い換えた方が良いかも知れないな」


「だろうな……」


「だが、貴様は止めぬと言った」

「渋るのは無礼だな」


全身の汗が逆立つ程に

手足が痺れ、動かなくなる程に

脳が眼前の人物の存在すらも拒絶するほどに


「行くぞ」


波斗により、生成される岩壁

そびえ立つほどでもなければ、全身を隠すほどでもない

全身の直感と反射により作り出されたそれが波斗の視線から牙の姿を消す

去れども、波斗は視ていた

壁の向こう側に存在する死の切っ先を


「ーーーーーーーーーーーーッッ!!」


全身を千切れるほどに捻り、迫り来る切っ先を回避する

壁の向こう側より迫るであろう、それは確実に自身の頭部を狙ってくるはずだ

牙ならば岩壁など関係無く一撃を放ってくる

咄嗟に生成した岩壁など防御にならない


砕岩音


まるでドリルでこじ開けられたかのように、岩壁は崩壊する

回転する銀色の切っ先は波斗の左肩を抉り抜き、腕を宙へと舞わせる


「ぐっががああぁあああああああ!!!」


絶叫が広場を突き抜ける

波斗の視界には己の肩から溢れ出る流血と、石段に引っかかった左腕

湧き水のようにどろどろと肩から血が流れていく


「九回」

「死んでないからオマケとしてやる」


槍が引き戻され、牙は血肉を払う

呻唸の苦痛に歪む眼前の少年の表情を見つめ、微かに頬を歪ませる


「止めるか?」


吐き捨てられた、その言葉に波斗が同意することはない

片目が潰れる程に頬をつり上げ、波斗は血に濡れた歯を見せて笑う


「……まさか」


「素晴らしい」

「貴様は俺の想像以上だ」


称賛の拍手が波斗へと送られる

皮肉を込めたのか、それとも純粋に称賛なのか


「では、最後」

「最後だ」


牙の左手に添えられた切っ先

銀の刃が照らすのは血の海で足掻く少年


「……来いよ」


崩れ去った岩壁を掴み、波斗は自身の体を起こさせる

バランスを崩しながらも、両足で地面を踏みして眼前の槍へと視線を向ける


異形の怪物と血濡れた少年が対峙する


九の回避で少年は片腕を失った

然れど、それでも地面に伏す事はない

突き付けられた十回の回避を成すべく

少年は立ち上がる


「いざ」


繰り出された一撃


今までのどんな一撃よりも疾く

今までのどんな一撃よりも強く

今までのどんな一撃よりも廻る


「づッッッ!?」


刹那


左肩の激痛で反応が遅れる

その刹那が命取りとなる


(避けられなーーーーーーッッ!!)


顔面へと迫る切っ先

中央を貫くであろう軌道

例え顔面寸側で避けようとも、回転により巻き込まれる


回避は不可能



(違うッッッッッ!!!)


ここで諦めてたまるか

ここで諦められるか!!


槍を回避できないなら?

拳も使えないのなら?


考えろ

この槍の弱点は何だ?

今までの槍と違うのは何だ?


疾い?

鋭い?

軽い?


違う!弱点だ!!

この槍の弱点は!!


脆い?


「ーーーーーーーーーッッッッッッッ!!!」


顔面へと迫る槍

回避できないのは解ってる

腕で弾く?

この距離じゃ無理だ

じゃぁ




噛み砕けば良い




槍の刃が牙の背後へと落下する

拉げた槍の先端が波斗の頬を突き抜け、空を切る


「……驚いた」


噛み砕いたというのか?

回転する槍を?

切っ先を?


「……ひゅっかい、はろ?」


破れた頬を引きつらせて、波斗は笑う

牙は驚愕の笑みを零し、一言を零す


「…合格だ、蒼空 波斗」


波斗はその言葉を聞き、安堵の余り血の海へ倒れ込む

溢れる笑いを掌で押さえる牙は彼を背負い、古建のビルへと歩き出した



読んでいただきありがとうございました

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